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2005年7月

2005/07/31

合宿

合宿に行ってきました。サッカーの、チームの。
合宿などというものに行くのはいったい何年ぶりでしょう?
と、考え込んでしまった。
学生のとき以来だから、7年とか、8年とか、そんくらいぶり。
ほんと、すんげぇご無沙汰だぁね。

感想はと言えば、なんか、すっげー楽しかった。
お仕事の都合でほんの1日しかいられなかったけど、
こういうのってほんといいもんだなって思った。
ずいぶんからだも動かしたし(しかし筋肉痛なし! どうだっ!)、
みんなで風呂行ったりBBQしたり酒飲んでバカ話したり(聞いたり)
小さな子と一緒に遊んだりそこらでてきとーに雑魚寝したり。

マジな話、今朝みんなより先に帰るのが億劫だった。
今日休みを取らなかったことをかなり後悔した。
山北の山ん中から桜木町まで「通勤」するのアホらしかった。
もう1日ぐらい球蹴りたかった。
とゆーわけで、
「来年はちゃんと休み取ってから行くぞ」
と心に誓いました次第でありんす。

でもさ、こういう楽しみをもう1回味わうだなんて、
なーんか真人間に戻ってる、って感じ。

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2005/07/30

【香港的小旅行記 第24回】

 ■またまた話しかけられる:

 アランと別れると、僕はスター・フェリーの乗り場の方に向かって歩き出す。フェリーの乗り場はここから歩いてすぐのところにある。フェリー乗り場までは海側から遊歩道伝いに行くこともできたのだが、そのことを知らなかった僕はさっきの香港文化センターの方へと戻り、ペニンシュラ・ホテルのある通りに出てから乗り場まで歩こうとしていた。
 するとその時、こんどはちょうど僕の向かい側から歩いてきたアジア系の女性に話しかけられた。「コンニチハ」。
 どうしてだかわからないけど、どうもこっちの人には僕が日本人であるということがわかるみたいである。彼女は僕がアランと話しているところを見ていたわけではないし、この時は僕も手におにぎりやら巻き寿司やらを持って歩いていたわけではない。ガイドブックだって手には持っていなかった。それなのにいきなり日本語で話しかけてくるというのはいったいどういうことなのだろう? 実はこういうことはこのあと1,2度あった。謎である。日本人にはわれわれが気がつかない外見的な特徴があるのかもしれないし、あるいは彼らには「こいつは日本人だ」というのをすぐに見分けることのできるセンサーみたいなものが標準装備されているのかもしれない。もしくはただ単に、僕がこの時髪が金色だったことで「髪を染めているからこいつは日本人だ。間違いない」というふうに判断したのかもしれない。よくわからない。
 それにしても、こちらがまだ何も言っていないのに向こうから「コンニチハ」とか、「ドウゾ」なんて言われてしまうとひどくびっくりしてしまう。一瞬何が起きたのかわからなくなってパニックになりかける。

 僕に話しかけてきたその女性は、やはりアランに似たようなフィリピン系(よくわからんけど)の顔立ちで、年の頃は30過ぎというところか。やや小柄で、それなりの専門的職業についているような服装に見えた。彼女の目や顔つきからはこちらに対する敵意のようなものは感じられない。そこに日本人がいたので自分の日本語を使ってみたかった、というふうに見える。
 「ドチラカラキマシタカ?」というので、「東京です」と僕は答える。ほんとは横浜なんだけど、こういう時はめんどくさいので「東京」と答えておく。横浜も港町なので外国人には比較的知名度が高いところだけれど、でも東京の方がそれよりずっと知られているし、そう答えておけばいちいち説明しなくて済む。東京を知らない人なんてそんなにはいないだろう。ここはオクラホマやノース・ダコタではないのだ。
 彼女はたどたどしい日本語で僕にいくつか質問をしていたのだが、僕の英語の方が彼女の日本語よりも少しだけマシだということに気がつくと、それからあとはしばらく英語での会話になった。でもそこで何を話したのかは、残念ながらよく覚えていない。話したといっても1、2分の立ち話だったから、そんなにたくさんのことを話したわけではない。あなたの英語はお上手ね。ありがとう。あなたの日本語も上手ですよ。

 「これからどこに行くの?」と彼女が聞くので、「スター・フェリーに乗って向こうに渡るんですよ」と答えると、「あら、スター・フェリーの乗り場はこっちからじゃないわよ。ここから歩いていったその先」とおしえてくれた。あれ、遊歩道からも行けるのか。どうもありがとう。
 彼女と別れてフェリー乗り場に歩いていこうとすると、そこで少し遠くからアランがでかい声で呼びかけてきた。
 「おーい、ケイ! その人は君のガールフレンドかい?」
 まったく僕はなんと答えていいのか困ってしまう。英語で「ガールフレンド」といった場合はふつう、日本語でいうところの「ガールフレンド」よりもずっと意味が強くなってしまうからだ。「女友だち」というよりは、ほとんど彼女・恋人の意味に近い。もっとステディな意味合いなのだ。そしていうまでもなく、またどのような観点から見ても、その「コンニチハ」の彼女は僕のガールフレンドではない。さっき会ったばかりの知らない人だ。いい人みたいだけど。
 だからアランの質問に対する答えは当然「ノー」なのだけど、「ノー」とはっきり否定して答えてしまっても彼女に対して失礼なような気がしたし、かといって「イエス」なんて答えたらもっとややこしいことになってしまうことは目に見えていた。だから何か違う言い方はないものかといろいろ考えていたのだけれど、こういう時になんて言えば波風を立てずに済むのかなんていうことは僕には全然思いつかなかったので、結局なんと答えようか言いあぐねたまま、僕はマヌケ面をしてそこにつっ立っている羽目になった。まったくこういう時はなんて答えりゃいいんだ??
 僕が困っているとアランは、「いや、いいんだよ」というしぐさをして(遠目だったけれど、そういうふうに見えた)、大きく僕に向かって手を振りはじめた。だから僕も彼に向かって大きく手を振ることにする。バイバイ、またね、というふうに。ほかにどうすればいい?


File0076


 彼らと別れると、僕は今度こそフェリー乗り場の方に向かって歩き始める。まったく彼らはなんだったんだろうな。それも立て続けにふたりも。そんなに日本人と話したいものなんだろうか? それに「文化センターはこちらですか?」と最初に尋ねてきた割には、アランはちっとも文化センターの方に行こうというような気配はなかった。僕と別れたあとも、遊歩道のそばで友達らしき人と延々立ち話をしているばかりである。文化センターはどうなっちゃったんだろうな? それともあれはただのきっかけで、彼は誰かと話したかっただけなのかもしれない。
 でもフェリー乗り場に向かって歩いているあいだ、僕は自分の心がさっきまでに較べてずっと軽くなっていることを発見していた。軽くて、楽で、少し疲れがとれている。背中の荷物も、さっきまでより心なしか若干軽く感じられた(食料を少し食べたので実際に軽くなっていたのもあるけど)。
 考えてみれば、こっちに来てから人と話すということをほとんどしていなかったのだ。まともに話したのは空港でホテルを紹介してもらった時とホテルでのチェック・インの時、それからホテルのポーター氏と必要事項についていくらか言葉を交わしただけである。それ以外にはまともな会話なんて全然していなかった。しかもそのいずれの時にも僕はひどく緊張していたから、リラックスして誰かと話したというのはいまのふたりがはじめてだったわけだ。
 英語で話していたにもかかわらず、僕はふたりと話していてもほとんど緊張というものをしなかった。もちろん、英語で何て言ったらいいのかわからなくてしばらく考え込んでしまったり、相手の言っていることがうまく聞き取れなくて聞き返したりなんてことだってあったけど、でもそれほど緊張はしていなかった。空港やホテルではかなりあせあせしながら話していたというのに、彼らとの会話ではそうではなかったのはいったいどうしてなんだろう?

 その理由を探し出すのはそれほどむずかしいことではない。結論から言ってしまえば、それはアランたちの英語があまり流暢ではなかったからだ。あるいは、アランたちとの会話というのは、僕がこの旅行をこなす上で必要な場面にはなかったからだ。そういうことだろう。
 ホテルのポーター氏の英語も割とぶっ壊れていたけど、アランの英語も決して流暢と呼べるほどのものではなかった。きっとアランはネイティヴ・スピーカーというわけではないのだろう。でも彼の言っていることはほとんど理解できたし、それに合わせて、僕もそこそこしゃべれたと思う。具体的にどう話したかということははっきりとは記憶に残っていないのだけど、でも彼との会話はちゃんと続いて成立していたのだから、それなりに話していたのだろうと思う。たぶんね。
 どうやら相手の英語がぶっ壊れていると、こっちも腰が引けるということがないのでかえって楽に話せるみたいである。ぶっ壊れているのはお互い様。そうなると、自分の話してる英語がかっこいいかかっこ悪いかなんてことは全然気にならなくなる。大切なのは自分の思っていることを相手に伝えることであって、伝わりさえすれば多少不恰好だろうがなんだろうがそんなことは大した問題じゃないのだ。
 そしてそのことを裏返せば、僕はふだんから「ちゃんと話さなければ」とか「みっともない英語は話してはいけない」といった気持ちが強くて、英語を使うということに対して腰が引けていたのだ。「恥をかきたくない」と思うあまり、必要以上に萎縮していたのだ。こういうのはあまり心地よい結論とはいえないけれど、しかし冷静かつ公平に見れば、まあそういうことになる。

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2005/07/28

嫌な夢

毎朝嫌な夢を見る。
朝が暑いからかもしれないし、マットレスが柔らかくて寝づらいからかもしれない。
理由はわからない。けど昔からだからもう慣れてしまったところも。
そう、いまも毎朝夢を見る。

今日はなぜかコンビニでバイトしている。ファミマ。
同僚からも(なぜか知ってる人だ)上からも怒られる。
2人ともかなり嫌な感じ。同僚なんか完全にマジギレしてるし。
周囲の雰囲気もすごく悪い。居心地も何もあったものじゃない。
自分がひどく無能で迷惑な存在に思える。

目が覚めてから「ああ、なんだ夢か」となるのは毎朝のこと。
<夢より現実のほうが楽だ>にいままでどれだけ救われてきたことか。
あれが全部現実だったらやってらんないよな。マジで。

ひとつだけ良かったのは、
高校のときの友だちが何とはなしに慰め、気を紛らわしてくれたこと。
彼とはもう10年会ってないけど、いまも元気なんかな?
こんなときに助けてくれるとは、なんていいやつなんだろう。
サンキュー!!

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2005/07/26

生ジダン

公約(?)どおり見てきました。
生ジダン、ベッカム、ラウル、ロナウド、オーウェン、フィーゴ、ロベカル……。
要するにレアルです。おととしも見たからいいようなものですが、
しかぁぁぁーーしっっ!!! まだジダンを見たことがない。
おととしは出なかったのだ(来たのに)。生ジズ見ずして死ねるかっ!!
……とゆーわけで味スタです。とびたQ。ここ行くの何年振りだ?
遠いのだよココ。電車の接続超悪い。生まれて初めて井の頭線に乗りました。

試合は……ひどかったね。
去年が良かったから期待してたんだけど。
コンディション悪すぎ。意思疎通なさ過ぎ。FW3枚は多すぎ。
つーかジダン途中で代えるなっっ!!!(怒)(←しかも前半35分)
マジな話、前半5分で帰ったほうが良かったかもしんない。
でも練習で見れたからいいにしよう。生ジズ見れたし。早く行ってよかったよ。


DSCN1262
(ボケボケですが手前ジネディーヌ・ジダン様)

DSCN1264
(デヴィッド・ベッカムさん(29)練習中……)

DSCN1258
(腿の前伸ばしてます。どこのチームもやるこた一緒)

DSCN1274
(右からジダン&ベッカム)

DSCN1284
(右列手前から:オーウェン、ロナウド、ロベカル、
中央奥から:ジズー、ラウル、ベックス。1枚で収まるなよ…)

DSCN1285
(ジダンドリブル中……)

DSCN1290
(ベックスFK助走中……)

最後にもんのすごい大雨が降ってきて大変でした。
いや、ウチらは濡れなかったけど。
表彰式超っ早で大笑い。オーウェンより速かったよ。

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2005/07/23

【香港的小旅行記 第23回】

 ■アランとの会話 その2:

 アランはバスケットボールが好きらしく、話はいつの間にかマイケル・ジョーダンへと移っている。「アメリカにも行ってたことがあるんだ。僕はマイケル・ジョーダンのファンだからね。その時はシカゴに行ったんだよ。ケイはマイケル・ジョーダン、知ってるかい?」
 もちろん知ってる。僕はバスケットには全然詳しくないけれど、でもマイケル・ジョーダンを知らないなんて、ベーブ・ルースやマラドーナを知らないのと同じようなものだし、いまで言えばタイガー・ウッズやディヴィッド・ベッカムを知らないのと同罪である。つまり、一般常識と同じってことだ。あるいはそれ以上かもしれない。
 「シカゴ・ブルズだね」
 「そう。マイケルはこないだまた現役に復帰したんだ。でもあんまり調子はよくないけどね。昔のジョーダンとは違うんだ」
 「彼はじきにリタイア(引退)するんじゃないかな」と僕が言うと、アランは悲しげに首を振りながらそれに同意する。「そうだね。僕もそう思う。彼は歳を取り過ぎたんだよ」
 バスケットの神様マイケル・ジョーダンは、この前年にワシントン・ウィザーズから2度目の現役復帰を果たしたが、そのプレーにはもう往年のような凄さは見られず、膝の故障もあって、02-03シーズンをもって完全引退をするのではないかと囁かれていた。
 それにしても、もっとやさしい言葉をかけてあげればよかったな、と思う。
 たしかにマイケル・ジョーダンの調子はよくない。少なくとも昔のような凄みはもうないみたいだし、すでに今シーズンを最後に現役を引退すると表明している。でも、アランはジョーダンのファンだったのだ。「シカゴに行ったんだ」と言っていたけれど、ということは、ジョーダンのプレーを見にシカゴまで行ったということなのだろう。彼がシカゴに行ったのがいつのことかはわからないけれど、おそらくジョーダンおよびブルズの全盛期のことだっただろうし、そうなれば当然、ブルズ戦のチケットを取るのだって簡単ではなかったはずだ。それに何よりも、アランにとってはそれはとても大きな思い出だったに違いない。マイケル・ジョーダンはアランにとってのアイドルだったのだろう。
 それなのに、それに対して「彼はじきにリタイアするんじゃないかな」というのは、言ってること自体は正しくとも、アランにとってはちょっと酷な発言だったと思う。僕も急にジョーダンの話になって持ちネタがなかったというのもあるけれど、でももう少し配慮があってもよかったのではないかといまでは思っている。ごめんよ、アラン。


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(↑言わずと知れた“神様”MJ。まー知らない人はいないと思いますが)


 マイケル・ジョーダンの話が途切れてしまうと、アランは僕に、「日本でおすすめの場所ってあるかい?」と聞いてくる。僕はしばらく考えてから、「そうだね、京都なんかいいと思うよ」と答える。東京もそれはそれでエキサイティングな街だとは思うけれど、いかんせん人が多すぎるし、車も多すぎる。騒音もひどいし、空気だって悪い。外国から来た人に日本という国はすべてがああいうところなんだと思われてしまうと、僕としてもちょっとおもしろくない。もっと静かでいいところだってあるんだから。
 もしアランがヨーロッパから来た人だったら、僕は迷うことなしに北海道を挙げると思うんだけど、アランはフィリピン系オーストラリア人だったので(っていうんだろうな、きっと)、僕は京都の名前を挙げることにする。京都は僕の好きな街でもあるし、この辺を挙げておけばまず正解と言っていいだろう。
 僕が京都の名前を挙げると、アランは納得したような表情で言う。「ああ、京都なら知ってるよ。古いお寺(テンプル)がいっぱいある街だろう? 僕は京都に行ったことはないんだけどね」。そう、そのとおり。京都は日本の昔の首都(ancient capital)なんだよ。
 「日本はいいところだよ。ちょっと物価が高すぎることをべつにすればね」とアラン。たしかに、たしかに。電気製品を別にすれば、あとの物は大概が高いと言えるかもしれない。
 「まあそれは香港もあまり変わらないけどね。香港も物価が高いよ。このコーラだって、1本が7ドルもするんだから。ホテルの料金だってとても高い。オーストラリアじゃこんなにしないよ。食べるものも飲むものも、何だってもっと安いんだ」。ふむふむ。


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(↑とりあえずおすすめの京都。秋は良いです。混むけど)


 そのうちにアランは、「ケイはこれからどうするんだい?」と聞いてきた。
 「これから? このあとはスター・フェリーに乗って香港島に渡って、あっちの方をいろいろ見てからヴィクトリア・ピークに登るんだ」と僕。
 するとアランは、「今夜僕のママのバースデー・パーティーをやるんだ。うん、ママはいまこっちに来てるんだよ。それで今夜パーティーをやるんだ。よかったらケイも来ないか?」と言い出した。え、パーティー? ちょ、ちょっと待って。
 おそらく、「パーティー」といっても僕らが「パーティー」という言葉から想像するような豪勢なやつじゃなくて、身内で集まってわいわいやるという程度のものなのだろう。でもそう言われた時、僕は正直言って「うわあ、まずいことになったなあ」と思っていた。今日はこれからいろいろ見てまわりたいところだってあるし、それにだいいち、知らない人ばっかりがいるところに飛び入りで入るなんて変に緊張してしまう。いろいろと気も遣うことになるだろうし、今回はもっと気楽にやりたい。
 「いや、今日はこれからいろいろ見てまわりたいから……」と僕がお茶を濁しかけると、「今夜は何時ごろ帰って来れる?」とアランは畳みかけてくる。
 「え? はっきりとしたことは言えないけど、だいぶ遅くなっちゃうんじゃないかなあ」と僕はあやふやに答える。
 実際には7時か8時くらいに帰ってくるつもりでいたのだけれど、あまり早い時間を申告してしまうと、「じゃあ××時にここにおいでよ。僕が迎えに行くからさ」なんてことになりかねない。そう言われてしまうと僕としても断るに断れなくなる可能性があるので、もちろんここは遅めの時間を述べておく。たぶん9時とか10時ぐらいになると思うよ。
 「9時? そいつは遅いな。その時間になったらママはもう寝ちゃってるだろうね。彼女は夜が早いから」
 「そうか、それは残念だね」
 よしよし、いい感じだ。お誘いはありがたいんだけど、今回はちょっとパスさせてほしい。暇な時ならお呼ばれしてもいいんだけど、今回はちょっと……などと僕が内心思っていると、アランはじきに、
 「なあ、ケイ。香港島を見てまわるのは今日はちょっとだけにして、それ明日にすることはできないかい? 今日は軽く見るだけにして、5時頃ヴィクトリア・ピークに行って、それからママのパーティーに来るんだ。どう?」などと言い出す。うげげ、そう来たか。どうやらアランはどうしても僕をパーティーに招待したいようである。いや、お気持ちはうれしいんですけど……。
 僕はなんて答えようか困ってしまう。ああ、こういう時はなんていえばいいんだもう。あわあわ、あわあわ。半分しどろもどろ。
 「でもさ、僕は明日香港を出なきゃいけないんだよ。今夜ホテルに帰ったらすぐ荷物をパックしなきゃいけないし、明日も朝にはチェック・アウトしなきゃいけないし。だから今夜……」
 そこでアランは僕の言葉を制しながら言う。
 「ああ、君の言ってることはわかるよ。あんまり時間がない。ケイは昨日こっちに着いて明日には日本に帰るんだもんね。そうか、弱ったな……」。ええ、僕も弱っています。
 するとこんどは、「ケイは明日何時ごろこっちを出るんだい?」とアランが聞くので、僕は「午前中(tomorrow morning)だよ」と答える。本当は市内を出るのも飛行機に乗るのも午後になってからの話なのだが、面倒なことになると困るので少しサバを読んでおく。それに“morning”という言葉は午前中いっぱいについて使えるので、こういう時にとても便利である。朝の7時だろうと11時半だろうと、“morning”であることには変わりはない。
 「そうか、困ったな……。いったいどうすればいいだろう?(How can it be possible?)」
 アランはまだ頭を巡らせている。何かいい方法はないものだろうかと。
 話を終わらせるなら今しかない。僕は言い方として正しいのかどうかまったく自信がなかったのだが、とにかく彼に言ってみた。「ありがとう、アラン。君のママによろしく言っておいてよ(Say “Happy Birthday” to your mother.)」
 言い方がよくわからなくて当てずっぽうで言った言葉だったのだけれど、どうやらこれは言い方として間違ったものではなかったらしく、アランは僕のパーティーへの招待を遂にあきらめ、僕と一緒に立ち上がってくれる。
 「ケイ、君と話せて楽しかったよ。いい旅を」。
 ありがとう、アラン。僕も君に会えてよかったよ。いつかまた会おう。そして僕らは握手をして別れる。君のママによろしくね。

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2005/07/22

【香港的小旅行記 第22回】

 ■アランとの会話 その1:

 僕が階段に座ってぼんやり巻き寿司を食べていると、ひとりの男性が「文化センターはこちらですか?」というようなことを言って僕に話しかけてきた。男はアジア系で、歳は30代前半くらい、服装はあまり洗練されているとは言いがたいもので(要するにちょっとダサい)、話している英語もどことなく使い慣れないような感じだった。急に話しかけられたもので僕は彼の言ったことがよく聞き取れず、「あ、ええ、この建物がそうだと思いますよ」というような曖昧な答えを返しておいた。いや、たぶんこの建物がそうだと思いますけど。
 「ありがとう」と彼は答えて、そのまま僕の後ろにあった建物の方に行きかけたのだが、じきに僕が食べていた巻き寿司(油麻地のセブンイレブンで5ドル50。ふふふ、まずかった)に目を留めて、興味津々という感じで「それはスシか?」と尋ねてきた。
 「スシか?」と聞かれた僕は、最初はそのまま「そうだよ」と答えようかと思ったのだが、僕が食べていたのは辛子明太の巻き寿司だったので、果たしてこれは「スシ」と呼べるのだろうか?などと一瞬躊躇してしまい、でもあまり長いこと考えこんでるのも彼に悪いので、つい「いや、これはおにぎりだよ」と答えてしまった。いまから思うと、巻き寿司を「おにぎり」と言ってしまうのはどうかという気もしなくはないが、でも咄嗟のことだったし、僕の中には、「スシ」というのはやっぱり魚が入ってなけりゃダメだろう的なイメージがあったもので、つい「おにぎり」などと言ってしまったのだ。だいたいコンビニで寿司が売ってるというイメージも僕にはなかったのだ。コンビニで売ってるものといえば、ふつうは寿司じゃなくておにぎりでしょう?
 僕が「いや、これはおにぎりだよ」と言ってしまうと、彼は驚いたような表情で、「おにぎり? なんだいそれは?」と言って近寄ってきた。そういうのはスシっていうんじゃないのかい?
 僕が「いや、これはね……」などとあわあわしながら説明していると、彼は一応納得したらしく、「ふうん」と言ってから僕の隣に並んで座ってきた。
 僕は一瞬だけ、「この人ってゲイとかなにか、そっち方面の人なんだろうか?」などと心配してしまったりもしたのだけれど、彼が僕の隣に座ったのはちゃんと前もって僕にことわってからのことだったし、僕もそれほど急いでいるわけではなかったので、「どうぞ」と言って、彼と隣り合わせに座った。しかしなんだか変なことになってきたなあ。

 「君は日本から来たの?」と彼が聞く。最初に「それはスシか?」と聞いてきたぐらいだから、僕が日本人であるということは察しがついたのだろう。それに髪も黒じゃなくて金髪だしね。
 僕が「そうだよ」と答えると、「日本には一度行ったことがあるよ。もうだいぶ前だけどね」と彼は言い、それからしばらく日本食の話になった。ジャパニーズ・フードって美味しいよね。僕は大好きだよ。いや、最初は食わず嫌いしてたんだ。生の魚なんて食べられないよ、ってね。すごく抵抗があった。でも初めてスシを食べた時にはね……とてもよかった! いや、ほんとびっくりしたよ。それ以来僕はスシが大好きさ。それとテリヤキもいいね。あとそれかられはなんだっけ。ええと…テ、テ、テン、テン……そう、それ。テンプラ。あれも美味しい。ジャパニーズ・フードはどれも美味しいよね。あんなにいいものだとは知らなかったよ。それと日本のサケね。あれは強いね。すごくストロング。最初はとても飲みやすいんだけど、あとで効いてくるんだ。はじめて飲んだ時はべろべろに酔っぱらっちゃったよ。ビールとかとは全然違うね。
 話をしているのはほとんど彼の方だ。僕は彼の話に合わせて相槌を打ち、あとたまに自分の話をしただけだった。ふたりの会話は英語だったのだけれど、いまとなっては自分がどういうことを話してどういうふうに相槌を打っていたのか全然思い出せない。でも、こういうふうに会話がスムーズに流れたのだから、それなりに会話はしていたのだろう。

 彼の名前はアランという。出身はフィリピンなのだが、いまはオーストラリアに移住して、シドニーの近くにあるパラマタという街で暮らしているとのこと。日本に帰ってから世界地図を見てみると、たしかにシドニーのすぐ西側にパラマタという町がある。距離はシドニーから10kmぐらいしか離れていないから、まあ典型的なシドニー郊外の町のひとつというところになるのだろう。このパラマタという町については村上春樹の『シドニー!』という本に出てくるので、大まかなことはそれでだいたいわかるのだけど、引用してると長くなるのでここでは割愛。興味のある人は(いるのかなあ?)そちらを参照してください。
 パラマタにはアランのお母さんも暮らしていて、そこで彼女は旅行者向けのゲストハウスを経営しているそうである。「ママのゲストハウスにはいろんな国の人が来るんだ。日本人も来るし、韓国の人も来る。あとはフィリピンとか香港とかインドネシアとかニュージーランドとかカナダとかアメリカとか、まあいろいろだね。だから僕のママはちょっとずつだけどいろんな国の言葉が話せるんだよ。ケイ*もオーストラリアに来ることがあったらぜひ来るといいよ。歓迎するから」とアランは言う。ふむ、なるほど。
(アランは「ケイタ」という名前が発音しにくかったらしく、僕のことを「ケイ」と呼んだ。僕がポートランドにホームステイに行った時には、ステイ先の家族はみな、すんなり「ケイタ」と呼んでくれていたから、てっきり発音しやすい名前なのかと思っていたのだが(“Keita”の綴りが“Keith”に似ているせいかもしれない)、どうもアランにとってはそうではなかったみたいだ。「じゃあ君のことは“ケイ”って呼ぶことにするよ。いいかい?」。もちろん僕には異論なんてない。呼びやすいように呼んでくれていいよ)

sydney
(↑パラマタについての記述はこの本が詳しいです。興味のある方はどうぞ)

 彼のママがゲストハウスを経営しているせいなのかどうかは知らないが、アランも世界のいろんな国を旅行した経験があるようだった。旅行といっても貧乏旅行だが、東は日本や韓国から、フィリピン、ベトナム、ラオス、タイ、インドまで。そこから中東の国々やトルコを経由してブルガリアやルーマニアなどの東欧の国々まで行ったことがあるらしい。でも、西ヨーロッパの国々ついてはあまり詳しくはないようだった。
 僕もその辺の話には興味があるのでいくつか質問をして彼の話を聞いてみると、彼なりの「ヨーロッパまで安く行く方法」なるものを伝授してくれる。いいかい、まずは香港なんだ。香港から安いチケットを買ってベトナムに行く。ベトナムからラオス、ラオスからタイ、インド、それから……。ほんとはもっとあったのだが、だいぶ前のことなのでもう忘れてしまった。でも、どうやら飛行機はなるべく使わないで、極力地続きでヨーロッパまで行くのが彼のやり方らしい。なんだか『深夜特急』みたいだ。
 「うん、飛行機はやっぱり高いからね。なるべく使わない方がいいんだ。ヨーロッパからこっちに帰ってくる時には使うんだけどね」と彼は解説してくれる。僕なんかのイメージだと、格安チケットでさっと行ってしまう方がかえって安上がりなんじゃないかという気がするのだけれど、もちろんこれは「彼の」やり方であるし、僕はそれについて口を挟むようなことはしない。ただ「ふむふむ」と言って彼の話を聞くだけである。こういう話は聞いているだけでもじゅうぶん楽しいものだから、細かいところでつっこむなんて野暮以外のなにものでもない。

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2005/07/19

イッセー尾形目撃!!

おひさしぶりの更新です。

今日の9時過ぎ、イッセー尾形を目撃。
仕事場のリニューアル記念とかで、
イッセー尾形の一人芝居をやるんですわ。今度の日曜。
んでもって、一般の人を含めたワークショップを今週1週間やってるんですが、
ちょうどその帰りだったのね。
いつもはないところにクルマが駐まってたから、「変だなー」とは思ったんだけど。
したら背後からイッセー登場。思ったよりしゃきっとしてた。
くたびれたサラリーマンの役が多いからついあれをイメージしてたんだけど、
そんなわけないか。

issey

思ったより背が高かったなあ。175ぐらいあるんちゃうかな。もっとか。
ブルー(たぶん)のルノーだかオペルだかに乗ってさくっと帰っていきました。
足立ナンバーだったから、あれから高速乗って帰ったんだろうなあ。
はてさて、日曜日の公演はどうしたものか。昼の部だけど。悩む。

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2005/07/08

すいかたべたい。

ムショーに食べたくなった。夜中なのに。
もちろんお店は開いていないのでガマンする。しかたないし。
なんで急にたべたくなるのかなあ。夏のせい? 夜のせい? 
夏というにはまだすこし早いような気がするけど。

いまのBGMはイジー・ストラドリン・アンド・ザ・ジュ・ジュ・ハウンズ(長げぇ)。
懐かしいっすねぇ。あとT-SQUARE。CAVE IN。
めちゃめちゃや、マジ。

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2005/07/07

72.七夕?

 世間は七夕のようです。……のわりには天気は良くないですね。といっても、そんなロマンチッケなものは私には関係ないのですが。

 なんだかあれあれという間に日々が過ぎていって、「おいもう7月かよ」が正直なところです。なんでまたこんなに早く時間が過ぎるんだ??
 時間ばかりがいたずらに過ぎていって、やりたいやりたいと思っている部屋の整理や今後のこととか、CD大処分月間第2弾なんかもいまだ手つかずのままです。数が多いから片付かないんだよお。

 CDの粛清ならこないだもやったばっかなんですが、やっぱあれだね、i-PODを買ってからというもの、CDで音楽聴くということをしなくなってしまったんですね。全部mp3にしてハードディスクにブチ込んでi-PODで聴く、みたいな。CDウォークマンなんて出番ないですもん。出るのは車の中でオンガク聴く時ぐらいのもん。うちのクルマはなぜか2台ともCDプレーヤー入ってないんです。だからポータブルから引っ張って聴いています。涙ぐましいもんだ。そんなことをもう12年ぐらいやってるんですけど。なんだよそれ、日常じゃん。
 んでもって、CDの曲でi-PODで聴きたいやつをがしがしHDDの中に放り込んでるわけですが、このついでに「これはもういらないよな」というのを処分しまくっている次第です。持ってるだけで聴かないのっていっぱいあるから。ハードが変わると音楽の聴き方というのはここまで変わるんかなあというのをここ何ヶ月かで実感しておりますです。マジ、i-PODは4GBじゃなくて6GBのにしときゃあよかった。ちょっとだけ後悔。

 ここのところ、あれよあれよで日が過ぎていってしまうのには、いま抱えてる仕事のせいがあったりします。「仕事」っていっていいのかなあ? いまだにこの言葉に慣れません。無理して慣れるようなものでもないんだろうけれど。
 去年企画してた連続セミナーの報告集をつくることになったのですが、これがまた分量が多くて長い長い……。正味どれくらいあるんだろう? 1600字詰めで100枚ぐらいだから、400字に直すと400枚か。それぐらいの分量です。テープ起こしを自分でやったわけじゃないからまだいいんですけれど、最近は日々これの編集校正編集校正編集校正編集校正編集校正…………。あと今年度の連続セミナーの企画も平行してやってるんですが、思いのほか調整がうまくいかない。有名で話し慣れた「先生」を呼んじゃえば、あとはスケジュール次第ギャラ次第ってとこになるんですが、いま考えてるのはそれとは正反対みたいな人ばっかだから……。なかなかOKがもらえなくて企画の練り直しなんかもやらにゃいけんようです。さぁて、どうすっかなあ。
 しんどいのはこの両方――報告集と企画の調整、ほぼひとりでやってるってことです。助けが求められない。うーん、孤独だ。両方とも7月中に目処をつけないとあかんので、まあ今月中はずっとこんなかな。原稿の手直しをお願いした人からもまだふたりばかり返ってきてないし。「あの~、締め切り過ぎてるんですけどぉ~」とはなかなか言えない。みなさんお忙しいのに、その上これ「ただ」でやってもらってるんだから。こっちもやっすい給料でやってるんですが、んなこた先方には何の関係もない。むしろ快く引き受けてくだすったことに感謝。締め切りが遅れるぐらいは想定の範囲。7月後半の自分が忙しくなるだけです。それが終わっちまえば少しは楽になれるしねー。しかしまとまるんかいなこの企画、ほんと。

 部屋の整理の話。
 元々物がたくさんあるのが嫌いなんです。物がたくさんあることが豊かさだとは思わない。貧しい時代に育ってないからそう思うのかもしれませんが、とにかく物があふれている状態が嫌いです。しかし現状はどうかといえば、どかどかと物は増える。増殖する。なくならない。うざい。ジャマ。汚い。片付かない……。服とか本も要らないのは処分するようにしてるんですが、これが追いつかなくてねぇ……。こんなに持っててもしょうがないっていっつも思うんですけど、言うは易しで行なうは難い。物は増えます。腹立たしいくらいに。
 でもこないだ、大きな姿見を買ってしまったんです。東急ハンズで、1万5千円ぐらい出して。
 鏡って高いのね。嵩も大きくて、幅60×高さ170という、余裕で全身が映るでかいやつです。「7畳間のいったいどこに置くんだそんなの」というのは激しくあったのですが、「これは必要なものなのだ。でかいやつでなければ意味ないのだ」という硬い決意のもとに後先顧みず購入。たぶんあと1週間ぐらいで届くと思うんだけど。
 で、それを置くためのスペースを確保する必要もある。もともと服も整理したかったし、本も片付ける必要がある。というか雑誌。ファッション誌。ひたすらに増殖を続けるこいつらをどうにかするのも重要な案件だ。どうにかなるという気は……正直あまりしないのだけれど。

 そんなこんなで、過ぎ去る日々を横目で見ながらやっております。最近は暑いんで、雨の降らない日はバイクで通勤してるんですが。涼しいっすよお、バイク。涼しいし歩かなくてすむし、何より交通費の節約になる。往復700円も積み重なれば結構でかい。天気予報で「降らない」って言ってた日に降られると、これはこれで悲惨ですが……。おとつい濡れたジーンズがまだ物干し場にかかってます。早く乾かないかなぁ。(ぶつぶつ)
 ともあれ、快晴の七夕にはなりそうもないですね。

 あと、仕事とボランティアの話とか、書きたいことは例のごといっぱいあったんだけど、まあそれはそのうち。いまは書く気力がないのですよ。校正だけで精一杯。早くこれ終わらんかなあ。(ぶつぶつ)

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2005/07/06

今季初勝利!

いやぁ、ようやく勝ちました。
今日負けてれば終戦記念日だっただけに、勝ち点3は最低限。
しかし勝ったからよかった。7戦目にしてようやくとは。
これで今年観に行った試合、1勝5敗1分です。

今季は開幕からジュビロに負け(福西の神の手)、山東に負け、
清水に分け(追いつかれるなよ)、浦和に負け(内容は勝ちだったが)、
ユーベとバルサに負け。んでもって鹿島に勝ち。
ユーベとバルサに勝たれたら困るのでこのふたつは別にしても、
3敗1分の成績は褒められたものではない。
さすがに今年はムリかと思ったからね。浦和に負けた時点で。

今日の鹿島は前の4人がまるっきり機能せず。
鹿島が機能してないのか、横浜の守備がえらいのかはよくわからん。
前半1階席で観てたからなあ。しかもアウェイ側。
まわりが赤ばっか、さすがにマリノスユニ着る勇気はなかったっす。
怖ぇよ。

後半はホーム側2階席に移動。大手を振って青シャツを着れる。おお、うれしい。
しかし鹿島ボロボロでしたねぇ。横浜はあと1,2点取れなければいけん。
あそこで中澤のゴールがなければそのうち逆襲喰らって……という
いつものパターン濃厚だっただけに。

やれやれ、これでまた少しが芽が出てきたかな。

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2005/07/05

【香港的小旅行記 第21回】

 ■使い道のない風景:

 特に何か買いたい物があるわけではないので、ぶらぶらと冷やかしながら通りの端まで歩き、そこからすぐのところにある佐敦の駅まで行って、尖沙咀までは地下鉄を使う。佐敦から尖沙咀まではわずか一区間だが、時間の節約および体力の節約のために電車で行くことにした。ここまで歩いてきただけでも結構体力を使ってしまったし、乗り物で行けるところは惜しまず使っておかないと体が持たないのだ。
 佐敦から尖沙咀までの一区間の運賃は4ドル。日本円にすると70円弱というところ。日本の地下鉄に比べると、もちろん比較にならないくらいに安い。半分以下。地下鉄だけでなく、バスでもタクシーでも香港の交通機関というのは日本に較べてだいぶ安いので、旅行者にとってはとてもありがたい……というか、きっと日本の交通機関が高すぎるのだろうけど。

MTRmap
(↑乗ったのは赤い線のツェンワン線。運賃は安いです。いくらか忘れたけど)


 尖沙咀の駅で降りて外に出ると、その途端にまた例の蒸し暑さにつかまってしまう。たいした距離を歩いたわけでは全然ないのだが、体が重く、すぐに疲れてしまう。ここのところの寝不足のせいもあったかもしれない。
 室内ではそれほどでもないというのに、屋外に出た途端にこうなってしまうというのは、やはり湿度の高さのせいだろう。去年のワールド・カップの時に、ヨーロッパの選手たちが軒並み辛そうにしていたのが印象的だったけれど(特に昼間の試合)、あの時彼らが感じていたであろう感覚がなんとなくわかるような気がした。なぜかはわからないけど、体が重くてスタミナが続かないのだ。なんにもしてないのにすぐにバテてしまう。
 やはり極力室内にいた方がよさそうだとわかったので、通りがかったペニンシュラ・ホテルのショッピング・アーケードの中に避難することにする。ここのアーケードはショッピング・センターとしても有名で、いっぺんどんなものかのぞいてみたいと思っていたのでちょうどよかった。ペニンシュラというのは香港を代表する格式の高いホテルで、ロケーション的にも香港島の高層ビル群を一望できる最高の場所に立っている。ホテルのランク的にはもちろん最高級。何でもここは香港におけるイギリス王室の定宿という話である。よって料金はもちろん高い。1泊が3000ドルから。もちろん3000ドルというのはあくまで最低ラインの数字であって、いい部屋になるともっと高い。どれぐらい高いのかは僕にもよくわからない。あまり知りたくないような気もするけれど。
 ペニンシュラの正面玄関の前には噴水を中心に広い車寄せがあって、そこに高級車が停まるたびに清潔な制服を着たポーターが走ってくる。やっぱね、ポーターはああじゃなくっちゃ、なんて思うのだけれど、もちろん僕はああいう人たちには縁がないので遠くから見ているだけである。
 ここのアーケードにはグッチやシャネルを始め、ヴィトン、エルメス、ティファニー、プラダなどの高級ブランドを中心に、約100軒もの店舗が入っている。つまりここの宿泊客にとっては、ホテルの敷地からただの一歩も出なくてもたっぷり買い物ができるようになっているわけだ。
 ここのショッピング・アーケードには日本人の買い物客も多数訪れるためか、ここに入居しているお店の中では日本語が通じるところも多いらしい。実際、僕が行った時にも新婚旅行といった雰囲気の日本人カップルの姿をふた組ほど見かけた。日本語を聞いたのはずいぶん久しぶりのことだったけれど(実際は1日しか経っていなかったのだが、でもずいぶん昔のことのように思えた)、もちろんだからといって彼らに話しかけるなんてことはしない。

 アーケードの中に入ってみると、やけに人がいない。店舗はあるが、客の姿があまり見えないのだ。店員の姿だってほとんど見えない。人口密度があまりにも違いすぎるのだ。アーケードの中は奇妙なほどに静まり返っていて、下町の喧騒に慣れ始めた僕にとっては、こういうのはかえって奇異な光景のように感じられる。
 こういう高級ブランドのお店は、店の中に入ってしまうと「買い物の意志あり」になってしまうので、僕は外からざっと眺めるだけで終わりにする。というか、自分にはあまりにも関係ない世界というか、遠すぎて興味を惹かれないので、足早に様子だけを見て早めにアーケードの外に出ることにする。この手のお店は僕にとってはお呼びではないし、向こうにとったら僕みたいな旅行者なんてもっとお呼びではないだろう。
 ここのショッピング・アーケードは、もちろんホテルの宿泊客でなくても利用できるし、よそのホテルに泊まりながらここまで「出張」してくる人も多いらしい。僕がさっき見かけたカップルもきっとそういう人たちだろう。よく知らないけど、安いパック旅行で香港まで来て、この近場のホテルに泊まってせっせと買い物にはげむOLさんなんかも多いのかもしれない。でも、こういうところというのはよそから「出張」してくるのではなくて、ペニンシュラの高い部屋に泊まってでーんと手足を伸ばしたりしながら、「ちょっと時間があいたから軽くお買い物でもしてこようかしら?」的に優雅に贅沢に利用する方が、ずっとかっこいいのではないかと思った。
 もちろんそんなことを言い出したら、こういう高級ブランド店で買い物ができるのは、ごく一部の金持ちや、叶姉妹みたいな「ゴージャス」な人々に限られてしまうのだろうけれど(しかし彼女たちはどうやってあんな「ゴージャス」な生活を維持しているのだろう?)、でも、「そういうのってちょっとどうなのかな」なんて僕は思ってしまう。たしかに香港はフリーポートだから高級品が安いかもしれない。世界中のいろんな品物が集まるから、日本では手に入れられないようなものが見つかるのかもしれない。でも、「香港はブランド物が安いから」ということで、安いパック旅行か何かで大挙して日本からここまでやって来て、朝からせっせと高級ブランド・ショップめぐりをしているのだとしたら、そういうのはむしろ分不相応で、かえって貧乏くさい行為なのではあるまいか。僕としてはもちろんその辺りの人たちからはあまり反感を買ったりはしたくはないわけだけど、でもそんなことを考える。

 ショッピング・アーケードの外に出ると、そこで待っているのはもう毎度お馴染みになったあのまとわりつく蒸し暑さだ。冷房の効いたところに出たり入ったりするから余計いけないのだろうが、でもずっと外にいるというのはほとんど自殺行為に近い。そんなことをしていたら今日一日持たせることなんて絶対できないだろう。よって、尖沙咀の繁華街を歩き回るのは止めにして、先を急ぐことにする。ここら辺を見るのは夜になってからでもじゅうぶん間に合うから、何もいま見ておく必要もないだろう。
 ペニンシュラ・ホテルの前から通りを渡って、海側にある香港文化センター(香港文化中心)の方へと出る。この一帯には文化センターだけでなく美術館やプラネタリウムといった文化系の施設が集中していて、そのさらに海側にはチムサアチョイ・イースト・プロムナードと呼ばれる遊歩道が広がり、対岸の香港島の高層ビル群が一望できる好スポットになっている。
 遊歩道にはこういう場所にお決まりのアベックのような姿はおらず、暇を持て余したような老人や、カメラを持った観光客らしき人たちの姿が見える。まだ時間が昼前のせいか、遊歩道にはどことなくのんびりした雰囲気が漂っていた。
 空はあいにく雲がかかり始めて晴天とはいえない空模様になってしまっていたが、それでも海のそばまで出てみると、対岸には、尖塔のごとく空へと伸びた見事な高層ビル群の姿が見えた。ひとつひとつのビルは陽の光を求めて背を伸ばす針葉樹林のように細く上に伸びているので(きっとそれほど広い敷地を確保できないのだろう)、その高さは実際のそれよりもずっと高いものに見える。
 惜しい。空が晴れていればさぞかしきれいな景色だっただろうな、と僕は思う。夜になったらここはかなりいい夜景スポットになりそうな感じだ。ヴィクトリア・ピークから見下ろす「百万ドルの夜景」も素晴らしいとのことだが、ここから見る夜景もそれに劣らずよさそうである。
 問題をひとつ挙げるとすれば、どんなに夜景が素晴らしくとも、ひとりで来ている僕にとってはあまり使い道がなくて関係がないということだったが、そういう景色の実用性云々について考えはじめるときりがなくなるので、夜景の見事さとその実用性に関する考察はひとまずあとまわしにして、とりあえず遊歩道横の階段に座って、休憩がてらおにぎりやら菓子パンやらを食べることにする。時間を節約したかったので、朝からほとんど何も食べていなかったのだ。
 遊歩道の風は穏やかだった。風は強すぎもしないし、弱すぎもしない。少し湿った風ではあったけれど、動かずにじっとしている分には結構気持ちのいい風だった。いっとき背中の汗が引いていくのがわかる。ヴィクトリア・ハーバーの水は緑色に濁っているが、その向こうには香港島の繁華街の景色がきれいに見える。小さなボートが目の前の海をゆっくりと横切り、船体を白とグリーンに塗ったフェリーが大きな木の葉のように海面を渡っていく。悪くない景色だ。空が晴れていて、もうちょっと涼しかったら完璧なんだけどな。
 対岸の高層ビル群のさらに向こうの山の上には、ピーク・タワーとおぼしき建物の姿がうすぼんやりと見える。少し雲がかかっているようにも見えるから、いまヴィクトリア・ピークから下を見下ろしたら雲に隠れて景色がよく見えないかもしれない。やっぱりあそこは夜になってからでないとおもしろくなさそうだな、なんてことを考える。


File0081
(↑尖沙咀側から海を挟んで香港島側を見るとこんな感じ。
 建設途中のビルの陰がヴィクトリア・ピークです。今日は曇りで残念)

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2005/07/01

【香港的小旅行記 第20回】

 ■2日目:9月29日(日)

 気がついたら朝の9時を過ぎていた。しまった、寝過ごした。今日はもっと早く起きるつもりだったのに。
 もぞもぞと起き出して窓から外の景色を見てみたのだが、朝の9時という割には何となく暗い。まだ朝の5時か6時頃というぐらいの明るさしかない。「妙だな」と思って窓の向こうの建物に目をやってから、ようやくその理由に気がついた。まわりにある建物が背の高いものばかりだから、朝になっても陽の光が差し込んでこないのだ。天気はいいのだが、そうはいっても空の上の方に明るい青が見えるだけである。日曜日のせいか、彌敦道を歩いている人の数はまだ少ない。顔を洗ってから手早く用意を済ませ、10時ぐらいにホテルを出る。
 今日の大まかなプランとしては、まずこの油麻地から南へ下って昨日歩いた尖沙咀(チムサアチョイ)まで出て、繁華街の雰囲気を見てから、スター・フェリー(九龍半島側と香港島側を結ぶフェリー)に乗って香港島へ渡る。香港島に渡ってからは、島の北岸に広がる、中環、金鐘、銅鑼灣などの繁華街を見て歩き、夜になったらヴィクトリア・ピークに登って「百万ドルの夜景」を見ようという算段にしていた。もちろんこのとおりにうまくいくかどうかはわからないけど、細かいところは臨機応変に変更すればいい。とにかくまずは尖沙咀である。

 が、その前に、リラクメーション・ストリート(新填地街)と呼ばれる青空マーケットに行ってみたかった。ガイドブックの説明書きによると、新填地街というおよそ300メートルほどの通りの間に、主に野菜や乾物、魚や鶏などの食料品を商う露店がひしめき、朝から活気に満ちているとある。九龍半島側には、ほかにも男人街や女人街と呼ばれる有名なストリート・マーケットがあるし、沢木耕太郎の『深夜特急』でも、香港人の熱気が伝わってくるストリート・マーケットに主人公の沢木が魅せられて、当初の予定と違って何週間も香港に居続けるというところがあったので、香港のストリート・マーケットとはどんなものかと思って、いちど見てみたかったのだ。
 新填地街は、僕の泊まっていた新高雅酒店から歩いてわずか5、6分のところにある。ホテルから近かったのも、ちょっと出がけに歩いてみようと思った理由のひとつだ。でも、たかが5、6分だからと思ってなめていたのだが、たったこれだけの距離を歩いただけなのに早くも汗ばんでしまった。こんなことでは一日持たない。これはなるべく省エネでいかないとダメだな。外はなるべく歩かない方がいいのかもしれない。


File0082
(↑午前中はこんな感じだけど、日が暮れると一変します。恐いよ~(笑))


 ガイドブックの説明にあったように、リラクメーション・ストリートには多くの露店が並んでいた。野菜や果物を扱っている店もあるし、魚や鶏を売っている店もある。何を売っているのかよくわからない店もたくさんある。鶏はまだ生きたままのやつが檻に入れられていたから、客との交渉が済んだらその場で首を絞めるのかもしれない。通りには値段を交渉する威勢のいい広東語が響いている。通りの道幅は大して広いものではなく、せいぜい15メートルかそこらしかないように見える。でもその15メートルかそこらの間に、片側二重ずつ、計四重になった露店が途切れることなくずらりと並んでいる。通りの真ん中が通路になっていて、その両側に露店が並び、さらにその奥にももう1列露店が並んでいるわけである。手前の露店の陰に隠れてしまっていたので、最初は僕も二重になっていることに気がつかなかった。
 ここに買い物に来ている人のほとんどは、地元で暮らす庶民のようである。彼らの服装や顔つきを見ていると何となくわかる。地元の人が地元の人を相手に商売をしているという感じで、観光客らしき人の姿は見当たらない。もちろんここでは英語で話している人なんていない。全然いない。そもそもここには英語が通じそうな雰囲気というもの自体がない。これはその現場にいると不思議なほどよくわかってしまう。
 頭上には「祝中華人民共和国建国53周年」と書かれた横断幕が張られている。この香港でそんな愛国的な横断幕が張られているというのはなんとなく変というか、どこかそぐわないような感じがする。それに「建国53周年」なんていう半端な年をいちいち祝ってたりしたらきりがないんじゃないかとも思うんだけど、うーん、それはまあいいや。結局よその国のことだしね。

 延々並ぶ露店の中には、食品だけではなく衣服を売っている店もあった。とはいっても、ひとつひとつの露店自体はどれも一坪ぐらいしかない小さなものなので、たいした品数は置いていない。中には、日本だったら古着の回収業者でも絶対に持っていかないようなしょぼたらしいものを平気で並べているところもある。「果たしてこんなものが売れるんだろうか」とこっちが不安になってくるような代物である。こんなのフリマや福祉バザーにだって置いてないんじゃないだろうか。そういうものを「商品」と呼んでいいのかどうか僕は正直躊躇してしまう。店をやっている夫婦はだいぶ高齢で、しかもその身なりは売り物以上にひどい代物だったりする。見るからに貧しそうだ。いや、間違いなく貧しいはずである。しばらく前に「勝ち組と負け組」という嫌な表現が流行ったりしたけれど、そういう観点からいえば、彼らは確実に後者の部類に入るだろう。彼らのそういう姿を見ていると、僕ですらだんだん気の毒な気持ちになってくる。
 実はこの辺を歩いている人の服装には、そういうのが結構多い。「裸の大将」みたいなランニングとか、Tシャツでもかなりよれくたになったようなやつを平気で着ている。朝の10時から早くも上半身裸のおっちゃんもいる。そして言うまでもないことだが、そこにはファッション・センスなどと呼べそうなものはかけらほども見当たらない。彼らの世界にそういう概念自体があるかどうかということさえ疑わしい気がする。
 もちろん暑いせいもあると思う。まだ9月だし、気温も湿度も高いから、よれよれだらだらの格好でないと暑くてやってられないというところは大いにあるだろう。でも、それにしたって。僕はそう思わないわけにはいかなかった。みんなもうちっとマシな服は持っていないのだろうか?


File0080
(↑新填地街の様子。小規模の露店が延々並んでいます)


 誤解しないでいただきたいのだが、僕は何も「常にファッションに気を配っていい服を買って着るようにしなければならない」などと考えているわけではない。安い服でもやりようによってはうまく着こなすことだってできるし、僕自身、いつもその辺にあるものを適当に拾ってのうのうと身につけているだけである。ピーコだかドン小西だかではあるまいし、ほかの誰かが着ているものに対してあれこれと指南できるような立場にはまったくない。そういうつもりもない。僕が言いたいのはそういうことではなくて、香港における持つものと持たざるものの貧富の差の激しさというものが、彼らの服装や顔つきの中によく表れているのではないかということである。そして僕は、そういう生々しくも冷厳なギャップのようなものを目の当たりにしたことで、なんだか妙にびっくりしてしまったのだ。
 映画『少林サッカー』の中で、主人公のシンやヒロインの女性が、高級デパートのショーウインドウの中の商品を羨望のまなざしでじいいいっと見つめているといったシーンが何回かあったけれど(小さな男の子が、モデルカーのお店のショウウインドウに両手をつけて、宝物か何かを見るような目で中のミニカーをじいいいっと見ているあれに近い)、おそらくこの界隈の人たちにとっては、香港島にある近代的な高層ビル群やショッピング・センター、超高級ホテルや高級ブランド店なんていうものは、彼らの近くに存在こそすれ、対岸に見える遠い異国のようなものとして捉えられているのではあるまいか。なんだかそんな気がした。
 僕は今回、帰りに荷物が増えないようにと思って、着るものは普段使っていないようなTシャツとかにして、「邪魔になったら捨ててきてもいい」ぐらいの感じで香港まで来たわけだけれど、でもそれにもかかわらず、彼らと較べてしまうと自分がひどく立派な服を着ているように思えた。そのせいで、なんだか自分がここにはそぐわない浮いた存在であるように感じられた。僕の着ていたものと彼らが着ていたものとの間には何かひどく埋めがたい隔たりのようなものがあるように感じられたし、それはそのまま、僕と彼らが住んでいる世界の違いそのものであるようにも思えた。
 結局のところ、僕と彼らはまったく別の世界に住んでいるのかもしれない。こういうのはあまり心温まる結論とはいえないだろうけれど、でもそれが彼らの姿を見ていて僕が正直に感じたことだった。

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