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2005/12/24

【香港的小旅行記 最終回】

 ■帰国(さよなら香港):

 空港での帰りの飛行機へのチェックインは滞りなく終わる。思いのほか暇な時間ができたので、いつものごとく目新しい空港内の売店を物色してまわる。特に面白いのは雑誌の置いてあるニュース・スタンドだ。そこにはイギリスの人気作家であるニック・ホーンビィの新刊書が平積みになっていた。

 帰りの飛行機の中では、こっちに来る時の機内で気になっていた香港の新聞を読んでみる。僕が手に取ったのは「東方日報」。今日は月曜だというのに、日曜版の朝刊みたいに総合面や芸能、スポーツ、レジャーなどの各項目ごとに分かれていて、全部目を通すには結構時間がかかる。スポーツ面ではこの時釜山で行われていたアジア大会の様子がトップで報じられている。
 紙面はほぼ全面カラー印刷で、モノクロ印刷のページはほとんどない。日本のスポーツ新聞の一面の彩色がほぼ全面にわたって広がっているのをイメージしてもらえれば近いと思う。こんなことをしていて元が取れるんだろうかと、よその国のことながら心配になってくるけれど、全面カラーなので見ているだけでも楽しいことは楽しい。漢字を追っていれば何となく意味がつかめてしまうところもうれしい。


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(「東方日報」の紙面。全ページフルカラーです。スポーツ新聞みたい)


 海外旅行の飛行機の中というのは概してすることがなくて暇なものだけれど、僕は今回、飛行機の中では英字紙を読んでいると時間があっという間に過ぎてしまってたいへんよろしいということを発見した。帰りの4時間のフライトの間、機内食が出されている時を除けばほとんど新聞を読んでいたのだが、引き込まれて延々読んでいるうちに気がついたら成田の上空まで来てしまった。もう少し読んでいたいような気もしたのだけれど、そんなことをいってもしょうがないので、読んでいたヘラルド・トリビューンはそのままもらってきた。よってその時の新聞は今も記念に僕の部屋にとってある。
 英字紙を読んでいたといっても、読んでいたのはスポーツ面だけ。総合や金融面みたいなところは読む気がないので最初からすっ飛ばしてしまう。ただでさえ疲れているのだ。そんな小難しいところを律儀に読んでいたらますます疲れてしまう。

 スポーツ面の最初に出ていたのは昨日行われたセリエAのユベントス対パルマの試合。中田英寿が今季(02-03シーズン)初ゴールを決めた試合である。トップにヨーロッパ・サッカーという時点で僕にとってはおあつらえですね。昨日の試合の結果はさっき読んだ東方日報で簡単にチェックしただけだから、試合の詳細を知ったのはこの記事の中でのことである。おもしろいので手元の新聞記事から試合経過をたどってみる。
 まず見出しは「Del Piero saves Juventus with a late, disputed goal」。
 「デルピエロ、終了間際の問題のゴールでユベントスを救う」といったところか。見出しの横には、デルピエロがパルマのGK・セバスティアン・フレイを抜いてシュートを打とうとしている場面の写真が載っている(関係ないけど、このふたりはセリエAでも一、ニを争う男前だと思います。特にフレイの銀髪はめっちゃかっこいい)。

 試合はユーベのホームであるトリノで行われている。パルマにとってはアウェーのゲームになる。ホームであるユベントスには、昨シーズンまでパルマにいたイタリア代表のマルコ・ディ・バイオと、おととしまでパルマにいたジャンルイジ・ブッフォン(同じくイタリア代表)とリリアン・テュラム(フランス代表)の3人がいる。
 試合は両チームとも決め手に欠いたことと、ユベントスのGK・ブッフォンの好セーブもあって後半途中まで0対0の膠着した状態が続くが、66分(後半21分)、中田の今季初ゴールでアウェーのパルマが先制。
 ここまでスタメン落ちを繰り返していた中田だが、結果的にみれば、この試合を契機に復活してチームの中心に返り咲いたことになる。しかしこの人はつくづくユーベに強い人だ。ASローマにいた00-01シーズンの終わり頃、優勝のかかった大一番のユベントス戦で、後半途中から出場して1ゴール1アシストをあげてユーベの逆転優勝を土壇場で粉砕したのはあまりにも有名な話だし(特にローマにおいては)、パルマに移籍した去年はコパ・イタリア(日本でいうところのナビスコカップ)の決勝第1戦でゴールを決めて、結果的にそれが決勝点になってパルマを優勝に導いた。さらにもっと昔をいえば、ペルージャ時代のセリエAデビュー初戦でいきなり2ゴールをあげて波に乗った試合もユベントス戦だった(この時はペルージャのホーム)。ユーベのファンにしたら憎々しいを通り越してただ呆れるしかないというところだろう。「おいおい、またナカタかよ」と。
 続く後半36分には、ムトゥのクロスにアドリアーノが合わせて2対0。この時点でパルマの勝利はほぼ決まったも同然だったはずだが、しかし現実はそんなに甘くない。
 このあとユベントスのDF・トゥドールのゴールで1点差とされた上に、パルマのMF・ラムシが退場処分。パルマはひとり少ない10人になってしまう。時間はあと少しだったからここで守りきらなければいけなかったのだが、ロスタイムに入ってからデルピエロにゴールを奪われ、終了間際で同点に追いつかれてしまう。この時デルピエロが手でボールを触ったのではないかともめたが(‘disputed’とあるから、判定をめぐってパルマの選手が主審に詰め寄るシーンがあったのだろう)、結局判定は覆らず2対2の引き分けで試合は終了。パルマは貴重な貴重な勝ち点2(3マイナス1)を取り逃がしてしまう。
 今シーズン若手主体のメンバーでのぞんでいるパルマとしてはここで王者ユベントスに勝つことができれば勝ち点3以上に大きな自信になったはずなのだが、こういうところが若いチームの弱さというか、王者のしぶとさみたいなものなのだろう。実にもったいない結果だというのが僕の率直な印象。逆にユベントスからすれば、負け試合を何とか引き分けに持ち込むことができて儲けものの一戦。新聞では「salvage a draw」という書き方をしていたけれど、これはすごく感じが出ていてうまい表現だなあと思う。まるで海底から貴重な「勝ち点1」を曳き上げたみたいだ。まあ実際そのとおりなんだけど。中田君としてはせっかく先制点を取ったのに、何とも残念でした。

 このあともラツィオ-ACミラン戦や、各国リーグの試合経過を追っているうちに、たちまち時間が過ぎてしまう。日本語の新聞と違って読むのにやたらと時間がかかるのだが、結果を知りたい気持ちと解読する楽しさが加わって時間が経つのをすっかり忘れてしまう。結局機内で読めたのはサッカーとメジャーリーグの記事が少々。とてもじゃないがそれ以外のものにまでは手が回らなかった。


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(ヘラルド・トリビューンの記事から。デルピエーロ!)


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(こちらは東方日報。中田君今季初ゴール)


 そのあとのことについては、特に書くべきことは思いつかない。
 「香港はどうだった?」と何人かの人に聞かれたけど、もちろん僕は「ああ、楽勝だったよ。たいしたことなかったね」と答えていた。行く前にはさんざん心配して不安になって憔悴していたくせに、帰ってきたあとにはこれだ。自分でもかなりのお調子者だと思う。
 でも、これが実感だったのだ。それ以外の言葉なんて特に思いつかない。踏み出す前は果てしなく高い障壁に思えるが、いちどこなしてしまえば案外たいしたことはない。壁というのは往々にしてそういったものだ。
 そう、「わかっちゃいるけど踏み出せない」。これが大方の人の実感的感想ではあるまいか。そしてもちろんそれは僕にも当てはまる。踏み出すまでに、そして心を決めるまでにひどく時間がかかる。しかし、長い逡巡を経て掴み取ったその何かは、確実に自らの血肉になる。自分の肥やしとなる。経験を通して自分のものになるのだ。

 たぶんおそらく、僕は今回の短い旅を通して、自らにそのことを教え、叩き込もうとしていたのではないかと思う。半ば意識的に、半ば無意識のうちに。いろいろ心配してたってやりゃあできるんだよ。だってほら、お前は実際にひとりで全部できたじゃないか。つまりそういうことを、それに類したことを。
 あれから3年が経った今でも、自分にそういった力が備わったかどうかについてはあまり自信がない。進化どころか、以前より退化しているのではないかと思うときもある。でも何もしなかったことに比べれば、何がしかの進捗なり進展なりはあったのだと思いたい。だって、そうでもなければ救いというものがないから。僕としてはこの小さな経験が、あとになってきっと何かの小さな後押しになることを祈りたい。ささやかに控えめに、しかしある種の確信を持って。

 英字紙に読み疲れた僕は新聞を小さくたたみ、目を閉じてしばしのあいだシートの背にもたれる。そして暗闇の中であの猥雑な喧騒を少しだけ思い出す。あと何年か経ったら、もう一度あそこに戻ってみるのもいいかもしれない。そのとき自分がいったいどれだけやれるのか。今よりもうまく上手にできるのか。少しだけ試してみたいという気持ちが芽生えていた。そして言うまでもなく、緊張と不安で何も手につかなかった3日前の僕はもうそこにはいなかった。成田の滑走路まで、あともう少しだ。


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(了)

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