« 20.浜崎あゆみライブレポ | トップページ | 22.メタ理科ライブレポ »

2003/11/16

21.結局ひとり

 青い空はときに残酷だ。陽の光がいつもやさしいとは限らない。晴れた朝が気持ちいいと感じるのはこころが強いときのことであって、そうでない日には何かの嫌がらせのように疎ましく恨めしく感じられる。ましてそれが広く澄んだ日曜の朝ともなれば、その被害感はよりいっそう堅固なものへとかたちを変える。
 11月だというのに今日は朝からアホみたいに暑い。雨上がりの空は当てつけみたいにどこまでも澄んで晴れ渡り、雲はまるで示し合わせたかのようにその身を西の空の下へと潜めている。暑い。上着が1枚余計だ。こんな日に傘を持って歩いていると馬鹿みたいである。朝方まで降り続いた雨はあとかたもなくその姿を隠し、差す陽射しは路面に残ったかすかな水滴をも高い空へと追い返している。どこから見ても傘なんてものはお呼びでない。賭けてもいいけど、今日のうちに空から雨粒が落ちてくる可能性は、空からいわしの群れが降ってくる可能性と同程度か、それよりさらに少ないと言っていいだろう。

 今朝は早起きをした、のではない。昨夜からずっと起きている。つまり寝ていない。正確にいえばきのうの昼からずっと起きている。徹夜、ということになるのだろうか。ただ単に眠るタイミングを逃したといえばそれまでなのだが、ともかくかれこれ24時間ぐらい起きていることになる。眠い。さすがにまぶたが重くなってきた。でもいまは昼の1時である。いま寝てしまうのは健康的な生活リズムという観点から見ると非常にうまくない。このままだと昼寝て夜起きる生活に再び埋没してしまいそうだし、そういう生活をここ10日ばかり繰り返してきた僕にとっては、その泥沼へと逆戻りすることはできたら避けたいオプションである。こういうときにはなんとか夜までしのぎ切って、夜寝て昼起きる生活に戻すのが正解というものだろう。そういうわけで、朦朧とする意識を杭で繋ぎ止めつつ、睡魔に対するささやかな抵抗としてこれを書いている。果たしてこの抵抗戦がいつまでもつのかは、当の本人である僕にもさっぱり自信がないのだけれど。

 ゆうべ、とある飲み会に参加した。ほんとはその日のうちに帰るつもりでいたのだけれど、思っていたより終電が早かったもので、結局電車に間に合わずにお泊りをするはめになった。マヌケだ。「はめになった」とは言っても、それはそれで楽しかったからまあいいのだが、もともと一人っ子のせいなのかなんなのか、まわりに人がいると眠れなかったりするんだよなあ。まったくもって予定外の事態である。それからここのところ続いていた昼夜逆転生活の影響も大きい。いつのまにか、そしてどういうわけか、朝の6時に寝て昼の2時ごろ起きるというリズムになってしまったのだ。まあよくあることといえばよくあることなのだけど、やはりこういうのは結構困りものである。
 そんなわけで、晴れ渡った朝に青のビニール傘を持って電車に乗った。天気のよすぎる日曜の朝(ふだんだったらまず乗ることのないような時間だ)に傘を持ちながら歩いていると、ほんとうに馬鹿みたいに感じる。とりあえずは帰ってゆっくり寝たい。でもこんな陽気の日に昼間からぐうぐう寝ているなんて無為もいいところだ。人生における貴重といえなくもない1日をみすみすドブの中に捨てるようなもの。自分の価値がよりいっそう救いのないかたちで下がってしまったように感じる。もっとも、これ以上下がるだけの余裕があればという話だけれど。

 空いた電車の座席に座っていると、これからどこかに向かうのであろう人たちの姿がいやでも目に入る。日曜日の朝だ。どこかに遊びに出かけるなり買い物に行くなりするのだろう。連れだっておしゃべりに興じている若い学生の姿がなんだか眩しく疎ましく感じられる。
 まったくいつだってひとりだ。ほんとうにいつだってひとりだ。昔からそうだったじゃないかといえばたしかにそうなのだけど、いつまでこんなことが続くんだろうなといううらぶれた気持ちがしずしずと闇のすきまから心の底に染み降りてくる。持ってきたCDウォークマンでR.E.M.のベスト盤でも聴きながら現実逃避をしてもよかったのだが、なぜか音楽を聴こうという気にはなれなかった。実際のところ、何をする気力もないのだ。窓の外を流れていく景色を見ながら何を想うともなく眼を開いたり閉じたりしている。せめて今日が雨だったらよかったのに。Let it rain, rain, rain. Bring my happy back again. せめてここにマイケル・スタイプがいたらよかったのに。

 ちょっと似ているなあと思った。こないだ機会があって2日ばかり神戸の町を散策して歩いたのだけど、なんとなくその時の気持ちに。神戸って好きな街だ。何人かの人たちから神戸と横浜は雰囲気が似ているということを言われたことがあるが、たしかにそんな感じだった。雰囲気が似ているせいか、なんとなく気分が落ち着く。もし機会があるのなら、ここに住んでみてもいいなと思えたぐらいに。
 なにしろ観光客なので、とりあえずベタな観光スポットを見てまわる。北野を歩き、センター街を歩き、ポートタワーに登り(ランドマークタワーにだって登ったことがないのに!)、メリケンパークを歩き、ハーバーランドをふらふら歩く。まわりには一見してそれとわかる観光客がたくさん歩いている。二人連れか、三人連れか、あるいはツアーの団体客。一人で歩いている人というのはほとんど見かけない。ぼんやり彼らの姿を見ていると、どこか言いようのないうらぶれた気持ちが心の隅から湧きあがってくる。単直に言えば、彼らのことがうらやましく、またそれ以上に疎ましく感じられる。ひとりは気ままでいいのだけれど(ひとりでいる時間は絶対に必要だ。本当に自由な時間。それなしに生きていくことはおそらくこの先できないだろう)、こういうのは昔から延々飽きるほどやってきたことなのでさすがにもう飽きた。もう少し変化がほしいという気持ちはだいぶまえから心の底にずっとある。神戸の街は楽しかったけれど、でも同時に、自分の置かれた状況をつくづくと確認する冷徹な機会ともなった。結局のところ自分はひとりなんだなって。どこまでいっても、誰とも繋がっていない。

 乗り慣れない電車に揺られながらそんなことを思い返し、自分はいっつもそうなんだなってことをあらためて考える。こういうことを考えるのはいったい何度目だろう? なんの代わり映えもしない。まったく、どこまで行ってもどこまで行ってもどこまで行ってもどこまで行っても、結局自分って変わらないんだな。空がむやみに青いせいなのかどうかは知らないが、ひとり心の中でそう思った。まったく青い空というのは残酷だ。本当に雨だったらよかったのに。
 さて、ところで、今日はこれからいったいどうすればいいのだろう? あまりまわりを見ないようにしながら、僕は横浜駅で電車を降りる。エア・コンプレッサーの音が静かにドアを開く。家に着くまであと30分だ。

|

« 20.浜崎あゆみライブレポ | トップページ | 22.メタ理科ライブレポ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15236/167517

この記事へのトラックバック一覧です: 21.結局ひとり:

« 20.浜崎あゆみライブレポ | トップページ | 22.メタ理科ライブレポ »