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2003/08/31

12.サマージャム’03

 おとといの夜に江の島まで出掛けて、仲間うちで花火をやってきた。
 花火といっても見る方のあれじゃなくて、やる方の花火。友だちのひとりが「青春気分に戻って花火がやりたい~!」とか言い出したので、「お、いいねいいね」とか言いつつ、あいてる仲間を誘って、夏の終わりに青春っぽくやってきたわけだ。
 しかしやっぱりいいもんだね、花火。ロケット花火にねずみに打ち上げに線香花火。これやるとなんか夏だなあって感じがする。あるいは青春だなあって感じ。やっぱこれやらなきゃ夏じゃないよなって気になる。

 思えば今年の夏は、葬式やら何やらで夏らしいことはほとんどできなかったし、花火大会だって見に行かなかったから、ひとつぐらい夏らしいことができたというのは大いによかったです。やっぱりちょっとは夏らしいこともしておかないと、なんか気持ち的に秋にいけないものね。季節感が狂っちまう。
 つうか、この夏はもう鬱陶しくなるほど涼しかったもんだから、夏イベント云々以前に、「夏だー! うがー、暑いんじゃー!!」って感じがあんまりしなかったんだよね。本来暑いはずの時期に寒かったせいで、桃も西瓜も夏の果物がぜんぜん美味くなかったし、そういえばそうめんだって食べなかった。なんか「そうめん食べたい!」って気がちーとも起きなかったんだなー。だいたいそうめんというものが存在していることすら忘れていたさ。
 そういえばそうめんだけじゃなくて、アイスだって1個も食べなかった。食ってないねー、アイス。行ってないねー、プール。そういやうちの冷蔵庫に、7月に向かいのお家からもらったでっけーアイスの箱があるんだけど、あれもひと口も食べてないんだよな。参ったな、どうすっかなあれ。まあおとといひさびさに会った友だちに「痩せたね」って言われてちっと嬉しかったから、これはこれでよかったのかもしんないって思わなくもないんだけれど。ま、それもかなりの部分結果論なのですが。

 さて、その花火だけど、はじめにも書いたとおりなかなか楽しかった。実を言えば、家を出る前はわざわざ行くのが憂鬱になってしまって、猫の結膜炎にかこつけて行くのやめちゃおうかと思ってたくらいなんだけど、でも行ったら行ったで楽しめた。まったく結果論的な感想だけど、でも1回ぐらいはこういうベタなこともやっとくもんだなって、あとになってから思った。
 いや、正直いえばちょっと気恥ずかしい部分はありましたさ。参加した9人のうち、そのほとんどは20代ももう後半(つか終盤)。人によってはそろそろ時計が止まってロスタイム、さあ主審の動きが気になるぞってな年齢だ。海行って花火だなんて、じきに30ってな齢になってやるようなことじゃないのかもしれない。おめーそーゆー齢じゃねーだろって部分はなくはなかった。海じゃなくてせめて川にしろよ、とかさ。
 でもそれでも、やっぱり参加してよかったなーって思う。それは花火じゃなくて、たとえばキャンプでも旅行でも海水浴でもなんでもいいんだろうけど、季節のうちにそういうベタな夏イベントを経験しとくのって、わりに大切なんじゃないかという気がするからだ。やっぱこういうのはやれるときにやっとかなきゃね。
 それに、今までこういうのをやったことがないっていう人も結構多かったから、そういう意味でも、この機会にこういう夏らしいことができたっていうのはよかったんじゃないかって思っている(参加した9人の中には、いままで海岸で花火をした経験がない/あるいはそもそも海に行くような機会がほとんどないという人も多かった。神奈川在住にもかかわらず江の島初体験という強者までいた。つまりみんな、いままでこういうイベント自体にあんまり縁がなかったわけだ。そりゃそうだよね。フッツーに青春を過ごしてフッツーにこの齢までやってきた人ならばともかく、その期間にぼかんと割に大きな空白を抱えている人が多いんだから。それにだいたい、花火ってひとりでやるもんじゃないしねぇ。詰将棋とは違うのです)。
 いや、これは強がりでも照れ隠しでもなんでもなしに、たとえベタベタのベタであっても、青春な時期にそういう「いかにも」なことをしておかないと、きっとなかなかうまく次に行けないんだと思う。それは夏に夏らしいことをやっておかないと、なんとなく気分よく秋に行けないのというのによく似ている。しかるべき時期にしかるべきことをやっておくというのは、結構大切なことなんだ。

 ともかくおとといはとても楽しかったです。たぶん僕のまわりの人が僕に対して抱いているであろうイメージとは違って、僕はいまでも単独行動が多く、またここんとこ新しい人間関係を広げるということをあまりしてこなかったので、いつのまにか自分の殻へ殻へと閉じこもってしまうような傾向があったのです。近くに住んでる友だちだってそんなにはいない。飲み友達だってあんまりいない。傾向的に独りの世界に完結してしまいがちなのです。どうもいかんなこれは、と、しばらく前から思ってはいたのだけれど。
 だからひさびさに会った友だちや、何人かの「はじめまして」の人たちと一緒にこうして何かができたというのは、それだけでもいい刺激になりました。ここしばらくはあえて無理には人間関係を広げない方向で来たのだけれど、そろそろまた方向転換をしてもいいかなっていう気になってきました。そういえばこないだは、友だちがやってるミニサッカーにようやく参加させてもらったりもしたしね。サッカーなんて小学校の休み時間以来のことだったけれど、それでも1点取ったし。いや、サッカーっつーのは点を取ったやつが偉いんだよ(←結構こだわってる。かなり嬉しかったらしい)。
 とまあそんなわけで、今回限りの単発企画には終わらせず、できたら定期的に集まるなりなんなりして、ちょこちょこ遊んでいくようにできたらなって思っています。ほら、こういうのは思っているだけだと、いつのまにかどんどんバラけていっちゃうようなところがあるから。今回参加されたみなさま、今回は来れなかったみなさま、まだお会いしてないけどこれから「はじめまして」をするであろうみなさま、よろしくお願ぇします。まったなんかやろうぜぃ。

 ところでちょっと話は変わりますが、僕は今月で29になってしまいました(リーーチ!)。
 鬱だ。ああ、マジで憂鬱。いままでは大台が近づいた友だちをさんざんからかって遊んだりしていたのだけれど(これはいまもやってるけど)、ついに自分の20代もあと1年になってしまった。ああ、なんてこった。悲しいよお。来年は自分がそのからかいの標的になるんだ(もうなってるみたいだけど)。うがあ、そんなのイヤだイヤだイヤだ。うおー、時間よ止まれぇぇぇーー!! 何が30じゃ!気持ちはいまでも21なんじゃー!!
 ……などとここ数年、自分が少しずつ歳をとっていくことをじたばたと恨めしく思っているのだけれど、でもその一方で「30になったらそれを機に何か始めてみたいな」なんてことも考えている。たしかに節目の歳を迎えるのは嫌だけれど、でも節目の歳だからこそ、何か新しいことを始めるのにはちょうどいい時期であるように思える。
 たとえば僕は25のときにスノーボードを始めて、いまも続けているのだけれど、そういうぐあいで、30,35,40,45,50……という節目ごとに何か新しいことを始めていければ、自分のささやかな人生も少しは先細りすることなしにカラフルになっていくのではないかと考えたりしている。そういうふうにして歳を重ねていけば、自分自身に対して常に刺激を与えていけるだろうし、それに付随して友だちができたり、自分の視野が広がっていくってことだってあるかもしれない。
 えーと、そんなことを考えるようになったのは何年か前の話だ。それが何のCMだったのかはまったく覚えていないのだけれど、「50になってサーフィンを始めた。娘のボーイフレンドに教えてもらうのは、ちょっとくやしいけれど」みたいなコピーのコマーシャルをテレビで見たとき。そのCMを見た僕は、それってすっげぇカッコイイじゃんってマジで思った。
 だいたい50でサーフィン始めるか普通? 50っていやあ、地味に盆栽いじりかなんかをしててもおかしくないような歳だ。しかしそこでサーフィン。50でサーフィン。しかも初心者。……ってことはすなわち、歳を重ねた男にありがちなつまらない見栄や意地なんかよりも、自分の興味の方が先に立つんだ。うおー、かっちょえぇー!! そんな人が自分の親父だったらすごく嬉しい。マジで自慢する。ないしはメゲる。自分がそうだったら……そうだったら……すごくいいなって思う。そんな50にだったら進んでなりたい。なれるかどうかはわからないけれど、でもなってみたいとは思う。いいじゃん、思うぐらいだったら無料(ただ)なんだから。いくらこの国がひどくったって、そんなことにまで税金をかけたりはしないでしょうが。

 んで、とりあえずは来年に差し迫った30のことだけれど(鬱だ…)、僕が最も苦手とする「25メートルを泳げるようになる」というのもいいかもしれないな、などと後先もなく考えている。あえて最も苦手とするところを最初に克服してしまえば、あとのことはどうとでもなるような気もするし、ぼちぼち「陸サーファー」の汚名を返上するためには、まずその前に泳げるようにしておかないと何も進まないからだ(いや、べつに返上しなくてもいいんだけどね。それにこれってちょっと芸風だし)。それに50でサーフィンを始めるにしたって、少なくともそれまでには泳げるようにしとかなきゃならない。ああ、かっちょいい50代への道は長く険しいのでござるよまったく。

 僕の友だちの中には、以前は泳げなかったけれど、彼女におしえてもらいながらなんとか泳げるようになったという、奇特というか幸福なやつもいる。そうか、それだったらスイミングスクールやら何やらで恥をかかなくても済むものね。うん、それってうまいやり方だよ。そういう手があったかって最初は思った。
 でもこれには問題(大きな問題だ)がひとつあって、それは、そうするためにはまず彼女(しかもちゃんと泳げるガールフレンドでなけりゃならん)をつくるとこから始めなきゃなんないってことだ。なんてこった。まったく先の道のりは長げーよ。やっぱやめようかな。絵とか楽器とか突然職人になるとかでも、べつに怒られないよねぇ……(ぐちぐち)。
とまあそんなわけで、山は美しく、道は長く険しいわけです。歳をとるのはもはや避けられないことだけど、「でもせめてかっちょいい歳の取り方をしていけたらな」などと、半分ポジティブ・半分諦めの心境でこの先のことを考えている今日この頃です。ふー。

 おまけその1:
 なんかネットで見たら、きのう同じ片瀬海岸でaikoがフリーライブをやってたらしい……。ううむ、やっぱ土曜にしとくんだったかな。ちともったいない。

 おまけその2:
 これ書くのには結構手間取ってたんだけど、ノラ・ジョーンズのアルバムを聞きながら書いてたらえれー筆が進みました。これからはこれかけながら書くことにしようかな。

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