« 2004年6月 | トップページ | 2004年8月 »

2004年7月

2004/07/31

これがサッカー

はぁ、疲れた。

120分+PK戦(しかもあの展開)でもうぐったりです。でも見応えあったなあ。
結局これがサッカーというものだ、ということですね。

ヨルダンはいいチームだったけど、
技術も経験もあとひとつ足りてなかったというのはあまりに結果論でしょうか。

しかしあの3番には参った。何者なんだよあいつ。
しょっちゅういたからどこのポジションの人かいまだにわかんないし……。

しかしここんとこ毎日サッカーがあるなあ。夏休みだから??(なわけない)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/29

5周年

今日がその日だ。
日付けなんてどうでもいいようなものかもしれないけど、
しかしこの日であることに意味があった。
あるいは、「この日までに」という期限に。

これでどうなるのかはわからない。でも、石を転がすことはできたと思う。
あとはそれをどう繋げるか。

5年前の今日の日記にはこうある。
「遂に意を決して佐々木病院に行く。
 (中略)とにかくこれを機に少しでも駒を前へ進めなければ」

さあ、5年前から進歩したのか、退化したのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/28

「分解したい」

だいず(うちの猫)が蝉をいたぶっていじめています。殺すとか食べるとかじゃないので、ジイジイ泣き喚いてうるさいことこの上なし。早くとどめを刺してあげなよ~といってもなかなか刺しません。つうか殺せないんだ。蝉ひとつ殺せない。それじゃ外では生きていけないよ~キミ。いいから早く仕留めて~。

まあ蝉にしたって10何年土の中にいてやっとの思いで外に出たらこんなアホネコの餌食になるなんて気の毒以外の何物でもないのですが、でも弱ってうちのベランダに落ちてきたのが運のつきだよね~という気もしなくもありません。
いやはや世は無常。蝉の一生ってなんなのでしょう。
ま、人間の一生も同じかもしれませんけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/27

あれはインテルではない

はるばる浦和美園まで行ってレッズvsインテルの試合を見てきましたが……。

ありゃあひどい。Bチーム、いや、Cチームと呼んでも差し支えないかもしれない。
なにせレギュラークラスはトルドとココ、レコバぐらいのもので、あとはほとんどが名前すら聞いたことのない選手。ラムシとかファリノス、アダーニなんかもいたけどね。

だって本来、ベストメンバーを組めば、
DFラインにはカンナバーロ、マテラッツィ、コルドバ、サネッティ、
中盤にはザネッティ、ファン・デル・メイデ、ベロン、
2トップにヴィエリ、アドリアーノあたりが揃ったはずなのに……。
いくらEUROや南米選手権があったとはいえ、これじゃあね。
金返せ、いやせめて交通費返せって感じ。

しかし今年は各大陸選手権があるわけで、そういう年にこの手の親善試合を
ブッキングしたJのクラブの見通しの甘さもあると思う。
まーあと見に行くのはバルサだけだからべつにいいんだけどねー。

しかしあの埼玉高速鉄道って「高速」じゃないじゃん。
だって各駅停車なんだもん。ウソつくなよなー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/25

44.チマチマ

 サッカー教室に行ってきました。水曜日に。教室とはいっても、ひどく初心者向けのやつですが。
 前回も書いたけど、以前「同じチャンネルで空気を吸っていると人間としての器がチマチマしてきます。出会いを求めて~」と言われたのが結構気になっていて、いい機会だし、まあひとつここは別の空気も吸ってみようと思って。そういやなんだかんだ言いつつ同じ界隈でしか生きてなかったものなあ。どうもここのところマンネリ感というか、何もかもがつまらないという感覚がどこかにあったのだけど、結局ひきこもりやら思春期問題の付近にしかいなかったんだもの。そりゃあ人間チマチマもするって。そういうことに少しだけながら気づかされたひと言でありました。

 とはいえ、まったく知らないところにひとりで行くのはどうも心細いので、サッカー好きの友だち何人かに声をかけてみる。みんな興味は持ってくれるのだが、都合がつかないやら調子が悪いやら肉離れを起こしているやら(しかも試合中にではなく、キックターゲットをやっててやっちまったらしい)で結局だーれもつかまらず。仕方がないのでひとりぼっちで行ってきました。乗りなれない電車に乗って、片道710円をかけて。なんだかなぁ、やっぱ友だち少ないんだよ。ほら。

 時間に余裕を持って30分前に現場に到着。ふだん遅刻増発の僕が時間を守るということは、それだけ緊張していることの証。そういうところは正直に出るから自分でも結構わかりやすい。わかりやすかったからどうというものでもないのだけれど。
 実際現場に行ってみると、思っていたのより子どもが多い。こっちはひとり。いい大人。もうはじめから不安全開。しかしもう現場に着いてしまっているのでいまさら引き返すわけにも行かず。「まあなんとかなるよな~、たぶん~」などと思いつつ、あきらめて受け付けを済ませました。初心者向けというわりには、体育館の中からのぞく練習の姿は初心者のそれではなかったけれど、そういうこともなるべく考えないようにする。そう、そういうのはあまり考えないほうがいいんだよね。考えてもろくなことなんてありゃしない。自分もこの歳になっていい加減わかってきたけれど、世の中の人というのはそんなにものごと考えて生きてるわけじゃないんだ。結構適当、かなりいい加減のなりゆきまかせ。自分でもそれがわかっているからこそ、うだうだ考えるんじゃなくてからだを動かしたかったんだと思う。おっといかん、そういう考察自体がすでに考える会モードだ。いかんいかん、思考は捨てよう。無心に綴ろう。

 最初は緊張したけど、なんだかんだでどうにかなってしまいました。サッカーをやるのは小学校の休み時間以来(いつだよそれ)。いや実際には去年の秋に友だちの集まりにお邪魔してミニゲームに入れてもらったことがあるから約1年ぶりなんだけど、でもまあ20ン年ぶりと言っといても違いはないでしょ的状態だったのだが、それでもなんとか付いてはいけた。日頃壊滅的に運動不足の状態で付いていけたのだから、なんだかんだ言いつつ初心者向けってことになるのかもしれない。コーチの側は初心者だろうが経験者だろうがあんまり気にしてないみたいだった。うまく混ぜてしまえばそういうのはごく妥当なあたりに中和されてしまうのかもしれない。
 教室についての感想を言えば、これは結構楽しかったです。ゲームのあいだはもう心臓バクバクで破裂しそうだし、酸欠のうえに呼吸困難なんだけど、でもそういうのが新鮮でうれしい。「あたまよりもからだ」と日頃言い続けているわりにはまるで実行が伴っていなかったわけだが、こういうときはほとんど何にも考えていない。思考を空にできる。ただただ身体を動かす、そして走る。まわりは知らない人ばかりだがそういうことも気にならない。というか、動くことで精いっぱいで何かを考えてる余裕がないからなんだけど。でも、「あー、こういうのが大事なんだなー」といまさらのように気づいたりする。いや、こういうのが本当に大事なんだって。

 実はこのサッカー教室に行く当日、具合が悪かった。精神的なものではなく身体的に。体調の問題。どうもそれまで気がつかなかったのだが、暑さにやられて頭に熱がこもってしまっていたらしい。無意識に冷房を首筋に当てたりしていたぐらいだから、からだは先に気づいていたようだった。
 そういやここのところ食うもんも食ってなかったし、あまり寝れてなかったからなあ。いつもどおり寝るのは遅いんだけど、暑さで早い時間に目が覚めてしまう生活だったから、睡眠時間は意外に足りてなかったかもしれない。また、食欲がないのも「おお、これでまたちょっと痩せられる。わーい」ぐらいにしか考えていなかったのだが、それも「栄養が足りてない」ところまで行ってしまうとちと考えものだ。この日からは反省して少しずつちゃんと食べるようにしたし、普段はあまり好かない冷房も必要なときにはきちんと使うようにしました。なにせまだ7月だもの。ここでへばっちゃ持ちきれないさ。

 さて、具合が悪かったにもかかわらずサッカー教室なんぞに行ったのは、少し休んだら落ち着いてきたのと、もうひとつはせっかくの機会を逃したくなかったから。こういうのを逃しているとしわ寄せはあとにいくものです。そうなるのは自分としても避けたかった。結局身体の熱が頭の熱をも放射してくれたのか、サッカー終えたらなんか治ってましたけど。むずかしいことはよくわからないけど、まあ人生は結果論ということで。

 サッカーは月1回だけど、とりあえず通おうと思っている。それと別の場所でも同じようなものをやっていたので、これは友達といっしょに申し込んだ。先のことはあんまり考えていない。ただ面白そうだから、友達が一緒に行ってくれるから適当に申し込んだだけ。でもべつにそれでいいんだと思う。さっきも書いたけど、世の中の人はそんなに深く考え込んで生きてるわけじゃない。結構適当、かなりいいかげん。なりゆきまかせでもいいんじゃないかな。サッカーのほかにもいくつか考えてることはあるけど、言葉にするとなにかが消えてしまいそうなのでここでは伏せます。でもほんの少し、こんな感じでいいような気がする。そう。こんなふうに、たんたんと、たんたんと生きていけたらいいなあ。そんなことを感じています。

 じゃあもう4時半になるのでいい加減寝ます。それでは。チャオ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/23

オーバーエイジ

今野がケガですか。かなり痛い。
いちばんケガをしてほしくない人なのに。
だからほら、駒野じゃなくて鈴木にしときゃあよかったんだよ……などといまごろ言ってももう遅い。

それはそうと、OA枠を2つしか使ってないんだから、あともう1個使えばいいのに、などと思ってしまうのは自分だけでしょーか??
オーバーエイジで山本監督がプレーする、とかね。ちょっと見てみたい。

というわけで五輪サッカー予想布陣:
(バリエーションその10)
(システム3-4-3)

      山本監督
       (平山)
   田中達    大久保

 森崎           徳永
     小野   阿部 (石川)

    那須 闘莉王 茂庭

        曽ヶ端

最前線で監督が点取るぐらいのことしてほしいなあ。ダメ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/22

歯ブラシ

歯ブラシを買い換えたらすげーみがきやすかった。ちょっとうれしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/20

メール

2日間で14件のメールをやっつける。
はぁ、やっと終わった。でも1件持ち越し。

あーんど、HPの更新をひとつとエッセイを1本。
ほかにも何かあったような気がするがもう忘れた。なんでもいいや~。

近所のビデオ屋に行くも「元カレ」の5本目は今日もなし。
うがあ早くしろ誰が借りてんだバカ。
むっき~~~~~~!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/18

人並み

たぶん、人並みになりたいんだと思う。
いや、人並み以上に。もっと高く、もっと高く。

降りていく生き方というものがある。
幸せは足下にありました的発想だ。

頭ではわかってる。
でも心はついてこない。下げられない。
こいつは結構、厄介だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

43.ラジオ花火が終わる間に

 花火の音が聞こえます。ただいまの時刻は夜の7時45分。聞こえるのは横浜の開港記念みなと祭りの花火です。うちは海からはかなり遠いけど、それでも風に乗ったりして音だけがふらふらと聞こえてくることがあります。すごく小さな音なんだけどね。こういうのを僕は勝手に「ラジオ花火」と名づけて喜んでいます。ホームページによると打ち上げは7時半開始だから、まだ序盤ってところなんだろうな、と思う。あと小一時間、このラジオ中継が続くわけです。さあ、その花火が終わるまでにどれだけ書けるかな。こういう書き方はしたことないのでちょっと楽しみだったりもします。

 路草(みちくさ)に出たのは3ヶ月ぶり。できれば出ようとは思っていたんだけど、なかなか行けず。あ、これはスケジュールの問題ではなくて、体調と気分の問題です(あと交通費ね)。こないだ行ったときには自分が前に出て話したので、傍観者的にお客さんとして行くのはかれこれ5ヶ月ぶりということになります。早ぇな、もうそんなになるのか(あ、その節はまとまらない話ですみませんでした……)。
 今回のゲストスピーカーは新座自然宿(「塾」ではない)を主宰されている斉藤宗夫さんという方。埼玉の地理には不案内なこともあって、「誰それ?何の人? つーか新座ってどこよ?」とゆー失礼きわまりないことを思っていたのだけれど、実際にお話を聴いてびっくり。だってすげーおもしろかったんだもの。
 まず断言してしまいますが、この人はすごくセンスのいい人だと思う。そう感じた。ひきこもりについてはよくわからない、専門家ではないとご自身で言っておられたけど、なんていうか、頭じゃなくてからだで考えてる、学者然としない、からだを通過させている、話がわかりやすい、謙虚、わからないことはわからないとはっきりと言う、自分を大きく見せない、飾らない、偉そうじゃない、敷居が低い、融通が利く、地域重視、その他いろいろ。うーん、まあひと言でいうと「自然宿」って感じなんだな。ぎゃはははは。それそのまんまじゃん。*
 ま、風貌はあやしい感じ丸出しだし、ゲストスピーカーがビーサン履いて出てきたのも路草史上初めてらしいけど、でもなーんかいいんだこれが。時間の関係で直接は話せなかったけれど、またお話を聴きたいなって思った。持って帰るものが多くてとても楽しかったです。「あそこ(自然宿)なら行ってみたい」って人がまわりに何人もいたぐらいだから、合う人には結構いいんじゃないかと思います。これでもう少し場所が近ければねぇ……。というわけで、興味のある方はこちらをどうぞ。HPだけよりも、実際に会って話を聞くほうが何倍もいいと思うけどね。実際に会わないとわからないものっていうのは、世の中結構ありますから。
http://www.geocities.co.jp/NeverLand-Homeroom/4455/

 そうそう、斉藤さんの話をおもしろく感じたのはなぜだろうって考えたら、つまりはちょっと外の視点から語っているからなんじゃないかなってことに思い至った。狭い世界の中だけで生きていると考えが似通ってきてつまんなくなっちゃうことがある。いまの自分がまさにそれだ(ドキ)。こないだある人に、「同じチャンネルばかりで空気を吸っていると、人間の器がチマチマしていきます。出会いを求めて別の世界に行きなさい」みたいなことを言われて、“この人よく見えてるなあ”と感心するやら嬉しかったりしたことがあったけれど、ひきこもりという一事象よりは、子ども全体を見ている人だからこそ発想が新鮮に感じたのかもしれない。もちろん、それは斉藤さんという人の個人の魅力の要素も大きいんだけれど。

 おっと路草の話が長くなってしまった。で、一次会が終わったあとは2次会には行かず(カネがないのよ)、お友だちと延々延々いろいろ話す。いやあ、すいぶんしゃべったなあ。メシも食ったし。また話しましょう。きのうは時間が経つのが早かったです。

 さて、今日は朝から金沢区にある「父親の会」というものに行く。不登校やひきこもりのお子さんを持つ父親の会だ。親の会といえばまあ実質母親の会なわけで、お父さん方が数が少なくて気の毒だなあ、もっとお父さんのたくさんいる集まりがあればいいのになあと思っていたから、ここの活動にはまえから興味があった。父親の会なので、基本的には女人禁制であります。
 感想をひと言でいうと、うん、なんかいい! 「話せる」って感じ。行く前は結構緊張してたんだけど、いや、行ってよかった。もっとこういうところが増えればいいのにねぇって思う。父親って家の中では孤立しがちで、自分の思いを吐き出す場所って案外少ないみたいだから、こういう悩みを打ち明けられる場というのはわりに貴重なんじゃないかと思う。
 それとあれだな。これは「僕にとって」ということなんだけれど、こういう人生の先輩方、それも同性の先輩方と「上司と部下」というような形ではなしに話せる場所っていう意味でも、こういうところは貴重なんじゃないかと僕は思う。同性ということで、やはりすごく参考になる部分はあるわけで、きっとそういうところにも惹かれていたんだろうななどと考えました。ネットの記事によると、「オヤジの会」みたいのが全国で少しずつ立ち上がってきているみたいだけど(ただし、これは子どもの健全育成みたいな感じのものですが)、そういう機運というのは、これから徐々に高まっていくんだろうなあと思う。ま、あんまり「頑固オヤジ復権!」みたいのでも困っちゃいますけどね。いまは21世紀だっちゅうに。

 父親の会を辞したあとは近くに住む友だちの家に。体調が悪いようなので、お見舞いがてら近くに寄りがてら。そういえばこうやって友だちの家にアポなしでいきなり行くのってしたことないなあ。テレビとかマンガとかじゃよく見るけど、自分がするのはたぶん初めて。なんだか妙に新鮮でした。自分が真人間に近づいたようで嬉しくもあったり。ゆっくり体調治してね。夏のビールが待ってるぜ!(この時点で半分バレバレだね)

 しかし何が驚いたって、今日の予定が午後の1時半に終わっていたこと。そんなんありえないもん自分的に。そんな自分にちょっとガッツポーズだったので、まえからゆっくり歩いてみたかった金沢文庫の駅の周辺をぶらぶら歩くことに。「称名寺とか行ったことある? すっごい良いんよ~」って言われていたんです。
 てきとうにふらふら歩くと、神社で縁日をやっている。ひやかしで覗いたけど、こういうとこ来るのっていつ以来かな? 小学生以来だよな。思わず子ども返りを起こしてヨーヨーすくいなんぞをやってしまいました。「どうしてもあの青いのが欲しい!」とか思って。あれ難しいのね。すぐに糸が切れちゃう。金魚すくいもやろうかと思ったけど、長時間金魚をぶらさげるのは気の毒なのでここはガマン。それにしても的屋の人たちって、な~んか人生に疲れたような顔をしてるんだよね。縁日は好きだけど、あれを見てると何かが物悲しくなります。うーん……。

 そのあとは少し歩いて八景島の海の公園へ。ここもいつ以来だかな。シーパラに友達と行ったのも……いや、やめよう。とにかくひさしぶりってことです。しかし今日は人が多かったな。
 当たり前のことかもしれないけど、海の公園はふだん行き慣れてる湘南の海岸とはだいぶ趣が違う。狭い砂浜で海水浴をしている人もいればウインドサーフィンをしている人もいるし、ほかには潮干狩りやらビーチパラソルやらバーベキューやら家族連れやらジョガーやら非常に多数のガキンチョやらがいっせいに同時にのべつまくなしに視界に入る。決してスタイルが良いとは言いがたい主婦の水着とか、「2年3組 誰々」という名前の入ったスクール水着なんていうマニア向けのものが見られるのもここのひとつの特徴かもしれません。平均年齢が高いんだか低いんだかよくわからないですね。
 残念なのは海が汚くて臭いこと。もちろん江の島の海だってお世辞にもきれいと言えたもんじゃないんだけど、あっちはもう少し流れがある。波がないからこっちには当然サーファーなんてものはいないわけで、その辺もいつもと違う感じを受けた理由だったのかもしれない。あ、でも横にフリマがあったのはよかったです。見るだけで何も買わなかったけど。

 サンダルについた砂を払い落としたあとは、ようやく本題であるところの称名寺へ。
 昼から神輿を担ぐ姿が見えるなあと思っていたら、今日は偶然お祭りの日でした。いまは半ば死語となった「いなせな」という言葉が頭をよぎる。そう、お祭りのせいかもしれないけど、いなせなお兄さんやお姉さんの姿が目立つのです。なんとなく下町っぽい感じと言っていいのかな。町全体もどことなくそんな雰囲気がありました。ほかにも探検したら、もっといろいろ出てきそうな感じ。そういう土地柄なんかなーと思う。
 寺の境内の中はかなりいい感じでした。カメラを持ってこなかったのは明らかな失敗。なーんかぼけっとできていいところです。それで実際、しばらくぼおっとしてました。すぐに祭りの一団が来て騒がしくなっちゃったけれど。

 文庫散策を終えたあとは再び京急に乗る。空いた車内は冷房が効いてて涼しい。ちょっと極楽。
 ところで日の出町で降りたあたりからなんか変だとは思ってたんだけど、今日は花火だったのですね。だって海の日明日じゃん。てっきり花火は明日だと思ってたよ。
 大きな花火大会なので当然人は多い。めっちゃくちゃ多い。最初は道行く浴衣姿を眺めたり、お店も少し見てまわろうかと思ったけれど、もうなんか暑さと人ごみと1日の疲れとあまりのカップルの多さに途中でブチキレ。バイト中の友達と小話しただけでそっこー帰りました。もう花火なんてどうでもいい。すでに浴衣姿の女の子も目に入らず。だいたいひとりで花火見てもしゃーないしね。心なしか隙間のある電車に乗ってまっすぐおうちに帰りました。んー、まあ要するにあれだ。結局家がいちばんってことです、はい(だめぢゃん)。

 さて、どうやらすでに花火の時間は終わったようです。ああやれやれ。1日が終わった。それではまた。

*(「センスの悪い人」というのは、上の条件をほぼ全部逆にした人と理解してもいいかもしれません。もっとも、これは僕の経験から来た基準に過ぎないですが)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/15

広末

「元カレ」の広末がイイッ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ラ・ブサイケデリコ」

座布団3枚!!(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/12

まるで同感

自分のからだは自分なんだろうか。なんて、こんなことを考えるのはもちろん人間だけである。なまじ知識というものがある分だけ、自分について迷うのだ。
まったく人間であるってことはめんどくさいなあと思う。
――田口ランディ――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/11

42.堂本剛の正直しんどい

 「元カレ」というドラマを見ています。ビデオ屋で借りてきて。
 ちょうど1年前、7月からのクールでやってたドラマなんだけど、去年の7月あたまに祖母が亡くなったりしてバタバタしていたもので初回を見逃してしまい、以後ずるずると見れなかったやつです。やっぱり連ドラというのは最初を見逃してしまうとどうもね。筋がわからんというか、リズムに乗れないみたいなとこがある。
 ……とかいうと連ドラはきちっきちっとチェックしてるみたいだけど、そんなことはない。見るドラマは主に再放送。たまに今回みたいにすぽっとドラマにはまることがあるのだけど、そういう場合は大抵、夕方なり深夜なりの再放送を見て「ああ、ええなぁ」なんか思ってずるずるとはまり込むパターンが多い。まあそういう時間にテレビを見てるというのもどーなのかというのはすっごいあるんだけど、ひとまずここではそれは措きます。

 脚本家が違うからあまりはっきりとしたことは言えないのだが、この「元カレ」というのは、以前TBSでやっていた「夢のカリフォルニア」というドラマのイメージ的続編のような気がする。筋も設定も違うから、紛うことなき続編というわけではないのだけれど、同じ堂本剛が主演だし、演ずるキャラクターの雰囲気もよく似ている。男1人に女2人という配置も同じだ。去年の7月、「元カレ」がはじまる前からこのドラマのことが妙に気になっていたぐらいだから、やはり何か通底した匂いみたいなものはあったのだろう。そう想像する。

 さて、この「夢のカリフォルニア」は僕にとって、妙に思い入れのあるドラマだ。主人公の終(堂本剛)は特に秀でたところもなければ、特に劣ったところもないごく普通の大学生。4年生になって流されるようにして就職活動を始めるが、自己アピールの欄に何も書くことができなかった。友達に誘われて就職試験の会場に向かうが、「君の人生のヴィジョンを聞かせてください」という問いに答えられず、面接官の向井には、「もう少し骨のある話が聞けると思った。君は単なる大人になりたくない、甘ったれだ。そんなんで生きているといえるのか」と、さんざんにこき下ろされてしまう。
 そこから話が転がり、中学時代の同級生で、同じようにいまの自分に悩んでいる琴美(柴咲コウ)と恵子(国仲涼子)と共に自分の生き方を見つけていく……というのがこのドラマのおおまかな流れ。最後のほうで就職活動に復帰した終が、自己PRの欄に「スポンジ」と書いていたのがひどく印象的だった。特に目立った長所というのはないけれど、いっしょにいると気持ちが楽になる、自分の悩みを吸い取ってくれるような存在という、恵子(琴美?)の台詞からきた言葉だ。それを目にした僕は、“なるほどそういう考え方もあるのか”とちょっと感心したりした。とても気になっていた箇所のことだったから、その場面のことはいまでもよく覚えている。

 以前2ちゃんねるをよく見ていたときに、この「夢のカリフォルニア」に関して、「ひきこもりはあのドラマを見るべき」みたいな書き込みがあって、おう、2ちゃんにしては良いこと書いてあるじゃんといたく感心したことがある。「へぇ、世の中には自分と同じように感じる人もいるんだなあ」と意外に感じたというか、めっけものを拾ったような、そんな気分になった。
 もちろん、ひと口にひきこもりといっても、不登校出身などいろんなパターンがあるから一概には言えない。けれど、こと自分のようなケースにおいては、このドラマを見て感じる部分があるというのはかなりの割合で言えるのではないかという気がする。

 「元カレ」での堂本剛は、社会人になってデパートの地下食品売り場で働いている。性格は相変わらず「いいひと」で態度はどっちつかず。エレベーターガールの菜央(内山理名)とつきあい始めるが、広告代理店に入社してバリバリ仕事をする「元カノ」の真琴(広末)が自分の部署の担当になってお互い落ち着かなくなる……というのがいままで見た部分の話の流れ。最初は内山理名目あてで見はじめた部分が(かなり)あったのだが、いざ見てみると広末がけっこう良くて意外や意外。いや、誰が出ているからどうのこうのではなくて、単にこういうシチュエーション(男1人に女2人)が好きなだけかもしれないけど……。

 「夢のカリフォルニア」と「元カレ」をひとつの流れの中にあるものとして捉えるならば、6月までのクールで終わった「ホームドラマ!」は、その2作の延長にあるものとして見ることができるかもしれない。脚本は「夢のカリフォルニア」のときと同じ岡田恵和、放送はTBSで、25歳になった剛君(役中・井坂将吾)は結婚して子どももできている。その剛君夫妻の乗ったバスが事故に会い、残った遺族が血は繋がらないながらもひとつの家族として暮らしていく……というのがこのドラマのお話。いわゆる一般的な家庭を描いたホームドラマではないが、他人どうしで暮らしても「家族」は成り立つし、そもそも「家族」っていうのは何なのだろう?ということを考えさせられる。なにせ最終回を見逃がしてしまったのであれなのだが、できればもう1回通しで見たいと思うドラマでした。

 ところで、「夢のカリフォルニア」を見てからというもの(正確にはあのシーンを見てからというもの)、堂本剛という人に親近感を抱くようになってしまった。だいたいジャニーズのタレントといえば男にはそれほど受けが良くないし、Kinki Kidsに対しても「はぁ?」ってなもんだったのだが、あれ以来ちょっと見方が変わった。「堂本兄弟」は見ていないが、「堂本剛の正直しんどい」(テレ朝)はほぼ毎週欠かさず見ている。なんだか似たような人間がここにもいるなあって思えてしまうわけです。もちろんジャニーズのタレントと自分を比較するのは「かなりどうか」なのだが、しかしそれでもなおかつ。僕の中では1週間の中でもっともプライオリティの高い番組がこれなので、水曜のこの時間は電話には出れません。あしからずご了承くださいませ。ではでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/06

平山さん

ここのところほぼ毎日、近所の整形外科に通って首のリハビリを受けている。

そこにいる作業療法士のひとりに、サッカーの平山相太に似た人がいます。
いや、男じゃなくて女の子なんだけどね。
でも背がひょろっと高くて、ちょっと顔がぬぼっとしたところが似てるんだ。
そういうわけで勝手に、「平山さん」と命名させていただき、
リハビリで顔を見かけるたびに、「お、平山だ」とか思っている。

でも女の子で平山に似てるっていうのはどうなんだ?? 
とりあえず褒め言葉にはならないよな。
間違っても
「ねぇねぇ、サッカーの平山に似てるって言われない?」なんて、言えないです。
柏の平山(智親)ならともかくも、ね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/05

ギリシャ

結局最後まで見てしまった……。

実は決勝は1-0でギリシャと予想していたのだけど、まさか本当に勝つとは……。
いやいや、それにしても優勝に値するチームでした。

はぁー、みんなお疲れさま。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/04

41.日焼けについて、いくつかの省察

 すっげー暑い。

 今年はカラ梅雨にちがいない。梅雨の時季は頭ん中までカビ臭くなるからキライだ、という僕みたいな人間にとってはありがたいような嬉しいような万々歳ハラーショな事態にほかならないわけだが、しかしここまでクソ暑い晴れ間が続くと、ちょっともういい加減にしてくんないかな森田さん的思いが頭をもたげてくる。たまに珍しく雨が恋しくなったりしてね。ちょっと一雨降らないかなあなんて。それにしても紫陽花やかたつむりさんたちは今頃どうしてるんだろう?

 と、カラ梅雨に対して文句のひとつもぶつけてみたくなるわけだが、しかし晴天が続くことで好ましいこともある。ひとつは雨続きで気分までじめじめしなくて済むことで、もうひとつは早いうちから日焼けにいそしめることである。例年なら6月の終わり頃からぽちぽちと海に通ったりなんかし始めるのだけど、今年はも少し早くて、6月の頭ぐらいから何度か行った。
 さすがにそれくらいの時期では少し涼しくてあまり日焼けは捗らないのだが、それでも「梅雨前にお陽様を拝む最後のチャンスだ!」ってな感じで10年落ちのバイクに乗って江の島の近くまでせっせと出掛けたりした。バイクだと江の島までうちから50分ぐらいで行ける。

 よく人から「焼けてるね」と言われることが多いのですが、日焼けは好きです。むかしはそんなことは全然なかったのだけど、いつぐらいからかなあ、4年ぐらい前から天気が良いと海まで出掛けて、のんびり本を読んだり適当に音楽聴いたりしながら、浜辺でぼけっと時間を過ごすことが多くなった。もちろんこれは、暑い夏のあいだの話。
 以前にもどこかで書いたのだけど、浜辺というのはたえず風が吹いているので涼しいのです。元々クーラーが苦手で、家ではなるべく扇風機派であるところの僕は、家でクーラーつけてへばってるよりかは自然の風を受けている方がずっといいと考える。本は読めるし気分は変わるし、電気代だってかからない。運が良ければ多少は目の保養になるという特典もある(←これ重要)。それに海辺というのは、昼間からサーフィンしてる人がいたり犬を散歩させている人がいたりと、どことなく自由な雰囲気があるから居心地もいい。だってみんな短パンにサーフ系のTシャツみたいなゆるゆるのカッコしてるんだもん。そりゃ気分が楽ですよ(ちなみに僕は泳ぎに行くわけではない。なぜなら僕はまったく泳げないから。まあこんなことだから「陸サーファー」とか言われちゃうんだけどね)。

 長々と海辺にいれば、当然焼けます。というか、焼きに行くのが目的の半分。だから天気の良い日にしか海には行かないし、風の強い日にも行かない。強い風で皮膚の温度が下がると日焼けの効率が落ちるからです(逆に温度が高いとよく焼ける。炎天下に裸で運動していたりすると、そりゃもうあっという間)。

 むかしは日焼けが好きじゃなかったと書きましたが、これは本当です。いなかが海のない山の中だったせいもあって、「夏本番! 海か?山か?プールか?」といえばまず間違いなく山だったし(別に本屋でも良いのだが)、海水浴なんてものに最後に行ったのはたぶん幼稚園のおわりの頃じゃないかと記憶している。とにかく海に縁のない家だったのです。当然川で泳いだという経験もない。そもそもまったく泳げないしね。水が怖かったんだ、子どものときから。

 日焼けが好きになったというか、焼けるようになったのは、自転車ツーリングをするようになってからだ。ツール・ド・フランスに影響されてマウンテンバイクを買い、ツーリングを始めるようになったのだが、2週間とか1ヶ月とか旅行をしてると、これはもう嫌でも焼ける。なにしろ日中の8時間とか9時間を自転車漕いで走っているのだ。2週間もすればきれいにまっ黒。それも不可抗力的に。これは経験のある人なら実感としてわかると思う。
 ツーリングを始めたての頃はこの日焼けをするのが嫌で、無謀にも日焼け止めクリームなんぞを塗ったりしていたのだが、しょせんは無駄な抵抗。太陽の力にはかなわない。それにクリームを塗ると風呂に入れなかった日にはとても気持ち悪い思いをするので、じきにあきらめてやめてしまった。それからは日焼け街道一直線。程なく全身まっ黒になった。
 それまでは日焼けを嫌がっていた僕だが、すっかり焼けてみると「日焼けもいいもんだな」と思うようになった。要は逃げ場がなくなって開き直ったわけだが、その「尋常じゃない焼け方」に一種尊敬のまなざしを受けたことも少なからず影響したと思う。「これだけ焼けてるってことはこの人相当走ってきたんだな」と、まわりの人はあたりをつけるからだ。「この人すげぇ」という視線を感じると、当然気分は良くなる。

 それと、まめに肌を焼くようになったもうひとつの理由は、ひきこもり期に対する反動という面がある。これは断言してしまってもいいだろう。
 勝山実さんの『ひきこもりカレンダー』という本に、「八月 まったく日焼けしていない自分に気づく。外に出るのが恥ずかしい」という記述があったが、要約してしまえばそういうことだ。これは僕にも身に覚えがある(僕はこの本の大ファンなので、何度でも引用してしまう)。
 いまでも印象に残っている出来事。あるとき伊東の海水浴場に立ち寄ったら、まわりの人がみんな健康的に夏焼けしていて、気後れして浜に入れず、逃げるようにしてそそくさとその場を立ち去ったことがあった。もちろんこういうときというのは、まわりの人すべてがイケてるように、夏を楽しんでいるように見える。自分だけが救いようのないダメ人間であるように思える。自分だけが生っ白い肌をしていることが死ぬほど恥ずかしかった。自分はあちら側の世界には属していない人間なんだということを、行きたくても入れてもらえない存在なんだということを嫌というほど思い知らされた。だから僕はそのまま、なるべく彼らの姿を見ないようにしながら、ドアを閉めて車を走らせた。
 夏場に人の多いところに行かないようになったのはそれからだ。もちろん、「行かなかった」というよりは、「行けなかった」という方が近いんだけど。そんなところにわざわざ自分から飛び込むなんて、自殺行為以外の何物でもない。

 自分で意識することはほとんどなかったが、どこかにひきこもりのイメージから離れたいと思っている自分がいるのだろう。たまに親御さんなどから「(経験者には)見えないですねぇ」と驚かれると、いまでもつい嬉しくなる。「よしよし」と内心ガッツポーズだったりする。日に焼けているということがどこか優越感を誘う部分があるので(逆にいえば、まわりが黒くて自分が白いと劣等感を感じるので)、なるべく早めに、本格的な夏が来る前にせっせと焼きはじめるわけだ。もっとも、この時期色が黒いことが多いせいか、しばしば「アクティブな人」と誤解されることがあるのは少々困ったことというか、「そんなことないんだけどなぁ…」と思ってしまうところであります。

 最後に日焼けについて、気がついたことをふたつほど。
 気づいたことのひとつは、日焼けというのにはどうもアディクト的傾向というか、やり始めるとキリがなくなるところがあるように感じる。それはたとえば、ダイエットとか拒食症とか、筋トレとかボディビルなんかをイメージしてもらうと近いのかもしれないが、「別にそこまでやらんでもいいだろう」と周囲の目には映ったとしても、本人的には「もっと焼かなきゃ、もっと黒く……」という意識が働いてしまうということです。まわりに自分より黒い人がいたりすると、「負けてたまるか」と思ってさらなる日焼けにいそしんでしまったりとか。自分でもたまに、なんでこんなことやってるのかわけわからなくなったりすることがあるのですが、それでもそういう観念にとらわれてしまうところがこの問題の困ったところである。まあ、そんなアホなことをやっているのは僕だけなのかもしれませんが。

 気づいたことのもうひとつは、日焼けをすると出っ張ったところから焼けるという法則。つまりは、鼻のあたまとか、ほお骨とか。逆に引っ込んだところは焼けにくい。目の下とか、みぞおちとか。日光に対して垂直になっている面が焼けやすいという傾向は確実にあるので、落ち窪んでいるとそうなりにくいのかもしれない。あるいはメラニン色素の多寡の問題なのかもしれないが。
 で、さっき気がついたのだが、女性の場合はどうなのだろう? 体格が違うからよくわからないけど、やっぱり出っ張ったところから焼けるのかな? でも胸より先に腹が焼けてたら笑えるな。笑えないか。これには少しばかり興味のあるところだけど、聞いてまわるわけにもいかないし、あとで毒入りのお中元なんかが届くと困るので、とりあえずこの辺にしておきます。ではでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年6月 | トップページ | 2004年8月 »