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2005/01/23

57.冬の空

 夜の散歩が好きだ。
 それも、冬の寒い夜に出歩くのがいい。「寒くないの?」とか聞かれそうだけど、その寒い夜に暖かいカッコをして、「ああ、あったかいあったかい」などと言いながら歩くのがいいんである。手袋をして、ダウンを羽織って、場合によっては帽子をかぶって外へ出る。もちろんマフラーは必需品だ。うん、これが実にあったかい。外はもちろん寒いのだけど、でもなんだか満ち足りたような心がふくらんだような、幸せな気分に浸れる。でもこれがくそ暑い夏の夜だとこうはいかない。ほどほどに寒い夜でもいまいち。逆説的な言い方になるけど、暖かさを感じるにはそれなりの寒さというものが必要なわけだ。なんだか暑いんだか寒いんだかよくわからないような話。でもとにかく寒い冬の、よく晴れた夜に出歩くのが好きだ。冷えた空気はどこかぴんと筋がとおっていて、空は高く、星たちは混じりけのない白い光を地表へと降ろしている。ざわめきのない冷えた闇の中では、ヘッドホンから流れるCDの音もいつもより親密に聞こえる。こんな澄んだ夜には、僕と音楽との距離はいつもよりすこしだけ近い。

 出歩くときはたいてい、「ちょっとそこまで」のつもりで出ることが多い。はじめから何キロも歩こうなどというウォーキングめいた気分で出ることはそれほどない。「ちょっとそこまで」のつもりがやがてそうではなくなり、気持ちが乗って2時間3時間というのがほぼいつもの決まったパターンだ。僕には慣性の法則というものがどこかにあるらしく、家にいるときはいつまでも家にこもっているし、外に出れば出っぱなしでいつまでたっても帰ってこない。その中間があればいいのだが、そういうものを見つけられたことはあまりない。もうすこし中を取れれば、きっとものごとはもっとすっきりと都合よく流れてくれるのだろうけれど。
 歩くコースは特に決めていない。なんとなく歩いて、その日気の向いた方角に向けてでたらめに歩く。なにか気になるものがあれば近づいて見るし、ふだん歩かない歩道橋なぞが目に入れば、とりあえず考えなしに上がって景色を眺める。橋の上は風景が違う。新鮮だ。ふだんいったい自分は何を見ていたんだろうとげんなりすることもないではないが、発見の割合のほうが多いので、たいていはちょっと得をしたような気分になれる。小さなことで喜べるっていうのはけっこう大事なことかも。小さなことで喜んでいるうえに小さなことで腹を立てるというのでは、これはこれで人格を疑われてしまいそうだけど。

 夜の夜中。近所を歩いていて気がつくのだけど、結構遅い時間に電気がついている家が多い。夜の2時とか3時だ。「おいおい、こんな時間にみんな何やってんだよ」。僕はついそう言いたくなる。「そういうおまえこそ」という設問はここではとりあえず脇にのけとくとして、深い夜中に黄色い明かりが窓からもれ出しているのを見ると、やはり何かが気になる。こんな更けた時間に、人はいったい何をやっているのだろう?
 もうすこし直接的な問いかけ。このなかで外に出ることもできず、また家族とも疎遠にし続けている人はどれくらいいるのだろう? 賑やかな昼間の喧騒を嫌い、夜の静かにやすらぎを見出す人は。陽の沈んだ暗い夕方に目覚めては、繰り返し続く後悔と自責の念に駆られる人は、いったいどれぐらいいるのだろう? 確率にして1割未満と仮定しても、母数が母数だけに、決して少ない数にはなるまい。歩きながら、そんなことを考える。

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 そうそう、このまえ流れ星を見ました。散歩の途中ではなく、夜、駅から家へ帰る道すがらだったのだけど、低い南の空に、ひと筋の赤い光が見えた。
 それは赤くて速くて、なんだか禍々しい感じでした。願いごとを述べるまでもなく、それはあっという間に西の空へと消えてしまった。実に残念。でも流れ星を見たのなんて小学生以来、二十数年ぶりのことだったから、これはこれでなんだか得した気分。いや、実際すごいラッキーなのかもしれない。流れ星もかなりでっかかったしね。オリオン座やシリウスの明るさなんて、全然メじゃないぐらい。

 しかし赤かったです。流れ星なんていうメルヘンかつロマンチックなもんじゃなくて、巨大な岩石が大気に突入するような、もっと即物的で物理的な燃え方をしていました。どっかの地表に激突して穴でも開けてんじゃねぇかって感じ。実際あれは隕石だったよな。翌朝の新聞か何かに載ったかもしれない。知らないけれど。でも、だったらすげぇなぁ。ほんと、あの星はいったいどうなったんだろう?

 冬の夜には何かがあります。流れ星を見たのはあくまでラッキーなイレギュラーとしても、しばしばの確率で、何がしかの発見や幸福が見つかる。とてもちいさなものだけどね。でも、そのちいさな幸福や幸せが心をすこしだけあったかくしてくれるから僕は好きだ。ヘッドホンから流れるU2の新譜や、ふと立ち寄ったコンビニで買った肉まん、自販機のコーンスープ、歩道橋から眺める車のいない静かな道路、そんなひとつひとつが澄んでいつもとは違う輝きを見せる。昼間の世界では影を潜めてしまうものたち。自分でもよくわからないけど、僕はそんなものがことのほか好きなのかもしれない。もっとも、雲が出て影ってしまったら、そんなメロウな気分には浸れないのだけどね。

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