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2005/09/03

【香港的小旅行記 第30回】

 ■貧富の差について考えた:

 3Fと4Fはフォーマル・ウェアや比較的高級なファッションのフロアなので、ここはパスして僕はロビーへと降り、そのまま建物の外へ出る。
 のどが渇いたので、タイムズ・スクエアのすぐ前にあるセブンイレブンに入ってペットボトルのコーラを買う。1本6ドル50。ついでに雑誌の棚にあったサッカー雑誌を手にとって見る。雑誌のタイトルは『足球』。表紙にはベッカムとジダンとトッティとトレゼゲとバラック、そしてルート・ファンニステルローイの6人が写っている。
 中を開くと、ヨーロッパでプレーしている世界の有名選手たちが各リーグごとに写真入りで紹介されていた。一種の選手名鑑みたいなものなのだろう。文字は一部の英語表記を除いて全部中国語、全部漢字。ぱらぱらめくっているとなかなか発見があっておもしろかった。そうか、ジダンは漢字だと「施丹」と書くのか……。ベッカムは「碧咸」、ギグスは「傑斯」ね。ふうん。値段は15ドル(250円)。造本もしっかりしていてページ数もある割にはずいぶん安い……ということで、コーラと一緒にこの本も買う。あわせて21ドル50セント。あとでゆっくり読もう。

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コンビニで見つけた選手名鑑。あとで買い足して友達へのお土産にしました。


 レジで支払いを済ませ、店の外に出てちびちびとコーラを飲む。通りは相変わらず人が多く、そして異様なまでに暑い。ほんとに勘弁してくれよなあと思う。
 ふと上を見上げると、この辺りにひしめくようにして立っている高層アパートの外壁に、薄汚ないエアコンの室外機がびっしりとへばり付いているのが見えた。おそらく、各部屋にひとつずつエアコンがついているのだろう。それくらいたくさんある。この光景を見たときに、僕はどうして香港の街中がこんなに狂ったように暑いのかがわかったような気がした。つまりこういうことだ。
 香港というところは元々暑いところだ。気温も高いし、湿度も高いので蒸し蒸しする。そして気候が蒸し暑いせいなのか、香港の人というのはやたらと冷房をまわす。外の暑さにめげて建物の中に涼みに入ると、こんどは冷房が効きすぎていて逆に寒さに震えるなんてことは僕でも何度かあった。ガイドブックには「香港の人は冷房好き」とあったけど、まったくそのとおりだと思う。生活必需品という以上に、根本的に冷房というものが好きなんじゃないかという気がする。
 そして部屋の数ほどもあるクーラーをみんなしてせっせとまわすものだから、建物の壁面を埋め尽くした室外機からは熱風が山ほど吐き出され、その結果、ただでさえくそ暑い繁華街の気温は一種ヒートアイランド的に上昇してしまうわけだ。断崖絶壁にある海鳥たちの巣のように壁面を埋めつくした室外機の群れを見ていると、そのことがとてもよくわかる。

 香港の街並みでもうひとつ印象に残ったことは、この街では富めるものと貧しいものとが、同じところに極端なまでに同居しているということだった。
 この銅鑼灣のような繁華街で特に顕著だったことだが、そごうや三越のような高級ブランドを扱う清潔なデパートのすぐ裏で、見るからに貧しげな身なりをした人々がデパートから出るゴミの清掃作業に追われているのがひどく目についた。ちょうど『少林サッカー』の中で、貧しい主人公のシンがデパートのゴミの清掃作業に従事して日々の糧を得ていたのと同じような感じだ。
 あの映画を見たとき、穴のあいた靴しか持てないような貧しい人たちと高級なデパートいう落差のある取り合わせに僕はすごく違和感を抱いたのだが、あれは現実そのものの光景だったのだ。僕はそれを現地に来てこの目で確認することになった。デパートの入り口から20メートルも離れていないようなところで貧しい身なりの人たちがゴミ清掃の作業に従事している。
 なにもデパートの入り口からいくらも離れていない、人目につく場所でそんなことをしなくてもいいのではないかと僕なんかはつい思ってしまうし、また日本だったら、こういうものはなるべく客の目に触れないように裏で極秘裏に処理されるのだろうが、土地の少ないこの香港ではそうすることがむずかしいため、このような人目につくところに存在してしまうことになる。
 彼らのような人々がこの香港の社会でどのような階層に位置しているかということは、彼らの身なりや顔立ち、あるいは彼らがまとっている雰囲気みたいなものからすぐに見分けがついてしまう。きのう香港に着いたばかりの僕にもすぐわかる。
 彼らはきっと、デパートで働いてはいても、そこで売られている高級な商品にはまったく縁がない人たちなんだろうなと僕は想像する。まるでカカオ豆の栽培に従事しているにもかかわらず、チョコレートというものに全然縁のないガーナの貧しい農民みたいに(いま気がついたんだけど、こういうことを書きながら、僕はロッテのガーナチョコレートを食べていたりします。なんか全然説得力ないですね)。


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 あたりを見渡せば、全面ガラス張りの近代的オフィスビルやタイムズ・スクエアのようなショッピング・エリアのすぐそばに、いまにも崩落しそうな雰囲気のボロアパートがいくつも平気で建っている。そのふたつの種類の建物のあいだにはひどく激しく落差が存在するので、僕は一瞬、これは何かの間違いではないかと思ってしまう。そこには景観の統一性などというものはほとんどかけらも見当たらない。
 どんなに近代的でどんなに斬新なスタイルのビルディングを建てても、そのすぐそばに貧しい生活臭を丸出しにしたボロアパートなんかが立っていたら、これはあまり説得力がないんじゃないかと僕なんかは思ってしまうのだけど、ここ香港ではそういうことはあまり気にされていないみたいである。
 あるいは景観を損なうような建物を取り壊したりしたくとも、地価の問題やら法律の問題やらがややこしく絡んでいて、そういうことはうまく実現しないのかもしれない。もしくは、狭い土地にたくさんの人たちが密集して暮らさなければならないので、そんなことを気にしている余裕はないのかもしれない。それが当たり前のことになってしまっているので、いまさらそんなことを気にする人はいないのかもしれない。
 これは土地が狭い香港の宿命みたいなものといってしまえばそれまでなのかもしれないが、裕福な人は裕福な人、貧しい人は貧しい人という具合にジオグラフィカルにセパレートすることがむずかしいせいで、この両者の埋めがたい差というのは余計に強く感じられるのかもしれない。たしかにここには、うらぶれた街のうらぶれた集合団地のような、ささくれだった雰囲気といったものはないけれど、でもこの光景には何かまたべつの説得力のようなものが感じられた。

 僕が香港にいたのは三日間というごく短い時間でしかなかったわけだけれど、僕が見た限りでは、そういう激しい落差というのは、香港の大概のところで割とごく普通に見られた光景だった。「橋のない川」といったら言い過ぎかもしれないが、しかしこの光景は、そのような種類の断絶を僕に想起させる。
 もちろん僕は、ここで香港における貧富の差の激しさを非難したいわけではない。階級間における貧富の差を是正すべきだなどと言いたいわけではない。そうではなくて、僕はただ単に、この香港というところの富めるものと貧しきものとが極端に同居している光景を見てしばし戸惑ってしまったのだ。ああ、世の中にはこんなところもあるんだな、と。頭の中の知識ではなく、もっとフィジカルな体験として。

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