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2005年2月

2005/02/26

CD整理中。

たいして減らないけど。全体の2割ぐらいかな。
なにせ度重なるレコファン/ブックオフ行きをくくり抜けてきた強者たちばかりなので、減らすのはなかなかに難しい。でも、こんなにたくさんあっても聴くことないわけだしね。場所の問題は(まだ)ともかくとしても。

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2005/02/23

「いちばん理想的に成長したひきこもり」 by 三谷幸喜

なんだと。
自分で言っちゃうところがすごいよね。でもなんかわかる気がする。
対人関係苦手そうだし、ずっと目は合わせないし(というか目ぇ上げないし)、
どう見ても社交的な雰囲気ではない。

以前フジテレビのディレクターかなんかが、
「同じクラスにいたら絶対いじめてる」みたいなことを言ってたけど、
そういう気持ちはわからなくはない。というかわかる。
あまりいばれたことじゃないんだけれど。

あまり結論めいたことは言えないんだけれど、それでもいいじゃないかなって思う。
誰しもが「明るく陽気で、誰からも好かれる性格」だったら怖いよな。
いや、マジな話。

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2005/02/22

ポルトガル代表

買っちゃいました……。
だって、安かったんだもん。定価じゃ買おうとは思わないけどさ、4,900円ならお買い得かなって。わりかしデザイン気に入ってたしさ。街着としても結構いけるよ。

…………

ええ、はい。言い訳ですとも、言い訳。
ふんっ。

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2005/02/21

ハローワーク日記

初めて行ってきました。ハローワークというところに。
といっても登録をしてきただけで、それで終わりだったんですけどね。
でも行ったことには変わりはない。だからなんだと言えばそれまでなのですが。

感想は……ふぅん、こんなとこなんだなあって。そんだけ。
みんな黙々と検索してる。
んー、あまり楽しそうじゃないなあ。
ま、そういうとこなのかもしれないけど。

今日は登録だけが目的だったので、用が済んだらさっさと帰る。
ごめん、あまり長居したいとは思わなかったです。
死ぬほど嫌なところとも思わなかったけれど、ね。

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べろべろ

ひさしぶりの飲み会。いったいいつ以来だろう? 
とりあえず今年初じゃないかってことは容易に推察され。
おまえどーゆー交友関係してんだよって感じ。

しかも困ったことには、
齢のせいか酒飲むと身体のあちこちが筋肉痛のように痛むんだなあ。
うぅ、つらい。情けな。頭も痛てーし。

酔っ払っててあやうく勘定間違うとこでした。
もうフラフラ。寝る~~~。

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2005/02/13

A3

午前中家中の掃除をして気分よく過ごしたのだが、
午後からA3の試合を見てしまい、結局ずるずると家の中で過ごす。
いかん、いかんなあ。今日はどこかに出かけようと思っていたのに。

うーむ……。
まあこの時期にしてはよかったんじゃないかというのが印象。
メンバーも1.5軍だったし。
しかしあのメンバーでは守備はともかく、前線にポイントができないのが痛い。
坂田はよかったけど、山崎がなぁ……。

それとあの2ndユニフォーム、なんかサイボーグっぽい感じが。
絵で見たときはカッコいいかなーと思ったのだが。
いやはや、去年までのやつのがよかった……な。

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2005/02/12

丹沢

けさは良い天気です。遥か西の丹沢の山々が綺麗に見えます。
空気が澄んでいて、すごく近い。むう、山は良いなぁ。すがすがしいよ。

……といってもこれから寝るんですが。
(だめぢゃんバカ)

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2005/02/09

トレ

今日はひさびさにみっちりトレーニングしてきました。
先週やったときは3km走ってもうふらふらで、どうなることかと思ったけど、
今日はなんとかメニューどおりやれました。

……のはいいのだけれど、
1ヶ月サボっているあいだに1kg半太ってしまったのはいただけない。
やはり歳とともに代謝が落ちるのですな。
おんなじだけ食ってたらばんばん太ってしまう。
このままではおれん。また動かすようにしなければ。

サッカーは……見てて疲れたよ。ほんと。

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2005/02/08

美女の証明?

何気なくTVをつけたら月9の「不機嫌なジーン」をやっている。
全然見ていないので筋はまったくわからない。
竹内結子が出ていることは知っていたのだけれど……。

その竹内、あまりにもブサイクだったので一瞬深津絵里かと思った。
それぐらい色気がない。
深津絵里は好きなんだけど、それとこれとはやはり別問題だ。
「ランチの女王」のときとはえらく雰囲気が違う。

でもブサイクになれるっていうことは、つまり美人の証明ということですね。
本当にブサイクな人はそれ以上落としようがないわけで……。
案の定べつのシーンではえらくきれいでした。ううむ。

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2005/02/06

60.病は気から

 病は気から、ということを考えています。そんなことを言うと「甘えだ/怠けだ」と言っているみたいでなんだかあれだし、決して気持ちの問題がすべてというわけではないのですが、それでもなおかつ。

 1月の最終週は風邪で寝込んでいました。月曜日に友だちに会って、そのときに喉が痛かったので、「あ、これは変だな」と思っていたのだけど、そこそこ処置をしていたにもかかわらず、うちに帰ったら徐々に症状が悪化。次の日起きてみるとすでに喉が腫れ上がっていました。これはいかん。完全な風邪だ。喉風邪。僕はむかしから喉や気管支系がやけに弱くて、何かあるとすぐに喉がダメになってしまいます。いわんや、カラオケなんてもってのほか。
 それからいくらもしないうちに悪寒及び発熱等風邪の諸症状がフルコースのようにして流れ込み、ろくに起き上がることもできないような有り様に。喉は腫れる。声は出ない。鼻ぐずぐず。咳は出ないが熱はある。僕はわりに風邪を引きやすいたちで、決まって年に数回は引くのですが、今回のはちと重い。治りが悪い。結局火曜日から木曜日までぐずぐずと寝て過ごしておりました。家に誰もいないときに病気になるのってなかなか辛いものですね。助けを求める人はどこにもいないし、あれって結構孤独なもんです。ひとりでりんごの皮を剥いて台所でもそもそ食べてるときなんか特にそれを感じます。言い知れず気持ちがうらぶれてくるのが自分でもわかる。結局のところここには誰もいないんだなあって。人もいなけりゃ猫すらいない。ひどいもんだ。寒さが身に沁みます。

 その後、金曜日にはだいぶ良くはなったのだけど、その日にあった診察とカウンセリングの予約はパス。近場ならまだしも、病み上がりの身体を抱えて片道2時間を行くのは少しばかりためらわれました。その週末にスノボの初滑りに行く予定があったのもこの決定を後押し。そのスノボにしたって、「もうめんどくせえから行きたくないな~」というのが偽らざる本心でしたが、まわりの人に迷惑をかけるわけにはいかないので、なんとか土曜日までに治さなければならない。そのためにはここでの外出はあまり好ましくない。そう結論づけてもう1日家でぐだぐだしてることにしました。そういうのって単なる出不精ではないかという気もしないではありませんが、結果から見ればここでの判断は適切なものだったように思います。電話口で話したカウンセラーさんがやけに確信に満ちた声で、「今日はやめといた方がいい」と言ったぐらいだから、それなりに声がおかしかったのでしょう。たぶんね。

 それにしても体力が落ちたなあと、風邪を引いて体調が悪くなるたびに思います。今回のはちょっとひどかったから少し別にするにしても、それにしても風邪を引くようになった。これはここ1,2年のことではなく、遡ればここ5年ぐらいはそうであるような気がします。そして拙い勘でものを言わせていただければ、これは加齢に伴う体力の低下というのとはそれほど関係が無いような気がします。要因はもうすこし別のところにある。僕の勘はそう告げています。正確な根拠を求められても困るのですが。
 そのむかし、ひきこもっていたときはこうではなかったように思う。まえに経験者2,3人で話していたときに、ひきこもりから出てからの方が風邪を引くようになったという話になったことがあります。その前は風邪なんてほとんど引かなかった。少なくとも引いた記憶がない。たぶんきっと、その頃は風邪を引く余裕もなかったんだね。そういうところで3人はとりあえずの合意に達しました。きっといまの方が昔に較べて、ずっと気が緩んでるんだよ。まえは表面上はなんにもしてなかったけど、でもずっと気が張りつめてたからそんな余裕はなかったんだ。だから風邪を引くようになったっていうのもそれほど悪いことじゃないのかもしれないね。うん、たしかにそうかもしれない。そんなような会話。

 でも最近思うのは、いくらなんでもちょっと気が緩みすぎなんじゃねぇか?ってこと。いくらなんでも風邪を引きすぎだし、いくらなんでも緊張感がなさ過ぎる。まるで目に見えない巨大な稜線を挟んで、あの頃いた場所の逆側に来てしまったみたいだ。いや、そこまでひどいものではないにしても、それに近い種類の場所だ。ある種の近似値。線対称のこちら側。ここは生暖かくて時間の感覚がなく、息苦しさの感覚がない代わりに波もなければ風もない。ここにあるのは川というよりは沼であり、そこに淀みはあっても流れはない。あの頃と較べれば一見遠くに来たようには思えるけれど、でもそれは単に右と左が入れ替わっただけで、本質的にはあの頃とそれほどの違いはないんじゃないかという気がする。よくわからないけれど。あるいはこういうのはパセティックで悲観的なただの思い込みに過ぎないのだろうか?

 強引に環境を変えたおかげか(変えざるを得なかった、と言うべきか)、先週の風邪はどうにかその週末かぎりで治ってくれた。土曜の朝にはまだ悪寒が抜けきらず、いつもより1枚多く着込んでまるでバカみたいな格好で出かけたのだが、からだを動かしたあとの日曜の午後には、もうすこしまともなカッコで帰ってきた。そう、緊張感が働くのだ。行った先では風邪を引いているような暇もないし、やるべきこともある。まわりに風邪を伝染すような真似はとてもできないし、見るべきものも感じるものもたくさんある。そんな中では風邪のことをいちいち考えてる暇なんてない。その緊張の世界においては僕はいつもよりずっと忙しくなる。緊張が病を遠ざける。弛緩の世界に慣れた僕には、そういう非日常の世界はひどく健康的なものとして映る。まるで「これがあるべき姿なのだ」というように。
 世の中には「この何十年、病気ひとつしたことがない」という健康自慢の人がいる。少ない数ではあるけれど、僕も会ったことがある。そんな人を見るたびに感じるのは、きっとこの人たちは日々の生活が忙しすぎて風邪を引いてる暇なんかなかったのだろうな、ということだ。やらなければならない仕事があったり、行かなければならないところがあったり、開けなければいけない店があったりしたのだ。その中では風邪も思考も決して優先的な選択事項にはなりえない。やるべきことがあるというのは(たとえそれがものごとのごく一面に過ぎないのだとしても)すばらしいと思う。迷いが消えるし、思考も消える。ときには、悩みがあったということ自体を忘れることもある。これ以上の薬があるだろうか?

 おそらく、必要なのは緊張感だ。多すぎるのは選択肢だ。きっとその中間を探し当てる必要があるのだろう。風が吹き、水が流れ、寒さと発熱のある場所を。否もなく現実が押し寄せる場所を。まあこんなものを書いているうちは、いまだ思考の虜になっていると言われてもしかたないのだけれど。

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2005/02/04

59.鬼やらい

 めずらしく平日の日記です。しばらく休んでいましたが、最近また書けるようになったみたいです。たまに書けなくなることがあります。理由は不明。でも今回のはちと長かったな。書けない時には無理に書かないというのが僕のやり方なので、そういうときにはあきらめて放っておくのが常なのですが……。

 さて、きのうは豆まきでした。節分。季節感や行事の感覚がなくなるのはいけませんね。すっかり忘れてました。母が豆抱えて帰ってくるまでは。季節感はだいじにしたいものです。

 で、節分豆まきをしたんですが、ことしのうちの場合、これがふつうとちと違う。猫に鬼のお面被せて豆をぶん投げるというひどいもの。ことしは猫が鬼なのです。言っておきますが、うちでやってるのは動物虐待のそれではありません。からかっておもちゃにして遊んでるだけ。あ、でもそれを虐待というのか、どうだろう。まずいな。いや、ともかく、まあそんな感じのこと。母はこういうのが好きで、ちょくちょくそういうしょうもないことを実行に移したりします。ひどい飼い主だ。かわいがっている、ということになるとは思うのだけど。

 猫に向けて豆を投げる。「鬼は外、福は内」。もちろん猫には何のことだか分からない。ただびっくりして家の中を逃げまわる。テーブルの下に隠れようとする。そこになおも豆をまく。鬼やらい! 猫はわけがわかりません。鬼やらい! 決して広いとはいえない家の中をあちらこちらと逃げ惑い、しまいにはカーテンの陰に隠れてそれっきり出てこなくなってしまいました。突然のことに驚いてすっかり怯えてしまったようです。抱いてみると身体が震えている。獣医に連れて行って腰を抜かしたときのようなことになっています。うちの子は生まれつき根性なしなので、こういうことがあるとすっかりすくんで腰を抜かしてしまうのです。もはや逃げようっていう気力もないみたい。鼻も真っ赤になって乾ききっているし。

 あまりにかわいそうなので、あったかいところに連れていって、そのまま寝かせてあげました。知らなかったのだけど、どうやら今日は朝から身体の具合がすぐれなかったみたい。ろくに歩きまわることもせずメシも食わず、1日中ほとんどずっと丸くなって眠っていたとか。具合が悪かったんだね、きっと。悪いことをしてしまった。

 「鬼やらい!」 これで効果はあるのでしょうか。
 「鬼やらい!」 鬼は退散するのでしょうか。
 どうかなあ。よくわからない。猫に豆を投げてもしょーがないような気がしますが。
 でも最近僕は、ある部分においては鬼の存在を信じているかもしれません。鬼というか、死霊とか生き霊とか、そういう類のものについて。むかしはそんなものがごくふつうに存在していたんだよね。源氏物語とか、陰陽師の世界にもそういうのはごくふつうに出てくる。
 いま読み返している村上春樹の『海辺のカフカ』にもそういった話は出てきます。生きて活動している人間の中から霊――あるいは魂の一部のようなもの――が抜け出し、現実世界や夢の中で時空を越えて想いを遂げる、誰かを損なう、本人の知らないところでほかの誰かに何かを及ぼす。そういうことが出てきます。恐ろしいのは、当の本人が無自覚なところでそういうことが起きてしまうということ。源氏の世界では、嫉妬に駆られた六条休息所は知らぬまに生き霊となって、源氏の正妻・葵の上を憑り殺してしまう。しかし本人にはまったくその自覚がない。のちにみずからの為したことに気づき、己の業の深さを恐れ、剃髪して出家をする。鬼の道ゆき、そして深い眠り。人は夢の中でいったい何をしているのでしょう? 夢さえも見ない深い眠りの中で、いったいどこに行くのでしょう? ほんの少しだけそういう経験のある自分としては、そんなことがちょっとばかり気になります。あの深い眠りの中で、自分はいったいどこに行っていたのだろう? あの深い井戸の底の泉のような場所に降りていったのは、やはり傷んだ心を癒すためだったのだろうか。あれほど深くに降りていくことは、そのために必要なことだったのだろうか。

 そうそう、テレビで節分の豆まきを見て思ったのは、鬼っていわゆる赤鬼青鬼みたいな格好をしてるんだろうか?ってこと。鬼ヶ島にいるみたいな、二本の角を生やして金棒を持って、村人に悪さをするようなあれなんだろうかってこと。どうもそれだけじゃないと思うんだよなあ。鬼はどこか遠くの鬼ヶ島にいるのではない。それは自らの内にいる。目に見える角もなく、金棒もなく。ある種の想いは、容易に時空を超える鬼になるのかもしれない。
 ああ、だんだん考えがまとまらなくなってきた。体調がすぐれなかったせいだろうか。今日はもう早めにやすんだほうがいいのかもしれない。寝よう、もういい時間だ。残ったページを読むのはまた明日。明日また読めばいい。鬼やらい。鬼はいなくなるのだろうか。鬼やらい。自らの鬼をつかむことができるのだろうか。考えるのがむずかしくなってきました。おやすみなさい……。

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