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2004/08/22

46.ぼくの80年代

 スペース1で出しているクラヴェリナ最新号の特集は「ぼくらの80年代」というものだが、最初にこれを聞いたとき、正直あまりピンと来なかった。このテーマで何か書かないかと言われたりもしたのだけれど、書くことなんて何も浮かばなかった(あれ、どうだろう。言われなかったかもしれない。まあいいや)。べつに80年代がそんな素晴らしい時代だったとも思っていないし、僕が本腰を入れて音楽を聴きはじめたのも90年代に入ってからである。本当に、書きたいと思うことなんて何も浮かばなかったのだ。
 でも実際にクラの特集を読んだら意外に面白かった。それから自分にとっての80年代のことも少しずつ思い出した。だからかなり遅ればせながら、「ぼくの80年代」について何か書いてみようと思う。特にテーマは決めないので雑然とした形になるかもしれないけれど。

 僕は1974年生まれである。だから80年代というと、僕にとっては幼稚園の1年+小学6年間、それと中学1年から3年までの計10年間ということになる。キリがいいと言えばキリがいいような気もするし、中途半端と言われればそうかなという気もする。いずれにせよ6歳から15歳までの10年間だ。なんだかんだで結構多感だったんだなと思う。どう多感だったのかと聞かれると、あまりうまくは答えられないのだけれど。

 80年代の最初の年、1980年ということで思い出すのが、ウルトラマン80である。なにしろ人生ではじめてのリアルタイムでのウルトラマンだったから、これはよく憶えている。ぼくらにとっては、ウルトラ七兄弟の末っ子であるレオですらすでに再放送の範疇だったのだ。74年生まれとはつまりそういう世代である。そういやあの年は「仮面ライダースーパー1」なんてのもありましたね。だからどうというものでもないのですが。
 小学校に上がってからの僕は、早々にガンプラに熱中するようになる。ガンダムはテレビの再放送ではなく、プラモデルから入ったクチだ。プラモ狂四郎なんかもうバイブルだったね。MSVなんか1/100と1/144、すべてのメカをそらで言えたし。そんな具合だから当然、コミックといえばコロコロではなくボンボン。いま思えばあの雑誌もけったいなマンガがいっぱい載ってたなあと思うけれど、なにしろ狂四郎が載っていたのでそれだけで神棚もんでした。

 ファミコンが登場したのは小学校の3年か4年の頃。ベースボール、ゴルフ、エキサイトバイク、ロードランナー、ゼビウス、ファミスタ、マッピー、ディグダグ、ドルアーガ……。あの頃はまだ任天堂とハドソンとナムコしかなかった。ドラクエはもちろん「Ⅰ」から順にやっている。スーマリだってふつうにリアルタイム。あとレッキングクルーとかバルーンファイトなんかがよかったなあ。忍者くんとかツインビー、アイスクライマーなんてのもあった。ディスクシステムではアイスホッケーとかね。結局ゲームはあの頃のそんなに複雑じゃないやつがいちばんよかったと思う。最近のファイナルファンタジーみたいにCGとかいっぱい使って映画みたいにしてあるのは正直鼻白む。受け付けない。どんなにムービーがすごくてもクソゲーでは意味がないのですよ。ハードは年々進化しているけれど、ゲーム製作者たるもの、8ビット機であれだけのことができたということを忘れてはいかんと思う。そう、ハードの進化なんてのはゲームの面白さとはそんなに関係がないのだ。

 おっと、なんだかんだでゲームには愛着があったらしい。つい管を巻いてしまった。
 80年代のなかばで印象的だったのは、やはりなんといっても85年のデフなタイガース。あのときはクラスの男子の半分が阪神ファンになっていて、阪神ファンの子が日直の日には、クラスの朝礼で六甲おろしを歌っていた。どうです、いいクラスでしょう? 横浜の学校ですよ、大阪じゃなくて。あのクラスのノリはマジで最高だったといまでも思う。
 同じ85年にはつくば万博があった。もちろん行った。行きましたとも。各パビリオンに置いてあるスタンプを集めたノートを宝物として大事にしていたこと(このノートはその後失くしてしまった。実に痛恨)、それとコンパニオンのお姉さんがやさしくて綺麗だなと感激したのがひどく記憶に残っている。人間というのは結構しょうもないことを憶えてるもんだなとこれを書きながら僕は考えたりするわけだが、でもそういうしょうもないことの積み重ねがその後の人生に多大な影響を与えちゃったりなんかするからバカにはならない。きれいなお姉さんは好きに決まってるじゃないですか。知れたこと聞かないでくださいよって思う。

 80年代後半のマンガといえば、これはもう議論の要なくジャンプの時代だった。古きよきジャンプ最強時代の申し子である。いわく、Dr.スランプ、キン肉マン、北斗の拳、ドラゴンボール、シティーハンター、キャプテン翼、聖闘士星矢、魁!!男塾、ついでにとんちんかん……。あの頃星と星座を見ることにハマって「将来は天文学者になる」などと文集に書いていたのは、何を隠そう北斗の拳と聖闘士星矢の影響である……というのはもちろんナイショだ。いやぁ、あの頃は死兆星、見えたんだよねぇ。いまはもう見えないけれど。暗い部屋でマンガたくさん読んだせいだな。

 小学6年から中学にかけて、なぜか突然古いものに興味を持つようになった。たとえば相撲にお城、歴史に時代小説。修学旅行で日光に行ったのがまずかったのだろうか。
 いや、それより何より、87年にあった大河ドラマの「独眼竜政宗」がいけなかった。あれは大河としては実に斬新なつくりで、人気沸騰、視聴率は高水準。しかもちょうどその年父親が仙台に転勤になったもんだからもう大変。「政宗」はもう毎週欠かさず見てたっけ。しかも当時の仙台は政宗熱と政令都市移行のフィーバーに加え、初の地下鉄が開通と運気炸裂状態だったから尚更だった。そういえばナムコから「独眼竜政宗」というゲームも出てました。そんなに面白くはなかったけれど。

 それにしても、中学のときの僕はひどく懐古趣味な少年だったと思う。日本史が得意だったのは当然、大河ドラマもしっかりと見ていたし、「日本の心が失われる」とかなんとかいってJ-POPSよりも演歌を愛好する一面もあった。なにしろ部活は将棋同好会である。これを懐古趣味的と言わずしていったいなんと呼ぶのだろう。
 しかしこの翌年、同じ学校の高校に進んだ僕はそれまでの内向き路線が一転、すっかり意識が外に向くようになる。おとなしい中学生活にいささかの別れを告げて、もう少し広い世界に関心が向くようになったのだ。音楽(主に洋楽)を聴き込むようになったのもこの年から。なんというか、僕にとっての80年代というのは、それに続く10年に向けての準備の期間だったのだろうなという気がする。その90年代も中盤あたりから風向きがおかしくなるわけだが、そんなことも含めて、このあいだにいろんな下地が作られていたのだなあと思うのでした。

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