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2004/07/18

43.ラジオ花火が終わる間に

 花火の音が聞こえます。ただいまの時刻は夜の7時45分。聞こえるのは横浜の開港記念みなと祭りの花火です。うちは海からはかなり遠いけど、それでも風に乗ったりして音だけがふらふらと聞こえてくることがあります。すごく小さな音なんだけどね。こういうのを僕は勝手に「ラジオ花火」と名づけて喜んでいます。ホームページによると打ち上げは7時半開始だから、まだ序盤ってところなんだろうな、と思う。あと小一時間、このラジオ中継が続くわけです。さあ、その花火が終わるまでにどれだけ書けるかな。こういう書き方はしたことないのでちょっと楽しみだったりもします。

 路草(みちくさ)に出たのは3ヶ月ぶり。できれば出ようとは思っていたんだけど、なかなか行けず。あ、これはスケジュールの問題ではなくて、体調と気分の問題です(あと交通費ね)。こないだ行ったときには自分が前に出て話したので、傍観者的にお客さんとして行くのはかれこれ5ヶ月ぶりということになります。早ぇな、もうそんなになるのか(あ、その節はまとまらない話ですみませんでした……)。
 今回のゲストスピーカーは新座自然宿(「塾」ではない)を主宰されている斉藤宗夫さんという方。埼玉の地理には不案内なこともあって、「誰それ?何の人? つーか新座ってどこよ?」とゆー失礼きわまりないことを思っていたのだけれど、実際にお話を聴いてびっくり。だってすげーおもしろかったんだもの。
 まず断言してしまいますが、この人はすごくセンスのいい人だと思う。そう感じた。ひきこもりについてはよくわからない、専門家ではないとご自身で言っておられたけど、なんていうか、頭じゃなくてからだで考えてる、学者然としない、からだを通過させている、話がわかりやすい、謙虚、わからないことはわからないとはっきりと言う、自分を大きく見せない、飾らない、偉そうじゃない、敷居が低い、融通が利く、地域重視、その他いろいろ。うーん、まあひと言でいうと「自然宿」って感じなんだな。ぎゃはははは。それそのまんまじゃん。*
 ま、風貌はあやしい感じ丸出しだし、ゲストスピーカーがビーサン履いて出てきたのも路草史上初めてらしいけど、でもなーんかいいんだこれが。時間の関係で直接は話せなかったけれど、またお話を聴きたいなって思った。持って帰るものが多くてとても楽しかったです。「あそこ(自然宿)なら行ってみたい」って人がまわりに何人もいたぐらいだから、合う人には結構いいんじゃないかと思います。これでもう少し場所が近ければねぇ……。というわけで、興味のある方はこちらをどうぞ。HPだけよりも、実際に会って話を聞くほうが何倍もいいと思うけどね。実際に会わないとわからないものっていうのは、世の中結構ありますから。
http://www.geocities.co.jp/NeverLand-Homeroom/4455/

 そうそう、斉藤さんの話をおもしろく感じたのはなぜだろうって考えたら、つまりはちょっと外の視点から語っているからなんじゃないかなってことに思い至った。狭い世界の中だけで生きていると考えが似通ってきてつまんなくなっちゃうことがある。いまの自分がまさにそれだ(ドキ)。こないだある人に、「同じチャンネルばかりで空気を吸っていると、人間の器がチマチマしていきます。出会いを求めて別の世界に行きなさい」みたいなことを言われて、“この人よく見えてるなあ”と感心するやら嬉しかったりしたことがあったけれど、ひきこもりという一事象よりは、子ども全体を見ている人だからこそ発想が新鮮に感じたのかもしれない。もちろん、それは斉藤さんという人の個人の魅力の要素も大きいんだけれど。

 おっと路草の話が長くなってしまった。で、一次会が終わったあとは2次会には行かず(カネがないのよ)、お友だちと延々延々いろいろ話す。いやあ、すいぶんしゃべったなあ。メシも食ったし。また話しましょう。きのうは時間が経つのが早かったです。

 さて、今日は朝から金沢区にある「父親の会」というものに行く。不登校やひきこもりのお子さんを持つ父親の会だ。親の会といえばまあ実質母親の会なわけで、お父さん方が数が少なくて気の毒だなあ、もっとお父さんのたくさんいる集まりがあればいいのになあと思っていたから、ここの活動にはまえから興味があった。父親の会なので、基本的には女人禁制であります。
 感想をひと言でいうと、うん、なんかいい! 「話せる」って感じ。行く前は結構緊張してたんだけど、いや、行ってよかった。もっとこういうところが増えればいいのにねぇって思う。父親って家の中では孤立しがちで、自分の思いを吐き出す場所って案外少ないみたいだから、こういう悩みを打ち明けられる場というのはわりに貴重なんじゃないかと思う。
 それとあれだな。これは「僕にとって」ということなんだけれど、こういう人生の先輩方、それも同性の先輩方と「上司と部下」というような形ではなしに話せる場所っていう意味でも、こういうところは貴重なんじゃないかと僕は思う。同性ということで、やはりすごく参考になる部分はあるわけで、きっとそういうところにも惹かれていたんだろうななどと考えました。ネットの記事によると、「オヤジの会」みたいのが全国で少しずつ立ち上がってきているみたいだけど(ただし、これは子どもの健全育成みたいな感じのものですが)、そういう機運というのは、これから徐々に高まっていくんだろうなあと思う。ま、あんまり「頑固オヤジ復権!」みたいのでも困っちゃいますけどね。いまは21世紀だっちゅうに。

 父親の会を辞したあとは近くに住む友だちの家に。体調が悪いようなので、お見舞いがてら近くに寄りがてら。そういえばこうやって友だちの家にアポなしでいきなり行くのってしたことないなあ。テレビとかマンガとかじゃよく見るけど、自分がするのはたぶん初めて。なんだか妙に新鮮でした。自分が真人間に近づいたようで嬉しくもあったり。ゆっくり体調治してね。夏のビールが待ってるぜ!(この時点で半分バレバレだね)

 しかし何が驚いたって、今日の予定が午後の1時半に終わっていたこと。そんなんありえないもん自分的に。そんな自分にちょっとガッツポーズだったので、まえからゆっくり歩いてみたかった金沢文庫の駅の周辺をぶらぶら歩くことに。「称名寺とか行ったことある? すっごい良いんよ~」って言われていたんです。
 てきとうにふらふら歩くと、神社で縁日をやっている。ひやかしで覗いたけど、こういうとこ来るのっていつ以来かな? 小学生以来だよな。思わず子ども返りを起こしてヨーヨーすくいなんぞをやってしまいました。「どうしてもあの青いのが欲しい!」とか思って。あれ難しいのね。すぐに糸が切れちゃう。金魚すくいもやろうかと思ったけど、長時間金魚をぶらさげるのは気の毒なのでここはガマン。それにしても的屋の人たちって、な~んか人生に疲れたような顔をしてるんだよね。縁日は好きだけど、あれを見てると何かが物悲しくなります。うーん……。

 そのあとは少し歩いて八景島の海の公園へ。ここもいつ以来だかな。シーパラに友達と行ったのも……いや、やめよう。とにかくひさしぶりってことです。しかし今日は人が多かったな。
 当たり前のことかもしれないけど、海の公園はふだん行き慣れてる湘南の海岸とはだいぶ趣が違う。狭い砂浜で海水浴をしている人もいればウインドサーフィンをしている人もいるし、ほかには潮干狩りやらビーチパラソルやらバーベキューやら家族連れやらジョガーやら非常に多数のガキンチョやらがいっせいに同時にのべつまくなしに視界に入る。決してスタイルが良いとは言いがたい主婦の水着とか、「2年3組 誰々」という名前の入ったスクール水着なんていうマニア向けのものが見られるのもここのひとつの特徴かもしれません。平均年齢が高いんだか低いんだかよくわからないですね。
 残念なのは海が汚くて臭いこと。もちろん江の島の海だってお世辞にもきれいと言えたもんじゃないんだけど、あっちはもう少し流れがある。波がないからこっちには当然サーファーなんてものはいないわけで、その辺もいつもと違う感じを受けた理由だったのかもしれない。あ、でも横にフリマがあったのはよかったです。見るだけで何も買わなかったけど。

 サンダルについた砂を払い落としたあとは、ようやく本題であるところの称名寺へ。
 昼から神輿を担ぐ姿が見えるなあと思っていたら、今日は偶然お祭りの日でした。いまは半ば死語となった「いなせな」という言葉が頭をよぎる。そう、お祭りのせいかもしれないけど、いなせなお兄さんやお姉さんの姿が目立つのです。なんとなく下町っぽい感じと言っていいのかな。町全体もどことなくそんな雰囲気がありました。ほかにも探検したら、もっといろいろ出てきそうな感じ。そういう土地柄なんかなーと思う。
 寺の境内の中はかなりいい感じでした。カメラを持ってこなかったのは明らかな失敗。なーんかぼけっとできていいところです。それで実際、しばらくぼおっとしてました。すぐに祭りの一団が来て騒がしくなっちゃったけれど。

 文庫散策を終えたあとは再び京急に乗る。空いた車内は冷房が効いてて涼しい。ちょっと極楽。
 ところで日の出町で降りたあたりからなんか変だとは思ってたんだけど、今日は花火だったのですね。だって海の日明日じゃん。てっきり花火は明日だと思ってたよ。
 大きな花火大会なので当然人は多い。めっちゃくちゃ多い。最初は道行く浴衣姿を眺めたり、お店も少し見てまわろうかと思ったけれど、もうなんか暑さと人ごみと1日の疲れとあまりのカップルの多さに途中でブチキレ。バイト中の友達と小話しただけでそっこー帰りました。もう花火なんてどうでもいい。すでに浴衣姿の女の子も目に入らず。だいたいひとりで花火見てもしゃーないしね。心なしか隙間のある電車に乗ってまっすぐおうちに帰りました。んー、まあ要するにあれだ。結局家がいちばんってことです、はい(だめぢゃん)。

 さて、どうやらすでに花火の時間は終わったようです。ああやれやれ。1日が終わった。それではまた。

*(「センスの悪い人」というのは、上の条件をほぼ全部逆にした人と理解してもいいかもしれません。もっとも、これは僕の経験から来た基準に過ぎないですが)。

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