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2006/03/15

92.卒業式・成人式考

 卒業式の季節のようです。窓の外には羽織袴を着た女学生たち(なんだか大正・昭和の純文小説みたいな表現だな)の姿が見えます。彼女たちの表情は一様に楽しそうであり、晴れやかであり、またそれと同時に、次の春へ向けての期待と不安を映し出しているように見えます。きっと4月になれば、彼女たちはそれぞれの新しいステージに向けて旅立っていくのでしょう。そしてほぼ毎日のように姿を見せる卒業生の一団を目にするたびに、僕の心は小さく痛む。まるで失われた年月の重さを確認するかのように。


 卒業式というものに対して憧れにも似たような気持ちを抱くようになったのは確かなようです。そう、僕はなにしろ、卒業式なるものに出たことがほとんどないから。1年半ほど留年したせいもあって、大学の卒業式には出なかったし、中学と高校はともにむさくるしい男子校であったので、卒業式に関して特に印象に残るような出来事がないのです。式にまつわる感傷めいた記憶も一切なし。定番の卒業式ソングの歌詞だって何一つ知らない。よくある歌のタイトルだって思い出せないぐらいです。
 そうなると、小学校の卒業式にまで時間を遡らなければいけないわけですが、これはこれで話が昔すぎてよく思い出せない。でもそれにもかかわらず、自分の中の卒業式の記憶といえば、やはり小学校どまりなのです。もう20年近くも前(がーん……)。僕はつくづく卒業式に縁のない人間みたいです。そして道ゆく彼女たちの羽織姿を見ながら、僕はそこに羨ましさにも似た気持ちを抱くことになる。残念ながら。


 縁がないのは成人式も同様でした。僕はこれにも参加しなかったから。中学から東京の学校に通い、地元の友達がいなかったからという理由もありましたが、成人式に付き物の、あのカッチリした格好が嫌いだったのが大きな理由です。僕は昔からスーツとかワイシャツだとかのカッチリした格好がどうも苦手なのです。そんなわけで成人式のほうもパスでした。


 今になって思うのですが、僕はこういう一種通過儀礼的な儀式を経なかったことで、どこか大人になり損ねてしまった部分があるかもしれません。卒業式には卒業式の、ハタチには成人式なりのケジメづけのようなものを、どっかですっ飛ばしてきてしまったような、そんなうら寂しさと後悔を感じることがあります。きっとこの手のものはもう一生抱え続けていくしかないのでしょうが。でも何かが寂しいものですね。そんな春の訪れです。

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