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2005/07/30

【香港的小旅行記 第24回】

 ■またまた話しかけられる:

 アランと別れると、僕はスター・フェリーの乗り場の方に向かって歩き出す。フェリーの乗り場はここから歩いてすぐのところにある。フェリー乗り場までは海側から遊歩道伝いに行くこともできたのだが、そのことを知らなかった僕はさっきの香港文化センターの方へと戻り、ペニンシュラ・ホテルのある通りに出てから乗り場まで歩こうとしていた。
 するとその時、こんどはちょうど僕の向かい側から歩いてきたアジア系の女性に話しかけられた。「コンニチハ」。
 どうしてだかわからないけど、どうもこっちの人には僕が日本人であるということがわかるみたいである。彼女は僕がアランと話しているところを見ていたわけではないし、この時は僕も手におにぎりやら巻き寿司やらを持って歩いていたわけではない。ガイドブックだって手には持っていなかった。それなのにいきなり日本語で話しかけてくるというのはいったいどういうことなのだろう? 実はこういうことはこのあと1,2度あった。謎である。日本人にはわれわれが気がつかない外見的な特徴があるのかもしれないし、あるいは彼らには「こいつは日本人だ」というのをすぐに見分けることのできるセンサーみたいなものが標準装備されているのかもしれない。もしくはただ単に、僕がこの時髪が金色だったことで「髪を染めているからこいつは日本人だ。間違いない」というふうに判断したのかもしれない。よくわからない。
 それにしても、こちらがまだ何も言っていないのに向こうから「コンニチハ」とか、「ドウゾ」なんて言われてしまうとひどくびっくりしてしまう。一瞬何が起きたのかわからなくなってパニックになりかける。

 僕に話しかけてきたその女性は、やはりアランに似たようなフィリピン系(よくわからんけど)の顔立ちで、年の頃は30過ぎというところか。やや小柄で、それなりの専門的職業についているような服装に見えた。彼女の目や顔つきからはこちらに対する敵意のようなものは感じられない。そこに日本人がいたので自分の日本語を使ってみたかった、というふうに見える。
 「ドチラカラキマシタカ?」というので、「東京です」と僕は答える。ほんとは横浜なんだけど、こういう時はめんどくさいので「東京」と答えておく。横浜も港町なので外国人には比較的知名度が高いところだけれど、でも東京の方がそれよりずっと知られているし、そう答えておけばいちいち説明しなくて済む。東京を知らない人なんてそんなにはいないだろう。ここはオクラホマやノース・ダコタではないのだ。
 彼女はたどたどしい日本語で僕にいくつか質問をしていたのだが、僕の英語の方が彼女の日本語よりも少しだけマシだということに気がつくと、それからあとはしばらく英語での会話になった。でもそこで何を話したのかは、残念ながらよく覚えていない。話したといっても1、2分の立ち話だったから、そんなにたくさんのことを話したわけではない。あなたの英語はお上手ね。ありがとう。あなたの日本語も上手ですよ。

 「これからどこに行くの?」と彼女が聞くので、「スター・フェリーに乗って向こうに渡るんですよ」と答えると、「あら、スター・フェリーの乗り場はこっちからじゃないわよ。ここから歩いていったその先」とおしえてくれた。あれ、遊歩道からも行けるのか。どうもありがとう。
 彼女と別れてフェリー乗り場に歩いていこうとすると、そこで少し遠くからアランがでかい声で呼びかけてきた。
 「おーい、ケイ! その人は君のガールフレンドかい?」
 まったく僕はなんと答えていいのか困ってしまう。英語で「ガールフレンド」といった場合はふつう、日本語でいうところの「ガールフレンド」よりもずっと意味が強くなってしまうからだ。「女友だち」というよりは、ほとんど彼女・恋人の意味に近い。もっとステディな意味合いなのだ。そしていうまでもなく、またどのような観点から見ても、その「コンニチハ」の彼女は僕のガールフレンドではない。さっき会ったばかりの知らない人だ。いい人みたいだけど。
 だからアランの質問に対する答えは当然「ノー」なのだけど、「ノー」とはっきり否定して答えてしまっても彼女に対して失礼なような気がしたし、かといって「イエス」なんて答えたらもっとややこしいことになってしまうことは目に見えていた。だから何か違う言い方はないものかといろいろ考えていたのだけれど、こういう時になんて言えば波風を立てずに済むのかなんていうことは僕には全然思いつかなかったので、結局なんと答えようか言いあぐねたまま、僕はマヌケ面をしてそこにつっ立っている羽目になった。まったくこういう時はなんて答えりゃいいんだ??
 僕が困っているとアランは、「いや、いいんだよ」というしぐさをして(遠目だったけれど、そういうふうに見えた)、大きく僕に向かって手を振りはじめた。だから僕も彼に向かって大きく手を振ることにする。バイバイ、またね、というふうに。ほかにどうすればいい?


File0076


 彼らと別れると、僕は今度こそフェリー乗り場の方に向かって歩き始める。まったく彼らはなんだったんだろうな。それも立て続けにふたりも。そんなに日本人と話したいものなんだろうか? それに「文化センターはこちらですか?」と最初に尋ねてきた割には、アランはちっとも文化センターの方に行こうというような気配はなかった。僕と別れたあとも、遊歩道のそばで友達らしき人と延々立ち話をしているばかりである。文化センターはどうなっちゃったんだろうな? それともあれはただのきっかけで、彼は誰かと話したかっただけなのかもしれない。
 でもフェリー乗り場に向かって歩いているあいだ、僕は自分の心がさっきまでに較べてずっと軽くなっていることを発見していた。軽くて、楽で、少し疲れがとれている。背中の荷物も、さっきまでより心なしか若干軽く感じられた(食料を少し食べたので実際に軽くなっていたのもあるけど)。
 考えてみれば、こっちに来てから人と話すということをほとんどしていなかったのだ。まともに話したのは空港でホテルを紹介してもらった時とホテルでのチェック・インの時、それからホテルのポーター氏と必要事項についていくらか言葉を交わしただけである。それ以外にはまともな会話なんて全然していなかった。しかもそのいずれの時にも僕はひどく緊張していたから、リラックスして誰かと話したというのはいまのふたりがはじめてだったわけだ。
 英語で話していたにもかかわらず、僕はふたりと話していてもほとんど緊張というものをしなかった。もちろん、英語で何て言ったらいいのかわからなくてしばらく考え込んでしまったり、相手の言っていることがうまく聞き取れなくて聞き返したりなんてことだってあったけど、でもそれほど緊張はしていなかった。空港やホテルではかなりあせあせしながら話していたというのに、彼らとの会話ではそうではなかったのはいったいどうしてなんだろう?

 その理由を探し出すのはそれほどむずかしいことではない。結論から言ってしまえば、それはアランたちの英語があまり流暢ではなかったからだ。あるいは、アランたちとの会話というのは、僕がこの旅行をこなす上で必要な場面にはなかったからだ。そういうことだろう。
 ホテルのポーター氏の英語も割とぶっ壊れていたけど、アランの英語も決して流暢と呼べるほどのものではなかった。きっとアランはネイティヴ・スピーカーというわけではないのだろう。でも彼の言っていることはほとんど理解できたし、それに合わせて、僕もそこそこしゃべれたと思う。具体的にどう話したかということははっきりとは記憶に残っていないのだけど、でも彼との会話はちゃんと続いて成立していたのだから、それなりに話していたのだろうと思う。たぶんね。
 どうやら相手の英語がぶっ壊れていると、こっちも腰が引けるということがないのでかえって楽に話せるみたいである。ぶっ壊れているのはお互い様。そうなると、自分の話してる英語がかっこいいかかっこ悪いかなんてことは全然気にならなくなる。大切なのは自分の思っていることを相手に伝えることであって、伝わりさえすれば多少不恰好だろうがなんだろうがそんなことは大した問題じゃないのだ。
 そしてそのことを裏返せば、僕はふだんから「ちゃんと話さなければ」とか「みっともない英語は話してはいけない」といった気持ちが強くて、英語を使うということに対して腰が引けていたのだ。「恥をかきたくない」と思うあまり、必要以上に萎縮していたのだ。こういうのはあまり心地よい結論とはいえないけれど、しかし冷静かつ公平に見れば、まあそういうことになる。

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