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2004/01/11

27.棚の上の命題Ⅰ

 1. [Rewind 1997-2003]

 ここ最近の下り坂の原因が、わかってきたような気がする。

 僕はひきこもりの生活から抜け出し、精神科の病院に通うようになって以降、ずっと「とりあえず仕事のことは脇にのけといて」という路線でここまでやってきた。「仕事よりもまず人間関係を」ということだ。それはそれでよかったと思う。実際ここまで、その路線でそれなりにうまくいったから。

 僕がひきこもるようになった直接の原因は、就職活動にコケたことだ。就職活動はやるにはやったが、それはもう見事なくらいに全滅した。びっくりするぐらい全滅した。試験は通るのだが、1次面接でことごとくはねられるのだ。なぜか。自分が何をしたいのかわからなかったからだ。自分がこれから先どうやって生きていって、何をしたらいいのか全然わからなかった。みつからなかった。それまで自分の将来というものについて何も考えてこなかったことのツケがまわってきたのだろう。そんなあやふやな学生を戦力として計算するところがあるとは、いまでもとても思えない。もし僕が面接官だったら、僕は僕をイのいちばんに落とすことだろう。
 そんなわけで、就職活動の途中から僕は面接に行くことを恐れるようになった。志望動機の欄を目にすることがいやだった。履歴書が嫌いだった。3分間自己PRの時間が恐怖だった。目をそむけたかった。逃げたかった。中身が何もない自分の姿を突きつけられることが恐ろしかったのだろう。そして実際、僕はその自己検証の場から逃げることを選択し、自転車とキャンプ道具一式を抱えて北海道へと1ヶ月間の旅に出た。

 北海道は楽しかった。半ば徒手空拳のやけくそで始めた旅だったが、いろんな人に会えたし、ふつうと違う価値観で生きている人にもたくさん会えた。見るべき風景も多く、感じることも考えることもたくさんあった。僕はあの旅からずいぶんなことを学んだように思う。当初予定していた1ヶ月という期間がいつのまにか2ヶ月になっていたことをみても、それははっきりとわかる。
 しかしこちらに帰ってきてしまえば、「就職先未定」という僕の置かれた状況が変わっているはずもなく、僕は以前にも増して狭く苦しい立場へと追い込まれていった。2ヶ月の旅で得た高揚感や充実感はものの2週間で霧のようにどこかへ消え失せ、「どうにかしなければ」という焦りだけを抱えながら、僕はずぶずぶと底のない沼の中へと沈んでいった。そしてそれ以降、中断された僕の就職活動が再開されたことは、一度もない。

 それから2年。
 通院を開始してカウンセリングを受けはじめたとき、僕はただひたすら、「自分が仕事をしていない」ということが気になっていた。とにかくそのことしか頭になかった。何とかしなければと焦っていた。通院をはじめるようになってからだけではない。ひきこもっている当時もずっと焦っていた。悩み、苦しみ、まともに就職できなかった自分をただひたすらに責めていた。不甲斐ない自分を否定していた。見たくなかった。逃げたかった。死にたかった。ずっとそうだった。
 カウンセリング室のドアを開けてからも状況は変わらない。「正規就職ができないのなら、その前段階としてアルバイトをしなければ」というありがちな思いから僕は抜けられなかった。とにかくそのことだけで頭がいっぱいだったのだ。
 でも何度か通って気持ちがほぐれてくると、徐々にではあるけれど、自分は直線的にダイレクトに「就職」へと至ることのできるタイプではないんだということがわかってきた。「急がばまわれ」じゃないけど、自分はいったんまわり道をするしかないんだということに気づかされたわけだ。それに、どれが本当の「近道」かだなんて、結局のところ誰にもわからないじゃないか。そう考えることができるくらい、僕の心はほどけて楽になっていった。それはそれでよかったと思う。少なくとも間違ってはいない。

 こうして僕は、仕事のことは一時棚上げにして、まずは人間関係を作ることから始めることにした。担当医も「仕事よりもまずは人間関係を」と言っていたし、そういう路線でいくことに特段の疑問はなかった。まずは病院のデイケアに通いはじめて、次にひきこもりの人の自助グループ(とびらの会)に行くようになり、それからもっと家に近いところに居場所がほしいということで、地元の精神保健福祉センターが主催するデイケアにも通うようになった。これで足場は3ヶ所だ。居場所は多いに越したことはないと思う。掛け持ちをして「保険」をかけておけば、どこかで何かがこじれた時でも大怪我をしなくて済むからだ。もちろん、数が多ければそれでいいというものでもないのだけれど。

 2000年の夏、仲間と一緒に神奈川にひきこもりの人のための自助グループを作った理由も、いわばその延長線上にあった。地元に自助グループを作った理由は、主に次の3つ。

1.単純にそういうものをやってみたかった。たまたまそういうことを言っている人が近くにふたりほどいたので、軽い気持ちで間に入ってそのふたりを引き合わせてみた。そしたら話がおもしろい方向に転がりはじめた。ややややや。
2.デイケアのような受け身の場だけでは物足りなくなった。もっと積極的に苦労をしてみたくなった。いつまでも「ひきこもり」の世界にだけいることはできないし、こういう苦労は先々何かの役に立つだろうという勘というか、期待があった。
3.地元に行き場所がほしかった。それも、いま行っている精神保健福祉センターのデイケアではないやつ。

 しかしそれにも増して大きかったのは、「4.ほかにやれることがなかった」というものだ。「ほかにやれることもやりたいこともないから、とりあえずこれをやろう」というもの。正直に告白するけれど、実はこれは、僕にとってはすごく大きな理由だった。ほかにやれることがない。

 自助会の方はなんとかうまくいった。ほとんど何もないところからひとつのシステムを構築していく作業は苦労の多いものではあったけれど、でもやっているあいだはとりあえず自分のやるべきことが見えていたし、あれこれ悩まなくて済んだ。目の前にある仕事をただ黙々とこなしていればそれでよかった。身体は軽く、気分は高揚していた。
 自分らなりに心血を注いだだけあって、この分野ではほかに引けをとることのないしっかりしたものをつくることができたと思う。もちろん、参加した人すべてに満足してもらえるものだったとはまったく思っていないし、思いつくだけで実現に至らなかったことだっていくつもあった。正直心残りのまま置き去りにしてきてしまったことだってある(心残りを果たす前に、会に対するモチベーションが切れてしまった)。でも自分なりにベストを尽くしたし、そういう意味では満足感はあった。もしいま「もういちど自助会をやってみる気はありませんか?」と聞かれたら、やはり僕はノーと答えると思う。まったく同じものをふたつ作っても、そんなの意味がない。
 あらかじめ代替わりの利くシステムを用意しておいたため、会の方はあとの人たちに渡して店をたたむことなく残すことができた。そう、人はいつまでも同じところに留まることはできないし、また、そうすべきでもないのだろう。何はともあれ、あとの人たちにバトンを渡せたのは良かったと思う。

 これは自助会のスタッフを降りる前からの話だけど、少しずつ物を書きながら、「ひきこもりについて考える会」へと自分の軸足を移すようになった。理由は、単純に興味があって、居心地がよかったから。自助会を抜けたあとはあまり積極的に居場所を増やさなかったこともあって、気がついたときには、ここが自分にとってメインかつほとんど唯一の居場所のようになっていた。
 この「考える会」というところは不思議なところで、ひきこもりに関心のある人なら誰でもが、立場を越えて集まってきた。そして僕はこの場所を通じて、いろんな人と繋がりあうことができた。「いろんな人が集まる『交差点』のようなところ」というのはほかの誰かの言だったが、たぶんきっと、僕はこの会のそういうところに惹かれていたのだろう。もっともこれは、だいぶあとになってから気がついたことなんだけれど。

 2003年の7月――「考える会」の閉会が唐突に決まったとき――僕はかなり真剣に動揺していた。ここがなくなってしまったら自分は行くところがなくなってしまうじゃないか。「この場所をなくすのはあまりにもったいない」という思いがあったことはたしかだけど、それ以上にこれからの自分の身の置き場のことが切実だった。ここがなくなってしまったら、いったい自分はどうすればいいんだろう??

 「考える会」はいったん閉会したが、幸い「何とかしてこの場所を残せないか」と思っている人がたくさんいてくれたおかげで、ほとんど「存続」に近い形でその姿を残すことができた。まだ動きはじめたばかりで危なっかしいかぎりではあるけれど、僕個人はこの新しい会の先行きについて特に心配はしていない。それは旧会が作ってくれたベースフォーマットがしっかりしているからでもあるし、また、いまのメンバーには力のある面白い人たちがたくさんいるからでもある。なんといってもいちばん大切なのは人だ。カネも大切だけど、いちばん大切なのは人間そのもの。北海道に行ったときからうっすらと心の中に抱くようになった僕のこの考えは、たぶんこの先ずっと変わることがないと思う。でもおそらく、それだけでは足りないのだ。少なくとも僕にとっては、まだほかに補わなければならないものがある。

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