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2004/09/12

50.変わらないものごと

 ここのところ5年前につけていたノートを読み返している。精神科に通うようになって、診察やらカウンセリングやらの内容をこと細かにつけていたノートだ。なぜこんなに熱心にメモを取っていたのかは自分でもよく説明ができないのだが、きっとこれはひどく大切な、何がしかの記録をつけられるべきものなのだという認識があったのだろう。結果的にその直感は僕を(たぶん)正しい方向へと導くことになった。こういう記録づけなしには、自分の中の混沌を整理するのはもう少し困難な作業になったことだろう。もっとも、整理されればそれで万事オーライかというと、それはそれでまた別の領域の話になってしまうのだが。そう、村上春樹の小説のなかにも出てくるように、何かを理解しているということと、それを目に見えるかたちに変えていけるということは、また別の話なのだ。そのふたつがどちらも同じくらいうまくできたら、生きていくのはもっと簡単なのだろうけれど。

 実を言えば…というほどのものでもないのだが、こうやって文章を書くようになったそもそものきっかけはこのノートにあったりする。それまでは文章を書くのは本当に苦手で、大学で出される400字詰め5枚のレポートを書くのにも四苦八苦してたぐらいだから、ものごとというのは変われば変わるもんだなあといまさらのように思う。

 5年前に書いたノートを読み返す理由はまた別のところにあるのだが、読んでいて発見したのは、どうもいまの自分は5年前とあまり変わりがないらしいという、ひどくトホホな事実だった。自分ではこの5年間でいろんなことが変わったと思う。ひとつ、ひきこもりから抜け出した。ひとつ、友だちの数がその前よりも格段に増えた。ひとつ、この5年間で歳を5つ食って30になった(笑)。ほかにはいつのまにか携帯などというものを所持するようになったし、さらには、理由は不明だが文章を書くことが好きになった。親戚付き合いも復活するようになったし、数えてみたら携帯のメモリーは180件を少し越えていた(もちろんそのうちのほとんどは使っていない。この国の大半の人がそうであるように)。そして驚くべきことには、わが阪神タイガースはいつのまにか優勝争いをしてペナントを取るまでの強豪チームへと変貌していた。すばらしい、貴重な達成だ。これを歴史的快挙と言わずしていったい何だというのだろう。しかしある部分においては事態は何ひとつ改善していない。これだけ長いことパソコンを使っているにもかかわらず、HTMLとは何かをいまだに理解できていないし、エクセルの使い方もまったくわからない。「泳ぎをおしえてくれる彼女を見つけるという目標はどうなったの?」という友だちからの質問にはいまだ何の答えも提出できずにいるし(お願いだからいらんことを聞かんでくれ)、25メートル、いや、10メートルさえ泳げないという事実にも何の変化の兆しも見られない。10メートルを泳ぐどころか、プールの塩素の臭いを嗅いだだけで気分が悪くなるという始末なのだ。ものごとはそれほど都合よく劇的には変わってくれない。あぁ、ドラえもんいたらなぁ。宇宙人いたらなぁ。ドラミちゃんでも……まあいいです。

 もっとも、その程度の些末なことがらならまだいいのだが、話が自分にとってより重要度の高いことがらともとなると、そう笑ってばかりもいられなくなる。自分にとっての課題はあの頃とまるで変わってないんだ、まるっきり一緒やんということをこの目で確認することになる。これはけっこう辛いものがあります。
 ともあれ、当時のノートからその一部を抜粋してみる。ちなみに、(カ)とあるのは、かかりつけのカウンセラーさんのコメント。「※」以下は現在の僕からのコメントである。正直、ここまで自分の変わらなさぶりを目の当たりにすると真剣にげんなりしてくる。げんなりしたところで、それで状況が変化してくれるわけではまったくないのだけれど。

◆99年8月23日(月) カウンセリング1回目
 (カ)自分の内面を見つめる力もあるし、それと同時に外の世界のようすも見えているようだ。でも、何か自分に自信が持てないでいる。
 ※読んだときに思わず笑ってしまった。こないだ会ったべつのカウンセラーさんもまったく同じことを感じたことだろう。

◆9月6日(月) カウンセリング3回目
 自分の性格・好み・趣味などについては大体わかっているが、それがその後のことに結びつかない。何をしたいか、すればいいかもわからないし、それがわかったところで仕事・生計というところに結びついていかない。だからどう対処すればいいのかまるでわからない。
 ※いちばん焦りの強い時期の記述だが、これもそう大きくは変わっていないような気がする。まあ、これほど青くはないですけれど。

◆10月21日(木) カウンセリング7回目
 対人関係方面は割と順調にいっている。しかし、社会復帰となった場合、一体自分が何をしたいのか、といったことが明確にならないので、どうしていいのかわからない。(中略)自分の過去を見つめるといっても、どこからどう手を付けたらいいのかわからず、まるで作業が進まないというのが現状。
 ※これについては多少やり方がわかってきたところ。“社会復帰”という言葉を使ってしまうあたりが「若いなあ」と思う。“社会参加”だよね。

◆11月29日(月) カウンセリング10回目
 いまある輪の中では上手くいっているが、新しいステージへの移行ができない。ボランティア、軽いアルバイト、英会話など、候補はあるが、特にやりたいというほどのものでもないので体が動かない。自分の中に何か強力な推進力があれば、例の「履歴書の空白問題」なんかもすんなりクリアできるように思うのだが……。
 ともかく、いまはさしあたり「エンジン」が見つからないので、近いところから手をつけていくようにするつもり。
 ※「エンジン」という表現は当たりだったと思う。どうも欲求が薄いというか、衝動が弱いというか……。

◆12月13日(月) カウンセリング11回目
 アルバイト等でもそうだが、事を起こすのに慎重な方だ。慎重すぎる、選びすぎているという感覚は前からあった。物事を決めるときに慎重であるというのは悪いことではないと思うのだが、考えすぎて腰が重くなったりフットワークが鈍くなったりしている。人からはよく「マイペース」と評されるし、自分でもそういうところがあるとは思うのだが、その一方で、周囲からの評価を気にして動きが取りづらくなっている自分がいることも感じている。
 ※ほとんど変わってないですね、これは。

◆1月13日(木) カウンセリング13回目
 (とある自助グループで居心地が悪かったことに関して)
 輪の中心に近いところにいれないと嫌なんじゃないか?
 ※たぶんそうなんだと思う。承認欲求が強いのかもしれない。

◆1月27日(木) カウンセリング14回目
 自分に対するイメージ・目標を高く設定するきらいがある。状況に応じてそのイメージを下げることができない。その結果、自分の抱えているイメージ(理想)と現実の状況との乖離に戸惑い、その「場」から降りてしまう。
 ※多少マシになったとはいえ、これもあまり変わってはいない。ハードルの設定は高いですね、確実に。それが一概にいけないことってわけじゃないと思うのだけど。

 しかし我ながら実にあっぱれな省察である。どうやら5年前の僕のほうが自分の状況がよくつかめていたようだ。ある意味予知能力者的な才能があったのかもしれないし、ひょっとしたら僕は、この5年で生物学的および知能的退歩を遂げたのかもしれない。
 さらにさらに、さっき1年半前のインタビュー原稿を読み直したら、いまよりはるかに立派なことが書いてあって少なからずガッカリしてしまった。あれ、俺ってばこんなマトモで聡明なこと言ってたっけ……? すでにそんなことを言ったことさえ忘れてしまった。おかしいな、若年性アルツハイマーになるにはまだ少しだけ歳が若いような気がするのだけれど……。これも見苦しい言い訳なのか。

 そういえばこんな記述もあった。

◆12月20日(月) カウンセリング12回目
 「ひょっとして自分には他人を見下している部分があって、まわりの人はそれに気づいているのだが、それを表に出していないのでは」と思った。自分でははっきりと気づかないのだけれど、まわりの人は薄々感づいているような……。

 あは、あは、あはははははははははは。うるさいんだよ、バカ。

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