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2004/03/01

33.ローカルヒーロー

 さて、こないだの続きというか、ようやく本題。
 前回もあげた12月のNHKの番組の最後の方で、作家の石田衣良が言っていたコメントが妙に耳に残った。石田が言っていたのは次のようなこと。
 これはひきこもりに限らず、最近の若い子たちはみんなわりにそうなんだけど、自分のイメージとか、これからなりたいと思う自分のイメージを持っていない。「じゃあどういうのが好きなの?」って聞くと、彼らの口から出てくるのはヤンキースの松井やサッカーの中田英寿など、遥か遠くの、とっても手の届かないようなものばかりで、じゃあなにか生きる上での目標みたいな人っていないの?と聞くと、やっぱりこれがあんまりいない。
 それと逆に、それを身近なところで見つけるための、努力とまでは言わないけれど、アンテナを張っておいてほしいと思う。それは町の小さな成功者でいい。たとえばナンパなカットハウスの上手い人とか、近所のラーメン屋のおやじさんとか。若くていきいきと働いていて、しかも成功している人っていうのは案外みんなのまわりにいるから、そういう人は見てあげてほしい。
 うん、なんかなるほどなあって思った。そういうのは僕にとってもわりに切実な問題かもしれない。

 僕の話。ずっと、自分の将来についてのイメージがなかった。僕は中学と高校を私立の付属校に通ったのだけど、勉強ができなかった僕は、中高6年を通して、ただ「大学の推薦を取れるように、推薦に漏れないように」ということしか考えられなかった。どこの学部がいいのかとか、大学に行ってから何をするのかとかといった、いちばん大事なことについてはほとんど頭になかった。本末転倒。でも、当時の僕にはそんな贅沢な選り好みをしている余裕は少しもなくて、とにかくどこの学部でもいいから、なんでもいいから、どこかにすべり込めさえすればそれでいいやという感じだったのだ。「大学に行く」ということだけで手一杯で、その目的性について考えるということはまるでなかったわけだ。
 それは無事に推薦を取りつけたあともまるで変わらなくて、僕はいつまでたっても、じゃあ大学を出たあとどうしたいのか、何になりたいのかのイメージを持つことができなかった。小さい頃からそういう訓練をしてこなかったせいかもしれない。ただなんとなく大学に行って、たぶんどこかの会社に入る。僕の頭にあったのは、そういうひどく漠然としたイメージだけだった。もちろん、そのことのツケはあとでたっぷりと払わされることになる。長い時間をかけて、千本ノックのように。

 生きる上での目標みたいな人? 石田が言うような? いなかった。たぶん……特にいなかったと思う。どうしてだろう。当時だってそれなりに対人関係はあったのだけど、でもそういう人が身近にいたというような記憶はあまりない。「憧れの人」っていう言い方があるけど、どうもそういうのも覚えがないんだよな。どうしてかなあ。
 じゃあもっと身近な家族はどうかというと、正直これもあまり参考にはならなかった。参考にするといっても、僕のまわりにはそれに該当しそうな人は父親ぐらいしか見当たらなかったし、その父親にしたって、僕が中高生の頃には単身赴任でほとんど家にいなかった。いや、仮に家にいたところで、やはりそれほど参考にはならなかっただろう。ひどい言い方だとは思うけど、サラリーマンである父を見ていても特別かっこいいともああなりたいとも思えなかったし、また、これは後付けになるのだが、どちらかといえば父には、それ以外の生き方の具体例をたくさん見せてほしかったと思う。「俺はこんなふうにサラリーマンをやってるけど、でも世の中にはそうじゃない生き方をしてる人だってたくさんいるんだぞ。たとえばな……」ってな感じで。
 でも、それは無理のある注文だったのだろう。なぜって、父(これは母もだけど)だってそういうレールの上の人生しか知らなかったのだから。気がついたときにはもうそのレールの上を歩いていたのだから。それ以外の道を提示しろと言っても、それは土台無理な話である。知りもしないものを提示してみせるだなんて、いったい誰にできるというのだろう? だからそれについては、もうあきらめている。

 で、話は飛ぶようだが、田口ランディさんのエッセイの中に次のようなくだりがある。
 「子供の時は親の背中を見て育ってきたけど、思春期以降は赤の他人の背中を見て生きてきた。他人の背中に育てられて、ここまで来たのだ。」(「十七歳の頃、なにしてました?」)

 ここを読んだときに僕は、「これってすげぇかっこいいな」って思った。そういうふうに言えるなんてうらやましいと思った。そう、こういうのは親の背中じゃなくて、他人の背中なのだ。ランディさんはそんな大人にたくさん出会ってきたんだ。しかし自分はいったいどうだろう? もちろん答えは先に書いたとおり。親のことはともかくとしても、「かっこいい」と思える大人にそれほど出会えなかったのはやはり痛かった。そして対人関係を忌避していた数年間を挟んで、ついずるずるとここまで来てしまった。なんだかんだ、ことしで僕も30になる。まったくなんてことだろう。

 しかし、30を目前にした最近になって、「あ、この人かっこええかも」と思うようなことが、少しずつではあるけど増えてきた。それはちょっとずつ自分の方向性を見定めていったりとか、何とか部屋を借りて生活するというような、わりに地味なレベルでの話だったりするのだが、でもそういう方向に向かって進んでいる人たちを見ていて、「いいな、自分もそうなりたいな」と思うようになった。
 べつに彼らは松井みたいにホームランが打てるわけでもなければ、中田のようにゴールが決められるわけじゃない。全然ない。でもどうしてだろう、彼らと同じぐらいかっこいいと思う。「こいつらヤバイぜ」とまでは思わなくても、自分もこうなりたいって思う。そしてそれは、ヤンキーススタジアムでホームランを打ったり、セリエAのピッチでゴールを決めたりするのとは違って、ちょっと手を伸ばせばなんとか自分にも手が届きそうなものなのだ。

 ローカルヒーローを見つけたいと思う。いまの僕のささやかな希望は、「かっこいいな」と思う人をマークして身近に置いておくことと、自分にとって居心地のいい、自分にふさわしい場所を見つけていくこと。この2つだ。もちろんそれは簡単に手に入るようなものではないけれど、でも意識しているだけでも違うと思う。
 もちろん、いまになってこんなことを意識し始めるなんて遅いとは思う。でも、とにかくここから始めるよりほかないのだ。それに、そう思える人が身近にいるというのはなかなか悪くない感覚である。そしてそういうのは、きっとあとになって大きな財産になることだろう。例によって特に根拠のない思いつきだけど、僕はいまのところそんなふうに考えている。

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