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2005/03/11

63.目に見えないものは

 いやはや、深刻になってきてしまいました。
 何がって、先週土曜に痛めた左脚。打ち身で内出血と腫れが出て、一時は歩行も困難になったのですが、冷やしに冷やしてほぼ回復。よしこれでもう治ったなあと思っていました。

 が、しかし。
 木曜あたりから腫れと痛みが再発。朝は足が重くて膝も伸びないし、痛みが強くて右足にばっかり体重がかかってしまう。庇っているのですな。いちどは治りかけたのだし、そのうちどうにかなるよと思いながらも状況はどんどん悪化。結局あきらめて病院にかかることになってしまいました。まわりの人に見せたらみんな引いてるし。
 「いやー、それはどう考えても病院行ったほうがいいでしょ~~」
 え? そうっすか??
 たしかに色は紫に変色しているけど(しかもかなり広範囲)、こんなのただの内出血だよと思っていました。そのうち治るって。
 けど看護士免状を持っている人に「どうか」と言われてはやはり考える。実は今朝から自分でも病院行こうかなって考えていたのです。いかにしても痛いから。1回引いたものが再発するなんておかしい。

 小田原からの帰り、小田原厚木を飛ばして家路を急ぐ。
 が、そのあとの下道がクソみたいに混んでいて、結局行きつけの病院の時間には間に合わず。次に行ったところは金曜日休診で、しかたなく救急外来をやっている病院まで移動。なんでこんなに急いでいるかっていうと、明日からスノボ行く予定だったのですよ。だから何としても今日のうちに診てもらわなければならない。

 結局骨には異状がなく、ケガから6日経って半分凝固した血が骨と皮の間の小さなスペースに入って痛むのだとわかりました。凝固しているので抜注もできないし、あとはこのまま消えるのを待つしかない、と。ううううう。よって明日からのボードはキャンセルです。脚の脛ってブーツに当たるところだから滑るどころじゃないのですわ。く、くやしい……。


 ケガがあるとみんな親切にしてくれます。同情したり心配したり椅子やエレベーターを勧めてくれたり。
 でも当人である僕はといえば、こんなことでこんなに気ぃ遣われちゃっていいのかなー?って思ってしまうわけです。だって前はどんなに苦しんでいても誰も何も同情してくれなかったもん。怠けだ甘えだと同じ視線を投げかけてくるだけだったもん。痛みや苦しみの比率はあの頃の10分の1にも満たないのに、こんなやさしい扱いを受けていいのか?? それってなんだかおかしくないか???

 だいたいね、ケガなんてもんはそんなに痛くないんだよ。目に見えるしいつかは治るし、気持ちのうえではすっげぇ楽だ(そりゃたしかにいまは痛いけど)。
 なのにうちの母なんてこの脚を見るなり「ああかわいそう。お願いだからしまって」などとのたまいました。あんたあの頃「かわいそう」なんてただのひとことも言わなかったじゃないか! この程度で「かわいそう」ならあの頃はいったい何だったんだ。同情するポイントはそこじゃないだろう。

 今日この脚を見て引いた人はみんな「ひきこもり」に理解のある人たち。とても理解のある人たちです。関係者。でもその人たちをしてさえこうなの。それはべつに彼らが「わかってない」からじゃなくて、目に見えないものはそれぐらいわかりにくいということ。誰にも知られることなくうち捨てられてしまいがちなものだということです。
 だからもし同情や共感を示してくれるんだったら、いまいちばん苦しんでいる人たちにそれを向けてほしいと思う。理解できなくてもいいから。なんとなく想像するだけでいいから。「何や知らんけどそういうもんらしい」って知るだけでいいから。だってそうでないとつじつまが合わないでしょ。もちろんその10分の1ぐらいの同情は俺にも向けてほしいんだけど。ははは。

 ほんとにね、「だいじなことは目には見えない」んです。今日は特にそんなことを感じました。言うは易しで実行はむずかしいんだけどねー。

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