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2003年8月

2003/08/31

12.サマージャム’03

 おとといの夜に江の島まで出掛けて、仲間うちで花火をやってきた。
 花火といっても見る方のあれじゃなくて、やる方の花火。友だちのひとりが「青春気分に戻って花火がやりたい~!」とか言い出したので、「お、いいねいいね」とか言いつつ、あいてる仲間を誘って、夏の終わりに青春っぽくやってきたわけだ。
 しかしやっぱりいいもんだね、花火。ロケット花火にねずみに打ち上げに線香花火。これやるとなんか夏だなあって感じがする。あるいは青春だなあって感じ。やっぱこれやらなきゃ夏じゃないよなって気になる。

 思えば今年の夏は、葬式やら何やらで夏らしいことはほとんどできなかったし、花火大会だって見に行かなかったから、ひとつぐらい夏らしいことができたというのは大いによかったです。やっぱりちょっとは夏らしいこともしておかないと、なんか気持ち的に秋にいけないものね。季節感が狂っちまう。
 つうか、この夏はもう鬱陶しくなるほど涼しかったもんだから、夏イベント云々以前に、「夏だー! うがー、暑いんじゃー!!」って感じがあんまりしなかったんだよね。本来暑いはずの時期に寒かったせいで、桃も西瓜も夏の果物がぜんぜん美味くなかったし、そういえばそうめんだって食べなかった。なんか「そうめん食べたい!」って気がちーとも起きなかったんだなー。だいたいそうめんというものが存在していることすら忘れていたさ。
 そういえばそうめんだけじゃなくて、アイスだって1個も食べなかった。食ってないねー、アイス。行ってないねー、プール。そういやうちの冷蔵庫に、7月に向かいのお家からもらったでっけーアイスの箱があるんだけど、あれもひと口も食べてないんだよな。参ったな、どうすっかなあれ。まあおとといひさびさに会った友だちに「痩せたね」って言われてちっと嬉しかったから、これはこれでよかったのかもしんないって思わなくもないんだけれど。ま、それもかなりの部分結果論なのですが。

 さて、その花火だけど、はじめにも書いたとおりなかなか楽しかった。実を言えば、家を出る前はわざわざ行くのが憂鬱になってしまって、猫の結膜炎にかこつけて行くのやめちゃおうかと思ってたくらいなんだけど、でも行ったら行ったで楽しめた。まったく結果論的な感想だけど、でも1回ぐらいはこういうベタなこともやっとくもんだなって、あとになってから思った。
 いや、正直いえばちょっと気恥ずかしい部分はありましたさ。参加した9人のうち、そのほとんどは20代ももう後半(つか終盤)。人によってはそろそろ時計が止まってロスタイム、さあ主審の動きが気になるぞってな年齢だ。海行って花火だなんて、じきに30ってな齢になってやるようなことじゃないのかもしれない。おめーそーゆー齢じゃねーだろって部分はなくはなかった。海じゃなくてせめて川にしろよ、とかさ。
 でもそれでも、やっぱり参加してよかったなーって思う。それは花火じゃなくて、たとえばキャンプでも旅行でも海水浴でもなんでもいいんだろうけど、季節のうちにそういうベタな夏イベントを経験しとくのって、わりに大切なんじゃないかという気がするからだ。やっぱこういうのはやれるときにやっとかなきゃね。
 それに、今までこういうのをやったことがないっていう人も結構多かったから、そういう意味でも、この機会にこういう夏らしいことができたっていうのはよかったんじゃないかって思っている(参加した9人の中には、いままで海岸で花火をした経験がない/あるいはそもそも海に行くような機会がほとんどないという人も多かった。神奈川在住にもかかわらず江の島初体験という強者までいた。つまりみんな、いままでこういうイベント自体にあんまり縁がなかったわけだ。そりゃそうだよね。フッツーに青春を過ごしてフッツーにこの齢までやってきた人ならばともかく、その期間にぼかんと割に大きな空白を抱えている人が多いんだから。それにだいたい、花火ってひとりでやるもんじゃないしねぇ。詰将棋とは違うのです)。
 いや、これは強がりでも照れ隠しでもなんでもなしに、たとえベタベタのベタであっても、青春な時期にそういう「いかにも」なことをしておかないと、きっとなかなかうまく次に行けないんだと思う。それは夏に夏らしいことをやっておかないと、なんとなく気分よく秋に行けないのというのによく似ている。しかるべき時期にしかるべきことをやっておくというのは、結構大切なことなんだ。

 ともかくおとといはとても楽しかったです。たぶん僕のまわりの人が僕に対して抱いているであろうイメージとは違って、僕はいまでも単独行動が多く、またここんとこ新しい人間関係を広げるということをあまりしてこなかったので、いつのまにか自分の殻へ殻へと閉じこもってしまうような傾向があったのです。近くに住んでる友だちだってそんなにはいない。飲み友達だってあんまりいない。傾向的に独りの世界に完結してしまいがちなのです。どうもいかんなこれは、と、しばらく前から思ってはいたのだけれど。
 だからひさびさに会った友だちや、何人かの「はじめまして」の人たちと一緒にこうして何かができたというのは、それだけでもいい刺激になりました。ここしばらくはあえて無理には人間関係を広げない方向で来たのだけれど、そろそろまた方向転換をしてもいいかなっていう気になってきました。そういえばこないだは、友だちがやってるミニサッカーにようやく参加させてもらったりもしたしね。サッカーなんて小学校の休み時間以来のことだったけれど、それでも1点取ったし。いや、サッカーっつーのは点を取ったやつが偉いんだよ(←結構こだわってる。かなり嬉しかったらしい)。
 とまあそんなわけで、今回限りの単発企画には終わらせず、できたら定期的に集まるなりなんなりして、ちょこちょこ遊んでいくようにできたらなって思っています。ほら、こういうのは思っているだけだと、いつのまにかどんどんバラけていっちゃうようなところがあるから。今回参加されたみなさま、今回は来れなかったみなさま、まだお会いしてないけどこれから「はじめまして」をするであろうみなさま、よろしくお願ぇします。まったなんかやろうぜぃ。

 ところでちょっと話は変わりますが、僕は今月で29になってしまいました(リーーチ!)。
 鬱だ。ああ、マジで憂鬱。いままでは大台が近づいた友だちをさんざんからかって遊んだりしていたのだけれど(これはいまもやってるけど)、ついに自分の20代もあと1年になってしまった。ああ、なんてこった。悲しいよお。来年は自分がそのからかいの標的になるんだ(もうなってるみたいだけど)。うがあ、そんなのイヤだイヤだイヤだ。うおー、時間よ止まれぇぇぇーー!! 何が30じゃ!気持ちはいまでも21なんじゃー!!
 ……などとここ数年、自分が少しずつ歳をとっていくことをじたばたと恨めしく思っているのだけれど、でもその一方で「30になったらそれを機に何か始めてみたいな」なんてことも考えている。たしかに節目の歳を迎えるのは嫌だけれど、でも節目の歳だからこそ、何か新しいことを始めるのにはちょうどいい時期であるように思える。
 たとえば僕は25のときにスノーボードを始めて、いまも続けているのだけれど、そういうぐあいで、30,35,40,45,50……という節目ごとに何か新しいことを始めていければ、自分のささやかな人生も少しは先細りすることなしにカラフルになっていくのではないかと考えたりしている。そういうふうにして歳を重ねていけば、自分自身に対して常に刺激を与えていけるだろうし、それに付随して友だちができたり、自分の視野が広がっていくってことだってあるかもしれない。
 えーと、そんなことを考えるようになったのは何年か前の話だ。それが何のCMだったのかはまったく覚えていないのだけれど、「50になってサーフィンを始めた。娘のボーイフレンドに教えてもらうのは、ちょっとくやしいけれど」みたいなコピーのコマーシャルをテレビで見たとき。そのCMを見た僕は、それってすっげぇカッコイイじゃんってマジで思った。
 だいたい50でサーフィン始めるか普通? 50っていやあ、地味に盆栽いじりかなんかをしててもおかしくないような歳だ。しかしそこでサーフィン。50でサーフィン。しかも初心者。……ってことはすなわち、歳を重ねた男にありがちなつまらない見栄や意地なんかよりも、自分の興味の方が先に立つんだ。うおー、かっちょえぇー!! そんな人が自分の親父だったらすごく嬉しい。マジで自慢する。ないしはメゲる。自分がそうだったら……そうだったら……すごくいいなって思う。そんな50にだったら進んでなりたい。なれるかどうかはわからないけれど、でもなってみたいとは思う。いいじゃん、思うぐらいだったら無料(ただ)なんだから。いくらこの国がひどくったって、そんなことにまで税金をかけたりはしないでしょうが。

 んで、とりあえずは来年に差し迫った30のことだけれど(鬱だ…)、僕が最も苦手とする「25メートルを泳げるようになる」というのもいいかもしれないな、などと後先もなく考えている。あえて最も苦手とするところを最初に克服してしまえば、あとのことはどうとでもなるような気もするし、ぼちぼち「陸サーファー」の汚名を返上するためには、まずその前に泳げるようにしておかないと何も進まないからだ(いや、べつに返上しなくてもいいんだけどね。それにこれってちょっと芸風だし)。それに50でサーフィンを始めるにしたって、少なくともそれまでには泳げるようにしとかなきゃならない。ああ、かっちょいい50代への道は長く険しいのでござるよまったく。

 僕の友だちの中には、以前は泳げなかったけれど、彼女におしえてもらいながらなんとか泳げるようになったという、奇特というか幸福なやつもいる。そうか、それだったらスイミングスクールやら何やらで恥をかかなくても済むものね。うん、それってうまいやり方だよ。そういう手があったかって最初は思った。
 でもこれには問題(大きな問題だ)がひとつあって、それは、そうするためにはまず彼女(しかもちゃんと泳げるガールフレンドでなけりゃならん)をつくるとこから始めなきゃなんないってことだ。なんてこった。まったく先の道のりは長げーよ。やっぱやめようかな。絵とか楽器とか突然職人になるとかでも、べつに怒られないよねぇ……(ぐちぐち)。
とまあそんなわけで、山は美しく、道は長く険しいわけです。歳をとるのはもはや避けられないことだけど、「でもせめてかっちょいい歳の取り方をしていけたらな」などと、半分ポジティブ・半分諦めの心境でこの先のことを考えている今日この頃です。ふー。

 おまけその1:
 なんかネットで見たら、きのう同じ片瀬海岸でaikoがフリーライブをやってたらしい……。ううむ、やっぱ土曜にしとくんだったかな。ちともったいない。

 おまけその2:
 これ書くのには結構手間取ってたんだけど、ノラ・ジョーンズのアルバムを聞きながら書いてたらえれー筆が進みました。これからはこれかけながら書くことにしようかな。

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2003/08/24

番外編:『ひきこもるという情熱』批判

 今回載せる文章は、とある「ひきこもり」系の雑誌に投稿されたものである。
 雑誌といっても、一般の書店に並んでいるようなメジャーなものではなくて、発行部数も限られている小さなものなのだが、この雑誌(やはり誌名は伏せておいた方がいいだろう。ただ、誤解されるとまずいので、「とあるフリースクールから生まれた方の」とだけ書き添えておく。ちょっとバレバレになっちゃうけど)の大きな特徴は、「ひきこもり当事者の立場から声を伝えていきたい」という趣旨の下に、ひきこもりの当事者たちの手によって作られているという点にある。
 いまでは「ひきこもり」もだいぶメジャーになって、多くの人が「ひきこもり」についての意見を発信するようになったけれど、しかし当事者側から発信されている意見というのはまだそれほど多くない。そういう意味では、たとえ小さな雑誌とはいえ、ひきこもりの当事者たちの手でこうして自分たちの声を発信していくというのは、「ひきこもり」というものを考えていく上で、大いに意義のある試みだと僕は思っている。

 さて、ここに載せた文章は僕がその雑誌に投稿したものなのだが、入稿後1ヶ月半が経った時点で編集局の方から「掲載見送り」という通知をもらい、そのまま行き場所がなくなってしまったものである。
 はじめにこの原稿を編集局に送った時点では、特に問題なく載せられそうという話だったのだが、それから6週間が経ってそろそろ発行かという頃になって、急に「掲載見送り」のメールをもらうことになってしまった。入稿後しばらくならばともかく、だいぶ時間が経ってからの断りの知らせだったので、僕としては少々驚いたし、どうして急にそのようなことになったのかが知りたくて、編集局宛てに不掲載の理由の説明を求めるメールを送った。
 編集局からはしばらく音沙汰がなかったのだが、それから1ヶ月が経ち、もう返事は来ないものとほとんど諦めかけた頃になって、ようやく編集局からの回答をもらった。そのメールによれば、僕の原稿を載せると雑誌としてのスタンスを誤解される恐れがあり、雑誌の編集方針とそぐわないので不掲載としたとのことだった。ふうん、そんなものかな。まあいいや。誤解される恐れがあるというのなら、誤解される恐れがあるのだろう、きっと。
もちろん、何を掲載し何を外すかの決定は編集局が下すことであり、その権限は編集サイドにある。当たり前だ。だから僕の書いたものが掲載されなかったことについては、残念には思いつつも異議を唱えるつもりはない。しかし編集局から送られてきたメールを読んでいて、僕の中にはどこか釈然としない感覚が残った。どこがどうとはうまく言えないのだが、でも何かが腑に落ちなかった。
 いや、印象論ばかり並べていても仕方がないだろう。しかしひとつだけ明確な疑問点がある。それは、「なぜ、すでに下された判断の説明をするのに1ヶ月以上もの時間がかかったのか」という点である。どうしてそんなにかかったのだろう。よくわからない。

 憂鬱だ。
 なんで僕はこんなことをうだうだと書いているのだろう。

 実を言えば、このような種類の文章をこの「ねじまきラジオ」に載せることにはあまり気が進まなかった。理由はふたつ。
 理由の第1は、僕はこのエッセイを書くにあたって、あえてひきこもりそのものについては書かないということをひとつの決め事としてスタートしたからだ。あえてひきこもりそのものについては書かないとした理由については、少し込み入るのでここでは触れないが、とりあえずは、あまり「ひきこもり」というものにかかずらい過ぎたくないという気持ちがあったから、とだけ書いておこう。
 そして理由のふたつめは、僕はいわゆる批判文というものがあまり好きではないという点にある。世の中には誰かの主張や姿勢に対する批判文のたぐいが溢れているわけだけど、僕はその手のものがどうも好きになれない。そういう文章というのは目にしているだけでもどことなく気分が悪いし、行為としてあまり生産的ではないように感じられる。ただの水かけ論みたいに見えるし、その力をもう少しほかのことに振り向けた方がよいのではないかという気がついしてしまう。

 しかし困ったことには、ここで僕が書いた文章というのは、その「誰かに対する批判文」なのだ。僕は一方で批判文のたぐいは好きになれないと思いながら、他方ではこうして誰かに対する批判の文章を書いている。その事実に向き合うたびに、僕は自分で自分にげんなりしてしまう。内なる自分が僕に向かって、「おい、おまえ言ってることとやってることが違うじゃんよ」と糾弾してくる。そして僕はそれに反論することができない。沈黙。そして憂鬱。
しかし言い訳するわけじゃないのだけど(結果的にはろくでもない言い訳でしかないかもしれないが)、これは書かれなければならない文章だったのだ。
 本文でも書いたとおり、芹沢氏の主張には危険な部分が含まれているように僕には思える。そして芹沢氏とその周辺にいる人たちは、その危険性についてまるで気がついていないように見える。杞憂といわれるかもしれないが、もし氏の主張がより大きな形で展開されるようなことになれば、これは非常に怖い事態になるような予感が僕にはある。僕としては、できればそのようなことにはなってほしくないし、当事者(経験者)の立場から氏の主張に対してはっきりと異議を唱えることには、それなりの意味があるのではないかと感じている。

 わざわざ雑誌への投稿ということをした背景には、これをひとつの問題提起として、芹沢氏の主張の妥当性(あるいは危険性)ついて考えるきっかけになってほしいと期待したからだ。しかしその僕のささやかな問題提起は、結果的にその発表の場を与えられなかった。僕のこの思いが伝わらなかったことは非常に残念ではあるけれど、まあ仕方がない。それがあちらの「編集方針」なわけだから。
 しかしそうは思いつつも、僕は芹沢氏の主張が結果的にもたらしかねない危険性について、このまま見過ごすことができない。芹沢氏の一見耳障りの良い主張(氏はひきこもり肯定論者であり、彼の主張は、ひきこもりの当事者からすれば歓迎したくなるようなものであるはずだ)の裏にある落とし穴みたいなものについて、指摘しておかないわけにはいかない。なぜかはよくわからないけど、でもただそう思うのだ。

 しかしながら、雑誌への掲載を断られたいまとなっては、僕はこれを出せそうな適当な媒体をほかに持たないので、いささかの不本意を抱えつつも、とりあえずの対処としてこの場に載せることにした。少しでもものを書いたことのある人ならわかると思うけど、せっかく書いたものがどこにも出せずに終わるというのは、書き手にとってはひどくフラストレーションの溜まることである。また、ここで書いたことはより多くの人に読まれるべきなのではないかという漠然とした思いもあって、この場を使ってささやかな発表を試みることにした。
 もしこのささやかな発表が小さな波紋を起こすことができたなら、僕の努力も少しは報われたことになるだろう。

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 ■ 芹沢俊介『引きこもるという情熱』 感想文

 あるいはこういうのは実も蓋もない言い方なのかもしれないけれど、でも妙にかったるい本だった。なぜだかわからないけど、読んでいる間ずっとかったるくてかったるくて仕方がなかった。 

 なにしろ書いてあることが頭に入ってこないのだ。目は字づらを追っているのだけど、本の内容は頭の上を素通りしていくばかりで、気がつくと、ページを繰る手は止まったまま全然関係のないことを考えていたりする。ふと気がついて本に目を戻すのだが、しばらくすると意識はまたあらぬところを彷徨いはじめる。そしてまぶたが重くなる。そんなことが延々続いた。決して分厚い本ではないのだが、でも一向にページが進まない。
 いや、この本は特にむずかしいことを言っているわけではない。文章が難解なわけでもそれほどない。むしろまずまずわかりやすく書いてある方だと思う。しかしそれにもかかわらず、この本の内容は僕の頭にはまるで入らず、おかげで読み終えるのにひどく時間がかかってしまった。
 そしてそんなふうだったから、この本を読みながら僕が考えていたことは、芹沢さんの言っていることが正しいのか正しくないのかということではほとんどなくて、「どうしてこの本はこんなに読み進まないんだろう?」ということばかりだった。それがこの本に関する最初の印象である。

 はじめはただ単に自分の集中力が欠けているだけなのだと思っていた。そういうことって、たまにある。何かの加減で意識が散漫になってしまって、集中力が持続しないのだ。でも問題は、何度読み直してみてもそのたびに頭がぼおおおっとしてきて、結局いつまでたっても読み終わらないし内容もろくに理解できない(理解できないままページを繰らざるを得ない)ということだった。……ということは、たぶん集中力の問題ではないのだろう。
 次に考えたのは自分自身の理解力の乏しさについてだったが、この本をベッドの上に放り出している間に何冊かの本を読み終えることができていたし、中には止まらなくなってひと晩のうちに読みきってしまった本も二冊ばかりあったから、その線は外してもよさそうだとの結論に落ち着いた。「ここのところひきこもり本に飽きていたから」ということも考えたのだが、放り出している間に読んでしまったもの中にはひきこもりがテーマのものもあったから、その線も理由としては考えにくかった。
 芹沢さんの文章のリズムの悪さ(不必要な改行の多さや難解な用語など)については読んでいる時からずっと気になっていたのだが、どちらかといえばそれは周辺的・付属的な問題であるように感じられた。多少リズムが悪かったとしても、いいことが書いてあればそこだけぱっと目に飛び込んでくるものだ。それもあるかもしれないが、でもこれが中心的な原因だとは考えにくい。

 おそらく、芹沢さんの書いていることは概ね正しいのだろうと思う。でもその「正しさ」は、はたと膝を打って「そうだ、そうなんだよ」と深く頷いてしまうような種類のそれではなくて、どちらかといえば高校の退屈な授業を聞かされている時のような、「そりゃそうだろうけどよ」とでも言ってしまいたくなるような種類の「正しさ」だ。少なくとも僕にはそう思えた。彼の主張はたぶんそれなりに正しいのだろうけれど、でもそれは昼休みあとの授業の内容のように教室の中を空しくこだましていくばかりで、腹にどすんと染みてくるということがないのだ。
 確認。僕がここで問題にしたいのは、芹沢さんの主張が正しいのか正しくないのかということではなくて、その「正しい」はずのものが僕に対して訴えかけてこないのはなぜなのか、ということだ。

 先に僕なりの推論から言ってしまえば、芹沢さんの主張というのは結局頭の中だけで考えられたことだから、それがどんなに「正し」くとも腹の中にまでは響いてこないのだ。彼の言っていることは何となくわかるし、おぼろげな理解はできる。でも結局は机の前に座って頭だけで考えたことだから、腹に染みてくるような説得性を持った深い理解にはならないのだ。僕はそう考える。
 何というか、彼の主張というのは自分の体験や経験から絞り出されるようにして得られた結論ではないため、どこか頭でっかちというか上滑りというか、「机上の空論」的に空疎に響いてしまうのではあるまいか。あくまで印象論なのだが、どうも彼の文体にはフィジカルな雰囲気というものが感じられないのだ。悪い言い方をすれば「学者さん」的だし、理論か実践かという観点で言えば、まず間違いなく理論の方に入るだろう。まあ良くも悪くもインテリなのかもしれない。
 インテリであることがいけないとは言わない。でも僕の個人的な好みを言わせてもらえるならば、どちらかというと僕は理論(頭)よりも実践(体)タイプの人の方が好きだ。これは僕自身が実践タイプだから実践派の人の方により多く共感を抱くということではなくて、むしろ頭でこねくり回してしまうタイプだからこそ、自分に足りない要素を持った人に惹かれるといった方が近い。そしてそういう見地から言えば、僕にとっては芹沢さんのようなタイプの人よりは、もっと実践的な人――たとえばタメ塾の工藤さんみたいな――の方に惹かれるのだ(ちなみに、工藤さんの話をじかに聞いてみてわかったのは、この人にありがちな「戸塚ヨットスクール」といったイメージは大きな誤解であるということだったが、本題から逸れるのでここでは割愛)。

 さて、大変失礼ながら、工藤さんはあまり「インテリ」とは呼べないと思う。まず横文字やむずかしい言葉がわからないし(「おれはほら、『定義』とか、難しいことはわかんないから(笑)」〔工藤定次×斎藤環『激論!ひきこもり』28頁〕)、話を聞いていてもその説明はいまひとつ要領を得ないことが多い。
 でも、実際に工藤さんの話をじかに聞いて感じたことは、この人の言葉にはどこか確かさの感覚があるというか、「この人なら何となく信じられるかな」ということだった。彼の主張が正しいか正しくないかとは別に、また話が上手かどうかとは別に、タメ(工藤)さんの言葉には何か経験や実感に根ざしたフィジカルな説得力のようなものが感じられるのだ。これは頭だけではなく、体全体を使って得た知識とでも言うべきか。そういうのは、肉体労働者が放つある種の迫力に似ているかもしれない。おそらく、タメさんには「インテリ」にありがちな変な小賢しさみたいなものが希薄で、裸で勝負せざるを得ない分、何かが相手の心にまっすぐ届くのだろう。そんなことを考える。

 頭だけで考えることならひきこもっている間にもう充分やってきた(ひきこもりの人は大概そうだろうが)。
 そしてその結果得られたものはといえば、「頭だけで考えていても結局ダメなんだ」という一種の悟りというか、諦念でしかなかったから、僕にとってはもうそういう「頭だけ」のものにはさほど興味を惹かれないのだ(もちろん、その諦めがあったからひきこもりから抜け出ることができたのだということについては肯定しておきたい)。そしてもっと言えば、そういう図式的観念的思考に根ざした主張というのは、それがどんなに正しくとも大した力を持ち得ないのだ。僕はそう思う。

 それから本の内容について少し。
 芹沢さんは、ひきこもり問題に取り組む精神科医やカウンセラー、民間の援助職にある人らを指して「引きこもり引き出し人」として批判しているが、この考え方はいささか問題があると思う。
 ひきこもりがこじれてしまったケースにおいては、すでにひきこもりの悪循環過程に入り込んでしまっていて、本人や家族の力だけではどうしようもなくなっていることが多いのだ。そのことは芹沢さんもよくご存知だろう。そしてそういうケースにおいて第三者による援助を否定することは、そのひきこもり状態を放置し、さらに悪化させることにつながるのだ。軽度の場合はともかく、年単位で長期化してしまったケースにおいては、ある程度の介入という選択肢をはじめから否定的に見てかかるというのは――もちろん、本人の意思を無視して、恫喝まがいのやり方で引きずり出すようなのは論外だけど――やはり危険な考え方であると僕には思える。
 それからもう一点。芹沢さんの唱える「往路・滞在期・帰路」のプロセスは、考え方のモデルとしてはおそらく正しい。そのプロセスを辿ることができれば、芹沢さんが主張するように、ひきこもりはその人にとっての「必然性を帯びた人生の一コマ」たり得るだろう。それには僕も同意したい(僕は自分のひきこもりには意味があったと思っている人間のひとりだから)。
 しかし、この主張はやはり理想論だ。理想論であり、ひきこもりという現象の比較的幸運な部分だけを抜き出した一断面に過ぎないと思う。安心してひきこもることのできる「滞在期」を誰しもが獲得できるわけではないし、むしろそれができずにいるからこそ困っているのだ。
 芹沢さんは「(ひきこもりには)はじまりがあり、終わりがある」と書いているけれど、そうとは限らないと思う。気の毒だけど、「はじまりはあっても、一向に終わりが見えてこない」という状態にはまってしまったケースや、不幸なことに最悪の結末を迎えてしまったケースだって少なくないはずだ。ひきこもりを肯定的に捉えたい気持ちはわかるけど、しかしそのことがもたらすかもしれない危険性についても、やはり視野に入れておくべきであると僕は考える。

 「正しく」ひきこもれる人はまだいい。<いろいろ回り道もしたけれど、あの時間は決して無駄ではなかった。あの経験から得たものだってたくさんあった>と考えられるから。
 でも、それが声高に叫ばれすぎると、そうできない人たちが切り捨てられてしまうのではないかという危惧を僕は抱いている。うまく言えないのだけど、たぶんそれは、ひきこもりからの生還者や「正しい引きこもり」の存在が、結果的にその対岸にいる当事者たちを抑圧し、「ひきこもり」にすらなれなかった二重の意味での「落伍者」をつくり出すことになるのではないかという薄ら寒い予感だ。そしてそう考えると、僕だっていつ「加害者」の側にまわったとしてもおかしくないのだ。彼らの背中をぽんと押して崖下に突き落とすという可能性を完全に否定することは、たぶんできないのだ。
 もちろん僕だってそんなことは考えたくない。「悲観的に過ぎる」という批判だってされるかもしれない。でも、そうなる可能性については、やはり自覚的でありたいと思っている。あるひとつのことがらを一面的に捉えたがるイノセントで無自覚な姿勢が、ある時から無慈悲で救いのない暴力へと転化してしまう可能性を、僕は否定できないから。

 [筆者註]:
 この文章は、いちど書き上げたものを、時期を開けてから加筆修正したため、前後で文章のトーンが違うというか、流れがちょっと変なふうになってしまいました。自分で「自己矛盾を起こしてるのでは?」と思う部分もなくはないのですが、うまく修正できなかったし、僕が抱いている迷いやもどかしさみたいなものも含めていちど自分の中で整理されるべきなのではないかと考えて、あえてこの不完全な形のままで出すことにしました。それほど変でなければいいのですが、正直言ってあまり自信がないです。(この箇所を含め、すべて投稿時のまま)

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2003/08/22

11.学びとるもの、忘れてはならないもの

 身近な人がひとり死ぬたびに、自分の人生が少しずつ重くなっていくのを感じる。自分の人生なんてちっぽけなものかもしれないけれど、でも自分ひとりだけのものではない、もっと重いものになっていくように思える。人が死ぬたびにそこから何かひとつでも学んでいけないのであれば、死者に対して顔向けができない。それが死者に対する礼儀というか、残された者の務めではないかと思う。

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 おばあちゃんへ

 このミニカー、覚えていますか?
 とはいっても、もう20年以上も前のものだから、覚えていないかもしれませんね。これはたしか僕が4才だか5才のときに、おばちゃんに買ってもらったものです。もう23,4年も前のものだから、まあちょっとした年代ものですね。

 このミニカーは、たしか2週間ぐらい前に、ふとしたきっかけで見つけ出して、何気なく部屋に飾っておいたものです。特にどんな理由があってとかいうわけではなかったのだけれど、まあ、ただなんとなく。
 でもこのミニカーを部屋に飾るようになってから、こんど――にお見舞いに行くことがあったら、これを持って行こうと考えるようになりました。その頃にはもう意識もだいぶ混濁していて、いろいろなことがわからなくなっていたみたいだけれど、でもこれを持っていって、「覚えてる? 小さいときにおばあちゃんに買ってもらったものだよ。いまでも持ってるんだ」って言えば、きっと何かを思い出したり、喜んだりしてくれるのではないかと思っていたのです。

 おとといの夕方、おばあちゃんが救急車で――の診療所に運ばれたと聞いたときも、迷わずこれを持って行こうと決めました。明らかに病状はよくない。もう二度と意識は戻らないかもしれない。でも、これを持っていって話しかければ、少しは笑ったり手を握ったり、何か反応してくれるんじゃないかと思っていたのです。そうしてほしかったのです。
でも結局、その思いは果たせなかった。僕がこの家に着いたときには、おばあちゃんはその場所で二度と目覚めることなく眠っていたし、それから2日が経った今日のいまでは、こうして骨壷に入ってそこに納まっているというわけです。もう顔を見ることもできない。

 僕が最後のお見舞いに行ったのは、まだ温泉病院に入院していた2月の末のことでした。それから4ヶ月以上もの間、僕はいちども会いに来なかった。もちろん来ようとは思っていました。来ようと思えばいつだっていつだって来れたはずなのに、でもそうすることをしなかった。
 もちろん、あまりに急なことだったから、死に目に会えなかったのはある程度仕方ないにしても、できたはずのことをやらなかったことについては、いまでもすごく後悔しているし、そうしなかった自分に対してひどく腹を立てています。そして何よりも、おばあちゃんに対して本当に申し訳なく思っています。ほんとうに、ごめんなさい。

 実は今日、朝からポケットの中にこのミニカーを忍ばせていました。礼服の中にミニカーだなんてずいぶん変な取り合わせだけど、もし機会があったら、こっそり棺の中に入れて一緒に焼いてもらおうと思っていたのです。
 でも結局のところ、これを棺の中に入れることはしませんでした。棺の中で一緒に焼いてしまうと、なんだかとても大切なものまで一緒に灰になってしまうような気がしたからです。僕の中から、何か消えてはならないはずのものまでが失われてしまうように思えたのです。

 そういうわけで、このミニカーは僕が死ぬときまで持っていることにしました。もう古くて傷だらけで、値打ちにしたら300円もしないかもしれないけれど、でも僕にとっては、本当にかけがえのない大切な思い出の品なのです。少なくとも、今日からはそうなりました。
 この古いミニカーを手に取るたびに、僕はこれからもいろいろなことを思い出すでしょう。この上もなく楽しかった日々のことも、取り返しのつかないミスを犯したときの悔しさも、いろいろまとめて。

 いままで本当にありがとう。正直、それ以外の言葉が見つかりません。もし気が向いたら、夢の中にでも顔を出してください。そうすれば、去年の旅行で見せられなかった四万十川ぐらいは見せてあげられるかもしれないから。
じゃあまた、そのうちね。

 平成15年7月6日  孫代表 ――――

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 きのう祖母の四十九日をやってきた。こないだやった法要ではなく、本当の当たり日の方だ。いままでこのミニカーはずっと祭壇に預けてあったのだけど、これを区切りに自宅へ持って帰ってきた。いまはこれを書いているパソコンのすぐ横に置いてある。
 これからずっと、僕はこの古しいミニカーを持っているつもりだ。祖母への弔いの記憶として、自分への戒めのしるしとして。

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2003/08/10

10.残尿感

 えーと、今日はちょっとばっちい話です。なので、これを読んでちょっと気分を害される方もいるかもしれませんし、あるいは食事中の方は、お食事が済んでから読まれた方がいいかもしれません。あらかじめお詫びしておきます。ごめんなさい。まあネットしながらメシ食う人はそんなにいないとは思いますが……。

 たしか2,3年ぐらい前からのことだと思うんだけど、妙に尿切れが悪くなって困っています。トイレに行っておしっこをするんだけど、出終わったあともなかなか終わらないのです。小便。
男性の場合は、出終わったあとに軽く(ピー)をふりふりして残りを切ってから用を済ませるわけですが、これがなかなか終わらない。振っても振っても、いつまでやっても、な~んかまだ残ってるような感じがするんだなあ。まあいわゆる残尿感というやつです。
 だから用が済んでもなかなか小便器の前を離れられないし、当然トイレにいる時間も長くなる。正直に申告いたしまして、小便をしてる時間よりもそのあとの方が長いくらいでして、自分よりもあとに来てとなりに立った人が、僕より先に済ませて出て行ったりなんてこともしばしば……というか、ほぼ毎回であります。経験のある人はわかると思うけど、こういうのって結構疲れる。
 この残尿感については、家にいる時にはまだそれほど気にならない。時間はたっぷりあるし、後ろで誰かが待ってるということもないからだ。
 困るのは外出した時だ。特に混んだトイレに入ってしまった時がいけない。横に人がいるだけでもなんとなく気になるくらいだから、誰かに後ろに並ばれたりすると、もう何か急かされてるような気がしてすごく落ち着かないのだ。<ああ早くしなきゃ>とつい思ってしまう。
 またこういうのは焦りが焦りを呼ぶというか、早くしなきゃと思えば思うほどドツボにはまるようなところがあるから、ハムスターのように小心な僕は、背後に人の気配を感じると妙にあせあせして、まだ何か残ってるような気がしたまま便器の前を離れてしまうことも多い。そういう時というのは何かが中途半端で気分が悪いし、最悪の場合にはちょびっと中で漏れちゃったりなんかすることも……ええと、ごくたまにですが……まああるわけです。まったく良いことなんてひとつもない。

 そんなわけで僕はここ数年、小用を足す時であってもわざわざ個室に入ることが多くなった。列に並んでいて個室のドアが開いているのが見えたら、僕は迷うことなく個室に入る。うんこじゃないけど個室にGO。理由はもちろん、個室なら急かされることなくゆっくりと用が足せるからだ。多少時間がかかろうとも、やっぱりトイレぐらいゆっくり済ませたい。
 あるいはこうやって個室で小用を足すというのは、「男子たるもの小便は立ってすべし」的なマッチョイズムから見れば「嘆かわしきこと」なのかもしれないが、はっきり言って僕にとってはそんなものはどうでもいい。完全にブルシットである。小用のたびにあんな思いをするのは僕としてもかなり辛いし、しくじって中でちょびっと……なんて事態になった時の切なさや情けなさを思えば、個室で用を足す方がはるかにリーズナブルな選択だからだ。ともかく人にはそれぞれ個別の事情というものがあるのです。いろんなものをあんまりひと括りにしないでもらいたいと思う。

 ところでこれは残尿感とはちょっと違うのだけれど、僕には一種の神経性頻尿というか、割に頻繁にトイレに行きたくなることがあるという困った症状もある。まあ早く言えばトイレが近いのだが、これは排尿器官の機能云々の問題というよりは、むしろ多分に精神的な問題が絡んでいるようである。
 大きな特徴としては、緊張した時に「近く」なってしまうという傾向があるのだが(緊張状態にない時はほとんど気にならない)、特にダメなのがライブ前。開演時間が近くなると、「しばらくのあいだトイレに行けない」という意識がはたらくのか何なのか、やけにトイレに行きたくなるのだ。
 これも武道館みたいな椅子席の場合はまだいいのだが、でもライブハウスとかのオールスタンディングのやつになると結構こたえる。スタンディングの場合はいい位置を確保しようとして早めに入場して場所を確保するから、長い待ち時間のあいだに不可避的に連続的に「トイレに行きたい/でも場所は確保したい」というアンビバレントな気持ちに襲われてしまうのだ。あれは結構辛いものです。今年の夏はまたサマソニを見に行くのだけど、レディオヘッドを間近で見たいがために2時間も前からマリンスタジアムのど真ん中で待っていなければならないのかと思うと、それだけでいまから気分が暗くなってしまう(結局サマソニは事情で見に行けなかったのでそういう苦労はしないで済んだのだが。しかしレディオヘッド見たかったなあ、ぶつぶつ)。

 「そんなの気にしなければいいじゃないか。大して長い時間じゃないんだし、飲み物を控えるようにしておけば大丈夫だよ」とあなたは言うかもしれない。でも残念ながらそういう問題じゃないのだ。こういうのは水分を摂りすぎたから……というのではなくて、半ば精神的な問題である。だからそれほど水分を摂っていなくとも、いちど気になってしまうともう強迫的に神経症的にトイレのことが頭から離れなくなってしまう。そしてそうなると、仮についさっきトイレに行ったばかりだとしても、また行きたいような気になってくるのだ。行ったところで当然大して出やしないのだが、でも行きたくなる。この辺は下痢になった時のことを思い出してもらえれば割に近いかもしれない。まあなにしろ困ったものである。だから最近では前もって抗不安剤を持っていって入場後に飲むようにしている。いちど気になり出すと割に面倒なことになるから、あらかじめ薬で抑えてしまうわけだ。
 しかしこれにも問題がないわけではない。というのは、僕が常用している抗不安剤(レキソタン)には妙に口の中が乾くという副作用があるので、薬を飲む→口の中が乾く→水分が欲しくなる→ちょっと水を飲む→トイレのことを思い出して尿意を催すという、とほほな結果に終わってしまうことが多いからだ。まったくなんのこっちゃら。世の中ってうまくいかない。

 ライブ以外には、サッカーを見に行った時なんかも尿意に困ることが多いので、試合前とハーフタイムのところでなるべく用を済ませておくようにしている。そうでないとそれぞれの45分間を、ちょっと落ち着かない気持ちで過ごさなければならなくなるから。そんなわけで僕は、前半のロスタイム途中ぐらいには席を立って階段のそばに立ち、主審の長い笛と同時にトイレにダッシュすることが多い。ハーフタイムになるとトイレには人が殺到するし、特に国立競技場のような古いスタジアムの場合には、トイレの数が少なくてひどく待たされることが多いのだ。ひどい時には後半の10分ぐらいまで待たされることだってある。
 だからもし僕といっしょにサッカーの試合を見に行って、前半40分辺りからそわそわし始めるのが見えたりしたら、「ああ、そういう事情なんだな」と思ってあたたかく好意的な無関心を装ってやってください。繰り返すようだけど、人にはそれぞれ個別の事情というものがあるのです、ええ。

 さて、ところで、この残尿感あるいは神経性頻尿(みたいなもの)について密かに悩んでいる人というのは、実は案外多かったりするんじゃないかと僕は勝手に推測しているのだけど、そんなこともないのだろうか?
 僕がこの残尿感のことを知ったのは、テレビで久本雅美がそれについて喋っていたのを聞いた時だったし、先日このことをちょっと勇気を出してある友人に話してみたら、「そうそう、そうなんだよ」と禿げしく同意してくれた。その人はこれには糖尿が絡んでいる可能性もあるなんてことを口にしていたから、あるいはそういうこともなくはないのかもしれない。しかし糖尿かぁ、いやだなぁ……。
 ともかく、こういうのはなかなか口にできづらい種類のことだから、夜尿症の人のように誰にも言えずにひとりで鬱々と悩んでおられる人も多いのかもしれないと僕は想像する。というか、そうでないと僕としては結構恥ずかしいので、むしろそのことに密かに期待しているのだけど、うーん、そうでもないのかしらん? 
 まあそんなわけで、この頃はテレビでやってるなんとかいう尿もれの薬(さすがに名前は知らない。ハルンケア……だっけ?)のCMが少しずつ気になったりなんかしているのだが、うーん、誰か賛同のメールとか送ってきてくれないかなあ、ねぇ…(ぶつぶつ)。

 おまけ:
 個室に入って小用をたすというのは、外国では日本よりもポピュラーなのかもしれないと思ったりする。というのは、カナダなんかに行ったときにそれらしき人を結構見かけたから。あっちの人というのは日本人に較べて、その辺のプライバシーについてについて敏感なのかもしれない。
 それから、スイスのサービスエリアのトイレに入ったときは、小便器の位置が高くてえらく苦労しました。やっぱみんな背が高いんだね。やってみればわかることだけど、背伸びしながら小便するのは結構つらかったです、ほんとに。じゃあまた。

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2003/08/05

9.やっぱり生がいい

 割に「今年はサッカー(Jリーグ)見に行ったの? 応援してるのはやっぱりマリノス??」と聞かれることが多いのだけれど、今年は1回も見に行ってない。去年だって4回、W杯やその前の親善試合を含めればその倍くらいは見に行ったし、おととしはリーグ戦だけで10試合以上見ていることを考えると、今年は少ないなあと思う。というか、1回も見に行ってないのだから、ほんとは少ないも何もないのだけど……ということにはさっき気づいた。すみません、もともと血の巡りが悪いほうなもので。
 開幕前は今年はマリノスがいけそうだという予感があったのでなるべく見に行こうと思っていたのだけれど、磐田や鹿島との対戦がいずれもアウェーだったし、浦和戦の日は別の用事があって行けなかった。ひさびさにレッズサポーターを見たいなと思っていたのだけれど(「レッズを」ではそれほどない)、これは残念だった。結局最後のほうで市原が自滅してくれたおかげでマリノスが1stステージで優勝したわけだけど、ちょうどこの期間に初盆が重なっていたこともあって、この優勝決定試合も見ることができなかった。そういうわけで今期の試合観戦数はゼロである。

 試合観戦数ゼロなのはマリノスの試合だけじゃなくて、阪神の試合についても同様だったりする。去年は開幕2戦目も巨人戦を見に行ったし(もちろん阪神が勝った。スコアは2-1。清原のホームランはすごかったです)、6年ぶりに甲子園まで行って阪神のホームゲームを見ることもできた(この日は中日が勝った。僕は一度も甲子園での勝ちゲームを見たことがない)。おまけになぜか巨人対西武の日本シリーズを見に行って、挙げ句の果てに日米野球を2試合も見ることになった。なかなかの散財である。けど今年はまだ1試合も見ていない。阪神の試合も見ていないし、よそのチームの試合も見ていない。
 もちろん見に行こうとは開幕前から思っていたのだけれど、ぼやぼやしているうちにいつのまにか行きそびれてしまったのだ。チケットはなかなか手に入らないし、オークションでも結構高い値がついてたりする。いまでは優勝はほぼ決まっているのでなんとなく気が抜けてしまった部分もあるし、Xデー近くはXデー近くでどうせきっと馬鹿みたいに値上がりするのだろう。もちろん胴上げを見たいのはやまやまなんだけど、なんかこの分だとせっかくの優勝シーズンを1試合も見ることなしに終わっちゃうんじゃないかという悲観的な予感がしないでもない。弱ったなあ、なんでまた今年に限って。ねぇ……(ぶつぶつ)。

 さっき今年は1回もサッカーを見に行ってないと書いたけど、それはJリーグの試合をということであって、一度も見ていないということではない。見に行ったのは日本代表対ウルグアイ代表の国際Aマッチ。ほんとはアメリカ遠征で対戦するはずだったのが、プレジデント・ブッシュのろくでもない決断のおかげで急遽日本での開催になった試合だ。普通は代表戦のチケットなんてなかなか手に入らないのだけど、この試合は直前になって急にばたばたと決まったのでなんとか手に入ってしまった。
 なんといってもレコバ見たさにチケットを買ったのだけれど、この試合における最大の収穫は、中田英を生で見れたことだった。日本代表の試合はそれまでに2回見たことがあったのだけど、そのどっちも中田は不在だったので、ナカタを見たのはこの日がまったくはじめてだったのだ(ついでに書いておくと、僕が見たのはコンフェデ2001の決勝・日本対フランス戦、それから02年の日本対コスタリカ戦の2試合。コンフェデのほうはセリエAの日程とかぶって決勝戦のみ中田が不在だったし、コスタリカ戦は1.5軍のメンバーで海外組は不召集だった)。
 半ば予想のついたことではあったけれど、欧州組を加えたベストメンバーの日本代表を見てはっきりとわかったのは、日本代表というのは結局のところ中田のチームなんだってことだった。たしかに小野や稲本や高原なんかが力をつけてヨーロッパでプレーする選手も増えたけれど、でも実力的にいえば中田のそれには全然及ばない。実際に生で見てみるとその辺の差というのはテレビで見る以上にはっきりとわかってしまった。とにかく中田の場合、全体的な動きから感じられる安定感や「しっかり感」みたいなものがほかの選手とは明らかに違うのだ。中田はこの試合で点を取ったわけではないし、決定機でシュートを外すというマヌケもあったけれど、でも中田と比べるとほかの選手がいまひとつ元気がないというか、自信なさげにプレーしているように見えた(特に川口能活。実際にやっちゃいましたね)。レコバやフォルランのプレーが生で見れたのもよかったけれど、日本代表における個々の実力の差みたいなものが確認できたというのはまったくもって予想以上の収穫だった。あれだけのものを見れてチケ代3000円は安いよな、と思う。いやマジでマジで。

 生で見るとテレビではわからなかったようないろんなことに気付くことがある。単に有名選手が見たいというミーハーもあるけれど、でもそれだけじゃない。試合の流れや今どっちが押しているのか/押されているのかといった全体の戦況、それに個々の技術レベルというのは、不思議なもので生で見たほうがよくわかる。そろそろ点が入りそう/入らなさそうというのも雰囲気でだいたいわかるし、あのキーパーはうまい/下手だというのもぼんやり見ていればだいたいはわかる。ボールに触っていなくてもわかるのだ。幸運にして僕はいままでオリバー・カーンの出た試合を2回見たことがあるんだけれど、本当に全然点が入りそうな感じがしなかった。理由はよくわからないけど、でもただわかるのだ。あ、これは点を取るのはむずかしいだろうな、って。言うまでもなくそういう経験は僕にとっては大きな収穫だった。なんというか、自分の中にひとつの基準点みたいなものができるのだ。一流の選手っていうのはこれぐらいの感じなんだなっていう。
 そんなわけで、これから国立競技場まで出かけてFC東京対レアル・マドリードの試合を見てきます。へへへっ、まあ要はこれが言いたかっただけなんだけどね。ではそろそろ時間なので行ってきます。ベッカム~~(はあと)。

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