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2006/03/17

ひきこもりについて考える

……わけがないでしょう。
もううんざりしてるんだから。飽き飽きしてるんだから。
世間ではいまだにひきこもりやらニート論議が盛んなようですが、
はっきり言って興味がないです。「だから何? 何なの?」みたいな。
「考えたって考えなくなって別に死にゃあしねぇんだよ」ぐらいに思っている。
最近は。


「考える」という行為自体がもう嫌なんです。はっきり言ってうざい。
頭で考えることよりも、からだで感じることや動かすことを優先してやってきた。
なぜならそうしたかったから。それが好きだったから。
そして何より、「頭でっかち」な自分に飽き飽きしていたから。


何年かのあいだ、「新ひきこもりについて考える会」という会をやっていました。
でもいつの頃からか、その会に対して完全にモチベーションを失っている
自分を発見しました。やってても全然楽しくない。つまらない。面白くない。
初期の頃にエネルギーを使いすぎて燃え尽きてしまうという
いつものパターンにはまっていることには薄々気がついてはいましたが、
だからといってどうすることができるものでもなし。
最後に出たミーティングの席で、
「もう好きでもない人と延々惰性でつき合ってる感じ」と言い放って
他のスタッフの総スカンを食ったのですが、しかしこれも事実なので致し方なし。
これを最後にスタッフを降りる覚悟を決めました。
モチベーションを失ったスタッフが運営の立場に留まるのは
誰にとっても好ましいことではありません。それは以前の経験から承知済み。


でもやめて良かったと思っています。
ほんとね、気持ちが失せていたんですよ。
考えるという行為にうんざりしていた。
「ひきこもりについて考え」てる場合なんかじゃないっつうの。
そんなの今いちばんやっちゃいけないことじゃないか。
それよかもっと感じたかったし、からだを使いたかった。動かしたかった。
「ひきこもり」そのものはもう一生ついてまわる事柄なんだから、
眉間に皺寄せて考える必要なんかもうないわけです。
そんなことしてたら「ひきこもり」漬けになって窒息しちゃうよ。死んじゃうよ。


やりたい人は好きにやってください。議論してください。
でも、ひきこもりよりも大切なことなんて世の中いくらでもあるんです。
これからはもっとそっちに力を割きます。すでに割いています。
「自分が幸せになること」。これが目下いちばんの関心事。
すべてはそのためにあるのです。先の道のりはひどく長いですが。
でも努力はしてるんだよ、自分なりに。

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コメント

はじめまして。

 僕も同じような立場です。

 自助グループの発起人として活動していたのですが、

 「もうひきこもりにはうんざりです!
  腫れ物に触るように、毎度毎度気を使うのは、もう精神がもちません!僕は、もっとざっくばらんな世界へ行きたいのです!」
  
 と、正直に発言したところ、精神保健福祉センターの職員が切れて、猛烈に説教されて、そして、僕はやめました。

 こいつら一体何を考えてんだ? 
 と、「ひきこもり当事者」も「支援者」も、もううんざり、という感じになりました。

 とにかく、やめてよかったです。

 「ひきこもり」は大変難しい問題で、これに関わっていると、こっちまでおかしくなってしまうことを感じました。

 僕自身は、まだ「定職」にはついておりませんが、「家庭教師」で小銭を稼ぐレベルにはなっています。

 でも、もはや「ひきこもり」にはなりません。
 というか、「医療」や「福祉」には、もう触れたくないです。

 長文失礼しました。
 

投稿: もとこ | 2008/02/28 14:14

たまやんおひさしぶりー!
ずっと連絡つかなかったからどうしたのかと思っていたよ。
ひさびさにメール(コメント)くれてうれしかった。

結婚式の話は前に書いたけど、
結構悪くないものだったよ。
かっちりしたものじゃないけど、
普段着感覚で着物が着れたらいいなあとも思ってる。
原宿とかあの辺でそういうお店結構あるでしょ。
余力がついたらだんだん開拓していきたいなあ。

子どもは面白いね。
小学校の教員免許のこととか少しだけ考えてしまったよ。
こっちにとっても新鮮だったけど、
彼らにとっても新鮮なんだよね。
「31歳? あ、うちのお母さんと同い年ー!!」
と言われたのはさすがにショックであったけどね。
がーん……。

投稿: ねじまき鳥 | 2006/03/19 16:32

お久でやんす。すっかりご無沙汰しちまったねい。
只今、実家にてじっくり「自分が心地よいと感じること、幸せだなぁと思うこと、好きなこと」を、「自分が幸せになるため」に、自分を中心にした視点でものをみるように、日々暮らすようにしています。
今まで、外から自分を見ていた。でも、それは物凄くしんどいことだし、そもそも「自分が自分であること」とはほど遠いこと、にようやく気づいたから。
そんなわけで、カウンセラーの力や両親などなどの協力も得つつ、日々、マイペースに人生歩んでます。
しばらく音信不通にしとったんで、ちと、ご挨拶を、と。
来月はまたもや友人の結婚式。だけど、私も逃げんよ。
むしろ、着付け教室で折角習ったんだから、と着物着る絶好の機会!と、堂々と行って来ようと思うちょります。いえい。
そんなわけで。またねん。ばいびー。

追伸:
子どもらとのふれあい、その経験を是非とも大事にしとくだされ。
子どもらにとっても、きっと、先生とは違う大人として、貴重な「お兄さん」(私らは「ばばぁ」とか呼ばれる世代になってもうたけどものう・・・とほほ)として思い出に残るものであると思うから。
子どもたち、カワイイでしょ?ふふふ。

投稿: たまやん | 2006/03/19 14:51

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