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2003/11/21

22.メタ理科ライブレポ

 本当はメタリカを見に行くつもりなんてなかった。でもヤフーオークションでステージ前のいい席がほぼ定価で出ていることに気がついてそれを友達に教えたのがそもそもの間違いだった。こんなのが出てるけど興味はある?みたいな軽いノリでちょっと聞いてみただけだったのだけど、気がついたときにはふたり分のチケットを定価プラスちょいの値段で落札していた。なんだかよくわかんないけどまあいっかあ、スタンディングのAブロックだしぃ、みたいな感じ。あまりあと先を考えた行動とはいえないが、そういうこともたまにはある。
 そういうわけで先週、県境の川をふたつ跨いで、さいたま新都心にあるさいたまスーパーアリーナまで出かけてメタリカのライブを見てきた。代々木でも公演があるにもかかわらず、わざわざ家から遠い埼玉まで足を伸ばしたのは、代々木は全席椅子席だが、埼玉はアリーナがオールスタンディングという違いからだ。やっぱりライブはスタンディングでしょ。もみくちゃになって疲れるけどその分充実感があるし、努力と忍耐しだいでは椅子席ではまず見ることのできないような間近でアーティストの姿を見ることができる。少々にモッシュに揉まれたぐらいでへばるようなやわな身体では(たぶん)ないし、同じ料金を払うのなら少しでも充実感の多いものの方がずっといい。さいたま新都心は直線では遠いが、電車に乗っている時間は代々木に行くのとあまり違いがない。

 メタリカを見るのはちょうど10年ぶりだ。このまえ見たのはブラック・アルバムのときのツアーで、場所は横浜アリーナだった。BAY-FMの「パワーロック・トゥディ」の先行予約で取ったチケットで、センター席(通常のアリーナ席)の前から13列目というなかなか悪くない――というか、結構いい――席だった。その頃僕はまだ高校生で、クラスのメタル好きの友達といっしょに行ったのを憶えている(こういう音楽というのはだいたい高校生ぐらいのときに聴きはじめるので、誘う相手を探すのにそれほどの苦労はなかった)。

 さいたまの追加公演がさっぱり売れていないという話はうっすらとは聞いていた。単純に若い世代のファンの獲得に失敗しているのか、あるいは伊藤政則の神通力が衰えているからなのかはわからないが、とにかく売れていないらしい。実際に現場に着いたときも、会場の外に当日券のブースがあるのが見えた。1年前にここにレッチリを見に来たときにはこんなものはなかった。10年前の時点ではメタリカが売れないなんて事態はおよそ考えられなかったので、この光景は僕にとってはいささか奇異なものに映る。
 もっともチケットの売り上げで苦戦しているのはメタリカだけではなくて、同じさいたまアリーナで12月に公演を行うリンプ・ビズキットもさっぱりという話だし、ついこないだ来日したばかりのニール・ヤング&クレイジー・ホースも2階席はガラガラだったらしい。タトゥーなんかにいたっては完全に論外である。それにしても、一方のボン・ジョヴィが5大ドームを埋めているという現実を考え合わせると、ロック・バンドの栄枯盛衰というか、日本におけるメタリカの人気の低調ぶりも簡単すぎるほど簡単に想像できる。いや、これはメタリカがどうのこうのなのではなくて、ただ単にボン・ジョヴィの集客力がどうかしてるだけなのかもしれないけれど。
 手元に資料がないので正確な数字はわからないが、さいたまアリーナのキャパは最大2万から3万というところだったと思う。まえにいちどここにレッチリを見に来たことがあると書いたけど、そのときは大入り満員で、高くそびえたスタンド席の上の方まで人が入っていたのを覚えている。とにかくでかいハコなのだ。追加公演用にここをおさえたということは、プロモーター側はよほど自信があったのだろう。なにしろ同じ東京公演2日間の会場である代々木体育館(僕がこないだ浜崎を見に行ったとこ)は座席数が約1万3千である。ふつうは逆だと思うのだが、なにか特殊な事情でもあったのかもしれない。

 まえに一度ここに来たことのある僕はだいたい前回と同じような光景を想像していたのだけれど、中に入ってみて驚いた。ステージが近いのである。まえはもっと遠かった。なんでだろうと思ってあたりを見渡してみると、前回は高く6層くらいあったスタンド席がたったの1層しかない。空席を隠すために可動式の天井の位置を大幅に下げているのだ。ステージの位置もずっと客席寄りにせり出してきている。会場が狭い。つまりはそれだけチケットが売れてないってことだ。おおざっぱに計算してみたけど、スタンディングのフロアが約6千として、スタンド席がこれだと約5千。好意的に解釈しても併せて1万2千、代々木を満員にしたより明らかに少ないと言わざるを得ない。実際にはそれほど埋まらなかったし(スタンド席の4割は空席になっていたと思う)、さらに当日券を売っていた事実を考えれば、当日の客の入りは実質7~8千というところではなかっただろうか。さいたまアリーナをおさえてこの結果というのは、プロモーター的にははっきりいって惨敗に近い。もちろん僕らとしては小さなハコの親密な空気の中で見られるというのは実においしすぎる展開だったが、まばらにしか埋まっていないスタンドを見たらメンバーのやる気が削がれてしまうんじゃないかという心配もなくはなかった。そしてその心配はある程度現実のものとして起こることになった(と思う)。

 会場の意外な小ささに戸惑いつつも、とりあえずは中に入って軽く場所を確保する。ステージ最前列を死守している熱心な人たちを別にすれば客の入りはまだまばらなので、とりあえず僕らはフロアに座って近況などを話しながらしばらく時間をつぶす。考えてみれば、スタンディングのライブに誰かといっしょに行くというのは、サマソニを別にすればまったくはじめてのことだ。誰かといっしょにライブに行くというのはいい。待ち時間があっという間に過ぎるし、トイレ休憩だって場所を確保しつつ交代で行ける。いつでも行けるという安心感があるせいなのか、今回は尿意に苦しむことはほとんどなかった。レキソタンも必要なし。これはひとつの発見だった。これからはもう少し友達と行くことにしよう。ひとりで行動することにはもういい加減飽き飽きした。もっとも、ひとりの時間を持つことを突然禁止されたりしたらものすごくものすごく困るだろうけれど、それはまた別の話である。いっしょに行ってくれる友達がいるのかどうかということも、もちろん別の話。

 待ち時間のあいだ、「ここにいる人たちに『これのまえに見に行ったのは実は浜崎あゆみなんですよ』とか言ったら、きっとぶっ殺されるんでしょうね」などと、決して冗談でもない話をぽそっとすると、連れの彼はおもむろにポケットからナイフを取り出したりこそしなかったものの、かわりに何か間違ったものを口の中に入れてしまったときのような微妙な表情で僕の顔をまじまじと見はじめた。半笑い気味の口元と不自然な沈黙。ふたりのあいだにしばらく空虚な間が流れたあと、彼はひと言「なんで?」という言葉を吐き出す。いや、「なんで?」って言われても……ねぇ。そりゃまあその、そういう偏見を少しでも自分の中から追い払うためでごんすよ、ええ。

 8時をすこし過ぎた頃、AC/DCの“It’s A Long Way To The Top”をバックに場内が暗転。イントロの“Ecstasy Of Gold”が流れるあいだ、もういちどスタンド席をぐるっと眺めてみたけど、やはりスタンドは6割程度しか埋まっていない。こんなんでだいじょうぶなんかいなと不安な気持ちでいると、その途端に1曲目のイントロが鳴り響いた。“Fight Fire With Fire”。今日は“Battery”→“Master”という超反則なオープニングではなかったものの(そんなことされたら頭の2曲だけで死んでしまいますぜ)、フロアの客は開始と同時にいっせいにステージ前になだれ込み、そこかしこで早くもモッシュ・ピットができあがる。
 2曲目は“Fuel”。早くもフロアの騒ぎは大変なことになっている。というかはっきりいって怖い。連れの彼はこの時点で2回眼鏡を落としたらしい。コンタクトでよかった。年齢層の高い(たぶん)客がいまからこんな調子でだいじょうぶなのかと正直不安になる。
 でも、冷静になってよく聴いてみると(といっても、あまり冷静ではいられないのだが)、バンドのノリはあまりよくない。やはり空席の目立つスタンド席が気になるのだろうか。正直、メタリカほどのバンドがこんな小さな会場でプレイすることはかなり珍しいだろうし、そのうえさらに空席が目立つとあっては、意識はしないつもりでいても、心のどこかにそういうあらぬ雑念が入り込んできてしまうのかもしれない。結局、ショウの前半はだいたいこんな調子で、イントロが合わずに“Sanitarium”をすっ飛ばすなど、いまひとつピリッとしない緊張感に欠ける演奏が続く。
 しかし8曲目の“Creeping Death”からはいよいよ本領を発揮。アリーナも急に活気づき、気がついたら僕もブロック最前部から3メートル、満員電車の混雑など比較にならないほどのモッシュ最激戦区の中にいた。ああ、なんていつもどおりの光景。ジェイムズ・ヘットフィールドの姿がすぐ近くに見える。前に出るタイミングがちょっと早かったような気もしたが、いまさら後ろに引き返すこともできない。あとはこのまま行けるとこまで行くしかない。しかしここは空気が悪い。酸素が薄い。ああ気持ち悪。曲のあいだはまるで死にかけた魚のように顔を上に向けてぱくぱくと新鮮な空気を捜し求める。でもステージがよく見えるのであまり文句は言わない。どうせ毎度毎度こういうことをやってるんだしね。なにも今回に限った話じゃない。
 それにしても本編最後の“Blackened”ですぐ後ろの人が、「バケツリレー! 水よこせー!!」って思いっきり日本語で叫んでいたのには笑ったな。そんなにおもくそ日本語で歌わなくてもいいのにね(あ、これは「空耳アワー」の有名なネタです>バケツリレー)。

 あまり潤沢とは言えない体力を使い果たしたのは、アンコールに入ってしばらくの“Enter Sandman”のあとだった。はっきり言ってこの曲のために体力を温存しておいたようなものだから、終わった途端に僕の中で何かが切れてしまった。からだ的にはあと1曲分ぐらい持たせられないことはなかったのだが、いかんせんもう集中力がない。ステージを見てはいるのだけれど、バンドがどの曲をプレイしているのかまるで判然としなかった。あとで聞いたら連れの彼もまったく同じだったらしい。体力的にもそこそこきつくて、階段は上りよりも下りが怖いと言っていたくらいだから、その翌日、翌々日は彼もさぞかし大変だったことでしょう。そういえばあれからどうでしたか? もうそれほど若くないんだから頑張りすぎないようにね(うそうそ)。

 ともかく、後半はノリも戻ってなかなか良いライブでございました。エミネムのときのように脱げた靴がフロアに散乱しているということはなかったけれど、それでもじゅうぶん熱かったです。それにしてもやはり代々木よりもこっちを取っといて正解だった。誰がなんと言おうとライブはスタンディングなのです。これ定説(それにしても、スタンドから見たらフロアの騒ぎは気狂い以外の何ものでもないだろうな。「少し後ろに行けば楽に見られるのに」とか思っていたに違いない)。
 さて、ここまでのところを読み返してみたら、書いた量が浜崎のときより少ないような気がしたけど、ま、それは前回が長すぎたんですね。そういうふうに解釈しておきましょう、うん。それではまた。

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