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2004/08/08

45.名刺アレルギー

 もういいかげん5ヶ月くらい前の話だが、生まれてはじめて名刺というものを作った。人に会う機会が増えると名刺をもらうことがままあるのだが、いつももらうばっかりで返すものがないので、なんだか申し訳ないなあとずっと思っていた。なんかすいません、僕名刺持ってないんで……。いやいや、いいんですよ。相手は何でもないように笑う。でも僕はなぜだか落ち着きが悪い。どこか所在がない。やっぱ何かあった方がいいのかな。でも書くことないしな。そんなことをここ数年、誰かから名刺をもらうたんびに考えていた。

 でもじゃあ名刺を作ろう、持とうと思ったかといえば、そんな気にはずっとなれなかった。なぜって、僕には名刺に書く肩書きがなかったからだ。仕事も役職も所属もなし。名前のほかには書くことが何もない。作ってみたところで殺風景この上ないものになるのははじめからわかりきっていたし、第一、何の肩書きも持たない自分が名刺を作るに足るだけの存在だとは思えなかった。自分なんかが名刺を持ったりするのはひどく場違いな行為に違いない。ただのしょうもない思い込みなのかもしれないが、実際にこう思っていたことは変えようのない事実だ。
 だいたい、何の肩書きもついていない名刺を相手に渡したとして、そのあといったいどうなるだろう。「いま何をなさってるんですか?」みたいな話になる。当然なる。しかし僕はその他意のない質問に答えることができない。それが嫌だったというのもきっとある。なるべくならそんなことをして自ら墓穴を掘るようなマネはしたくない。空っぽの名刺を差し出すたびに何の所属もない自分の立場を突きつけられるというのも、考えてみれば酷な話だ。

 でもなんとなくそうとばかりも言ってられないようなできごとが何度か続き、渋々ながらやっぱ何かあった方がいいんかなあと思い至るようになった。ひとつには度重なる申し訳なさにいい加減耐えられなくなってきたというのもあるし、他方では名刺というものに対する心理的抵抗感が以前より薄くなってきたからかもしれない。いくらかではあっても、歳月というのは人を変えるものだ。えーと、たぶん変えると思います。
 それで、ちょっと気張って作ってみた。町の印刷屋に頼めば100枚3000円ぐらいで作れるとは聞いていたのだけど、何か気が進まなかったことと、それからそういう作業は誰にも見られないところでこっそりひそひそとやってしまいたいという気恥ずかしさみたいなのがどこかにあって、結局自分ひとりで作ることにした。そう、いまではパソコン使えば自前で作れるし、それになんか、印刷屋に持っていってわざわざっていうのもなあ……。早い話、なんか気が引けたわけです。ほんと、特に誇れるような何かがあるわけじゃないし。

 で、自分で作ってみることにしたわけだが、そこで問題になったのはやはり、肩書きの部分をいったいどうするか。知人には「肩書きなんて適当に作っちゃえばいいんだよ。これからいろんな人に会っていく上では何かしらあった方がいいんだから」なんてことを言われたりもしたのだけれど、どうも気持ちが乗らない。釈然としない。「適当に作る」とはいっても、どんなのがいいのかまるで浮かばなかったし、そもそも名前の上に変な肩書きや所属を入れることに対して言いようのない抵抗があった。下手なりにその抵抗感を言葉にすれば、肩書きをつけたはいいが、下手をすると肩書きがそのままその人のアイデンティティになりかわってしまうのではないか、つけた肩書きに溺れてしまうのではないかという感覚だった。そういう人ってけっこういる。○○学会会員とか、××の会専務理事みたいな、一見それらしく、しかし何をやっているのかはよくわからない肩書きをいくつも並べて喜んでいる人。どうみても名前だけとしか思えない肩書きをくっつけて自らを何かと錯覚している気の毒な人。あるいはそこまでいかなくとも、長年仕事をしてきた年配のお父さんにありがちな「定年が来て肩書き取れたらただの人」的アイデンティティ・クライシス。ああいうのもイヤだな、怖いな。身近なだけにいつ自分がはまり込んでもおかしくない。杞憂で終わればそれに越したことはないのだけれど、でもどこかにそういう気持ちがあったわけです、なんとなく。

 話がムズカシクなってしまった。元に戻さねば。
 で、名刺作りを始めました。しかし案の定というかやっぱりというか、「作るからにはいいものを作らねば」的いつもの困った完璧主義が顔を出して、例によって例のごとく作業は大幅に遅れることになった。まったく、これがなければ生きるのはもう少しラクなんだけどなぁ。
 などとボヤいていても始まらないので、のろいなりに地道に作業を進め、とりあえず完成。表は名前と住所とメルアドと電話番号とし、所属は裏に入れた。肩書きはなし。少し前に「もし名刺を作るんだったら、肩書きとかはなしにして、所属は裏に入れようと思うんですよ」ってなことをある人に話したら、うんうんと頷いて強く同意してくれたことが僕の背中を押した。なーんかねぇ、名前の上に肩書きを乗せるのって、どうも好かないんだよねぇ。なんでかな。

 さて、出来上がりの感じは悪くない。しょせんは素人作りの簡素な代物だが、自分なりにはまずまずのものができたと思うし、それなりに満足はできた。まあこれでじゅうぶんでしょう。べつにこれからバリバリのビジネスマンになろうってわけでもないし。
 ……などと自分なりに一応満足していたのが、しかし、しばらく経ってからあることに気づいた。何だろう、何かが引っかかる。どうも落ち着きが悪い。出来としては悪くないのだけど、でも何かが余計なんじゃないだろうか。そんな気がした。
 しばらく考えた末に判明したその引っかかりのもとは、裏に書いた所属だった。どうもこいつが余計だ。なんかジャマくさい。そしてついでを言えば、名前の下に書いた住所と電話番号も要らないような気がする。そう、実際のところ、住所とか家電の番号なんてものはべつに必要ないのだ。携帯の番号とメルアドだけでじゅうぶん。なのになんでこんなものを入れたかといえば、こうして書く内容を増やすことで僕は自らの頼りなさを武装し、だだっ広い茫漠とした空白を少しでも埋めておきたかったからだ。あのときはともかく、いまではそれがわかる。

 いちどはやり直そうかとも考えた。が、刷ってしまったものは仕方がない。というかもったいない。でも次からはこの所属はやめにしようと思った。あるいは所属のあるのとないのを作ってもいいかもしれない。肩書きはどうも好かんというのは僕自身が心のどこかで感じていることだけど、そうはいっても実際、自分の所属を告げておく方が何かと得な場面もあるだろう。理想は理想として措きつつも、一方でそう認めることができる程度には僕も大人になった……と思う。

 ともあれ、そんなこんなを経て、僕のはじめての名刺作りは完了した。そして自分の名刺を作り終えて何よりもまず思ったことは、なんで自分は名刺作りごときでこんな苦労をしなければならないんだろうということだった。まったく、なんだっていったいこんなに……ねぇ。
 入ったことがないので詳しいことは知らないが、きっとどこかの会社なり何なりに入っていれば、せいぜい下の名前を聞かれるぐらいで、黙っていても翌々日ぐらいには束になった名刺を渡されるのだろう。自分の肩書き問題について深く思い煩うなんてことはないのだろう。ちくしょう羨ましいぜ。そんなの不公平じゃないかって思う。
 でも好むと好まざるとにかかわらず僕はここに来てしまった。そしてここに来てしまった自分はといえば、「しょせん無理かもな~」とか思いつつも、やっぱり肩書きじゃなくて人で見てほしいよな~などと考えている。自分にはっきりとした属性があれば楽なことはわかっていても、でもやはり名刺とか肩書きとか、その手のものに対してどこか馴染めなったりする。
 もちろん人間は社会的な動物だから、肩書きや属性がひとつもなくても「私は私」と悠然としていられる人など、悟りを開いた修行者以外にはいないだろう。そんなことは僕にだって当然できない。そんなに強くない。やっぱり明確な所属があった方が楽だろうなあとかなり切実に思う。
 しかしその一方で、「でも肩書きってどうなのよ?」という疑問というかこだわりは、常に僕の頭の中に棲んでいる。実際、いままで僕と親しくしてくれた人たちというのは僕の肩書き目当てで仲良くしてくれたわけではない。だから、んなもんなくたってべつにどうにかなるわけだ。えーと、たぶんなると思います。こんな変な答え方ですまないとは思うのですが。
 
 みずからの肩書きや所属にこだわること。それは「自分は何者なのか」という答えの出ない、ある部分においては不毛な定義づけの試みにほかならない。しかし自分を定義する言葉を持たないがゆえにその不毛な言葉探しに執着せざるを得ないというジレンマは、こうして社会のレールからこぼれ落ちた者ならある程度は抱え持っているものなんじゃないだろうか。根拠の薄い推測ながらも僕は、自らの経験に照らし合わせてそんなこと考えたり考えなかったりしている。
 まあいま言えることは、「自由って苦しい」ってことですね。やれやれ。これっていったいなんだかなー。

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