« 68.銭湯における考察 | トップページ | 1点は1点 »

2005/03/29

ちいさい頃の

うちの猫はすんげー気が小さい。つーか臆病。
もともと野良の子で、縁あってうちにもらわれてきたのだけど、
この子の母親はこいつとはまるで真逆の、気性の荒い猫だった(らしい)。
うちのだいず(猫の名前ね)は産まれてまもなくこの親猫から引き離された。

野良の子はある程まとまった期間母猫のそばにいると
野良の気性が染み付いてしまうし、
母猫がそんな性格だっただけにその恐れはいっそう強かった。
だからだいずは母親の顔をほとんど知らない。

早い時期にそういう親から引き離されたせいか、
こいつは性格がとてもおっとりしている。
ほんとにそんな凶暴な猫の子どもなんかいな、
と首をひねってしまうくらいに。

この子の性格のもうひとつの特徴。
それはひどく淋しがり屋ということだ。
しばらく辺りに人の気配がしないとにゃーにゃー泣きながら
辺りを歩いてまわるし、見つけたら見つけたで
ゴロゴロ抱かさっていい気分で喉を鳴らす。
もう4歳にもなるというのに、このあたりは子猫のときと何の変化もない。
しかもまた情けないんだこいつの泣き声が。「ふぇ~ん」とかいって泣く。
威厳とか強さとか気丈さみたいなものはかけらほども持ってない。
そういう猫。

ちいさい時に親と引き離されたから
淋しがり屋の猫に育ったというのはわかるし、そういう話はよく耳にする。
でも大人になってもそれが一向に変わらないというのは何なのかな。
やつがうちに来てからはいつも誰かしらにかまわれているし、
淋しい思いというのは基本的にしてないはずなんだけど。

なんだかなー、
ちいさい時に形づくられた性格というのはある部分、
一生変わることがないのかもしれない。

こないだのホットケーキの話のつれづれに、
そんなことを考えました。

|

« 68.銭湯における考察 | トップページ | 1点は1点 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15236/3488327

この記事へのトラックバック一覧です: ちいさい頃の:

« 68.銭湯における考察 | トップページ | 1点は1点 »