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2004/09/26

51.リアル・ビートニクス

 詩の朗読会というものにはじめて行ってくる。今日の主役はナナオサカキさん。日本におけるリアルタイムのビート詩人と呼ばれる人で、かのゲイリー・スナイダーもそこかしこで絶賛してたりする。ある意味においては「伝説的存在」と呼べなくもない。で、僕もその「伝説的」を目当てに参加したうちのひとりなのだけど。

 書きたいこと&書くべきことは山のようにあるような気がするのだけれど、今日はもうちょっと疲れすぎた。楽しかったのとはべつに、どうも人あたりをしたらしい。なにせ知らない人がほとんどだったからなあ。今日はあそこに泊まろうかどうしようかかなり悩んだのだけど、後ろ髪の思いで帰ってきてしまいました。それでいまみたいな時間になってこんな日記を書いているというわけ。こういうときに限って時間が経つのが早い。そういえば今日は土曜日だった。終電が早いんだ。ちくしょう、バカバカバカ。

★ただひとつだけ、今日確認できたこと:
 ロックであれビートであれパンクスであれ、本物というのは自らを「俺はパンクスだぜ!」みたいには言わないらしい。せっかくの機会なのでこんなことを聞いてみた。

 ――ナナオさんはケルアックとかギンズバーグとかバロウズみたいな“ビートニク”の文脈で語られることが多いですが、自分ではそういう“自分はビートである”みたいな感覚はおありなんですか? 

 「いや、全然ない。いまもないし、当時もなかった。たしかにそういう言われ方をされることは多いけど、アレンもゲイリーも僕に対してそういうことは特に強要しなかったな。“おまえはビートでなきゃならんとか、ヒッピーでなきゃならん”みたいにはね。そうじゃなくて、彼らは僕の人格をそのままに認めてくれたんだ。うん、あれはよかったなあ」。

 なるほど。

 気が乗ってきたのでもう少し書いてみる。
 ナナオさんの朗読を聴いていて思ったのは、
1.ビートとかロック云々じゃなく、ナナオサカキはまずナナオサカキなんだろうなあということ。
2.そして彼にとっての詩というのは、彼の生き方の副産物に過ぎないのだろうなということ。
3.「ビート」は結果であって、目的ではない。この3つだ。

 そしてどうやら、その予感はある程度当たっていたように思える。なんといってもナナオさんは、「いま現在」を生きている人なんだ。だから「この詩はもう読んだっけ?」とついさっきのことを忘れる。何度も忘れる。どうも過去のこととか、所有とか肩書きみたいなものには興味がないみたいだ。だからおそらく、「日本における伝説的ビート詩人」みたいな言われ方をされるのも迷惑なのだろう。そんな気がする。「私には血筋などはない。私は砂漠のネズミだ」という言葉は結構有名だけど、そういうのもそういった文脈から出てくるものなんだろうなあと勝手に思ったりする。違うかな? たぶん合ってると思うんだけど。

 まああれだ、「俺はパンクスだぜ!」みたいな言い方をする人に限って髪切ってスーツ着て手堅い銀行か何かに入っちゃったりなんかするんだよね。まあ、ありがちといえばありがちなんですが。そういう人は……いっぱいいるよね。学生運動のなんたらとか。

 ともあれ、同じ目線でああいう面白い人と話ができたのは実に楽しい経験でした(しかも酒を飲みつつ。えへ)。そういえばナナオさんはうちのじいさんとほぼ同い年なんだよなあ。ひやあ、なんて恐ろしい……。
 最後に、朝から入って仕込みや料理の仕度をしてくださった工房のみなさま、ほんとありがとうございました。なんか美味しいところだけを持ってったみたいですっげー申し訳ないのですけど。いいのかな?(いいよね?) ではでは。

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