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2003年11月

2003/11/30

24.2003日本シリーズ観戦記・抜け毛という概念の有無について

 もうひと月以上まえの話だけど、阪神は甲子園球場まで行って2003年の日本シリーズを見てきた。考えてみれば日本シリーズなんてものを見るのは86年の西武対広島以来17年ぶり……というのはもちろん真っ赤なウソで、去年見てきました。巨人対西武:東京ドーム第2戦。桑田が投げて巨人の連勝、そのあと巨人がふたつ勝ってあっという間にシリーズは終わりというとほほなシーズンである。勝敗はともかく、せめて実力の伯仲した好ゲームは見れると思っていたのに、その期待すらあっさりと裏切られた。あれほど事前の期待度と事後の結果が食い違ったシリーズというのもめずらしいかもしれない。
 去年も今年も、よく日本シリーズのチケットが取れましたねと何人かの人から言われたけど、これはネットの抽選で申し込んだからである(去年はイープラスで、今年はチケットぴあ)。チケットを買うためのもっともポピュラーな方法はもちろん一般発売の電話予約なんだけど、結論から言うとこれはまず繋がらない。なにより競争率が違うし、転売目的で大量にチケットをおさえる業者が幅を利かせる。一般人が何の策もなく電話をかけて見事チケットをゲットできる確率というのは、実際のところかなり少ないのではあるまいか。
 それから言えば、ネットでの抽選に申し込んだ方が確率はいくらか高い。もちろん抽選なので当たり外れの運はあるけれど、申し込みさえ済ませてしまえばあとは何もしなくていいし、運の部分は「数撃ちゃ当たる」の精神で多少はどうにかなる。

 取ったチケットは甲子園での初戦である第3戦だったので、前日の移動日の日に大阪に入る。ホークス2連勝のあとの3戦目だったせいか、難波にあるチケットショップをいくつかふらっと見たら、普通ではまず手に入らないはずのチケットがごくふつうに並んでいたので驚いた。暇にまかせていくつか見てみたけど、相場はだいたい定価の5倍ないし6倍前後。金券屋より安いとされるヤフーオークションでさえ定価の10倍は平気でついていたことを考えると、この金額は半ば破格のお値段と言っていいかもしれない。もっとも、これが阪神2連勝のあとの第3戦、このままいけば甲子園での胴上げもあり得るというチケットだったら、話はまただいぶ違うものになっていただろう。

 阪神電車を降りて甲子園球場に着いたのは午後の3時。しばらく外で時間をつぶしたあと、開門と同時に中に入る。阪神の打撃練習はすでに終わっていて、グラウンドではホークスの選手たちがめいめいにバッティング練習を行っていた。バルテスやズレータ、大越や本間などの姿が見える。ビジターのゲームではあるが、ダイエーの選手たちはこころなしかみな伸び伸びゆったりと汗を流しているように見える。バッティングゲージのそばにはユニフォーム姿の王監督の姿も見えたが、すっかりリラックスして余裕の表情でいるのが遠目からでもはっきりわかった。あるいは福岡に戻ることなしに、ここで一気に決めてしまおうという腹づもりだったのかもしれない。
 目を少し横にやって、3塁側のブルペンの方を見やると、ホークスの背番号20がピッチング練習をしているのが見える。寺原だ。時間にはまだ余裕があったので、ひょいひょいとベンチ横まで降りていって2年目投手の姿を間近で見ることにする。
 すぐそばで見てみてすごく意外だったのは、寺原という選手はそれほど背が大きくないということだった。夏の甲子園で155キロを出した豪腕投手、入ったときからおっさんみたいな顔をした身体のでかい選手というイメージがありすぎるぐらいあったのだが、意外なぐらい上背がないし、体も思ったよりだいぶほっそりとしている。きっと一時期より大幅に絞ったのだろう。ついでに顔も良くなった(ように見える)。あとでプロフィールを見たら身長が179とあったけど、実際にはもっと低いかもしれない。寺原よりも付きっきりでセット・ポジションのチェックをしている尾花コーチの方がずっと背が高かったくらいだ。やっぱりものごとというのは実際に見てみないとわからんもんだな、などという感慨をあらたにする。
 でもさすがは速球投手、球は速い。真横で見ていたけど、速すぎるので何がなんだかさっぱりわからなかった。150キロ出ていると言われればそうかなという気がするし、135しか出ていないと言われればやはりそうかなと思ってしまう。素人にはその辺の違いがぜんぜんわからない。しかしブルペンキャッチの真横に立った尾花は何かが不満らしく、しきりに首をひねったり何ごとかを耳打ちしたりしてだいぶ長いこと寺原のそばを離れなかった。尾花のしぐさを見ていると、セットのときに体重が乗らないのかもしれないし、あるいはコントロールにばらつきが出ているのかもしれない。しばらく見ていたけど、当の寺原もいまひとつ目に力がない。何かが違うというか、どこかに自信が持てない様子に見える。結局寺原はシリーズを通していちども登板機会がなかったから、あるいは最後までここでの課題を修正できなかったのかもしれない。せっかく間近で見たのだから一度くらい投げてほしかったなというのが正直な感想だが、そんなことを言ったところでどうなるものでもない。まあこれを糧にまた来年がんばってください。

 グラウンドにはホークスの選手たち以外にも、カメラやマスコミ関係者が大勢入り込んでいたのだが、投げ込みをしている寺原の姿を見ている一団の中に、元ホークスそしてライオンズの秋山幸二の姿が見えた。ノータイのシャツの上に革ジャンを羽織った秋山はどこからどう見ても間違いなくかっこいい。背もぐっと高くて姿勢が良い。生まれるのがあと10年遅ければ松井稼頭央なんかのようにメジャーに行って活躍していたスター選手だが、引退したあともその独特のオーラのようなものは消えずに残っているみたいだ。まわりの人とは持っている雰囲気が違うのでぱっと見分けがついてしまう。
 ついでを言えば、もう40をいくつも過ぎたはずなのに、秋山の頭には抜け毛らしき兆候がまったく見られない。もうあり余るぐらいにふさふさしている。その辺、同じ一流選手とはいえ、掛布や衣笠とはえらい違いである。きっと秋山幸二という人の人生には、抜け毛という概念は生まれつき存在しないのだろう。あれだけ野球がうまくてかっこよくて、そのうえ野球選手にありがちな抜け毛の問題にも無縁だなどというのは、これはもう誰がなんと言おうと不平等の極みである。まったく才能というのは激しく不公平なものだなあとしみじみ思う。うらやましい話ですね。才能というのは油田や金鉱と同じだ。あるところには徹底的にあるし、ないところにはどこまで掘り返しても徹底的にない。きっと神の摂理に公平などという文字はないのだろう。決して不満を述べているわけではないのだが、彼のような人を見ていると、そういう一種の理不尽性や不平等性みたいなものについてついつい考え込んでしまうことになる。

 おそらくどこかのラジオのゲスト解説で来ているのであろう、牛島と中日の山本昌の座っているブースの近くを通って自分たちの席に戻ると、金網越しのシーズンシートの端っこに、阪神の外国人選手の家族とおぼしき白人御一行の姿が見えた。はっきりとはわからないが、後列に座っているのがムーアの家族で、前列にいるのがアリアスの家族というところだろうか。前列の中で背番号14のユニフォームを着てとりわけ嬉しそうにしているおばさんはおそらくジョージのママで、膝に抱かれているのがこないだ生まれたばかりというアリアスの娘なのだろう。アリアスの家族は終始和やかに楽しそうしているのに対し、ムーアの家族(たぶん)の方は比較的クールに試合を見ている対比がなんとなくおかしかった。せっかくの晴れの舞台なのだからもう少し賑やかにやってもいいのになと思わなくもなかったのだが、彼らにとってはそんなことは余計なお世話かもしれない。

 両チームの先発は当初の見込みどおりムーアと和田。和田はどれくらいすごいのかいちど生で見てみたいと思って楽しみにしていたのだが、はっきり言って予想以上だった。テレビでちゃんと見たことがなかったので、新垣とは対極にある軟投型のピッチャーかと勝手に想像していたのだが、1巡目はストレート主体に組み立ててきたのでいささか面食らう。特に圧巻だったのが、1回裏の今岡、赤星、金本の3人を揃ってフライに仕留めたところ。球速は138しか出ていないのだが、3人揃って真上に打ち上げるということは、よほどボールが手元で伸びているのだろう。4年前の松坂のときもそうだったけど(このときはテレビで見たのだが)、実力のほどを計る分には1回裏の投球だけでじゅうぶんだった。ルーキーながら14勝をあげた実績はぜんぜん伊達じゃなかった。ダイエーならばともかく、阪神の打線がこのピッチャーを打ち崩すのは決して簡単なことではないだろう。
 そして案の定試合はダイエーのペース。一方の和田がストライク先行で安定感抜群なのに対し、もう一方のムーアは立ち上がりから制球がばらついて、いまいちピリッとしない。ピッチャーがもたもたしてる上に打線はまるっきり音無しなので、スタンドのほとんどを埋めた阪神ファンにとってはイライラばかりが募る展開。ダイエーのリードはわずか1点なのだが、その「わずか1点」がその2倍にも3倍にも大きく感じられる。
 そんな苦しい展開にもかかわらず試合は1-1で進み、7回にはレフトスタンドのごく一部を除くすべての箇所で狂ったように六甲おろしが鳴り響く。ざっと見渡してみてもスタンドの97%は阪神ファンの黄色に染まっている。まったく何という割合だろう。風向きが良い日には、ここから2キロ離れた西宮の辺りでも甲子園の歓声が聞こえるというから結構すごい。ファンの応援が10人目の野手だという話はもううんざりするぐらい聞いたけれど、たしかにこの熱狂的な応援のせいか、城島をはじめダイエーの選手たちがどこかその実力を出し切れていないという感じは、スタンドから見ていてもありありと伝わってきた。やはりファンの力、そしてホームの地の利は大なりである。もっとも、まえにも少し書いたとおり、僕自身はこういう集団的な応援というのはあまり好きになれないのだけれど。どうも生理的に合わない気がする。なんでかなあ?

 たしかに甲子園はすごかったけど、でも僕が本当にホームを実感したのは、このあとの第4戦だった。
 この日の夜、僕はこの近くに住んでいる従兄弟といっしょに西宮の近くの回転寿司の中にいて、ふたりであれこれ話しながらお店のテレビで4戦目の試合を見るともなく眺めていた。ゲームは途中までは楽勝ムードだったのだが、8回に逆転されてからは、お店の中にもすっかりあきらめムードが漂っていた。あーあ、やっぱりダイエーのほうが強いのか、これでこのまま終わりかな、というように。逆転されてからは真剣にテレビを見ている人はひとりもいない。僕だって半ば以上あきらめていた。
 しかしその裏にアリアスのヒットで阪神が同点に追いつくと、途端に店じゅうがわあっという大きな拍手に包まれた。カウンターの板さんまでがテレビのある方にダッシュして食い入るように画面をみつめている。すごい、なんだかよくわかんないけどすごい。よもやこんなところでこういう一体感を感じることになるとは。
 思わず仕事中に身を乗り出した板さんが、「お客さんがみんな阪神(ファン)でよかった」ってなことを言ってたけど、さすがは関西、地元なんだなあって思った。本当にチームが地域に根付いているんだということを肌で実感できた、僕にとっては実に得がたい瞬間でした。こういうホームの感覚ばかりは、東京では体験できないからね。

 ともあれ、今年はいい日本シリーズを見れてよかったです。ワールドシリーズの方もこれぐらいおもしろきゃ言うことなかったんだけど、まあそこまで言うのは求めすぎというものですね。でーは。

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2003/11/23

23.こういうことを言ってしまうのもなんだけど

 人間関係ってすぐほどけちゃうんだなあって思う。べつに携帯のメモリーに300人もの名前が入っているわけじゃないけど、よく動きまわってた頃はそれなりにたくさんの知り合いや友達がいた。特に用がなくても結構なペースで会ったり電話したりメールしたりを繰り返していた。でも、ある時からあまり無理に人間関係を広げないようになったら、人間関係の数なんてもう知らん間に目減りしてしまってあらあらあらである。それこそなんだか、もうちょっと笑ってしまうぐらいに。だいたい携帯に150何件登録してあったって、実際に使うのは20件もないんだよね。いや、10件かもしれん。そんなもんじゃないですか? 僕はそんな感じなんですけど。

 でも、それでもべつにいいかあって思ってるんだよね。それはそんな前みたくあくせくしなくても、繋がる人とはそれこそ腐れ縁みたいにしていつまでも繋がってるからでもあるし、結局のところそんなにたくさんの人間関係を維持していくことなんてできるもんじゃないっていうのが薄々ながらにわかってきたからかもしれない。まったくウキウキの小学1年生じゃあるまいし、ともだち100人なんてことは土台無理なわけで。だから考えてみれば、あの頃は自分がたくさんの人間関係・友人関係を持っているってことに酔ってたのかもしれないな、などと思わなくもない。もらった名刺の数が増えていくことで、なんとなく自分の価値が確認できてると錯覚するちょっと空虚なサラリーマンみたいに。
 ともあれ、なんだかんだしてるうちにいろんな人たちとも連絡を取らなくなって、半分音信不通みたいになってきちゃってるけど、そういえばみんなどうしてるのかなーなんてことをたまに考える。ほんと、みんなどうしてるんだろう?

 ……ということを僕のほうではひそかに内心思っているわけだけれど、ちびちびとこういう書きものを綴っているせいか、まわりの人には僕がどうしているかの動静はだいたいわかるらしい。ま、そりゃそうか。先週ひさしぶりにサッカーを見に行ったのだけど(横浜対鹿島。よもやヒラーセにゴールを決められて負けてしまうとは。うくく)、そしたらいっしょに行った友達に、「ほかの人たちはどうしてるのかよくわからないけど、とりあえず岡本さんはラジオがあるから動静がわかる」みたいなことを言われた。なるほど。僕の方からは向こうの様子は見えないけれど、逆側からはそれなりに(断片的ではあるにせよ)僕の様子が見えてるんだね。べつにそういうことを意図してこれを書いてるわけじゃなかったので、そんなことにはてんで気づかなかったんだけれど、言われてみればたしかにそういう効用もあったのかもしれないなあと、新横浜のモスバーガーの中でコーヒーを飲みながらぼんやり考えたりした。

 以前に較べて自分の人間関係が目減りしているせいなのかどうかはわからないが、実は最近ずっと調子が悪い。いや、「悪い」という言い方はちょっと感じが違くて、これもとある友達が言っていたように、「低いレベルで安定している」といった方が最近の僕の状況には比較的近い。これがもっとガーン!って感じで激しく鬱に落っこちていれば、ああやばいやばい、これはいかん、いかんぞう的な危機意識も多少は持つことができるのだけれど(ん?どうかなあ、怪しいなあ)、どちらかというといまの状態はゆるゆると気がつかないうちに泥沼に沈み込んでいるという感じに近いので、気がついたときには手遅れになってるというか、結構なところまで事態が進行していってしまうような感がなくもない。言うまでもなく、こういうのはあまりよい傾向とは言えない。まあ経験的にこの手の泥沼の感覚はからだで知っているつもりだから、そんなにひどいことにはならないとは思うけれど、でもやっぱり少し間違えば、90年代の阪神のようにずるずるとどうにもならない奈落の底に転がり落ちてしまうんだろうなという危機感は捨てきれずに持っている。

 で、こういう総括をしてしまうのはいささか気が早いかもしれないけど、2003年という1年を振り返ってみたとき、ことしはあまり良い1年じゃなかったなあと言わざるを得ない。いまはもう11月も下旬だから、そういう総括をしてもそれほど早くはないかもしれないけど、これと同じ感想を10月の時点でかかりつけのカウンセラーさんに話していたから、もしこの結論をはたから見れば、これはこれでちょっと気の早い1年の総括に過ぎると映ったかもしれない。おいおい、いまからそう言っちゃうのはちょっと早いんでないの?みたいに。
 でも、すでにその10月の時点で、「ことしはあまり進捗のないろくでもない1年だった」という感覚は強く動かしがたいものになっていた。もちろんあなたは、まだ年が終わるまでに2ヶ月以上もあるのだから、そういう結論を出すのは早すぎるのではないか/もっと事態を好転させるべく、残りの時間を使って何がしかの努力をするべきなのではないかとおっしゃるかもしれない。
 しかしその時点で僕の中には、この流れはそんなに簡単には覆らない/しばらくは我慢の季節が続くだろうという打ち消しがたい予感というか、確信があったから、月をふたつ半ほど残した10月の時点でも、「ことしはあまりいい年とはいえなかった」という時期尚早めいた結論を導き出すのにそれほどの躊躇は感じなかったわけだ。
 だからうざったいようだけど、こういうのは他人がなんと言おうと、結局は自分の中の感覚なんだよね。あるいは自己肯定感のようなもの。他人がどんなにダメだダメだと言ったとしても、本人が自分の中で「これでオッケー」と思えればそれはそれでオッケーだし(たとえばダメ連的な生き方とか)、どんなにまわりから見て、ものごとが順調そうに進んでいたとしても、当の本人が「ああ自分はダメだ」と思っていれば、それはそれでダメなのである。そこを判断するのは最大の当事者である本人自身であって、周囲の人間のする仕事ではない。そうですよね? こういうのはあまり心温まる結論とはいえないかもしれないけれど、結局のところ人間というのは孤独な生き物なんだよなというのが僕個人の基本的な視座というか、スタンスみたいなものであります。すいません、ひねくれ者で。もう少し素直になるまでには、まだあたりをぐるっとひとまわりするだけの時間が必要みたいです。あんまり期待しないで。

 さて、ここのところずっと調子が芳しくないということを先ほど書いたけれど、これまずいよなあって思うのは、以前に較べて自分の状態の回復状況というか、ものごとの進展の速度が目に見えて鈍化しているという事実である。もっと具体的にいうと、僕がひきこもりの生活から抜け出して精神科に通い始めた99年から1~2年のあいだに起きたもろもろの変化に較べ、ここ1~2年のあいだに起きたそれというのは、質・量ともに、もう悲しくなるぐらいに少ない。しかもその速度は、世紀をまたいで年を追うごとに次第次第に鈍く弱くなっているように僕には感じられる。このままいくといずれ上り坂を進むトロッコみたいに速度が落ちて、遠からぬうちにもと来た道を加速度をつけて逆戻りしてしまうんじゃないかという悲観的な予感が頭をもたげてくる。ああもう、いやですねえ。まったく未来も希望もあったもんじゃない。
 もちろん、ものごとというのはそんな簡単かつ急激に変化するものじゃないんだと言ってしまえばそれはそれでその通りなのだろうが、やはり99-2000年頃の自分なりにめまぐるしい変動の季節を知っているので、あまり適切ではないとどこかで知りつつも、いまとあの頃を較べて現在の進捗のなさを嘆くというサイクルから離れることができずにいる。かつての全盛期の勢いを取り戻すことができずに日々苦しみながら、いつ終わるとも知れない不本意な2軍生活を強いられている野球のピッチャーみたいな心境といったら少しは近いだろうか。
 言うまでもなく、そういうのはあくまで僕自身の主観でしかない。客観的に見てどうなのかということは僕にはわからない。あるいは外から見たら、そういう悪いサイクルにはまっているようには全然見えないのかもしれない。実際、僕のことをもっともよく知っている人のひとりであるかかりつけのカウンセラーさんだって、「必ずどこかに向けて動いているし、どこにも行き着かないなんてことはない」というようなことをほぼ毎回のように言ってくれる。でもそれにもかかわらず、当の僕自身はそういう実感を持ちきることができなくて、やっぱり自分はこの先どこにも辿り着かないんじゃないかとか、いま通っているトンネルは実は真下に向けて掘り進んでいる底なしの枯れ井戸なんじゃないかみたいな不安を抱えて、夜中に落ち込んだり暗くなったりちょっと泣いたり気持ち悪くなったり吐きそうになったりみたいな相変わらずを飽くこともなく延々と繰り返している。まったく、いったいいつまでこんなのが続くんだろう?

 ああ、なんか暗くなっちゃったな。少し明るい話でもしようか。こんなんばっかだと正直気が滅入る。政治の話でもしようか。それとも天気の話がいい?

 ここのところあんまり良いことがなかったというのはさっきから繰り返し書いてることだけど、その中でもひとつだけハッピーなことがあった。体重が減ったのだ。いぇい!(上戸彩)
 少しずつやせてるというのは前にも書いた。夏のあいだ食欲がなくって、9月ぐらいに体重計に乗ったら知らないあいだに2~3キロ落ちていた。それで気を良くしてあまり食べないようにしていたんだけど(秋のリバウンドが怖かったっていうのも大いにある)、その甲斐あって遂に念願の大台、60キロのラインを割り込みました。パチパチパチ。いまの体重は59.4キロ。いままでのMAXは67。体重が60を割ったのなんてほんと何年ぶりだろう? たぶん4年とか5年とか、もしくはそれ以上じゃないかな。まあ何にせよこの4,5年の閉塞を破ったという点では、それはそれでひとつの達成と言えるかもしれない。言えないような気もするけれど。

 ちなみにどうやってやせたのかというと、これはただ単に食べなかっただけだ。はじめはリバウンドが怖くてあまり食べ過ぎないように気をつけていただけだったのだが、そしたら自然と胃袋が小さくなって、最近ではちょっと不思議なくらい量が食べられなくなった。それといまは家の事情で月のうち半分以上を自宅でひとりで暮らしているので、その辺の要因も大きかったかもしれない。ひとりだとどうしても食事がおざなりになるし、自炊をしても自分で作ったものというのはまずたいてい美味くは感じられないので、自然と食べる量が減ってくれたという利点はあったと思う。まあなにしろそういう意味ではよかったかもしれない。
 いくつか不満を述べるべき点があるとするならば、ジーパンのサイズが小さくなってベルトを買わなければならなかったことと(ウエストのサイズは31から29になった)、いままで持ってた服が心なしか大きく見えて、なるべくならばいままでよりワンサイズ小さなものを選ぶようにしなければならなくなったことの2点なのだが、でもこういうことをあんまり並べ立てるとイヤミだと思われてあとで手痛いしっぺ返しが来そうなのでこのあたりでやめておこう。憂さ晴らしとかいって毎日のようにビールを飲んだりしなければいいんだよということも言ってみたいけれど、なんだか火に油を注ぎそうな予感がするのでこれもやめておく。おお、怖や怖や。

 しかし考えてみれば、何もしてないのにやせているというのはあまり良い傾向とは言えないのかもしれないな、ということも思ったりする。というのは、うまいこと体重が減ってくれている時期と、ここのところの不調というのは、それはもう見事なぐらいに重なっているからだ。食い物がどうのこうの以前に、ただ単に精神の不調の問題なのかもしれない。そういえばここ2,3ヶ月のあいだ、食べものが美味いなんて感じたことがいったい何度あっただろう? 大いに疑問だ。
 よく結婚したての男の人が太りだすと、「幸せ太り」みたいな言い方をされるけれど、そりゃ太って当然だよなと思う。ハッピーになって食欲も増えて、そのうえ喜々として毎日のようにしっかりとした料理を作ってくれる人がいるわけだから(10年後のことはともかく)、それまでと同じ感覚でぱくぱく食べていたら、それは太らないほうが不思議というものである。
 それで発見したんだけど、やせるために何をすればいいかといったら、それとは全部逆のことをすればいいわけだ。まず不幸になることとひとり暮らしをすること。悩みごとを増やすこと。食事はなるべく簡素なものして、ビールを飲まず、野菜中心の食事にし、できたら1日中寝ていて食事をとる時間を体に与えないようにするのが望ましい。そしてそれはまさしく、いまの僕が置かれている状況とそっくり同じだ。すばらしい。新しいダイエット理論の発明だ。きっと僕はこのテーマで本を1冊書くべきなのだろう。
 ……というのはもちろん冗談だけど、書いていてもあまり笑えないところが悲しいところだ。やはりなかなか素直にはなれないみたいです。ううううう。

 とまあ、そんなようなわけで、この章では良いニュースはなにひとつありません。ここまで引っぱっておいてそれが結論です。すみません。そういうことはもっと早く言えよって言われるかもしれないけど、なにぶんいまになって気がついたことなので、その辺はひとつご勘弁ください。鬱の証に、しばらくのあいだは中島義道の新しい本でも読んでおとなしくひきこもっていますので。それではまた。

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No Music, No Life その153

 テレビでぼーっと相撲を眺めていて思ったんだけど、最近の相撲取りの四股名って、なんだかいやに凝ってたり難読だったりして、見ていて変に疲れるものが多い。まえはもっとシンプルに○○山とか××川みたいなのが多かったと思うんだけど、そういえば最後に山とか川とか海とか付くのって最近いないね。無双山とか、それぐらいしか思いつかない。
 それはそうと、「地下鉄」っていう四股名の力士がいたらおもしろいだろうな。明日の取り組みは地下鉄-出島戦です、とかね。そんなのがいたら思わず応援してしまいそうである。我ながらほんとしょうもない思いつきですが。

 さて、きのうの夜中にずーっとひとりで聴いていた曲のリスト:
 エリオット・スミス(“Miss Misery”と“Son of Sam”)、ニルヴァーナいろいろ、ジョニー・キャッシュ(“Hurt”と“One”。それぞれNINとU2のカヴァー)、コールドプレイ、レディオヘッド“Creeeeep!”、トーリ・エイモスの“Smells Like Teen Spirit”、メレディス・ブルックス(“Bitch”“Someday”“What Would Happen”)、R.E.M. パティ・スミス“Piss Factory” and more….

 なんだかあの頃と全然変わってないな。傾向いっしょじゃん。まあ、たまにはこういうこともある。

 3週間ぐらいまえの話だけど、行きつけのヘアサロン(この言い方はどうも照れるな)に行ったらBGMにレディオヘッドの「OKコンピューター」が延々かかっていて、思わずなごんでしまった。オーダーがうまく伝わらなかったりしたもので、あせあせしてちょっと緊張してしまったのだ。
 しかしよく考えたら、レディへを聞いて楽になるって正直どうなん?という気はしなくはないのだけれど、ま、最近はそんな調子。ひょっとして以前の状態に逆戻り?

 ここのところラグビーのワールドカップがおもしろくて結構見てしまう。いやー、決勝戦はよかった。ファイナルにふさわしい! できたらワラビーズじゃなくてブラックスだったらもっとよかったけど。
 ついでにウィルキンソンとベッカムが共演してるCMもよかった。でもふたりを並べちゃうと、もう圧倒的にベッカムのほうがかっこいいんだな。キックの精度はウィルキンソンも負けてはいないと思うんだけど、でもしかし。やはり相手が悪いね。BSがリーガの放映権を失ったのは痛い。しみじみ。

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2003/11/21

22.メタ理科ライブレポ

 本当はメタリカを見に行くつもりなんてなかった。でもヤフーオークションでステージ前のいい席がほぼ定価で出ていることに気がついてそれを友達に教えたのがそもそもの間違いだった。こんなのが出てるけど興味はある?みたいな軽いノリでちょっと聞いてみただけだったのだけど、気がついたときにはふたり分のチケットを定価プラスちょいの値段で落札していた。なんだかよくわかんないけどまあいっかあ、スタンディングのAブロックだしぃ、みたいな感じ。あまりあと先を考えた行動とはいえないが、そういうこともたまにはある。
 そういうわけで先週、県境の川をふたつ跨いで、さいたま新都心にあるさいたまスーパーアリーナまで出かけてメタリカのライブを見てきた。代々木でも公演があるにもかかわらず、わざわざ家から遠い埼玉まで足を伸ばしたのは、代々木は全席椅子席だが、埼玉はアリーナがオールスタンディングという違いからだ。やっぱりライブはスタンディングでしょ。もみくちゃになって疲れるけどその分充実感があるし、努力と忍耐しだいでは椅子席ではまず見ることのできないような間近でアーティストの姿を見ることができる。少々にモッシュに揉まれたぐらいでへばるようなやわな身体では(たぶん)ないし、同じ料金を払うのなら少しでも充実感の多いものの方がずっといい。さいたま新都心は直線では遠いが、電車に乗っている時間は代々木に行くのとあまり違いがない。

 メタリカを見るのはちょうど10年ぶりだ。このまえ見たのはブラック・アルバムのときのツアーで、場所は横浜アリーナだった。BAY-FMの「パワーロック・トゥディ」の先行予約で取ったチケットで、センター席(通常のアリーナ席)の前から13列目というなかなか悪くない――というか、結構いい――席だった。その頃僕はまだ高校生で、クラスのメタル好きの友達といっしょに行ったのを憶えている(こういう音楽というのはだいたい高校生ぐらいのときに聴きはじめるので、誘う相手を探すのにそれほどの苦労はなかった)。

 さいたまの追加公演がさっぱり売れていないという話はうっすらとは聞いていた。単純に若い世代のファンの獲得に失敗しているのか、あるいは伊藤政則の神通力が衰えているからなのかはわからないが、とにかく売れていないらしい。実際に現場に着いたときも、会場の外に当日券のブースがあるのが見えた。1年前にここにレッチリを見に来たときにはこんなものはなかった。10年前の時点ではメタリカが売れないなんて事態はおよそ考えられなかったので、この光景は僕にとってはいささか奇異なものに映る。
 もっともチケットの売り上げで苦戦しているのはメタリカだけではなくて、同じさいたまアリーナで12月に公演を行うリンプ・ビズキットもさっぱりという話だし、ついこないだ来日したばかりのニール・ヤング&クレイジー・ホースも2階席はガラガラだったらしい。タトゥーなんかにいたっては完全に論外である。それにしても、一方のボン・ジョヴィが5大ドームを埋めているという現実を考え合わせると、ロック・バンドの栄枯盛衰というか、日本におけるメタリカの人気の低調ぶりも簡単すぎるほど簡単に想像できる。いや、これはメタリカがどうのこうのなのではなくて、ただ単にボン・ジョヴィの集客力がどうかしてるだけなのかもしれないけれど。
 手元に資料がないので正確な数字はわからないが、さいたまアリーナのキャパは最大2万から3万というところだったと思う。まえにいちどここにレッチリを見に来たことがあると書いたけど、そのときは大入り満員で、高くそびえたスタンド席の上の方まで人が入っていたのを覚えている。とにかくでかいハコなのだ。追加公演用にここをおさえたということは、プロモーター側はよほど自信があったのだろう。なにしろ同じ東京公演2日間の会場である代々木体育館(僕がこないだ浜崎を見に行ったとこ)は座席数が約1万3千である。ふつうは逆だと思うのだが、なにか特殊な事情でもあったのかもしれない。

 まえに一度ここに来たことのある僕はだいたい前回と同じような光景を想像していたのだけれど、中に入ってみて驚いた。ステージが近いのである。まえはもっと遠かった。なんでだろうと思ってあたりを見渡してみると、前回は高く6層くらいあったスタンド席がたったの1層しかない。空席を隠すために可動式の天井の位置を大幅に下げているのだ。ステージの位置もずっと客席寄りにせり出してきている。会場が狭い。つまりはそれだけチケットが売れてないってことだ。おおざっぱに計算してみたけど、スタンディングのフロアが約6千として、スタンド席がこれだと約5千。好意的に解釈しても併せて1万2千、代々木を満員にしたより明らかに少ないと言わざるを得ない。実際にはそれほど埋まらなかったし(スタンド席の4割は空席になっていたと思う)、さらに当日券を売っていた事実を考えれば、当日の客の入りは実質7~8千というところではなかっただろうか。さいたまアリーナをおさえてこの結果というのは、プロモーター的にははっきりいって惨敗に近い。もちろん僕らとしては小さなハコの親密な空気の中で見られるというのは実においしすぎる展開だったが、まばらにしか埋まっていないスタンドを見たらメンバーのやる気が削がれてしまうんじゃないかという心配もなくはなかった。そしてその心配はある程度現実のものとして起こることになった(と思う)。

 会場の意外な小ささに戸惑いつつも、とりあえずは中に入って軽く場所を確保する。ステージ最前列を死守している熱心な人たちを別にすれば客の入りはまだまばらなので、とりあえず僕らはフロアに座って近況などを話しながらしばらく時間をつぶす。考えてみれば、スタンディングのライブに誰かといっしょに行くというのは、サマソニを別にすればまったくはじめてのことだ。誰かといっしょにライブに行くというのはいい。待ち時間があっという間に過ぎるし、トイレ休憩だって場所を確保しつつ交代で行ける。いつでも行けるという安心感があるせいなのか、今回は尿意に苦しむことはほとんどなかった。レキソタンも必要なし。これはひとつの発見だった。これからはもう少し友達と行くことにしよう。ひとりで行動することにはもういい加減飽き飽きした。もっとも、ひとりの時間を持つことを突然禁止されたりしたらものすごくものすごく困るだろうけれど、それはまた別の話である。いっしょに行ってくれる友達がいるのかどうかということも、もちろん別の話。

 待ち時間のあいだ、「ここにいる人たちに『これのまえに見に行ったのは実は浜崎あゆみなんですよ』とか言ったら、きっとぶっ殺されるんでしょうね」などと、決して冗談でもない話をぽそっとすると、連れの彼はおもむろにポケットからナイフを取り出したりこそしなかったものの、かわりに何か間違ったものを口の中に入れてしまったときのような微妙な表情で僕の顔をまじまじと見はじめた。半笑い気味の口元と不自然な沈黙。ふたりのあいだにしばらく空虚な間が流れたあと、彼はひと言「なんで?」という言葉を吐き出す。いや、「なんで?」って言われても……ねぇ。そりゃまあその、そういう偏見を少しでも自分の中から追い払うためでごんすよ、ええ。

 8時をすこし過ぎた頃、AC/DCの“It’s A Long Way To The Top”をバックに場内が暗転。イントロの“Ecstasy Of Gold”が流れるあいだ、もういちどスタンド席をぐるっと眺めてみたけど、やはりスタンドは6割程度しか埋まっていない。こんなんでだいじょうぶなんかいなと不安な気持ちでいると、その途端に1曲目のイントロが鳴り響いた。“Fight Fire With Fire”。今日は“Battery”→“Master”という超反則なオープニングではなかったものの(そんなことされたら頭の2曲だけで死んでしまいますぜ)、フロアの客は開始と同時にいっせいにステージ前になだれ込み、そこかしこで早くもモッシュ・ピットができあがる。
 2曲目は“Fuel”。早くもフロアの騒ぎは大変なことになっている。というかはっきりいって怖い。連れの彼はこの時点で2回眼鏡を落としたらしい。コンタクトでよかった。年齢層の高い(たぶん)客がいまからこんな調子でだいじょうぶなのかと正直不安になる。
 でも、冷静になってよく聴いてみると(といっても、あまり冷静ではいられないのだが)、バンドのノリはあまりよくない。やはり空席の目立つスタンド席が気になるのだろうか。正直、メタリカほどのバンドがこんな小さな会場でプレイすることはかなり珍しいだろうし、そのうえさらに空席が目立つとあっては、意識はしないつもりでいても、心のどこかにそういうあらぬ雑念が入り込んできてしまうのかもしれない。結局、ショウの前半はだいたいこんな調子で、イントロが合わずに“Sanitarium”をすっ飛ばすなど、いまひとつピリッとしない緊張感に欠ける演奏が続く。
 しかし8曲目の“Creeping Death”からはいよいよ本領を発揮。アリーナも急に活気づき、気がついたら僕もブロック最前部から3メートル、満員電車の混雑など比較にならないほどのモッシュ最激戦区の中にいた。ああ、なんていつもどおりの光景。ジェイムズ・ヘットフィールドの姿がすぐ近くに見える。前に出るタイミングがちょっと早かったような気もしたが、いまさら後ろに引き返すこともできない。あとはこのまま行けるとこまで行くしかない。しかしここは空気が悪い。酸素が薄い。ああ気持ち悪。曲のあいだはまるで死にかけた魚のように顔を上に向けてぱくぱくと新鮮な空気を捜し求める。でもステージがよく見えるのであまり文句は言わない。どうせ毎度毎度こういうことをやってるんだしね。なにも今回に限った話じゃない。
 それにしても本編最後の“Blackened”ですぐ後ろの人が、「バケツリレー! 水よこせー!!」って思いっきり日本語で叫んでいたのには笑ったな。そんなにおもくそ日本語で歌わなくてもいいのにね(あ、これは「空耳アワー」の有名なネタです>バケツリレー)。

 あまり潤沢とは言えない体力を使い果たしたのは、アンコールに入ってしばらくの“Enter Sandman”のあとだった。はっきり言ってこの曲のために体力を温存しておいたようなものだから、終わった途端に僕の中で何かが切れてしまった。からだ的にはあと1曲分ぐらい持たせられないことはなかったのだが、いかんせんもう集中力がない。ステージを見てはいるのだけれど、バンドがどの曲をプレイしているのかまるで判然としなかった。あとで聞いたら連れの彼もまったく同じだったらしい。体力的にもそこそこきつくて、階段は上りよりも下りが怖いと言っていたくらいだから、その翌日、翌々日は彼もさぞかし大変だったことでしょう。そういえばあれからどうでしたか? もうそれほど若くないんだから頑張りすぎないようにね(うそうそ)。

 ともかく、後半はノリも戻ってなかなか良いライブでございました。エミネムのときのように脱げた靴がフロアに散乱しているということはなかったけれど、それでもじゅうぶん熱かったです。それにしてもやはり代々木よりもこっちを取っといて正解だった。誰がなんと言おうとライブはスタンディングなのです。これ定説(それにしても、スタンドから見たらフロアの騒ぎは気狂い以外の何ものでもないだろうな。「少し後ろに行けば楽に見られるのに」とか思っていたに違いない)。
 さて、ここまでのところを読み返してみたら、書いた量が浜崎のときより少ないような気がしたけど、ま、それは前回が長すぎたんですね。そういうふうに解釈しておきましょう、うん。それではまた。

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2003/11/16

21.結局ひとり

 青い空はときに残酷だ。陽の光がいつもやさしいとは限らない。晴れた朝が気持ちいいと感じるのはこころが強いときのことであって、そうでない日には何かの嫌がらせのように疎ましく恨めしく感じられる。ましてそれが広く澄んだ日曜の朝ともなれば、その被害感はよりいっそう堅固なものへとかたちを変える。
 11月だというのに今日は朝からアホみたいに暑い。雨上がりの空は当てつけみたいにどこまでも澄んで晴れ渡り、雲はまるで示し合わせたかのようにその身を西の空の下へと潜めている。暑い。上着が1枚余計だ。こんな日に傘を持って歩いていると馬鹿みたいである。朝方まで降り続いた雨はあとかたもなくその姿を隠し、差す陽射しは路面に残ったかすかな水滴をも高い空へと追い返している。どこから見ても傘なんてものはお呼びでない。賭けてもいいけど、今日のうちに空から雨粒が落ちてくる可能性は、空からいわしの群れが降ってくる可能性と同程度か、それよりさらに少ないと言っていいだろう。

 今朝は早起きをした、のではない。昨夜からずっと起きている。つまり寝ていない。正確にいえばきのうの昼からずっと起きている。徹夜、ということになるのだろうか。ただ単に眠るタイミングを逃したといえばそれまでなのだが、ともかくかれこれ24時間ぐらい起きていることになる。眠い。さすがにまぶたが重くなってきた。でもいまは昼の1時である。いま寝てしまうのは健康的な生活リズムという観点から見ると非常にうまくない。このままだと昼寝て夜起きる生活に再び埋没してしまいそうだし、そういう生活をここ10日ばかり繰り返してきた僕にとっては、その泥沼へと逆戻りすることはできたら避けたいオプションである。こういうときにはなんとか夜までしのぎ切って、夜寝て昼起きる生活に戻すのが正解というものだろう。そういうわけで、朦朧とする意識を杭で繋ぎ止めつつ、睡魔に対するささやかな抵抗としてこれを書いている。果たしてこの抵抗戦がいつまでもつのかは、当の本人である僕にもさっぱり自信がないのだけれど。

 ゆうべ、とある飲み会に参加した。ほんとはその日のうちに帰るつもりでいたのだけれど、思っていたより終電が早かったもので、結局電車に間に合わずにお泊りをするはめになった。マヌケだ。「はめになった」とは言っても、それはそれで楽しかったからまあいいのだが、もともと一人っ子のせいなのかなんなのか、まわりに人がいると眠れなかったりするんだよなあ。まったくもって予定外の事態である。それからここのところ続いていた昼夜逆転生活の影響も大きい。いつのまにか、そしてどういうわけか、朝の6時に寝て昼の2時ごろ起きるというリズムになってしまったのだ。まあよくあることといえばよくあることなのだけど、やはりこういうのは結構困りものである。
 そんなわけで、晴れ渡った朝に青のビニール傘を持って電車に乗った。天気のよすぎる日曜の朝(ふだんだったらまず乗ることのないような時間だ)に傘を持ちながら歩いていると、ほんとうに馬鹿みたいに感じる。とりあえずは帰ってゆっくり寝たい。でもこんな陽気の日に昼間からぐうぐう寝ているなんて無為もいいところだ。人生における貴重といえなくもない1日をみすみすドブの中に捨てるようなもの。自分の価値がよりいっそう救いのないかたちで下がってしまったように感じる。もっとも、これ以上下がるだけの余裕があればという話だけれど。

 空いた電車の座席に座っていると、これからどこかに向かうのであろう人たちの姿がいやでも目に入る。日曜日の朝だ。どこかに遊びに出かけるなり買い物に行くなりするのだろう。連れだっておしゃべりに興じている若い学生の姿がなんだか眩しく疎ましく感じられる。
 まったくいつだってひとりだ。ほんとうにいつだってひとりだ。昔からそうだったじゃないかといえばたしかにそうなのだけど、いつまでこんなことが続くんだろうなといううらぶれた気持ちがしずしずと闇のすきまから心の底に染み降りてくる。持ってきたCDウォークマンでR.E.M.のベスト盤でも聴きながら現実逃避をしてもよかったのだが、なぜか音楽を聴こうという気にはなれなかった。実際のところ、何をする気力もないのだ。窓の外を流れていく景色を見ながら何を想うともなく眼を開いたり閉じたりしている。せめて今日が雨だったらよかったのに。Let it rain, rain, rain. Bring my happy back again. せめてここにマイケル・スタイプがいたらよかったのに。

 ちょっと似ているなあと思った。こないだ機会があって2日ばかり神戸の町を散策して歩いたのだけど、なんとなくその時の気持ちに。神戸って好きな街だ。何人かの人たちから神戸と横浜は雰囲気が似ているということを言われたことがあるが、たしかにそんな感じだった。雰囲気が似ているせいか、なんとなく気分が落ち着く。もし機会があるのなら、ここに住んでみてもいいなと思えたぐらいに。
 なにしろ観光客なので、とりあえずベタな観光スポットを見てまわる。北野を歩き、センター街を歩き、ポートタワーに登り(ランドマークタワーにだって登ったことがないのに!)、メリケンパークを歩き、ハーバーランドをふらふら歩く。まわりには一見してそれとわかる観光客がたくさん歩いている。二人連れか、三人連れか、あるいはツアーの団体客。一人で歩いている人というのはほとんど見かけない。ぼんやり彼らの姿を見ていると、どこか言いようのないうらぶれた気持ちが心の隅から湧きあがってくる。単直に言えば、彼らのことがうらやましく、またそれ以上に疎ましく感じられる。ひとりは気ままでいいのだけれど(ひとりでいる時間は絶対に必要だ。本当に自由な時間。それなしに生きていくことはおそらくこの先できないだろう)、こういうのは昔から延々飽きるほどやってきたことなのでさすがにもう飽きた。もう少し変化がほしいという気持ちはだいぶまえから心の底にずっとある。神戸の街は楽しかったけれど、でも同時に、自分の置かれた状況をつくづくと確認する冷徹な機会ともなった。結局のところ自分はひとりなんだなって。どこまでいっても、誰とも繋がっていない。

 乗り慣れない電車に揺られながらそんなことを思い返し、自分はいっつもそうなんだなってことをあらためて考える。こういうことを考えるのはいったい何度目だろう? なんの代わり映えもしない。まったく、どこまで行ってもどこまで行ってもどこまで行ってもどこまで行っても、結局自分って変わらないんだな。空がむやみに青いせいなのかどうかは知らないが、ひとり心の中でそう思った。まったく青い空というのは残酷だ。本当に雨だったらよかったのに。
 さて、ところで、今日はこれからいったいどうすればいいのだろう? あまりまわりを見ないようにしながら、僕は横浜駅で電車を降りる。エア・コンプレッサーの音が静かにドアを開く。家に着くまであと30分だ。

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2003/11/09

20.浜崎あゆみライブレポ

 ……というタイトルを思いついて書いてはみたものの、書いてみてから自分はいったい何をやってるんだろうって思ってしまった。だって、浜崎あゆみのライブレポですよ。エミネムでもパティ・スミスでもパール・ジャムでもなくて浜崎あゆみ。メタリカでもストーンズでもレディオヘッドでもなくて浜崎あゆみ。うーん、なぜ? 自分で自分がわかりません。キャラじゃないよな、全然。
 とまあ、そんなことを言っていてもしかたがないし、それにこうやって書きはじめたということは、このネタで何か書いてみたいことがあるということの証左なので、とりあえず行けるとこまで書いてみます。なんで自分が……という思いはなくはないのだけれど、ええと、そういうこともなるべく考えないようにします。集中、集中。

 先月の13日――つまり体育の日に、代々木体育館まで出掛けて浜崎あゆみのコンサートを見てきた。さっき数えてみたら、僕はいままで合計で27回ぐらいライブというものに足を運んだことがあるのだけど、そのすべては洋楽の、つまり外タレのコンサートであります。高校生のときのガンズ・アンド・ローゼズにはじまって、直近は6月のパティ・スミスまで、全部外国のミュージシャン。そのあいだ日本人のアーティストを見に行ったことは実は一度もなかったりする。マジな話、ただの一度もない。
 なぜいままで日本人のアーティストを見たことがなかったのかといえば、それは僕が主に洋楽しか聴かない洋楽至上主義者だったからだ。いまはそれほどひどくはなくなったけれど、学生の頃は日本のアーティストなんて大半がゴミだと思っていたし、そういう偏見を抱いている期間はわりに長かった。そういった偏見がなくなってからは、機会があったら日本人のライブにも行こうと思っていたのだけれど、あまり見たいものがなかったり、あってもお金がなかったりということが続いた結果、そういうチャンスに恵まれずにここまで来てしまった。そんなわけで、今回の浜崎あゆみが僕にとってはJ-POP初体験である。

 どうしてはじめてのJ-POPにあゆを選んだのか? まあ簡単に言ってしまえば、チケ代が安かったからというのがいちばんの理由です。今回のコンサートは全席指定の定価6800円だったのだけど、僕が買った値段は2300円。なぜそんなに安かったかといえば、ヤフーのオークションで買ったから。ヤフオクでは原価割れの安い値段でチケットが出ていることがしばしばあるので、うまく使えば結構お得なのです。
 それから、今回はドームではなくてアリーナクラスの会場だったことも大きい。浜崎といえば毎回ドームツアーというのがほぼ定番になっているけど、今回は珍しくアリーナでのショウだったし、いつもより小さなハコで、しかもこの値段で見れるんだったら悪くないよなと僕は思った。特に激しく見たいとは思わないけれど、でもこの機会を逃すのもちともったいないよなという感じである。
 あともうひとつ肝心なのが、浜崎あゆみだったら見に行ってもまあいいかな、と思えたこと。これは大事だ。もしこれがglobeだったりTUBEだったりウルフルズだったりしたら誰に頼まれても行かないところだが、浜崎だったらまあOKである。僕は特に彼女のファンではないが、でも決して嫌いではないし、いくつかいい曲を歌っていることも知っている。そういえば以前にはべつのところで彼女の詞の一部を引用させてもらったことだってある。その曲のタイトルは<A Song For XX>。最初のアルバムに入っていた、浜崎としては最初期の楽曲だが、個人的にはこの曲が彼女の中でベストだと思う。詞と曲のマッチングも完璧だし、なんというか、この曲には浜崎あゆみという人の原点みたいなものがありありと詰まっているような気がするのだ。出来不出来はともかく、最初のアルバムにはそのアーティストのすべてがつまっているという、ポップ・ミュージックの世界における一種の定説みたいに。

 代々木体育館に来るのはかれこれ10年ぶりだ。10年ぶりの代々木に入ってみての最初の感想は、「あれ、意外とここ小さいな」というもの。同伴したタ君(仮名)はやたらと「ここ大きいですね」を連発していたけれど、僕は2度目だったせいか、まえ来たときより小さく感じた。どうしてだろう、単に慣れの問題なのだろうか。
 ちなみに前回ここに来たのは、たしか93年のボン・ジョヴィのショウ。ボン・ジョヴィというと、ジャンル的にいえばまあハード・ロックということになるのだけど、ヴォーカルのジョン・ボン・ジョヴィの人気が高いせいもあって、ハード・ロックにしてはひどく女性客が多かったのが印象的だった。あまりにも黄色い歓声が多いので、一瞬間違えてSMAPのコンサートに来てしまったんじゃないかと思ったぐらいだ。
 それから僕らのいた左手10メートルぐらい先に、長髪に革ジャンを羽織ったいかにもメタル・ファン風のお兄ちゃんがいたのだけれど、いかんせんまわりの客層がそんな感じなので、メタル風にヘッドバンギングをすることもできないし、かといって客席の3分の1以上を埋め尽くした女の子たちといっしょにきゃーきゃー歌うこともできずで、半ば硬直した姿勢のまま、どうすることもできずに2時間のあいだそこに立ちつくしていた姿をいまでも覚えている。それにしてもあれは気の毒だったな。まあ所詮は他人事なんだけどね、でも気持ちはわかる(しかし人間というのはくだらないことをいつまでもよく覚えているものですね)。

 あゆのライブは例の<A Song For XX>で幕を開ける。小林幸子と見まがうばかりの電飾バリバリの衣装で登場した浜崎がこの曲をアカペラで歌い始め、途中からバックのついた演奏へと切り替わる。衣装が衣装なので、「ちょっとどうなん?」とはじめは思ったけれど、やはりこの曲はよかった。何かこう心のどこかにぐっと来るものがある。意外なことにこの曲はシングルにはなっていないのだが、にもかかわらずこうして毎回のように歌われるということは、彼女にとってこの曲はどこか特別な思い入れのある曲なのではなかろうか。あるいはそれはただの僕の勝手な思い込みに過ぎないのかもしれないけれど、でもそんなような気がしてならない。
 <A Song For XX>が終わると突然曲調が変わり、アップテンポのダンサンブルな曲へとなだれこむ。タイトルは不明。あゆの衣装も、黒の小林幸子から銀ラメのタンクトップにショートパンツという姿に変わっている。たぶん小林幸子の下にはじめからこれを着込んでいたのだろう。大勢のダンサーといっしょに激しく踊りだす浜崎。さっきまでのソウルフルな余韻は跡形もなくどこかにすっ飛んでしまった。むぅ、ちょっと悲しいような……。
 3曲目は<Evolution>。これも速い曲だ。実は僕が曲とタイトルを一致させることができるのは<A Song For…>と<Evolution>のこの2曲だけ。あとは曲は聴いたことがあってもタイトルを知らないか、タイトルは知ってても曲と一致しないという状態が延々続く。やっぱファンじゃないんだなあ。まあ特に予習とかもしてこなかったしね。なにせ行きの電車の中ではあえてレディオヘッドを聴いていたようなやつですから。ま、ささやかな抵抗ってやつ。

 <Evolution>のあとはあゆがいったんステージから退場して、長いあいだ間奏みたいなものが続く。最初は何かと思ったが、要は浜崎の着替え中の時間稼ぎである。バンドの場合はこういう時ギター・ソロなりジャム・セッションをしてれば場を繋ぐことができるが、ソロ・アーティストの場合はその辺ちょっとむずかしい。観客はみんな「あゆ」ひとりを見に来ているのであって、バック・バンドを見に来ているわけではない。ゆえに主役がステージから姿を消してしまうと、途端にどこか間延びした時間ができてきてしまう。もっともこれはどうしようもないことだけどね。分身の術が使えれば話は別だが、浜崎あゆみの身体はひとつしかない。

 だいぶ長い間があったあと、突如あゆがスタンド席にあるロイヤルボックスに現れてその場で歌いだす。事前に今回は3ステージでやることを知っていた僕はそれほど驚かなかったけれど、ボックス席近くのお客さんは狂喜乱舞している。まあそりゃそうだよな、スタンド席にいたらそんな間近で見れるなんてふつうは思わないもの。
 3ステージというのは、正面のメインステージのほかに、アリーナ最後方にサブステージがあって、ロイヤルボックスに3つ目のステージがあるということ。メインとサブのあいだは大きな花道で繋いであって、この花道も実質ステージとして使っていた。とにかく会場全体を広く使っているのが今回のライブの特徴である。どの席から見てもいちどは近くで生あゆを見ることができる。正直この演出には感心しないわけにはいかなかった。見に来たお客さんのことをしっかりと考えている。

 ショウの中盤、3回目のお着替えタイムのあと、こんどはアリーナ後方のサブステージにあゆが出現。衣装は純白のウエディングドレスである。後方席から大きな歓声が上がると同時に、「きゃーっ! あゆきれーい!!」という声が次々に飛んだ。メインステージよりも近かったので、タ君に双眼鏡を借りてちょっと見てみたけれど、たしかにきれいだった。いいスタイリストが付いているせいかもしれないけど、それにしてもとてもよく似合っている。
 壮観だったのはこの場面での演出だった。ウエディング姿の浜崎が<M>を歌いながら花道をメインステージに向かってゆっくり歩いていくのだが、その彼女のドレスには、5,60メートルはあろうかという長大なベールがついているのだ。しかもおそらくあれは1枚布。プリンセス・ダイアナのドレスもすごかったが、たぶんこっちはもっとすごい。豪華さにも気合いが入っている。それまではショウ全体を通して若干演出過多なような気がしていたのだが、ここまでやられるとこちらとしてもただ感服するしかなかった。いや、あれはちょっとした見ものだったですよ。

 さて、その後は衣装を4回ほど換えつつ本編の最後まで突っ走った(衣装替えは全部で9回。計10着)。どちらかといえば僕は今回、腕組みなんぞをして傍観者的にひとごと的にショウを見物していたに近いのだが、それでもしっかり納得させられてしまうだけのものはあったと思う。それから、その晩やったうちのほとんどの曲をいちどは耳にしたことがあったというのにも、正直言って驚いた。いかにシングル曲中心の構成とはいえ、それってなかなかできることじゃないと思うのだけど。

 ただ少し気になったのは、ショウの演出にひっぱられるあまり、彼女が何を表現したいのかがいまひとつ感じられなかったという点である。これはなんて言えばいいのかなあ、「見せ方は実によくできているのだけれど、その中で彼女が表現したいことがいったい何なのか若干見えにくかった」といったところだろうか。うまく言えないのだが、全体を通して何かが平面的であるように思えたのだ。こんなことを言ったらファンの人にすっごい怒られそうだけれど。
 この平面性みたいなものについて言えば、ショウの進行に引きずられた部分は実際あったと思う。なにしろあれだけの凝った演出をしているのだから、段取りにひっぱられるなという方が無理というものだ。それはある程度仕方がないだろう。でもそれだけじゃなくて、これはなんて言ったらいいだろうか、あれだけ大掛かりな演出をしてはいるけれど、浜崎あゆみという人にはほんとうに伝えたり表現したいことって、実はそれほどないんじゃないかという気がしたのだ。彼女は心のどこかにわりに大きな空白というか、空虚さを抱えている人のように思えた。空虚であるからこそ何者にもなり得るし、空虚であるからこそ自分をどう見せるかの構築に熱心なのではないか、みたいに。

 以前、とある本で、浜崎あゆみにとっての中心テーマは自分が何を表現すべきかということより、自分がどういった表現者であるべきかということであるというのを読んだことがある。最初は「ふうん、そんなものかねえ」と思っただけだったけど、今回のショウを見て、それは比較的的を得た指摘なのではないかという感想を僕は抱いた。
 もちろんそうであることがいけないというものではまったくないし、僕がこう述べたことで、彼女と彼女の音楽の価値が減ぜられるものではいささかもない。まったくない。でもその一方で、僕が浜崎あゆみという人にいまいち共感を抱くことができないというか、どこかで微妙な距離感を覚えてしまうのは、その辺りに理由があるのかもしれないなということも考えた。まあ、これは根拠の薄弱なただの勘に過ぎないのですが。

 まあそんな小難しい話はともかく、なかなか得るもののあるコンサートでありました。今回ようやくながらこうして生のJ-POPを体験できたことで、邦楽に対して抱いてきた目に見えない隔たりや偏見のようなものを、少しは払拭することができたんじゃないかという気がする。これを機会にもっともっとこだわりが取れて、変な食わず嫌いをしない人間になれたらいいなって思う。つまらないプライドやこだわりに縛られて自分で自分の視野を狭めてしまうのって、あまりいいものじゃないからね。も少しユル~い人間になりたい。

 ともあれ、いっしょに行ってくれたタ君には感謝です。さすがにひとりでこの手のコンサートに出掛けるだけの勇気は、僕にはないからね。ではでは。

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