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2004年10月

2004/10/31

54.クラクラ

 2週間前のことですが、渋谷のBunkamuraミュージアムでグッゲンハイム美術館展を見てきました。美術展に行くのは久しぶり。一時期行くときは行ってたのだけど、そういえば最近は何気にご無沙汰だった。最後に見に行ったのは、やはりBunkamuraであったフリーダ・カーロの展覧会かもしれない。そういえばあれはいつだったっけ? 赤坂ブリッツにパティ・スミスを見に行った日の近くだから、もう1年以上前というところか。うわ、それはいくらなんでもブランク長すぎる。ちょっと反省。こんなことでは感覚が腐ってしまうではないか。まったくいったいなんだって、齢をとるとこんなにも早く時が経つのだろう?

 さて、グッゲンハイムの感想:
 予想以上に良かった。あんまり期待しないで行ったせいかもしれないが、思ったより見るべきものが多かったような気がする。特に20世紀に入ってからの抽象画にいくつか良いのがあった。画家の名前はよく知らない。どうも最近のというか、現代美術みたいのには弱いところがあって、それとなく敬遠してたんだな。とはいえ、食わず嫌いはやはりいかんなあ。今回それをあらためて認識。日ごろ頭ではわかっているつもりなんだけど、実際の行動面となるとなかなかねぇ……気持ちがついていきません。そういうのに強い友だちをひとりふたり抱えておくとそこはだいぶ違うのだろうけど、しかしそんなこと突然言ってもねぇ……友だち少ないですから。ま、友だちというのはある日突然自分のとなりに現れるものではなく、やはり自分から作っていく努力をしていかなければできないものなんだというのは、こないだある人が言っていたことなんですが。いやはや、まったくもっておっしゃるとおりで。頭ではわかっているつもりなんですけど。

 いつもより時間をかけてグッゲンハイムを見たあとは、なんとなく惰性で渋谷のブックファーストへ。ここはなんだか落ち着く。好き。渋谷店がどうのこうということではなくて、ブックファーストというお店全体が。なぜこの阪急系の本屋が好きなのかということは、「関西の私鉄では阪急がいちばん好き」ということに関連して、自分では自分なりになかなか興味のあるところなのだが、それについて書き出すとあと1,2本は楽に書けてしまうので今回は割愛。いっちゃん好きな本屋はこのブックファーストと旭川にある冨貴堂MEGA、あとは横浜そごうにある紀伊国屋書店ということだけ書いて終わりにします。いきなり旭川の本屋が出てくるっていうのも、それはそれでかなり唐突な表明なんだろうけれど……。

 で、気軽に入ったその渋谷のブックファースト。
 1階に雑誌のコーナーがあるのだが、ここ最近の習性というか習慣というか、先に女性向けファッション誌のコーナーを見てしまう。が、そこで驚き。ふつうの書店に並んでいる雑誌なら大概のものはフォローした気になっていたのだが、なんとなんと、知らない雑誌がたくさんあるではないか。ガッチョ~~ン。
 とはいっても、ちょっとモード系入ってるというか、やや専門性の高い(?)ものがほとんどなのだが、それにしてもこれにはいささか唖然。ああ自分ってなんて傲慢だったんだろう。ちょっとかじっただけでわかったような気になっていたんだ。やはり身の程知らずであるということをここで再認識。
 しかしファッション誌に限らず、こんなにたくさんの雑誌があっていったいどうするんだ? 誰が読むんだ? 出版不況とかなんとか言ったって、これだけたくさんの選択肢があったらわけがわからなくなるのは道理じゃないかと思う。見ているだけで頭がクラクラしてきます。ほんとに、いったい誰が読むんだろう??

 雑誌コーナーをあとにすると、今度はとなりの新刊本コーナーに移動。うぎゃあ、ここにも魅力的なものが山ほどあるではないか。つい目移りしてあれもこれもほしくなる。よしもとばななと新作も気になったまままだ買ってないし、河合香織の『セックス・ボランティア』も読んでない。なるべくそういう魅力的でキケンなものは視界に入らないようにして移動するのだが、その先には新刊の文庫本コーナーが目に入ってしまう。そしておおっとそこにはなんとなんと、糸井重里の『ほぼ日刊イトイ新聞の本』が文庫になって出ているではないか。ずーっと気になったまま、そのうち読もう読もうと思いながら、しまいに記憶の片隅に放置されてしまっていたやつ。これは買いだ。超即買い。590円の出費。そしてまたこういうときにかぎって、ニック・ホーンビィの新作が出ていることに気づいてしまう。こんどのは小説ではなく、音楽に関するエッセイ集だったのだが、この人はなんといっても音楽ベースなので、これも当然迷わず買いである。ちょっと読んだけど内容がまた良い。これも『ほぼ日』と一緒にレジ行きリストの中に並ぶ。さっきリストに混ぜた雑誌2冊と合わせて4冊、これだけで早くも2千円近い出費である。ああまったく、いったいなんてこった。家にはまだ読んでない本が雑誌が、何十冊という単位で待機しているというのに……。村岡清子の『僕たちは絶望の中にいる』も読んでなければ村上春樹の『アフターダーク』だって読んでない……。きっとこういうのは死ぬまで治らないんだろうな。根拠はないけど、何となくそんな気がする。こういうのは一生もんなんだ。とほほ。

 1階のワンフロアを見ただけでこんな有り様だから、当然2階以上には行かない。というか、人の多さ、物の多さ、そして選択肢や情報の多さにすっかり参ってしまって、すでにふらふら状態である。一種の人あたり(物あたり)といえば近いだろうか。選択肢が多いというのはそれはそれで素晴らしいことだとは思うけど、しかし良い面ばかりではないというのも一方の事実だ。選択肢がないからこそ迷わずに悩まずに動けるということだって世の中にはある。こういうのってつくづく罪つくりだ。
 しかしながら、こういう都会特有のレベルの高さというのは嫌いではないんだなあ。憧れる。ハードルを下げられない、降りられない。もっと上に行きたい。それが正直な感想。だから渋谷には行きたいようでもあり、行きたくないようでもある。アンビバレント。

 明快なる事実:
 渋谷にでも出れば、きれいな人なんていくらでもいる。モデルや芸能人と見紛うような人だって珍しくない。なんにつけてもそうだけど、都会というところはレベルが高い。行きかう人の姿も、物も、情報も、建物も、すべてが高く輝いて見える。もちろんそれがすべてほんとだとは限らないし、そのことは頭ではわかっているつもりなのだけど、でも較べちまう。比較しちゃう。「あの人たちに較べて自分はどうなんだろう?」「まだまだ足りないんじゃないだろうか?」「いや、きっと足りないにちがいない」「自分は劣っているにちがいない」。半ば馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、僕はその比較から逃れることができない。たまに行く静岡の田舎にいれば、そんなことはクソほども気にならないというのに……。まったくこれはいったいどうした作用なのだろう……?

 宮台真司がこんなことを言ってた。ちと長いけど引用してみる。

 自己充足的ではない人間が明らかに増えていると思う。もっと正確に言うと、こういうことじゃないかな。昔は選択肢がなかったから、選択の余地がなかった。昨日あるように今日があり、今日あるように明日がある。だから選択能力は問われなかったし、「自分が不幸せなのは、選択能力がないからだ」なんて考える必要もなかった。
 でも、いまはなまじ選択肢があって、幸せ不幸せが、自分の選択能力如何にかかっていることになっている。その結果、いろんな不全感の責めを自分に負わせてしまう。まわりを見るとダメじゃない人たちがたくさんいるような気がして、劣等感を刻印され、ますます不全感が高まる。「自分のせいだ。自分がダメだからだ」という気持ちが強くなる。
 そうなると、なかなか自己充足的な方向にいけない。逆にいえば、昔の人が、別にセルフ・コンテントに生きられる能力があったわけじゃないと思う。単に昔はそういう時代だったというだけの話でしょう。昔だったら、俺だけが不幸だなんて思うのは単なる馬鹿だったからです。
 (中略)
 昔の人が偉かったんじゃない。本人に力があったからということじゃない。「選択肢はない。これをするしかない。まわりだってそうだ。これをすることに喜びを見いだすしかない」という風に思えたし、そう思うしかなかったんです。
 でも今は「これしかない」なんて、誰だって思えないでしょう。「自分次第ではどうにでもなるはずだ。だってまわりを見ろよ。他のことやってる連中ばかりじゃないか。結局、俺ができないというだけなんだ」となっちゃう。

 はっきり言って、宮台真司って好きじゃない。むしろキライだ。でも彼の観察にはときどき、本当に「はっ」とさせられることがある。
 ほんと、選択肢の問題って大きいよね。まあ、そんなことを言いたててみてもどうしようもないのですが。

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捻挫のときは安静に

これからどうするか。
もちろん決まってます。また投げるんです。たぶんおそらく、自分はそうするだろう。もちろん、しかるべき時期が来たら、ということだけれど。

もちろん、どこかで折り合いをつけてもっと簡単なやり方を選択することもできると思う。でも、いままで抱え続けてきた自分の問題は、自分の手で、自分の力で落とし前をつけなければならない。そうしなければ気がすまない。しかるべき結果を出すまではこのマウンドからは降りられないし、また、自分から降りることもしないと思う。

投げるたびにまた似たような失敗するかもしれない。でも仮にそうなったとしても、きっと僕は同じことを繰り返すだろう。おそらくはいままでと同じやり方で。それを何度も何度も続け、それでどうしても結果が出せなかったら……そのときはしかるべきやり方で自分自身に決着をつけるんだと思う。きっと。

いまある捻挫に関して:
冷やすことと使わないこと。とりあえずはこれ。
ま、これはふつうの治療法と同じですね。
いろいろ言っても要は捻挫なんですな。ははははは。

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3者連続ホームラン

打たれました。
ごく控えめに言って、かなり痛いです。
ホームランを打たれたという事実よりも、「これなら大丈夫だろう」とかなりの自信を持って投げた球を3回連続でスタンドまで運ばれたということ。なによりこれが痛い。

僕が最も恐れること。
それはかなりの確信を持った球をスタンドに打ち返されたのが3回続いたことで、自分に自信をなくすことである。何を投げても打たれるんじゃないかという恐怖心に憑りつかれること。何を基準にしていいのかわからなくなること。そしてマウンドに立つこと自体が恐くなる。そういうこと。

さて、これからどうすればいいのだろう?
もちろんやるべきことは見えている。
10歩下がって元の場所に戻り、丁寧にやり直していくこと。
きっちりと成功体験を上書きしていくこと。それしかない。
でもそれがなかなかむずかしい。
なにせここでひとつの逆転を狙うつもりだったのが、
逆に元ある捻挫をひどくしてしまったわけだから。
(実際、これがうまくいけば充分逆転はできたと思う)

さらにひどくなった捻挫を抱えた状態で新たな成功体験をつくることは、おそらく、いままでの倍以上むずかしい作業になるだろう。果たして自分にそれができるのだろうか? 正直言って自信がない。まったく、これからいったいどうなるんだろう?

薬を普段の4倍近く飲んで眠りに備えているので、文章がめちゃくちゃです。でも、勘弁して。いまはそういう状態なので。

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2004/10/29

連ドラ病

 ふだんテレビドラマってあまり見ないんです。でも今クールの木曜は見たいのが多くって大変に困る。

 まず9時から「黒革の手帖」(テレ朝)。
 ここのところハズレが多かった米倉涼子だが、ここでは見事に役にハマっている。米倉だけでなく、このドラマはスベっている役者がいないところがすごい。テレ朝のドラマにしてはかなりアタリだね。

 10時からは「大奥 第1章」(フジ)。菅野美穂は出てないけど、前のやつも見てたのでこれはもうマストってことで。
 ただ、前作に較べるとちと駆け足というか、話の進め方が急な感じがする。もう少しひとつひとつのエピソードを丁寧に描いてほしいかな。いっそのこと「白い巨塔」みたいに2クールにしちゃえばいいのに。ただ冗長なだけのNHK大河なんかよりずっと面白いと思うんだけど。
 それにしても、木曜ドラマのつらい点は、「大奥」の裏で「ホットマン」(TBS)をやっているところ。これも前作が面白かったのでやはり見逃したくない。でも結局大奥の方を見ちゃうんだよなぁ……。これは結構痛い。

 11時15分からは、NHKで「結婚のカタチ」。
 事実婚夫婦のハナシなので、それだけで興味がある。いつもは「強い女」のイメージがある藤原紀香が「弱さ」を見せているところが◎。毎回欠かさず見てるわけじゃないので、筋が飛び飛びになっちゃってるけど、できたらこれはまとめて見たいなあ。今日は途中で電話がかかってきてしまったので肝心なところが全然わからなかったけど……。

 うーん、なんだかんだでドラマ見てんじゃん、と自分で思った。うん、見てるよな、これは。ははは。
 しかしこうも見たいドラマが続くと風呂に入れなくて困る。実に。

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2004/10/28

ワールドシリーズ

知らん間に終わってた……(泣)
だって、まさか4つで終わるとは思ってなかったし、それに朝起きれないんだよお。

リーグチャンピオンシップまでがすごかっただけに、この結末はなんだか拍子抜け。
そういや日本シリーズの最後もこんな感じでしたね。
これであと残るは日米野球だけ、ということですね。ふぅー。

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2004/10/27

足が重い

2日連続のサッカー。
つくづく好き……なんじゃなくて、そういうモードなのです。
せっせと身体を動かそう週間。いや、月間。もっと。

実はサッカー(フットサルね)の前に、地元のスポーツセンターに行ってさんざっぱら身体を動かしてきました。もっとも、これはきのうからなんだけど。まずバイクを20分やって、なんとかステップを20分やって(これが結構きつい)、それからマシンを使っての筋トレ。いやー、おかげで足にきた。これはたぶんサッカーのせいではないと思われます。今日はそんなに走ったってわけじゃないから。

うー、それにしても足が重いです。いちど座ると立つのがツライ。こんなに重くなったのはいつ以来だろう?

あ、今日は2ゴールでした。
キーパーなしのミニゲーム(しかも初心者の集まり)だからね。

しかしゴールがことごとく流し込んだグラウンダーのゴロというのはどういうわけだ? ま、それだけ脚力がないってことなんですけど。
ふん! いーんだ。これから鍛えるんだからっ。

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2004/10/26

サッカーはあくまでゴール

だと思う。

どんな形であれ、点を決めるとすごくうれしい。
決められなかった日は……何かがひどく消化不良。ちょっと凹む。
キーパーをやっててファインセーブを連発したとかいうなら話は別だけど。

ほんと、ゴールの形なんてなんでもいいんだよね。
キャプテン翼のようなイナズマシュートであろうと、
泥臭くてへぼへぼのなんちゃってゴールであろうと、
それが1点であることには変わりはない。
その「きれいなゴール」を礼賛しすぎたところはキャプ翼の罪と言っていいでしょう。
間違いなく。

で、今日はもちろん……全然ダメでした。
言わずもがな。うぅ、鬱々……。

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西友

「大手スーパー、西友はプロ野球・西武ライオンズが日本一を決めたことを受け、26日から5日間、“西武ライオンズご声援感謝セール”を実施する。紳士の肌着、ベビー衣料、靴、バッグなどを店頭表示価格より1―3割引きにするほか、食料品も値ごろ感のある特別奉仕品を用意。」

……うちの近くに西友なんかねぇよ。
つーか、ほんとに「大手」なの??

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2004/10/22

It Ain't Over When It's Over

台風一過はいいものの、その前の日から体調を崩して風邪っぴきです。困った。いくら室内とはいえ、台風の中で球蹴りなんかやったのがいけなかったのかもしれん。罰が当たったっつうか。うーん、情けなし。

話変わって、リーグチャンピオンシップの話。いやぁ、こんなことがあるんだなあ。

3敗からの逆転はあり得なくはないと思っていたけど、まさかそれをレッドソックスが、あのヤンキース相手にやるとは思わなかった。素直にヤンクスが勝つもんだとばっかり。いやはやこれは、まさにタイトルのとおり。ヤンキースにとっては皮肉な結果ですね。

アストロズ対カージナルスも7戦までもつれこんで、なんだか今年は激しい年です。でもやっぱWシリーズでもう1回ロケットに投げさせてあげたいなー。まあそれは、あしたの彼自身の投球によるのですが。がんばってね。

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2004/10/11

オリビエ・パニス、ラストラン。

なんだか親しんだドライバーが少しずついなくなっていきますねぇ……。

そういやF1を見はじめたのは96年の総集編がきっかけだったんだよなぁ。
モナコでパニスがフランス国旗を持って走る姿が印象だった。
いやぁ、あれからもう8年か。早いものです。

にしても、トヨタは来年ラルフとトゥルーリのラインナップ。
大きく出たなぁ。これでもう言い訳はきかないですね。
ウィリアムズに乗っていてもおかしくない2人なんだから。
さあ、どうなりますことやら。

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2004/10/09

日産スタジアム

うーん、どうなんだろ? まあいっかあ。
「永谷園スタジアム」とかになっちゃうよりはね。
(ありえない話ではない)

しかしこれからなんて呼べばいいのだろう?
味の素スタジアムは通称「味スタ」。
では日産スタジアムは??

ただの「日産」のような気がする……。
べつにいいけどね。

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53.ファッション誌 pt.Ⅱ 〔雑誌編〕

 いやぁ、すごい雨ですねぇ。
 おかげで今日の予定は急遽中止になってしまいました。朝の5時までレジュメ作ってたのに……(泣)。でも、この台風では仕方ないですね。急に1日の予定がぽっかり空くのって、なんか変な感じ。
 明日は所用でいないので、今日のうちに更新しておきます。

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 昼間はともかく、朝晩はすっかり涼しくなった。もうすっかり秋物の季節である。雑誌のページやお店のショーウインドウにも茶色の色使いが増えてきた。街を歩く人の姿にも秋色が多い。やはり夏は終わってしまったようだ。夏生まれとしては何となく悲しい。悲しいとわめいたところで地球の公転軌道を変えられるわけではないのだけれど、それでも何かが悲しい。悲しい悲しい悲しいよお。でもそんなことばかり言っていると、「だったらハワイでもオーストラリアでもなんでも、暑いところに行けよバカ。うっとうしいんだよ」とか何とか言われてしまいそうなのでこの辺でやめておく。でも、冬よりやっぱり夏が好きなんだよなあ。なんでかな。

 さて、女性向けのファッション誌というものに興味を持つようになってから約3ヶ月が経つ。その間ずいぶんいろんな雑誌に目を通した。いま書店に並んでいるものならほとんどのものに目を通しているし、雑誌名をあげられれば、その雑誌がどこの出版社から出ていて、読者対象はどの辺で、誌面傾向はどんな感じか、発売日が何日で値段が大体いくらというのも、大まかにではあるけれど答えられるようになった。その使い道についてはともかく、我ながらなかなかのもんだなあと思う。ひと口にファッション誌とはいっても、そのほとんどの内容を(たとえ広く薄くであっても)把握している人というのは女性であってもそう多くはあるまい。こういうのを就職活動の前にやっておけば少しは結果も違うものになったのかもしれないが、そんなことを言っても後悔は先に立たない。だからそれについてはあまりグチをこぼさないことにする。こぼさないこぼさないこぼさない……。

 女性誌を読んだり買ったりをはじめてから3ヶ月というまとまった時間が経ったせいか、最近では自分でも少しペースダウンしてきたような印象がある。書店やコンビニで気になる雑誌が並んでいても、ぱらぱらっと立ち読みするだけで、「またこんどでいいか」ってな感じでそのまま棚に戻すことが増えた。いったいどうしたのだろう、飽きたのだろうか? もちろん実際にそういう面もあると思う。常に一定のペースで何かを進めるというのは誰にとっても困難なことだ。ものごとのペースにはどうしてもムラが出る。でも理由はそれだけじゃなくて、雑誌のページが秋色ファッションに覆い尽くされてしまっていることにも原因があると思う。夏物全開の時期と違って、秋になるとどうしても色づかいが暗くなるし、露出だって少なくなる。夏に感じた開放感のようなものも影を潜めてしまう。そう、いささか身も蓋もない言い方かもしれないけれど、露出が少ないとやはりどことなくつまらないのだ。見ててもなんだかわくわくしない。べつにそういう(違う意味の)実用性を求めてファッション誌を眺めているわけではないのだけれど、でもたとえば「秋のモテニットベスト20」みたいなものよりは、「タンクとキャミの着まわし新ルール」なんかのほうが絶対にいい。そりゃあもう、なんといっても絶対にいい。そんなこと真剣に力説されてもきっとみんな困るんだろうけれど。
 そんなわけで、この時期のファッション誌というのは、どれを開いてもあまり魅力的には映らなかったりする。「それがすべて」ではないけれど、手にとった雑誌を買わずに棚に戻してしまう背景には、そんな理由がある。

 →→→ひとつの仮説。
 僕という人間が冬より夏が好きと感じる原因のいくばくかは、夏は身も心も(物理的・心理的に)身軽になれるという点にあるのかもしれない。つまりは、束縛がキライなんだ。少なくとも、ミニスカートが嬉しいとかどうとかいうオヤジ的発想ではないような気がする。確信を持ってそう答えられるのかと聞かれると、それはそれで口ごもってしまう部分はあるのだけれど……。

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 ともあれ、気分的にひと段落したということで、数あるファッション誌のなかから自分の気に入ったものを並べてみる。どの雑誌をどこにカテゴライズするかで多少迷う部分はあるけれど、大まかに言うと大体こんな感じ。

 ★金メダル:「non-no」 「mi-na」
 ●銀メダル:「Popteen」 「Cawaii!」
 ▲銅メダル:「CanCam」

 「non-no」と「mi-na」はほぼ同趣旨の雑誌だが、結局のところこの2つがいちばんナチュラルでしっくりくる。変に媚びたところもないし、かといってあまりに趣味に走りすぎる部分もない。モデルが良いのも大きなポイント(特にEMIと田中美保)。僕は好きなモデル目当てに雑誌を見るというタイプではないのだが、それでも良いモデルを使っているか否かは雑誌の出来を大きく左右すると思う。というわけでこの2冊が金メダルです。

 次に気に入っているのが、「Popteen」や「Cawaii!」などのギャル系雑誌。元々サーフ系のラクちんな服が好きなせいか、こういうのが意外にはまります。ココルルとか結構かわいいと思うし、セシルやヴァンスなんかの「ちょいカッコめ」もわりと好きだ。マルキューとか歩いていても、見るだけなのだがそれはそれで楽しい。ただし、「Ranzuki」とか「EGO SYSTEM」あたりになると下品でよくない。「TEENGIRL」は「Popteen」や「Cawaii!」と同趣旨なのだけど、どうも一段落ちるというか、気持ちが乗らない。宝島の雑誌はモデルがいまいちなんだよなぁ、どうも。
 「EGG」は嫌がる人が多いけれど、そんなに嫌いではない。たしかに真ん中のヤリヤリページはどうかと思うけど、雑誌の方向性みたいなものはそんなに嫌じゃない。これは「Men’s EGG」についても同じことが言えます。

 栄えある銅メダルは「CanCam」にしてみました。自分の身のまわりとはえらく縁遠いファッションだけど、その遠さがかえって勉強になるというか、「ああ、こういう世界もありなのねぇ」とか思ったりする。ほんと、身のまわりにいないんだよねぇ。ひとりぐらいいてもいいのに(正直、ちょっと憧れる)。
 「CanCam」の看板モデルは最近人気の山田優と蛯原友里。山田優はF1のキャスターに使われてたから前から知ってはいたけど、正直、あんまり好きじゃないなぁ。というわけで「CanCam」ではエビちゃん派です。「結局モデルで見てんじゃんよ」とか笑われそうだが、モデルの良し悪しは重要なので仕方がない。「Ray」は松本莉緒がいないとちょっとキビシイんじゃないかなぁ。
 ほか、大雑把にだけど、各種類ごとにまとめてみます。

 ■光文社系:「JJ bis」 「JJ」 「CLASSY」 「VERY」 「STORY」
 基本的に好きじゃない。化粧が濃すぎるし、住む世界が違う。いや、全然違くはないのだけど、何かが疲れる。会社のカラーとしてわかりやすいことはわかりやすいのだけど、僕にはちょっと合わないですね。もう少し息をつかせてほしいと思う。

 ■女子大生系:「CanCam」 「Ray」 「ViVi」 「PINKY」 「JJ」 「JJ bis」
 「女子大生系」という括りをしたけど、これでいいのかなあ? 呼び方に困ります。
 光文社以外でこの手の雑誌としては、主婦の友の「Ray」、講談社の「ViVi」や、最近創刊された「PINKY」(集英社)なんかがあるけど、「ViVi」と「PINKY」はちょっとギャル入ってるせいかちょっと違う気がする。ギャル系(ギャルではない)は好きなのに、なんとも不思議ですね。自分でも理由はわかりません。生理的なものでしょうか。
 順位としては「CanCam」>「Ray」>「ViVi」&「PINKY」>「JJ」の順。

 ■コンサバ系カジュアル:「MORE」&「With」
 方向としてはまあOKなんだけど、しかし何かが退屈。パラパラと立ち読みをしていても、どこにも引っかからないで最後まで流れてしまう。表紙は良いんだけどねぇ。メダル級雑誌に較べると何かが凡庸というか、惹かれるところがないのが特徴です。まあだからコンサバなんですけどね。
 しかしブックオフで100円で買って丹念に見てみるとそれはそれで悪くない。コンサバだけに退屈さは免れ得ませんが、コンサバがキライな男はいないので、とりあえず無難に行っておきたいならこの辺はオススメです。もっとも、「キライではない」と「好き」は同義語ではないのですが。

 ■ティーン向け雑誌:「SEVENTEEN」 「hana-chu」 「ピチレモン」ほか
 興味なしです。ストライクゾーンではないのでしょう。

 ■お姉系:「BLENDA」 「S-Cawaii!」
 この2誌は「Popteen」と「Cawaii!」のお姉さんに当たるのだけど、なぜかピンと来ません。不思議だ。色合いが辛すぎるのか?

 ■ウラ原系:「SEDA」 「VITA」 「SOUP」
 「SEDA」は「non-no」と同組に入れようかどうしようか迷ったのですが、一応こっちにしました。理由は街スナに原宿GAP前を使っていることが多いから。雑誌としてはメダルをあげてもいいくらい好きな雑誌です。特集ページが実用的なのが楽しい。10月号はブーツ云々が特集だったので読むところがありませんでしたが、参考になることがあるのでよく読んでます。
 「VITA」と「Soup」は「人に見せるためのおしゃれ」というよりは「自分のためのおしゃれ」という感じ。あざとさがなくて基本的に好きだけど、ちょっと内にこもる感じが気になる。

 ■宝島:「mini」 「SWEET」 「CUTIE」 「SPRING」 「IN RED」
 「mini」は雑誌として好きだけど、宝島の作る雑誌はあまり好きではありません。モデルがいまいちというのもたしかにあるし、メジャーよりはマイナー、アッパーよりはインディーという社風がどうも。こういうところでも自分が基本的にメジャー指向の人間なんだということがわかっておもしろいですね。そんなことを発見するのは僕だけなんでしょうが。

 ■その他のカジュアル誌:「JILLE」 「PS」 「Ollie Girl」 「HEART」 「ZIPPER」 「JUNIE」
 「JILLE」のコピーは「ワンランク上のリアルカジュアル」というものだが、まさにそんな感じ。載ってるものの値段がいくぶん高い。もう少しいいモデルを使っていい気もするのだが、方向性的には好き。「PS」 「Ollie Girl」もいいかな。「JUNIE」はまずまずOK。扶桑社の作る雑誌はどれも自然で好感が持てるのだが、いかんせんまだ予算が足りてませんって感じ。紙や印刷が何となくしょぼい。こういうのは△。

 ■OL系雑誌:「BAILA」 「STYLE」 「LUCI」 「Oggi」 「ef」 「CLASSY」 「ヴァンテーヌ」ほか
 光文社や女子大生系同様、自分には縁のない世界。しかし縁がないだけにどこか憧れらしきものがあるというのには雑誌を読んでから気づいた。
 雑誌としては「LUCI」がいちばん自然で好感が持てます。他の雑誌はいささかカッコよすぎるというか、読んでて疲れる部分がある。も少し隙がある方が一般には好まれると思うのですが、どうなんでしょう?

 ■婦人画報系:「25ans」 「La Vie de 30ans」 「ヴァンテーヌ」 「ELLE」 「マリ・クレール」 「婦人画報」
 光文社以上に受け付けない。ダメ。光文社の雑誌には「背を伸ばせば私も何とか届くかも」という夢があるが、婦人画報は最初からその上なのが最大の違いか。「25ans」に載ってる服は高すぎる。日本にも階級社会があるんだなあという事実を少しだけ垣間見たような感じです。

 ■30代誌:「LEE」 「Domani」 「MISS」 「VERY」ほか
 もういいかげん自分もこの年齢なのだけど(いちばん下っ端ですが)、ちょっと興味ないなあ。僕にとっては全部ボール球に見えます。高い。フォアボール。

 ■40代以上:「メイプル」 「Precious」 「STORY」 「my 40’s!」 「ミセス」 「ゆうゆう」
 問題外です。高すぎてバットが届きません。好きな人は好きなんでしょうが。

 ■VOGUE系:「VOGUE」 「SPUR」 「Marie Claire」 「FIGARO Japon」 「GINZA」
 ネーミングはこれでいいのか? まあいいや。これ系の雑誌は好きな人は好きですね。でも僕は興味なしです。「何この勘違い」って思っちゃう。手にはとっても読むところがないんだよなぁ……。

 ■マガジンハウス:「an an」 「Hanako」 「クロワッサン」 「ダカーポ」 「クウネル」 「リラックス」 「GINZA」 
 「an an」は特集次第でたまに買うことがありますが、そのほかはほとんど読まない。だいたいマガジンハウスの雑誌はファッション誌ではない。決して嫌いではないのですが、活字だったらほかのを読むなあ。「文藝春秋」とかね。堅い?

 ■通販雑誌:「Je Suis」 「Look!s」 「LUAR」 「Ryu Ryu」ほか
 通販の雑誌というのはあざとさがないのでわりかし好き。雑誌自体の値段が安いのもうれしいですね。たまに眺めるだけで買った気になってくつろいでいることがあります。ありませんか?

 さて、だいたいこんな感じです。しかしこれがいったい何の役に立つのやら……。
 でも、いっぺん書いてみたかったので書きました。これで少しすっきりしたかな。

 最後に、ちょっとおもしろいページを見つけました。
 書いているのは女性なんだけど、理詰めで説明しているところが妙に新鮮です。「なるほどね~」と思ってしまうところがいくつもありました。興味のある方はいちどご覧あれ。
 
 ★「おしゃれの理論」(ひきこもりオタクをスタイリストにしたおしゃれの公式):
http://plaza.rakuten.co.jp/imageUP/

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2004/10/07

プレーオフ

いつのまにか大リーグのプレーオフがはじまっていた。
うーん、あれ? 全然見てない。

ヤンキースはとりあえず1勝1敗。松井が4番に座るんですねぇ。
ここんとこBSが中継をやってくれてなかったので、
いまのヤンキースのオーダーがどうなってるのか皆目不明。
1番はロフトンじゃなくてジーターだってことだけはわかってるんだけども……。

しかしパ・リーグがプレーオフやってるときにセ・リーグはまだペナントやってるのって変な感じ。
しかも消化試合だもんねぇ……。はぁ。

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2004/10/03

52.何も柏に負けなくったって……(泣)

 静岡に住む友達からメールが来た。彼は以前こっち(横浜)に住んでいたのだが、家庭の事情で実家に帰って、この秋で半年くらいになる。静岡というところは本当に横に広い県なのだが、彼が住んでいるのは静岡でも西の方、浜松の近くである。よって、彼は熱心なジュビロ磐田のサポーター。ここのところのジュビロの不調ですっかり意気消沈、ジュビロの負け姿にも慣れてしまいましたということが書いてあった。
 しっかしあのジュビロがいまやステージ最下位だもんねぇ。地力のあるチームなので終盤には持ち直してくるとは思うけど、たとえ一時的ではあっても、あのジュビロがビリというのはちょっとしたもんだと切に感じる。まあ実はジュビロが最下位になってしまったのには横浜の責任も大なわけで(あろうことか横浜は最下位レイソルに負けて柏は最下位脱出。入れ替わりに清水に負けた磐田がビリ)、その点彼には気の毒してしまったなあと思う。いやマジで、ゴメン。
 しかしよもや柏相手に、それもホームで負けるとは思わなんだ。しかも玉田のゴールをアシストしたのは波戸。横浜を追い出された波戸。恨みこもってただろうなぁ。古巣だもんね。あのクロスのあげ方からして気合いが入ってた。それが逆サイドに転がって誰もいなくて玉田がドン! これで横浜の完全優勝はほぼ見込みがなくなったといえるでしょう。勝ち点9差はさすがにつらい。チャンピオンシップの組み合わせは横浜と浦和か。早めにチケット買っとこうかな。浦和サポが押し寄せたらあっという間にチケット売り切れになっちゃいそうだもんね。浦和からはマジで5万人ぐらい来るかもしれん。ああ怖いよう、見たいよう。埼スタでの試合はたぶん券が取れないだろうから(それにいくらなんでもあそこは遠すぎる)横国だけにします。さて、いったいどうなりますことやら。

 話変わって。
 実家に戻った彼、向こうはひきこもりや不登校、ニートなどの対策や施策が、かつて住んでた横浜に比べて遅れていると書いていた。これといった自助グループやフリースペースもないし、「ヤングジョブスポット」的な施設も聞いたことがない。「横浜にいたときは相談機関やひきこもり関係のグループがたくさんあってよかった」けれど、向こうではちょっと肌合いの違うものしか見つからないようだ。でもそこに関わるようになって、畑違いでもなんでもいいから、少しずつ糸口を見つけたいみたいなことを彼は言ってた。すごいなあ。そしてそれってすごく大事だ。ちょっと違うところからであっても、そこを起点に人伝てでどこかに繋がるかも知れないしね。まあ、言うは易しで行なうは難しなんだけれど……。
 ただ、ひと口に「糸口」っていっても、これはひきこもり関係にこだわらなくてもいいのかもしれない。べつに出口はひとつとは限らないし、ボラとかサークルとか趣味の会とかジュビロ磐田の応援団とか(笑)から入って繋がりを作るっていうのもありかもしれない。最近はそんなことをよく考えます。そしてそういう話をしだすと、ここ最近僕が考えている「当事者グループというものには実はたいした有効性も需要もないのでは?」という疑念に繋がるのだけど、これについて書き出すとすんごく長くなってしまうので、これはまたべつの機会に譲ります。いずれまたこんど。

 さて、その静岡県西部。
 失礼ながら、静岡県西はたしかにそういうのは立ち遅れてる地域だと思う。愛知県内だったらまだそういう話は聞くんだけども、県西ではこれといった話を聞いたことがない。というか、静岡県全体が。うちの母の実家が静岡でも東の方にあるのだけど、三島とか沼津とか、静岡あたりでもそういう話は聞かない。静岡は県民性がのんびりしてるからなぁ……なんてことも思ったりして。なので彼が自分にフィットするところを近場で見つけるのはいささかむずかしいかもしれない。もし何かいいのがあったら情報をあげたいとは思うのですが……。まあこれはたぶん神奈川の状況が例外的なんであって、全国的に見れば、静岡を含むその他のとこは大概どこもそんな感じなのかもしれない。1箇所しか見てないと全体が見えなくなるので、こういうのは僕にはよくわからない。どうしても自分がいま住んでいるところを基準にして考えてしまう。そう考えてくると、複眼的な視点を持つことって結構大事なんだろうな、きっと。

 ちょっと聞いた話。
 都市部をのぞく地方の精神保健福祉センターでは、ひきこもり対策事業からの撤退を検討しているところが増えているらしい。理由は単純。相談件数が少ないから。そんな費用対効果の少ないところに予算を落とせないから。なかには「(うちの地域には)ひきこもりなんてありませんよ」と豪語する相談員もいるという話を聞いたことがある。何回もある。「相談に来ないんだからひきこもりで悩んでいる人なんていないはず」というわけだ。
 でも、それってどうなんかなあと思う。相談がないんじゃなくて、相談に行きたくても行けないような(地域の)空気があるからじゃないかな。あるいは単純に、地域にそういう相談できる場所があることを知らないからじゃないか。周知の不足。宣伝の不足。「うちではこんなことをやってますよ~、お悩みの方はどうぞ来てください」ってなことを宣伝も何もせずに、「うちには相談がないからひきこもりは存在しない」というのはやはりズレていると思う。それにだいたい、熱意や関心のない担当者しかいないようなところになんて、困っている人は最初から相談に行こうとは思わないだろう。日々悩んで焦って焦燥感に駆られているのに、いざ相談に行ったら「あなたの育て方が悪いんです」なんて言われたらガッチョーーン! 目も当てられないもの。「このあたりにはひきこもりなんてない」と胸を張って言うような人たちは、そういう部分がわかっているのだろうか? たぶんわかってないと思う。いうまでもなく。

 これもこないだある人から聞いた話。仮にHさんとしておく。
 Hさんはいま大学で教員をしているのだが、彼の研究室には学校に行けなくなった学生たちが集まっては溜まっているそうだ。「研究室デイケア」みたいなことを冗談半分に言っておられたけれど、ともかくそんな感じらしい。Hさんはそういうのを積極的に受け入れる人だから。ちなみに、そこに溜まっている学生たちのかなりの数が他大学の学生。学校が怖くて行けないという人の中には、他所の学校だったら行ける(敷地に入れる)という人が結構いたりするから。仮に相談に行くにしても、自分の学校の相談課には行けない。行かない。だから必然的に、他所の相談機関にかかることになる。そもそも学校に来れないんだったら自分のとこの相談課になんて行けないもんね。当たり前だよ。そしてこれは僕自身がそうだった。というかそもそも、自分の通っている学校に相談課というものがあること自体知らなかった。そこに行っていれば少しは僕の置かれた状況も変わったのかもしれないけれど、過ぎてしまったことはいまさらどうなるものでもない。

 それであるとき、Hさんは自分の学校の相談課に行って相談員の人に聞いてみた。
 「うちの学校ではひきこもりとか、学校に来るのが辛くてここに相談に来る学生っているんですか?」
 そしたらその相談員さんは胸を張ってこう答えた。
 「いいえ、そういう相談は特にありません。うちの学校にはひきこもりとかの問題はないんですよ」

 もし全国の相談員がこんな感じの人ばかりだったら、ひきこもりで悩む人の数は全国で10万人ぐらいにまで減少するだろう。彼らにはそういう“能力”があるのだ。

 「ひきこもりを“減らす”ためのいちばんの効率的な方策は、質の低い相談員を全国各地に配置することだ」

 案外冗談では済まないのかもしれない。

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2004/10/01

Funeral songs (Oct. 2004)

自分の葬式に流してほしい曲のトップ5リスト:

1.Neil Young “Philadelphia”
2.Johnny Cash “One”
3.Maria Callas “La Mamma Morta”
4.U2 “Love is Blindness”
5.Elvis Presley “Always on my Mind”

なんだか縁起でもないリストですが、こういうの考えるの好きなんです。
あはは、ネ・ク・ラ。

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