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2005年6月

2005/06/29

ルーヴル展は人の山

横浜美術館のルーヴル展に出かける。
週末はえらい混み様とのことなので、当然行くのは平日。
しかし、朝の11時だというのに早くも並んでいる。10分待ち。
「仕事してない人っていっぱいいるんだなあ」
とは一緒に行った友人の弁だが、うーん、まったく(笑)。
年寄りは時間とカネが余っているのかもしれん。いい迷惑。

きっちり10分待って中に入ると、人、人、人。
こないだのゴッホのときもひどかったが、それに負けず劣らず。
絵なんかもう見えやしない。しかもまわりはババアばっか。ないしはジジイ。
ひどい光景だったが、おかげでプシュケがことさら綺麗に見えたよ。
ええ、それだけでも感謝しましょうとも。

正直プシュケ以外には気に入った絵はそれほどなかったが、
1.めずらしくこういうのに一人ではなく二人で行ったこと。
2.ミュージアムショップに行ったら、ヒエロニムス・ボッシュの絵に出てくる
異形のものたちがフィギュアになって売られているのを発見。
このふたつが収穫でした。

しかしボッシュのフィギュアは凄かったぞ。
あんなもん立体化するなよ。いったい何考えてんだ。
しかもよく出来てた。良いけど高い。けど凄い。全部欲しい。
そのうちまとめて買いに行ってしまいそうな予感。
果たしてこれを収穫と呼ぶべきなのか否か。
来週の今頃あれ全部机の上に並んでいないことを祈るのみです。
うーん……。

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2005/06/27

【香港的小休止 その2】

 3日間の旅行のうち、とりあえず第1日目の分が終わりました。

 初日だけでこれだけの長さなので(全体の約6割)この先どうなるのかと思われるかもしれませんが、ヤマはここまで。もっと正確にいうと、ホテルにチェックインして部屋にひとりになった時点で完全なヤマ越えをしているので、ここから先はわりにすいすい流れるようになります。
 実際の旅行中も、このチェックインまでがしんどかったんだけど、書くほうも旅行を追体験しているような感じで、ここまでがひどくしんどかったです。「早くホテルに着かないかな」、「早くこの先の会話(もう少し先に現地の人との長ーい会話の部分がある)のとこまでいかないかな」と、まるで給水ポイントを待ち焦がれるマラソンランナーみたいな気分で毎日これを書いていました。「書く」っていうのはほんとに重労働なんですね。最近はそういう気力が薄くってどうも。

 2日目から先はやや観光旅行ちっくな雰囲気になっていきます。
 それと、読めばわかるかもしれませんが、文体がここまでよりも風通しが良いというか、張りつめた空気が若干薄くなるようなところがあります。やはり楽になったんでしょうね。もっとも、そのときの香港の気候はやたら蒸し暑くて、すこし歩くだけでもひと苦労ってな感じだったのですが。ちょうど今時分の暑さをイメージしてもらえると近いと思われます。
 しっかし、もう少し涼しくならないもんですかねぇ。夏が来る前に潰れっちまうよ。

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2005/06/24

マイブーム

最近はまっていること。(最近はまっていること)

1.プロ野球チップスのカード集め(←いまさら)。
有名な選手じゃなくて、ちょいビミョーな選手が出てくるのがいい。
有名どころだと嬉しいんだけど面白くはない。新庄とか前田とか岩瀬とか。
最初に出てきたのはヤクルトの川島(一応新人王)で、次が土橋。
ビミョ~~~~~~~~~(笑)
あと最近では楽天の川尻が出たし、今日出てきたのは柴原。
うわ、これもビミョ~~~~(笑)

2.コンビニ・サンクスのフライドチキン
155円で骨なしこの味は安い!
これと缶ビールがあればもういいかなって気分。
やばい、太りますぜこれは。

3.バルサユニ
そう、バルサのユニ届きました。
バッタなんであんま期待してなかったんだけど、これが、良い。
なんか俺バルサ似合ってるかもしれない。レアルよりもいいぞ。

とゆーわけできのうからお気に入りです。うふ、やったね。

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2005/06/23

結局……

最後まで見てしまった。
とてもじゃないけどきっついから録画して寝るとか言ってたくせに……。
(がっくし)

まー最初の10分見せられたら途中で寝るってわけにはいかないわな。
しかもあのスタメンだし。メンバー落として戦ってくるんじゃなかったの??
アドリアーノはちーとも機能してなかったけど、
プラス(+)、ロビーニョ、じーにょ、カカーの4人が出てるんじゃあな。見るよそりゃ。
しかしなんだあのチーム? ボール繋がりすぎ。異常。変。もうおかしいって。
でもってあれでまだ100%じゃないってんだから、謎だよな、もう。

う~~~しっかし最後の大黒のヘッドがぁぁあ~~~。
あと最初の加地のオフサイド。主審死ね。ラインズマンも死ね。
まーアレが認められてても
寝た子を起こしただけの効果しかなかったかもしれないけど。

しっかし、やっぱブラジルって強いのねぇ。
(いまさら)

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2005/06/22

【香港的小旅行記 第19回】

 ■香港テレビ事情:

 ホテルの部屋に戻ってからは、見るともなくテレビを見ながら簡単に夕食を取る。夕食といってもカップめんとサンドイッチ、あとは成田で買ったパンぐらいのものだけど。
 テレビではバラエティ番組のようなものをやっていた。地元の人気女優(たぶん)が禿げヅラをかぶって何かドタバタやっている。美人なんだからわざわざそんなことしなくてもいいんじゃないかと思うのだけど、でもきっとこちらではそういうのが受けるのだろう。
 こういうのを見ていても思うのだけど、香港の人というのはみんなバイタルな感じがする。とにかくエネルギッシュだし、とにかくしゃべりまくる。そういうのを見ているとつい「こっちにはおとなしい人っているんだろうか?」などと思ってしまう。
 もちろん香港にもおとなしい性格の人はいるのだろう。日本人の中にも自己主張の強い人がいたり、イタリア人の中にもサッカーが嫌いな人が少なからず存在するように。でも全体的な傾向からいえば、香港の人というのは我が強いというか、人を押しのけてでも自分が前に出ていくような力に溢れているように思う。もちろんそれは、あくまで「日本人に較べて」という話なのだが。
 お笑いも基本的にドタバタのオーバーアクション系が多いみたいだ。ふと「こっちの人に松本人志の笑いは理解できるのだろうか?」という疑問が湧いてくる。どうだろう、たぶんできないんじゃないかな。「静謐の笑い」みたいなものが理解されるのかどうかも疑わしい気がする。

 バラエティ番組はうるさいだけでおもしろくないので、チャンネルをニュースに変えてしまう。こんどは英語による香港のローカル・ニュース。耳が慣れている分、広東語よりも英語を聞いている時の方がずっと落ち着くのだ。自分はアジア人なのになんか変だな、なんて思うけれど。
 ニュースの中では交通事故のシーンも映ったし、防護服のようなものを着た人たちが熱心に消毒作業をしているシーンも映った。どうやらこちらでは蚊を媒介とする伝染病が流行っているようだ。この蚊を媒介とする伝染病に関しては、テレビや新聞でも繰り返し報道されていたから、こちらではかなり深刻に受け止められていることなのかもしれない。
 ニュースが終わると、テレビでは日本のドラマを放送し始めた。しばらく前にフジテレビでやってたやつだ。香港で日本のドラマをやっているなんてことは全然知らなかったし、最初はびっくりしてしまって何をやっているのかわからなかったのだが、画面に映っているのはどう見ても江口洋介や松雪泰子といった日本の役者だったし、田畑智子好きの僕は何回かこのドラマを見ていたので、しばらく見ているうちに、これが『救命病棟24時』だということがつかめてきた。
 ドラマは日本語ではなく広東語の吹き替えだったのだが、それにもかかわらず、画面の下の方にはなぜか中国語の字幕が出ていた。そのおかげで、漢字の雰囲気から何を言っているのかのおよその推測はついた。その字幕もすぐに次のものに変わってしまうので全然追いつかなかったけれど、でも広東語じゃ全然わからないから、字幕付きというのは僕にとってはとてもありがたかった。

 このドラマを見ていていちばん最初に気づいたことは、広東語の吹き替えになると日本語の時よりどことなくテンポが早く感じられるということである。
 この『救命病棟24時』はどちらかといえば落ち着いた感じのドラマで、主役の医師を演じる江口洋介の役も無口でちょっと気難しいタイプだから、どたばたとうるさい感じというのはないのだけれど、でも広東語になると妙にやかましく感じられた。中身が同じなのに雰囲気が違ってくるということは、これは純粋に言葉の違いによるものなのではないだろうか。僕にはそうとしか思えない。広東語というのは日本語よりもまくし立てる感じが強いという気もするし、語調がきついようにも思える。あるいは日本語に較べて発音のキーが高いのかもしれない。
 最初は「日本のドラマが香港でやっている」という物珍しさもあって、「ちょっとだけ」と思って見ていたのだけれど、いつの間にやら引き込まれて延々最後まで見てしまった。結局ストーリーは半分ぐらいしかわからなかったが、でも日本のドラマを見ているとなんだかほっとした気持ちになれた。

 ドラマが終わってしまうと妙に心細い気分になったので、ガイドブックを見ながら明日の大まかなプランを立てておく。あさってはそれほど時間が取れないから、できたら明日のうちにいろんなところを見ておきたい。そのためにはあらかじめなるべく効率的なルートを練っておく必要がある。
 それが済んでしまうと、あとは寝るだけ。明日のために寝るだけ。でも、昨日もほとんど寝れなかったはずなのに、いつまで経っても寝つくことができなかった。やはりどこかで緊張していたのかもしれない。結局寝ついたのは夜の3時過ぎになってから。その頃には通りの向かいの住居の明かりもほぼ消えていたし、窓の下のネイザン・ロードを走る車の数も、ごくまばらになっていた。

 <第1日目 了>

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2005/06/21

【香港的小旅行記 第18回】

 ■夜を歩く:

 コンビニで買い物を済ませて外に出たあとは、もうしばらくその辺を歩いてみる。まだお腹が空かないので急いでホテルに戻る必要もなかったし、せっかくだからもうちょっと街中の様子を見てみたかった。
 もうすでにホテルへのチェック・インは済ませてあったので、さっきまでに較べたらだいぶ気持ちは楽になっていたけれど、それでもまだ自分の身体がこの街に馴染んでいないという感覚は抜けていなかった。いつもこうなのだ。新しい街に来た最初の日は特にそう。なんとなくしっくりこない。だいたい一晩寝ると治ってしまうのだけど、どうしても初日はペースがつかめない感じがする。
 通りは夜になっても暑く、気温も湿度も両方高かった。商店はぼちぼちシャッターを下ろしたところも出てきているが、土曜日のせいか、夜になっても外を歩いている人の数は多い。この辺は下町にあたるせいか、イギリス系の人の姿はあまりなく、中国系の人ばかりである。道行く人の外見は、割と都会っぽい人もいるし、貧しそうな身なりの人も多くいる。香港というところは持つものと持たざるものの差はとてもはっきりしているようだ。上流の人たちはとことん上流だし、下町の人はとことん下町である。貧富の差や階級の差というのは、日本に較べてだいぶ明瞭であるような印象を受けた。そういうところは日本みたいな「一億総中流」の社会とはだいぶ違うかもしれない。

 都会なので基本的に女の子はきれい。南方系のせいか、割と目鼻立ちのはっきりした顔の人が多いように感じられた。また、歌手の「つじあやの」のような髪型の人が結構多い。ボーイッシュな短髪で、髪の色はあくまで黒、細身の眼鏡をかけている。そういえばこっちに来る飛行機の中で隣の席になった人もこんな感じだった。香港ではこういうのが流行っているのだろうか? 
 香港というところはこれだけの都会であるにもかかわらず、日本に較べて髪を染めている人の数は実に少ない。金髪どころか、茶髪の人にもあまりお目にかからない。ほとんどの人が黒である。新聞などを見ると、芸能人の中には髪を染めた人もいるようだったが、それでも茶色止まりだった。原宿や表参道辺りで見られるような奇抜な色に染めている人というのはほとんど見受けられない。どうしてだろう? 「アジア人たるもの髪は黒でなければならぬ」的な共通認識でもあるのだろうか? 

 サッカー熱は高いらしく、街中でもユニフォームを着た人をたくさん見かける。割合的には日本と同じか、それよりもっと多いかもしれない。こちらで人気の高いスポーツは、サッカーとバスケットであるらしい。ヨーロッパと同じで、「グラウンド」といえばそれは野球場ではなくてサッカー場である。全面芝のサッカー場。野球なんてものは、おそらくその存在すら知られていないのではあるまいか。
 これはイギリスの植民地だったせいだろうが、サッカーではイングランドのプレミアリーグの人気が高い。本屋やコンビニに置いてある雑誌なんかを見ていてもそれはよくわかるし、日本で人気の高いイタリアのセリエAやスペインリーグといえども、その人気はプレミアには及ばない。セリエAなどが取り上げられるのは決まってプレミアよりもあと。扱いの大きさからいえば、だいたいプレミア>セリエA>スペイン>ドイツ・ブンデスリーガという順になる。「何はなくともプレミアリーグ」という感じだから、その辺は日本とはちょっと違うかもしれない。
 よく見かけるユニフォームは、マンチェスター・ユナイテッド(曼聯)、アーセナル(阿仙奴)、リバプール(利物浦)など。アルゼンチン代表やスペイン代表などの各国代表や、あとたまには草サッカーチームのユニフォームを着ている人も見かけたが、特に人気があるのはプレミアであり、マンUであり、ベッカムである。納得。ベッカムに関しては、写真集や自伝なんかも本屋でずいぶん見かけた。油麻地近くの小さな本屋でも平積みで置いてあったぐらいだ。
 イングランドということで、マイケル・オーウェンの人気も高いようだったが、やはりベッカムにはかなわない。まあこれは無理ないだろうな。人気の上でベッカムに勝てる選手なんて、世界中探したってほとんどいないんだから。


beckham
(↑街中の書店でも平積みなっていた1冊。
自伝としてはあとに出た2冊目のほうが面白かったけど)


 やはりこれはビョーキなのか、視界にレコード店が目に入ると、気がついたら店の中に入っていた。
 レコード店には欧米の音楽もあるし、香港ポップスのCDも置いてある。CDだけではなくて、いまじゃ日本ではあまり見かけなくなったカセットテープもたくさん置いてあった。こちらではまだまだ現役のようである。
 こちらへ来る機内で、香港の新聞の見出しを見かけた時から予想のついていたことではあるけれど、やはり日本の音楽も人気があるようだった。ざっと見ただけでも、宇多田光や濱崎歩(浜崎あゆみ)、中島美嘉のCDが目についた。それ以外では安全地帯といったベテラン・グループの名前も。安全地帯は香港での公演が控えているようで、街中でもライブを告知したポスターを結構見かけたし、テレビでもCMをやっていたから、こちらではかなり人気があるアーティストのようである。
 その他、軒下のニューススタンドでは新聞や雑誌などのほかに、『キャプテン翼』(足球少将)や『ドクター・スランプ』といった日本のマンガが置いてあるのが目についた(もちろん中国語)。『キャプ翼』の方はよほど買って帰ろうかとも思ったのだが、「荷物が重くなるから」とかいって躊躇しているうちに、結局買いそびれてしまった。

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2005/06/19

平塚、新宿、飯田橋

今日は午前中、平塚まで行って家族教室の講師。
8時半前に家を出るとは思わなかったけれど、
なにしろみなさん喜んでくださってよろこばしいかぎり。
なんであれ、感謝されると「やってよかったな」っていう気になるものね。
これがあるからまだ続けられるんだな。

そのあと一路東京へ。
電車に1時間半も揺られていたから冷房の効き過ぎで死ぬかと思った。
よくあんな環境で1時間も寝ていたと思う。寝不足だったんだな。
飯田橋まで片道1200円ってのにも笑った。なんじゃその金額。

こんなことを言ってしまうのもなんだけど、
そろそろ「考える会」をやっていく気力がなくなりつつある。
少なくともボランタリーな気持ちだけではもうつらい。
べつの企画のアイデアもあるにはあるのだが、
自分自身本当にこういう場を求めているわけではないので
だんだんと行く意味を見出せなくなっている。新企画もこれではつらいか。
ここで「仕事だから/お金もらってるから」という割りきりがあると楽なのだけど、
さすがにそういうわけにもいかないしねえ。
仕事よりボラの方が敷居が低いというのは必ずしも当たらないと思いますぜ。
安易にボランティアとか言う方。

夕方はひさかたぶりに新宿を散歩。
アルタと伊勢丹とマルイの中をさんざっぱら歩き回る。
さすがに人が多いねぇ。店員にかまわれなくてラクだけど。

新宿通りを歩いていて、ふと「自分には友達なんていないんだなあ」と思った。
悲しい哉、あまり間違ってないような気がする。

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2005/06/17

【香港的小旅行記 第17回】

 ■香港コンビニ事情:

 しばらく休んで体力が戻ってくると、僕はいまのうちに買い出しに出ておくことにした。油断してるとこのまま寝てしまいそうだったし、夕食を買いに行くなら早い方がいいだろうと思ったからだ(気持ち的には、もちろんこのまま寝てしまいたかった)。
 部屋のセーフ・ボックスに貴重品を入れて、ごく小額のお金だけを持って外に出る。できたら近くに適当なスーパーでもあればよかったのだが、時間も8時近くになっていたし、スーパーらしきものは見つからなかったので、駅のそばのセブンイレブンで済ませることにした。ちなみにセブンイレブンを漢字で書くと、「七十一便利屋」という表記になる。

 セブンイレブンに入って最初に気がついたことは、思いのほか日本の食品がたくさん並んでいるということだった。カップめんやスナック菓子、ポッキ―や果汁グミ、ハイチュウ、グリコ・アーモンドチョコレートなどの、ふだん日本で見慣れたものがたくさん並んでいる。
 東涌(トンチュン)のスーパーでは「日本のお菓子特集」みたいなことをやっていて、棚には日本のお菓子がたくさん並んでいたけれど、あれはべつに特別な光景ではなかったのだなということがこれを見ているとよくわかる。中国本土の工場で生産されているのか、パッケージが中国語に直されたものもあったが、日本語表記そのままのものも数多くあった。日本で売っているのとまったく同じやつだ。おそらく日本からの直輸入でこちらに持ってきたのだろう。たしかに飛行機で4時間程度の距離しかないから、直接運んできた方が早いのかもしれない。もちろん英語表記の商品もたくさん置いてある。
 店舗のスペースは日本のコンビニに較べると3分の2ぐらいしかないので、その分品揃えは少ない。主に売っているのは食品やペットボトルの飲み物などで、文房具や日用雑貨などはあまり置いていないようだった。ただ例外的に、日本製の蚊取り線香や蚊取りマットのたぐいが妙に目についた。そんなに蚊が多いのだろうか?
 飲み物では、コーラやファンタなどのお馴染みのものがたくさん並んでいる。ミネラルウォーターの類は数が多いけど、意外だったのはお茶系の飲み物がほとんどないということだった。日本みたいにやれ烏龍茶だ生茶だ緑茶だ十六茶だ爽健美茶だ午後ティーだなんてものはまるで目につかない。もしかすると、お茶をボトルにつめて売っているのは日本だけなのかもしれない。

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 本や雑誌の類も置いているが、店舗スペースが少ないためか、それほどの数はない。『少年ジャンプ』のような漫画雑誌は記憶にないのでたぶん置いてなかったのだと思う。雑誌で目についたのは女性向けファッション誌やサッカー系のものなどで、ファッション誌は日本で売られているものがそのまま売られている。『CanCam』とか『with』だとか、『more』とか『Ray』とか、ちゃんと覚えていないけどまあだいたいそういうやつだ。サッカー雑誌には、『曼聯』というタイトルのついたマンチェスター・ユナイテッドの専門誌があった。「曼聯」というのは「マンU」の漢字表記である。そのほかには『タイム』や『ニューズウィーク』のようなニュース雑誌もあったと思う。もちろんこういうのは英語。それとこれはたまにだったけど、『ビデオボーイ』や『ビー・ジーンズ』なんかを置いているところもあった。まさにコンビニ。こちらで生活したとしても、いろんな意味で不自由しなさそうである。

 コンビニに関していちばん驚いたのは、レジ前にコンドームが大量に積んであったことだった。こういう光景は日本にはない。少なくとも僕は見たことがない。いくらなんでも量が多すぎるし、いかにしても目立ちすぎる。そりゃあ日本のコンビニだって同じものを置いてはいるけれど、でも日本の場合は、人目を憚るがごとくあまり目立たないところに、量だってごく控えめにしか置いていない。でもこっちはそうではない。ほとんどいちばん目立つような場所に、しかも山ほど置いてある。もう「いいのかこんなところに置いて?」という感じ。ここまでくると、いくらなんでもちょっとえげつないんじゃないかという気がしてくる。
 でもいったいどうしてだろう? 避妊や少子化が日本よりもポピュラーで抵抗のないことなのかもしれないし、同時にそれだけ切実なことなのかもしれない。または97年にイギリスから中国に返還されたことで、中国本土の少子化政策の影響が及んでいるのかもしれない。香港だってかなり人口密度の高い都市だから、これ以上人口が増えたりすると困るという事情だってあるだろう。大陸から移ってくる人も多いようだし、住宅事情も厳しいみたいである。住宅事情の厳しさについては、東京と同程度か、おそらくはそれ以上だろう。まあなんにしてもインパクトの強い光景だった。いろいろと考えさせられてしまう。

 それにしても、「意外なほど日本のものが多かった」というのが、香港のコンビニに対する僕の率直な感想である。正直こんなに日本の製品がたくさん入り込んでいるとは思いもしなかった。もちろんこれには日本の影響が強いというのもあるのだろうけど、それだけじゃなくて、自国で物を生産できないからよその国の物がたくさん入ってくるのではないかという印象を僕は受けた。
 また、香港というと「フリーポート」とか「買い物天国」という印象が強いけれど、これは裏返していえば、「保護すべき産業がないから関税なしのフリーポートにできる」ということなのかもしれない。僕はその手のことに全然詳しくないのでただの当てずっぽうに過ぎないのだけど、でもそんなことを考えたりした。

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ガトームソン

きのうはよほど疲れていたらしい。
家に帰ってからメシも食わんと10時半頃には爆沈。
ようやく起きれたのが14時間後のお昼(さっき)。
ホットカーペットの上で、コンタクトも付けたまんま。
うわ、やっべー。きちんと洗っとこうっと。

ところでヤクルトの「ガトームソン」投手の名前をテレビで聞くたび、
「サトームセン」を思い出してしまうのは私だけでしょーか。
似てるよねぇ……。

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2005/06/15

TR

「早く寝た方がいいんだよな~」とか思いつつ、
昨夜は深夜の「トップランナー」を見てしまう。
出ていたのは切り絵作家の福井利佐。
従来のありきたりな切り絵には終始しない作家ということで気にはなっていた。
中島美嘉のアルバムジャケットを手がけていたのも有名な話だし。

「トップランナー」って1時間番組なんかな。
ずーーっとじぃぃぃーっとテレビを眺めていたのでえっれー疲れた。
何か根本的に惹かれるところがあったらしい。
たまたまチャンネルが合ったのはただの偶然ではなさそう。
いや、偶然か。出会いなんてそんなもんだ。やっぱり偶然じゃない??

しかしあれだなー。
やっぱこういうアート系のもの好きなんだ、根本的に。
高校のとき選択授業で迷わず美術をとったのを思い出しました。
音楽でもないし、書道でもないのだよ。


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fukui02

nakashima


番組中、三茶の「世田谷ものづくり学校」が出てきたのもよかった。
知ってはいたけど、生の映像を見るのははじめて。
統廃合された空き家の校舎を再利用したのは有名な話だけど、
このアイデアってNPOハウスみたいなことやるのにも使えると思う。
おっきなヒントが詰まっていると思うのでちょっと気になってます。

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2005/06/12

バルサ!!

いや、おもしろかった。
ろなうじーにょさんのいないバルサなんて……と思ったけれど、
でもってチケット友達に転売しちゃおっかなーなんて考えたりもしたけれど、
いや、売らなくてよかった。マジでよかった。びっくりですよ。
まったく、「あの人」がいなくてこれなんだからなあ。

実は行くのが遅くて初っ端の坂田のゴールを見逃す。うぅ、あと5秒早ければ。
しかしそのあとのジュリのゴールはすごかった。
後ろからのボールをブラインド、点で合わせたよ点で。すんげぇ決定力。
マリノスの2点目は最後まであきらめなかった大島の勝利。すばらしい。
泥臭いけどすばらしい。これで再開後のマリノスも行けるかと思った。期待した。
が、そのあとのモッタのばい~んと曲がるミドルの2点目。湧き上がる歓声。
でも売り子のおネエちゃんを眺めていた私は思いっきり見逃してしまいました……
ダメじゃん俺。

しかしなんといってもデコ。今日はデコ。デコデコお凸。
あのテクニック。ボールコントロール。ドリブル。フェイント。個人技。
じーにょさんいなくてもどうにでもなるじゃないっすか。
ってか、これで「あの人」がいたらいったいどーなってたんだ??
激しく見たかったです。ロナウジーニョ。

今日は90分が早かった。あと90分ぐらい見たかったです。
あと残るのはマンチェスター・“ロイ・キーン&ファンニステルローイ”・ユナイテッド。
そしてレアルは今年もまた来るんでしょうか??
生ジダンが見れるんなら行くぞ。行く行く行く行く絶対に行く。
行きます。はい。

barca612
↑一緒に行った友達が撮ってくれた写真。バルサのFK。

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2005/06/11

71.多忙は怠惰の

 今日はなんだか妙に忙しい1日だった。「忙しい」という言い方が適切かどうかはわからない。けどゆっくりメシ食ってるようなヒマもなくて、なんだか1日中ばたばたと動きまわっていたような気がする。だんだんそうなっていくのかなあ。嫌なような、ちょっとだけ嬉しいような。なんか妙にフクザツな気分。

 大船の駅で降りたのは生まれてはじめて。とあるフォーラムに行ってきたのですが、なかなか面白いお話が聞けました。パネラーが知っている人たちだけに、どんな話をするのか興味は尽きない。しかし意外にふたりとも堂々としてたぞ。

 この界隈の人が多く集まる場なのでこれはこれはいい機会、仕事(?)の関係もあっていろんな人にあいさつしたり話し込んだりした。さらっと話して終わってしまったやロクに話もできなかった人もいたけど、以前世話になった人や意外な人に出会って嬉しかったり。時間がなくて前半だけで帰らなければいけなかったのは残念でした。せめて第2部まででも聞きたかったよ。あれからどうなったんかなー。
 とまれ、予定してたことの9割はうまくできたし、秋からのセミナーのパネラー打診もうまくいった。この件は6月中にだいたいのメドをつけないといけないのだけれど、まるでパズルのピースが少しずつ埋まるみたいな感じに、少しずつ具体的なイメージができてきました。おおよかった。やはり持つべきものは人の繋がり。こういうときにこれが生きるのだよなあ。といって、自分にたくさんの友だちがいるのか、携帯電話が頻繁に鳴るのかといったら、それはそれで押し黙ってしまう部分はあるのですが。ははは、だんまりだよね。

 うーん、なんつーか、こういうの「忙しい」っていうのかなあ?
 「忙しい」という言葉を使うのはあまり好きじゃないのだけど(だってまるで自分が何かまっとうで立派なことをやってるみたいだから。それってなんかそぐわないよ。少なくとも俺にはそぐわない)、でもある程度時間に制約があった方が迷わずに行動できるのかもしれない。ってか、できると思う。「忙しい」というと何か立派そうに聞こえるけど、忙しいのは存外楽なんだよな。あれこれ悩まなくていいし、外面的に見たって何かまっとうにやってるみたいで言い訳も立つ。ショージキ、ばたばたと走りまわってる自分にどこか優越感に似たものを感じていなかったといったらまったくのウソだ。「俺ってなんかやることやれてんじゃん。ちょっとすげぇじゃん」みたいな気持ちはあった。たとえそれが意味のない思い込みとくだらない自意識過剰な幻想にすぎなかったとしても。

 「多忙は怠惰の隠れ蓑」という言葉がある。その言葉の本当に意味するところはまだよくわからないけれど、でもそれってわりに大事な言葉のような気がする。どこがどう大事なのかはよくわからないけど、なんとなく勘で。少しく戒めのようなものは必要なのかもしれません。「忙しいというのは暴力だ」。それもなんか当たってるような気がする。忙しいのは決して美徳とかそういうんじゃないものね。「忙しい」が賞賛される社会ってどうなのかな。冷静に見てあまりまともじゃないような気がするのだけれど、そうでもないのでしょうか。

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【香港的小旅行記 第16回】

 ■自分だけの世界:

 こうして、僕はようやくひとりになれた。まわりの世界から隔絶されて、僕ひとりだけの安全な場所を確保することができた。ともかくここまで来てしまえばひとまず安心だ。貴重品をなくすのではないかなどと怯えることもないし、無事にホテルにチェック・インできるのだろうかと心配する必要もない。そしてこの部屋の中にあっては、僕はどのようにふるまうこともできる。荷物を置いたまま外を出歩くこともできるし、あさっての昼まで外に出ずにベッドの上で寝て過ごしたとしても誰からも咎められることはない。ドアの鍵はかかっているし、ホテルの従業員だって僕の許可なしにここに立ち入ることはできない。僕はなにものにも脅かされることはない。ここは自分だけの世界なのだ。
 自分の城を確保してしまうと、僕は背中のデイパックを降ろし、汗でぐしょ濡れになったTシャツを脱いで椅子の背もたれにかけ、それをエアコンの前に置いてしばらく干しておくことにした。こうしておけばそのうち乾くだろう。そしてとるものもとりあえずで軽くシャワーを浴び(ちゃんとお湯が出た。申し分ない)、それが終わるとデイパックの中の荷物を全部ひっくり返して荷物の整理にかかった。これから要るものと要らないものとを分け、汗で濡れたものはハンガーにかけて乾かし、ついでに混乱した自分の心も整理して落ち着かせる必要があった。デイパックの中にあったものをすべてベッドの上に並べて、これからすぐ必要なものとそうでないものとに選り分けていく。ところが疲れのせいか頭がまわらず、この作業がまるで捗らなかった。頭の中が何か電池切れを起こしたみたいになってしまって、正常な判断能力というものがまるで出てきてくれないのだ。これは疲れだけではなくて、ひと息ついて安心したせいもあったのかもしれない。僕はいつまでたっても何が必要で何がいらないのかが判断できず、おかげでベッドの上一面に広がった荷物をあらかた片付けてしまうまでにずいぶん長い時間を要してしまった。
 やっとのことで荷物整理の作業を終えて荷物に占拠されていた自分のベッドを奪還すると、僕はベッドの上にうつ伏せになったまま動けなくなってしまった。ちょっと横になろうと思っただけなのだけど、一度横になったが最後、「はぁぁぁ~~~~~~~~~」という長いため息をついたっきり起き上がれなくなってしまったのだ。ぐったり。
 結局、テレビを見たりしながらそのまま三十分ぐらいぼーっとしていたと思う。それ以外のことは何もできなかった。その時やっていたのは夕方のニュース番組で、ぼんやり画面を眺めていると、じきに小泉純一郎の姿が画面に映った。画面の中の小泉氏は、にこやかに笑いながら誰かに向かって手を振っていた。こっちに来る前には10月に行われる内閣改造が政局の焦点になっていたので、たぶんその関係のニュースなのだろうなということはすぐに察しがついた。ニュースは広東語でまくしたてていたから言ってる内容はほとんどわからなかったけれど、それでも日本の映像が映ると何となく落ち着いた気分になれた。
 ホテルに着く前までは荷物整理を終えたらすぐに身支度をして、今日のうちにヴィクトリア・ピークだけ見ておこうなどと考えていたのだけれど、とてもじゃないがそんな体力は残っていなかった。それに時間も時間だ。ホテルにチェック・インしたのが夕方の6時48分。それから部屋に入って軽くシャワーを浴びて、その上荷物の整理に散々時間をかけていたから、荷物整理の途中で「今日はもうダメだな」ということはわかっていた。ヴィクトリア・ピークどころか、夕食を取りに出るのさえ億劫なのだ。仕方がない、「百万ドルの夜景」はまた明日だ。


 それにしても、ここまでが長い道のりだった。まったく何だってこんなに手間を食ってしまったのだろう? 思えば香港に着いた時からリズムは狂いっ放しだった。いや、リズムが狂ってしまったのは今日に始まったことではなくて、元をたどれば日本にいた時から少しずつ狂っていたのだ。
 まず最初に、航空券が弱かった。予約がきかない種類のものだったので、満席になる可能性を恐れて宿の手配は現地に行ってからということになった。いちばん肝心なホテルの手配ができていなかったことで、ただでさえ大きかった僕の旅行前の不安はいっそう大きなものになってしまった。
 リズムが悪いのは現地に着いてからも同じだった。ホテルの紹介所ではどうにか宿の手配を済ませることができたけれど、市内までの交通のことで予想外の足止めを食ってひどく疲れてしまった。ホテル紹介所の人たちが熱心にバスやらハイヤーやらを提案してくれてたのは、ホテル近くまで行くバスがすでに出てしまって足がなかったからだけど、そうなってしまったのは、僕が飛行機を遅く降りた上に入国審査で手間取ったりトイレの中で長々と時間をつぶしてきたりしたためだ。それに、彼らがバスやハイヤーを提案したのは彼らなりの親切心から出たことだったのだ。決して僕を混乱させようとして意地悪でしたことではない。はじめて香港を訪れた人間が香港の地理を把握してるなんてことは彼らの頭にはなかったし、僕には僕で、先に尖沙咀(チムサアチョイ)まで行っておく必要があった。でも彼らには僕にそんな事情があるなんてことはもちろんわからなかったし、僕にはそれを彼らに説明するだけの英語力の持ち合わせはなかった。
 ホテルのチェック・イン前に両替を済ませておく必要に見舞われたのは、僕がクレジットカードというものを持っていなかったからだ。しかもその日は土曜日で、僕が香港に着いた時間には銀行は営業を終えてしまっていた。翌日は日曜日だから、この日も銀行は開いていない。空港でも両替はできるけれど、「空港の両替所はレートが悪いから、ここでの両替は当座必要な分だけにしておいた方がよい」というガイドブックの注意書きを鵜呑みにしたために、僕は同じくガイドブックにあった自動両替機というものに必要以上に固執してしまい、結果、尖沙咀まで長々と歩く羽目になった。
 その上、その日は土曜日の夕方ということで市内は人が多く、おかげで僕は歩いているだけで疲労困憊してしまった。予想以上に蒸し暑かったせいもあるし、初めての街で必要以上に緊張していたせいもある。服のチョイスにもミスがあった。見通しだって甘かった。やっとの思いで目当ての銀行までたどり着くと、なぜか銀行は改装中で、肝心の自動両替機も動かないときている。仕方がないので市内の両替店で両替をすることになったわけだが、あとでレートを計算してみると、空港の両替所と市内の両替所では大してレートに違いはないということがわかった。空港の両替所が1ドル17.09円なのに対し、市内の両替所が1ドル17.24円。レートに大した違いがないどころか、むしろ空港で全額替えてきた方が率がよかったわけだ。つまり僕が苦労してここまで歩いてきた意味はまったくなかったことになる。ぜんぜん、まったく、どこにもなし。
 これはあとになってわかったことだが、やはりバスを使えば、空港から油麻地のすぐ近くまでダイレクトに来れたらしい。バスの運賃は33ドルだから大した値段ではない。両替所だってホテルの真横にあったわけだから、わざわざ尖沙咀まで歩いていく必要なんてなかったわけだ。
 つまり、結果論だけを言ってしまえば、空港からはバスを使って油麻地まで行き、両替はホテル横の両替所で済ませてチェック・インすればよかったということになる。こうすれば、冷房の効いたバスに座ったままホテルのそばまで来れたし、無駄な体力を使う必要もなかった。何より時間が節約できた。時は金なり、タイム・イズ・マネー。こうしておけばヴィクトリア・ピークにだって余裕を持って行けたに違いない。もちろん、それができなかったからこういう事態になったわけだが、でもいちばん効率的なやり方をすればこれぐらいの差ができたわけだ。

 でも、これも仕方のない結果だったのだろうな、と僕は思う。
 はじめてのひとりでの海外だったのだから、緊張したり不安に思うなといってもそれは土台無理な話だった。航空券が弱かったのも仕方のないことだし、ホテルの手配は現地でとなってしまったのも必然の結果だった(そもそも、ただで香港まで行けるだけでもじゅうぶんありがたいのだ)。入国審査でつまずいたのも到着したのが土曜日だったのも仕方のないことだし、自動両替機のある銀行が改装中だったというのもどうしようもないことだ。そんなことが僕にわかるわけがない。香港の蒸し暑さを甘く見ていたり、必要以上に両替レートにとらわれたりしたのは完全に僕のせいであって、ほかの誰かの責任ではない。多少運やめぐり合わせの悪い面もあったとは思うが、運をたぐり寄せるのも実力のうちだから、これだって誰かのせいになんてできない。
 結局のところ、なるべくしてこうなったのだ。僕はそう考えるし、そう思う。おそらくこれ以外の結果にはなりようもなかっただろうし、僕としても自分なりにベストを尽くした結果がこれだったわけだから、この結果を受け入れるのはそんなにむずかしいことではなかった。ここまでに起きたことはすべて自分の責任であり、すべて自分の成果だった。わかりやすい。
 それに本質的なことをいえば、僕がこの旅行に求めていたものというのはこういうことだったのだ。なんだかんだといろいろな苦労を経験しつつも、自分だけの力でその一切をやり遂げ、積極的に苦労をすること。そしてその苦労を通してその経験を血肉化し、自分のものとすること。つまりはそういうことだ。「香港に行っていっぱい買い物して美味しいもの食べて……」ということを期待して行ったわけではない。少なくとも今回は。
 この旅行のことが決まってからずっと、「香港に着いてホテルへのチェック・インまでが済んでしまえば、この旅行はもう半分以上終わりである」と思っていた。横浜にある自宅を出てからホテルのチェック・インを済ませるまでというのは、3日間の日程のうちのわずか最初の12時間程度に過ぎないけれど、でも僕にとってはそこまでが勝負だった。そこまで行ってしまえばこの旅行は折り返し地点を過ぎたも同然であり、もっと言ってしまえば、8割方終わりであると思っていた。
 極端な話、そこまでが無事にできさえすれば、市内の観光はできなくてもよかったのだ。さっき「あさっての昼まで外に出ずにベッドの上で寝て過ごしたとしても、誰からも咎められることはない」と書いたのは、そういう意味あいも含めてのことである。
 この時僕は疲労困憊してベッドの上でへばっていたのでなかなかその実感は湧かなかったけれど、でもここまで来た時点で僕はある程度の達成感みたいなものは感じることができていた。
 「よし、これで折り返し地点を通過。もうあらかた終わったのだな」と。


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2005/06/07

ユニフォームバカ再び

給料日だからってわけじゃないんですけどね。買っちゃいました、また。
しばらく買ってなかったからわりにひさびさなんだけど、
一気にふたつだからやはりバカ襲来なんだと思う。
バカだバカバカ。あはあはあはは。

もっとも、ふたつともヤフオクで買ったし、
片方は精巧にできたバッタもんだから値段は高くない。
送料入れても1枚4千円とかそんなもん。
そんな高いのは買えないです。定価でなんて無理無理無理り。
こーゆーのはいかに安く済ますかが肝なんですよ。フフフフフ。(←ウソ)

買ったのはPSGのアウェイ(正規品)とバルサのホーム今年版(バッタ)。
いちどパリに行ったことがあるせいかなぜかサンジェルマンびいきなんだけど、
ことしのアウェイは気分一新の赤! これがよい。ホームよりいい。
ゆえにワンサイズ大きいにもかかわらずえいやといきんで買ってしまった。
ふだんはインポートのS着てるんです。Mだとちと大きい。けど気にしない。
PSGが弱いのも気にしない。しないしないしない。

psg
こっちがPSG。赤がよいです赤が。


バルサの方は今年のヤツが気に入っていたのでなんとかしようとは思っていた。
できたらネーム&ナンバーのないのがいい。今年は字体がダサいんす。
なのでノーナンバーのものを買いました。これが3600円。
まだ届いてないけどまあまあなんじゃないかな。

barca
こっちがバルサ。ここ数年の中ではベストモデル。


まーいまんとこ衣装ケースまるごとひとつが
ってなことにはなってないのでいーんじゃないでしょうか。
そういう較べ方って違うような気もしなくはないのですが。

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2005/06/06

【香港的小旅行記 第15回】

 ■ホテルチェックイン:

 ホテルのチェックインにあたって僕がいちばん不安だったのは、僕がクレジットカードというものを持っていないことで、デポジットを取られるとか全額前払いを求められるのではないかということだった。いまから思えば、前金を求められようが全額前払いになろうが別にいいじゃないかと思えるのだけれど、その時の僕は自分がクレジットカードというものを持っていない(持つことができない)ということに対してとても劣等感を持っていたので、なんだか必要以上に構えてしまっていたのだ。どうしよう、やっぱりデポジットはいるのかな?などと。

 僕がクレジットカードというものに対して恐れにも似た感覚を抱くようになったのは、前回カナダに行った時のことだった。先述したように、この時の旅行では日々必要なことのイニシアチブはなるべく自分が取るようにしていたのだが、先ほども書いたとおり、ホテルの清算などの場面では僕の出番はまったくなかった。大きなお金のからむ場面で前に出るのは当然僕ではなくて父親の方だったし、そこのホテルではクレジット・カードで支払いを済ませたからだ。チェックインの時にはカードの提示も求められた。もちろん見せるだけだからそんなのはすぐに終わるんだけど。
 それまで僕はクレジットカードなんてものにはまったく縁がなかったし、特にその必要性や利便性について考えるというようなこともなかった。なくても不自由を感じたことは全然なかったから、その存在は知ってるけど別にどうでもいいやと思っていたのだ。「デカケルトキハ、ワスレズニ」。それで?
 でもその時の旅行で僕は、「どうも海外においてはクレジットカードというものの価値が高いようだ」ということを認知するようになった。ホテルではカードの提示を求められることがあるらしいということもその時知ったし、レンタカーを借りる時にも、カードがない場合は高額の保証金を取られるらしいということを読んだからだ。僕はその箇所を読んでちょっと引いてしまった。<うげげ、カードがないとおちおち車を借りることもできないのかよ>、と。もちろんそれは、僕がそれまでカードなしでも何の不自由も感じない生活を送ってきたから出てきた発想であって、車を貸す側から言えば、その人間に支払い能力があるのか、そいつが果たして信用の置ける人間であるのかどうかといったことを見定めるというのは、決して不思議なことでもなんでもない。相手が「よそ者」の外国人ともなれば話はなおさらである。
 そもそも「クレジット(credit)」という単語は、「信用」を意味する言葉だ。つまり、「クレジットカードを持っている」ということは、社会的に(少なくとも経済的に)その人が信用されているのだということを示していることになる。その人に「信用」がなければ、クレジットカードなんてものは持てないわけだ。
 カナダでのホテルのチェックアウト時、英語に苦戦しながらもなんとかカードで清算を済ます父の姿を見ながら、僕はどこか釈然としない気持ちになっていた。彼には「信用」があるが、僕にはないのだ。もちろんいまの僕は、いまだ「社会的・経済的な信用」なるものを獲得できていない状態にあるわけだから、そういう気持ちになるというのはやはり間違ったことなのだろうけれども、でも正直言ってショックだった。そう言ってしまっていいと思う。何のかのと言ってみたところで、所詮自分は社会的信用のない無力で卑小な存在に過ぎないのだということを思い知らされたような気がした。カードを持てるようにならなければ、「いっぱし」ではないように思えた。


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(クレジットカードにはいまでもちょっと憧れます)


 日本を出る前から、僕はずっとこの心配を抱えて気に病んだまま、こうしてここまでやってきたわけだけど、結局宿泊代は全額前払いということで落ち着いた。僕は後払いをイメージしていたのだが、フロントの彼女が「後払いというのはできませんけど……」と冷淡に言うので(もちろん僕にはそう聞こえた、ということ)、あきらめて前払いにしたのだ。もう前でも後でもなんでもいいから早く落ち着きたかったのだ。
 そして僕は、「サービス・フィーは込みか?」ということだけ確認すると、僕は2泊分で904ドルを払って部屋のキーをもらった。キーはカード式で、部屋番号は704。704というからには7階(8階)なのだろう。
 ホテルのロビーには、フロントの人のほかにポーターの人が2人ほどついていた。ポーターとはいっても、アイロンのかかった清潔な制服を着た細身の青年が、玄関前に車が停まるとさっと駆け出していって後部座席のドアを開け、客が車から降りるとトランクの荷物を出してカートに載せ、「こちらへどうぞ」とかなんとか言って客をロビーに招き入れる――といったようなあれではない。全然ない。高嶋政伸みたいな人が出てきて、深々と頭を下げて「申し訳ございません」なんて言うような感じのでもない。違います、そういうのじゃないです。ほんとに、まったく。
 そのホテルにいたポーターは制服こそ着ているものの、その制服は洗濯なんてここ何日もされていないようなよれよれくたくたの代物で、それを着ている本人はそれに輪をかけてくたびれ果てたようなおっさんだった。細身の青年などではなく、ただのおっさんである。小柄でずんぐりしていて、どう見ても「細身」とは呼べない。知的な雰囲気からも程遠いし、きっと腹だって出ているに違いない。
 その上その顔は妙に脂ぎっていて、『少林サッカー』に出てくる風采の上がらないおっさんたちの雰囲気にそっくりだった。少林拳の使い手の主人公と一緒にチームに加わって、自慢の拳法を駆使して試合を勝ち抜く兄弟子のおっさんたちだ。あの映画を見た人なら何となくイメージできると思うけど、ああいう感じの人が香港には多い。顔は概ね脂ぎっていて、髪はぼさぼさ、知的な雰囲気といったものはほとんどなく、着ている物は粗末でよれよれのTシャツか何かである。だいたいにおいて貧しそうで(実際貧しいのかもしれないが)、顔色は悪く、どことなく自信がなさそうだったりする。
 山の手の方はまただいぶ違うと思うけど、下町の方に住んでるおっさんというのはだいたいがあんな感じである。もちろんみんながみんなそうだというわけではないが、でもだいたいがいま挙げた特徴のいくつかを備えている。なかにはそのすべてを備えた人もいる。そういえば空港のホテル紹介所のおっさんもこんな感じだった。なんとなく態度が横柄でスマートさに欠け、顔は脂ぎっていて服装はオヤジくさい。……っていうかそれ以前に顔がオヤジ。どうしてだろう? 蒸し暑い気候というのもあるのだろうけど、食べてるものが基本的に油っこいのかもしれない。


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(少林サッカーの一場面。それにしてもみんな脂ぎってました)


 顔色の悪そうなポーター氏の一人が僕を促して、すぐ側にあるエレベーターで僕を部屋まで案内してくれる。そういう案内はないものだと僕は勝手に思っていたので(なにごともセルフ・サービスの方が気楽でいいという性質だから)、ちょっと意外に思いつつも彼のあとに着いていく。エレベーターはやけに狭くておんぼろで、しかもやたらとスピードののろい代物である。乗ったはいいが、これはいつになったら7階に着くんだろうと真剣に不安になる。でもひょっとしたら、エレベーターがあるだけここはまだマシなのかもしれない。
 エレベーターのドアが開くと7階のフロアに出る。廊下は狭く、天井も低い。ざっと辺りを見まわしてみたが、フロア自体の間取りも決して広くはないようだった。壁や天井には水道か何かの配管がむき出しのまま何本も走っているし、日本のシティ・ホテルのような清潔感とはだいぶかけ離れている。日本のシティ・ホテル的にいえば、明らかに「下」のランクに入るだろう。
 704号室の前に着くと、ポーター氏がカード式ルームキーの使い方を教えてくれる。こういうのはどこも使い方は一緒だから、言ってることが大してわからなくても特に問題はない。それにポーター氏の英語はさっきのフロントの女性のような流暢な英語ではないので、ゆっくり話してくれる分聞き取りやすい。多少ぶっ壊れているようなところもなくはないが、必要最低限の意味は通じる。そして、むしろその方が僕にとってはありがたい。通じてくれさえすれば、僕にとっては彼の英語がぶっ壊れていようが何しようが大して関係ないからだ。そしてそれはきっと相手にとってもそうなのだろう。通じさえすればなんでもいいのだ。
 部屋の広さはまあまあというところだった。セミダブルサイズのベッドがひとつあって、エアコンがついていて、テレビと椅子と冷蔵庫がある。バスルームにはトイレとシャワーと小さな洗面台がある。「きれいか?」と聞かれれば、「うーん」と答えてしまうかもしれないが、必要最低限のものは充分揃っている。ポーター氏が部屋の明かりをつけ、リモコンを操作してちゃんとエアコンが動くことを僕に示す。まっ先にエアコンというあたりが香港なのかもしれない。
 「どう? この部屋でオーケーかい?」とポーター氏が僕に聞くあいだ、僕は貴重品を入れるセーフ・ボックスがあることをチェックし、バスルームに行ってシャワーが出ることを確認した。これがちゃんとしてないと僕はすごく困るのだ。よし、ちゃんと出る。「オーケー、ここでいいよ」と僕が言うと、彼は「チップは?」という顔をすることもなくさっさと部屋の外に出ていってしまった。僕はロビーから移動する時から、やはり彼にはチップをあげないといけないんだろうかと内心そわそわし、小銭はあったかななどと心配しながらここまで来たのだが、どうやらその必要はなかったみたいだ。僕は半分拍子抜けしたまま、ひとりで部屋に取り残されることになった。

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2005/06/05

スイミングⅢ

今日はひさびさのプール。
ほんとは今日までに週1回ぐらいのペースで通っておこうと思っていたのだが、
風邪を引いたりちゃんと起きれなかったりして途中1回しか行けなかった。
風邪は気管支をやられてろくすっぱ呼吸ができなかったからもう問題外だったし、
その他の自主練もなんだかんだと自分に言い訳をしてしまって行けなかった。
やはりひとりではダメだな。その点今日みたいに仲間と約束をしてしまうと
行かないわけにはいかなくなるので大変よろしい。自分ひとりだけではなんだかね。

ひさびさのプールはやはり息継ぎの問題が露呈してたいして進捗せず。
ただバタ足のキックの仕方が少しつかめたのは収穫だったかな。
その分足に意識がいってしまって、かき手の方がおろそかになってしまったけれど。

まあこんなもんだ。
ほんとは我流が染み付かないうちに教室に通うのがいいんだけど、
いまの時期は適当な教室がないのでしばらくはこんなんでやるしか方法がない。
(教室の始まる)9月までは遠いなあ。

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2005/06/01

ユーベ!!

なんだか中田英寿の日記タイトルみたいな「!!」ですが、
ともかくまあそういうことで。ユーベ見てきました。
ユーベユーベ、ユベントスネドベドデルピエーロ。

わりに地味な展開だったけど、
ともかく見るべきものは見たということで。デルピエロのゴール。
前半のゴールを期待してたからこのままいかれたらどうなるかと思ったけど、
どんな形であれ目の前で決めてくれたからいいです。
しかも入ったの結局あの1点だけだったし。
ホーム側2階席を取ったのは正解だったな、やっぱし。

次はバルサとマンチェスター・ユナイテッドだけど、
がぼーん! ろなうじーにょさん来ないし。
いやぁ、弱った。どうしたものか。

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