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2003年7月

2003/07/28

8.近況通信

 こんにちは、お元気ですか? 今年の梅雨はえらい長くて、いつまでたっても晴れてくれませんね。涼しいとゆーか、もうほとんど寒いです。まったく早くスカッと晴れないもんですかねえ。僕は夏生まれのせいか、暑いほうが割に好きなんです。ええ。
 そういや今年はまだ一度も海に行ってません。去年は6月の下旬には早々に焼きに行ったのだけど、こう毎日毎日曇っていては日焼けどころではないですね。海の家も今年はさぞかし商売あがったりなことでしょう。まあそうはいっても僕はまったく泳げない人なので、海には入らず浜辺をぶらぶら散歩したり、寝っころがって本を読んだりしながらせっせと日焼けにいそしんでるだけなんですが。それってなんとなく不健康な気もしなくはないですが、だってしょうがないじゃん、泳げないんだから。僕にとっては25メートル泳げる人というのは、全員偉人伝を書かれるだけの資格があるのです。
 ところで海辺というのはいいですよ。なんとなくだらだらしてるし、のんびり犬を散歩させてる人も多くてどことなく気持ちもなごむし、それにやっぱり……ああ、これはやばいな。やめとこう。ともかく、海辺においてはスーツにネクタイ姿のリーマンなんてお呼びじゃありません。そんなものはブルシットです。ヘイ・マン、ピス・オフです。「このクソ暑い時期にそんなクソ暑いもん着てんじゃねぇよジジイ!」とか言いたくなりますが、ともあれ、この冷夏(って言っていいのかなあ?)でいちばん喜んでいるのは、こないだまでさんざん「節電にご協力を」なんてわめいていた東電かもしれませんね。まあどっちゃでもいいんだけどさ、そんなこと。

 きのうは今月のはじめに亡くなった母方の祖母の四十九日法要がありました。ほんとはまだ3週間ちょいしか経ってないんだけど、一周忌のあとに初盆をやるのはちょっとうまくないらしいので、大幅に前寄せをして四十九日をやることになったのです。本来ならば七日法要を七たび繰り返して正式に成仏するわけですが、それを倍速でこなさなければならないわけで、亡くなった祖母も結構大変なんじゃないかと想像しています。まあ早く成仏できるというのは、それはそれできっといいことなんでしょうけれど……。ともかく、祖母が亡くなってからの1ヶ月は割にバタバタしていたというか、なかなか落ち着いた感じにはなれませんでした。やはりいくらか葬式疲れみたいなものが残っていたのかもしれません。
 実をいえば、本当に身近な人に死なれたというのは初めての経験だったので、精神的に耐えられるのかどうか自分でもかなり心配していたのだけれど、なんとかうまく乗り切ることができました。これには弔辞を書いて読んだことが大きかったのかもしれません。自分なりにいろいろ考えたり整理できたし、それを口に出して語りかけるというのは割に大きな効果があるもののようです。うむ。そうでなかったらここまでうまく対処はできなかったと思います。
 しかし葬式というのはつくづく遺族のためにあるものなんだなあと思いました。ひとつひとつの儀式(工程)を経ていくことで、自分の中でいろいろなものが消化・整理できていくのですね。まあ忙しさのあまり悲しみを感じてるヒマもないというのもあるかもしれないけれど、でもなかなかうまくできてるものかもしれん、と思ったりしました。逆に、ここでうまく精神的な対処ができないと、あとあといろんなものが残ってしまって大変かもしれませんね。

 ところで祖母が亡くなって以来、うちの母は日々お経を読み耽ったり、車の中で日蓮宗のお経のテープを聴いたりして過ごしています。ダッシュボードの上に経典が立てかけてあるので、家族である僕ですら、母の車を見るたびに一瞬ドキッとしてしまいます。これは車上荒らしには会いにくいだろうな、などと思ったりする。
 いや、これはべつに母が急に信心深くなったとかそういうわけではなくて、単にお経を覚えてみたくなったんだそうです。たしかにその気持ちはわかります。葬式や七日ごとの法要で経読みをしたりするわけだけど、読んでるうちにこれはいったい何が書いてあるんだろう?と気になってくるんですよね。最初は祖母の冥福を祈る一心で(実際に効果があるかどうかはともかく、できることはそれしかないから)読んでるだけなんだけど、自分なりに少しずつ気持ちの整理ができてくると、こんどはその内容の方が気になってくる。中に「立正安国論」なんてものが出てきたりして、そういやあ日本史の授業の中でこんなのが出てきたっけなあなんて興味をそそられてしまうわけです。
 お経に凝っているのは叔母(母の妹)も同じで、「御前さんがいないときに代わりに読めたりしたらかっこいいじゃん」というかなり軽いノリでやっているようです。そしてこの叔母(O型)というのがまた象みたいに暗記力の強い人で、ものの2週間ぐらいでまずまずのところまでいってしまったようなのです。経読みのときには御前さん気取りでぽくぽくやってるらしい。で、暗記にめっぽう弱いAB型のうちの母はそれが悔しいらしく、車の中でエンドレスでお経のテープを流しては叔母と張り合ってるというわけです。なにせそうでもしないと覚えられないから。「で、成果はどうなの?」と聞くと、「なかなか覚えられない。くやしい…」とのことですが。
 そんなわけでうちの母は、車で出かけるたびにテープをかけて「無上甚深微妙の法は百千萬劫にも遭い奉ること難し。我今見聞し受持することを得たり。願はくは如来の第一義を解せん……」なんてやってるわけです。ゆえに車で走ってると怪訝そうな目で見られることが割に多いそうです。まあそりゃ無理もないよな、と思う。だって気持ち悪いもん、はっきり言って。信号待ちのときに隣に経典を立てかけてカーステレオからお経を流している車が停まったりしたら、僕だってかなりビビると思う。一刻も早くその場から立ち去りたいと願って、信号が青に変わるのを今か今かと待ってしまうに違いない。そのうえお経を流しながら東名を走ってるのってどうなの?って思ってしまう。でも勝手なようだけど、隣にお経をかけた車が停まったとしても、なるべくあたたかい無関心を装ってあげてほしいなと僕は思います。とりあえずいちいち変な目で見るのはやめてあげてください。たしかに不気味だけど、でも人にはそれぞれ個別の事情というものがあるのです。まあ息子である僕から見ても、「でもそれってかなり変な事情だよな」と思わなくはないのですが。ううむ。

 ところで話変わって音楽の話。
 もう2週間ぐらい前の話だけど、パティ・スミスのライブを見てきました。パティがらみのことはまたあとで書くつもりだけど、でもちょっとだけ。
 いや、よかった。ごく間近で見れたせいかもしれないけど、パティの表情なんかもよーく見れて実によかったです。モッシュの中だから汗だくになって大変だったけどね。タオルと着替えは必需品ですぜ。
 しっかしあんなにエネルギッシュでパワフルで、アーティスティックで自分の人生を生きていて、しかもちょっとかわいらしくて、なんかもう「すげぇー!」のひと言。実はあれでうちの親父と同い年なんだよな。ひぇ~。
 前日はちょっとおとなし目の選曲だったみたいだけど、この日は結構ハードな曲が多くてつっかれました。もちろんその分楽しかったけど。アレン・キンズバーグのポエトリー・リーディングも聴けたし、驚いたのはカート・コバーンを歌った<アバウト・ア・ボーイ>をやったこと。これはやらないだろうと勝手に思っていただけに、意外というか、なんかうれしかったです。それから<25th Floor>で見せたパティのギター。もうストラト弾きまくりの弾きまくり。正直言って、あんなにカッコよくギターを弾く人を初めて見たざんす。技術的にいえばたぶん上手くはないのだろうけれど、でもそういう問題じゃないんだよな。全然そういう問題じゃない。なにしろカッコよかった。アンコールの1発目ではストーンズの<ジャンピング・ジャック・フラッシュ>をぶちかまし(これがまたよかったんだ)、その次の<ホーセス>ではもうほとんどニール・ヤング状態の長ジャム。ただでさえ長い曲なんだけど、それがさらに長い。でも現場で聴いてるとあれってすげースリリングなんだなあ。きっとレコードで聴いたら退屈して途中でスキップしちゃうかもしれないけど……。で、最後はお決まりの<ロックンロール・ニガー>。言うまでもないことだけれど、もともと喉の弱い僕はあっさり声枯れしました。でも知るかそんなこと。ここで騒がなくていったいどこで騒ぐんだよ。
 欲をいえば<フリー・マネー>と<ピス・イン・ザ・リヴァー>と<ピス・ファクトリー>(これはやらないだろうな、さすがに。でも土曜日のアコースティック・ライブではやったらしい)もやってほしかったけど、あれ以上やられたらこっちの体が持たなかったかもしれないです……。それにしても5メートルあるかないかの距離でパティ・スミスを見れたというのは実に貴重な経験でした。さすがに握手まではできなかったし、セット・リストもゲットできなかったけど、でも十分すぎるほどよかったです。また来年来てくれないかななどといまから考えたりしております(そんなことをパティ本人が言っていただけに)。まあ見なかった人はせいぜい後悔しましょう。後悔してください。
 関係ないけど、リズム・ギターのレニー・ケイってちょっとランディ・ジョンソンに似てると思うのは僕だけでしょーか……。似てると思うんだけどなあ、似てないかなあ。うーむ……(ぶつぶつ)。

 またまた話変わって最近のオンガク話。
 最近はパティ・スミスをよく聴いていたので、それほどこれがお薦め!ってのは思い浮かばないんだけど、今年出た中では、やっぱりレディオヘッドの「ヘイル・トゥ・ザ・シーフ」が出色でした。おそらくこれが今年のベストになることでしょう。
 それからそれ以外では、リンキン・パークの新譜がなかなかよかったです。基本的に前作の延長だし、「凄いアルバム」とまでは言えないけれど、でも楽曲の質やアルバムの完成度は事前の期待を裏切らないものがありました。期待されていてしかもその期待を裏切らないというのは大したもんだ。このバンドはきっと次のアルバムが勝負になることでしょう。はたしてどういう展開を見せるのか。
 2月くらいに出たラモーンズのトリビュート盤もよかったです。なにしろメンツが凄い。レッチリにメタリカにU2にオフスプリングにロブ・ゾンビにキッスにマリマンにグリーン・デイにガービッジにエディ・ヴェダーにトム・ウェイツ……。残念だったのはU2とメタリカがあんまりよくなかったことだけど、そのかわりピート・ヨーンとルーニーなる新人がよかったのでOKです。このメンツのなかに割り込むだけでも凄いのに、他に較べても全然見劣りしないとは。まったくもって驚きまいた。ルーニーはようやくアルバムも出たんだけど、これがまたよいです。雰囲気的にはウィーザーをもちっと甘酸っぱくしたような感じといえば近いかな。ま、「ウィーザー好きならルーニー好きだよな?」ってなとこです。今年のベスト・ニュー・アクト有力候補。
 それ以外で最近良かったのは、ステレオフォニックスとCave In、それからアタリスでしょうか。フォニックスは地味だけど、間違いなく彼らのベストアルバム。またヴォーカルの声がロッド・スチュワートに似ていて、微妙に渋くてかっこいいです。Cave Inは「いいらしい」とは聞いていたけど、思った以上の内容。基本的にハードコア寄りなんだけど、スペイシーかつテクニカルで退屈しない。アタリスはジャンルとしてはメロディック・パンクってとこだけど、この手のものでは最近いちばんでしょう。二番手はRufio。顔はダメだけど曲はよい(>アタリス)。
 ほか、なぜか日本盤未発売だけど、ステイシー・オリコなる女性シンガーがよいです。とりあえず<Stuck><More To Life>という曲だけでも聴いてみるとよいです。ようやく日本盤が出るみたいだけど、ジャケは輸入盤のほうがいいので意味ないですね。

 その他、メタリカやマドンナ、マグネット、ブラー、ジェシー・ハリス&フェルディナンドス、Cymbals(from Japan)に椎名林檎といったCDがあるのですが、焼くだけ焼いてあと聴いてません(いつもだけど)。Me First and the Gimme Gimmesは新譜出たんだけどあろうことかいまだ未聴。だめぢゃん。また、ガス・ブラックという新人は試聴してみた感じ「BECK、レディオヘッドを歌う」って感じでよさげだったんだけど、マイナーすぎて誰も持ってない。MXで検索しても一個も出ない。うぅ。シンプリー・レッドは新譜が出たんだけど、レビューを見るかぎりミック・ハックネルの才能は少しずつ枯渇しつつあるようです。悲しい。「ブルー」は結構いいアルバムだったんだけどな。
 あと最近のドラマのことも書こうかと思ったんだけど、長げーのでもうやめます。ちなみにいま読んでる本は世界の宗教を250ほど取り上げて解説したガイドブックと、それから520年ぐらい本棚に眠っていた『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。ようやく読み始めたとこ。でも2日で半分読んだよ。読み始めれば……早いんだけどねぇ……(ぶつぶつ)。ではん。

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2003/07/13

7.「アンチ巨人」

 ここのところずっと阪神が強くて、毎日試合に勝ちつづけているおかげで、割にうれしく心楽しい日々を送っております。もちろん生きていれば(と言ってしまうとちょっと大げさだけど)いろいろと嫌なことやむかついたりすることもあるわけだけど、ことひいきのチームが勝っている限りにおいては、その辺のストレスもそれほど感じなくてすむので、こういうのはとてもありがたいことです。まあこの勢いがいったいいつまで続くのかというのはまだちょっとあれなんだけど……まあいいじゃないっすか。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
(後日註:これを書いたのは5月のことだったのでこういう表現になった。いまは遂にマジックも点灯したし、「ほぼ間違いない」と言ってしまっていいと思う。もっとも最近はあまりに勝ちすぎるので、半分どうでもよくなってきちゃったっていうのが本音なんだけど。まだ球宴前だというのにねぇ……)

 ところで、もう15年以上阪神ファンをやっている僕がこういうことを言うのはいささか説得力に欠けるのかもしれないけれど、僕はどうも「アンチ巨人」を唱える人たちのことがあまり好きではない。もちろん、僕だっていちおう全国6千万人の阪神ファンのはしくれだから、やっぱり巨人のことは好きではない。巨人戦で負けたりしたらふだんの3倍くらい腹が立つし、甲子園で3タテなんぞを食らわせようもんなら、そのあと1週間ぐらいはかなり機嫌よく過ごせるという自負がある。でもそうではあっても、やはり僕は「アンチ巨人」を主張する人のことが好きになれないし、そもそも「アンチ巨人」という概念自体が気に入らないのだ。
 ここでことわっておくと、僕が言っている「アンチ巨人」の人というのは、たとえば、「特にどこファンというわけではないんだけど、でも巨人のことはキライだから、とにかく巨人が負けてくれさえすれば俺は嬉しいね」というようなことを言う人たちのことです。いますよね、そういう人たち。
 これは多分に僕の偏見が混ざっているのかもしれないけど、なぜかそういう人たちというのは、自分が「アンチ巨人」であることで、強いものに反抗する反骨精神の持ち主であるということを気取ってみたり、またそのことで自分を一種権威づけようとするところがあるように感じられる。「俺は世の中の大勢に乗らない、自分の考えを持った人間なんだ」と言いたがっているようにみえる。

 でも、そういうことをことさらに主張したがる人たちに対して、やはり僕は何か釈然としないものを感じてしまう。なぜならば、「アンチ巨人」というのはそもそも、ジャイアンツという球団があってはじめて成り立つものであるからだ。
こんなことはいまさら言うまでもないことだけれど、もし仮に読売巨人軍という球団がなくなってしまったとしたら、「アンチ巨人」などというのはそれと同時にその存在基盤を失ってしまうものなのである。そうですね? あるいは巨人が少し前までの阪神みたいにこっぴどく弱かったとしても、やはりこれとほぼ同じことが言えるだろう。
 つまり言い方を変えれば、彼らは「巨人なんかきらいだ」ということを言いつつも、その主張自体を巨人軍という球団に根本的に依存しているのであり、また彼らのその存在自体が「巨人が球界の盟主である」ことを証明しているとも言えるわけだ。
 そして僕は思うんだけど、彼らはたいていの場合、そのことをほとんど理解していないのではあるまいか。そのことがよくわかっていないままに、自分を飾る一種のファッションとして「アンチ巨人」を公言しているのではなかろうか。

 で、野球のことからはちょっと話が飛躍するようだけど、僕はかつての学生運動のときによくあった「反体制」といったものからも、「アンチ巨人」と同じような違和感というか、ある種の腹立たしさみたいなものを感じる。その理由は「アンチ巨人」と一緒で、いくら「反体制」などといって自分の態度を気取ってみても、しょせんそれは「体制」というものの裏返しであり、彼らはその存在自体を、彼らが嫌うところの「体制」というものに根本的に依存しているからだ。
 つまり、「アンチ○○」とか、「反○○」といったものというものは、たとえどんなにカッコつけてみたところで、しょせんはその「○○」の従属物に過ぎないのだ。体制のないところには反体制も存在しないし、巨人のないところにはアンチ巨人も存在し得ないのである。

 僕らはいまから35年ほど前に、学生運動という名の大きなムーブメントがあったことを知っている。そしてそのムーブメントが結局のところ失敗に終わり、安田講堂の陥落と一緒にどこかに消し飛んでしまったことを知っている。彼らの世代の一部は、その後に続いた世代を指して「無気力だ、最近の若者は覇気がない」などと非難するわけだけれど、でもその指摘は間違っていると思う。
 というのは、ひとつには、あれ以降この国で当時に匹敵するような時代のうねりや、そのきっかけになるような社会的な事件が起きていないからであり、またもうひとつには、彼らの試みがあれだけの規模と時代のうねりをもって行われたにもかかわらず、無残に失敗したことをそのあとの世代がよく知っているからである。またさらにつけ加えれば、かつてそういう活動に関わった人たちが、なぜかいまでは銀行や証券会社の部長だったり取締役だったりして、彼らの嫌った「体制」の中心をつくりあげているというのも、大きな要素だと僕は考えている。
 確認しておきたいのだけれど、彼らは「体制」をぶち壊してそこに新たな何かを打ち立てたのではない。そうではなくて、ついこのあいだまで「反体制」を気取っていた人たちが、4年生になった途端に急に髪を切ってスーツを着て、何ごともなかったかのような顔をして一流企業に入っていったのだ。そしてそういう人たちが、かつて自分たちがしてきたことの総括もなしに、わけ知り顔で説教をたれるのだ。
 まったくマルクスやら産学協同体解体やら「搾取からの解放を」といったスローガンやらはいったいどこに行っちゃったんだろう?と僕は思う。だいたいマルクスや『資本論』だなんて、いまじゃ完全な死語じゃないですか。『なんとなくクリスタル』の方がまだマシかもしれない。

 彼らの世代は、あの学生運動を「あれはもうすでに終わったこと」とみなしているみたいだけど、僕にはそうは思えない。その理由は、なぜあの運動が失敗したのかということがうやむやにされたまま、誰もその責任を取らなかった(そのうやむやの上にいまの社会が成り立っている)というのがひとつと、またもうひとつは、いまのこの国の閉塞状況(あるいはいまの若者を取り巻く閉塞状況といってもいいかもしれない)というのは、あの学生運動の失敗というものとどこか深くで通底しているのではないかという予感というか、直感があるからだ。

 「結局のところあの学生運動というのはいったい何だったんだろう?」ということをたまに考える。僕は74年生まれだからあの頃にはまだ生まれてもいないし、僕にとっては「歴史上の出来事」でしかないはずなのだけど、でも考えてしまう。本来自分には何の関係もない他人事の出来事のはずなのに、それでもなぜか気になってしまうのだ。この感覚を表現するには、「ひっかかる」といった方が雰囲気的に近いかもしれない。どうもひっかかる。
 そして、なぜ自分が生まれるよりも前のことがこうも気になるんだろう?ということを考えていくと、やはりそこには何かがあるんだろうなという気がしてくる。あの学生運動というのはきっと、「われわれとは無関係な何ごとか」ではないのだろう。どうもうまく言えないのだけど、でもそんな気がしている。学生運動の問題はまだ終わってはいない。日本人はもう少しあの問題にひっかかるべきであると。

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