□ねじまきラジオ□

2014/11/13

97.「ひきこもりUX会議」 ―その意義について―

 「ひきこもりUX会議」。なんとも不思議な名前ですよね。
 正直言って、僕も最初はよくわからなかったです。「UXって、そもそも何?」というのが、最初の正直な気持ちでした。たぶんみなさんもそう感じたんじゃないかと思います。
 でも、イベント当日が近づくにつれて、「このイベントはかなり画期的なものなんじゃないか」という気がしてきました。「成功させなければいけないものなんじゃないか」という気になってきました。なので今日は、僕が考えたこのイベントの意義みたいなものについて書いてみます。


 僕が思うこのイベントのポイント(意義)はふたつ。
 まず第1点目は、元・当事者が完全に自由な地点から発信するイベントだ、という点です。この「ひきこもりUX」には、どこかの支援団体の名前がついておらず、実際の不登校・ひきこもりの経験者(五名)が主催になっています。この主催形式は、ありそうでいて、でもたぶん今までなかったかたちです。
 ひきこもりや不登校の当事者や元・当事者が自らの体験談を話す行事は数多くありますが、その場合、どうしてもその主催団体の色が出てしまうところがあります。決して各団体の宣伝が目的ではないとわかっていても、「うちの団体を利用していた若者がこんなに元気になりましたよ/就職できるようになりましたよ」という我田引水的な臭いが漂ってしまうことはある。実際に我が田に水を引いている場合もあるだろうし、そうではない場合もあるでしょう。ですが、ある支援団体が主催していることで、ある種の先入観や拒否感情を誘発してしまう可能性があるということは否定できないように感じます。「ああ、○○がまたやるのか。でも、あそこは好きじゃないから行きたくないなあ……」という気持ちになることだって実際にある。
 でも、それって、もったいないですよね。そのイベントに登壇する不登校/ひきこもりの当事者が言いたいことは、別に「この団体がいかに素晴らしいか/この団体のおかげで自分はこんなふうに救われました」ということではなかったりするのに、「主催があそこの団体だから嫌だな」といって敬遠されてしまうのはとても残念なことです。せっかくの貴重な当事者メッセージが、結局一部の人にしか届かないで終わるということは、しばしばあるように思います。
 こういうことを言うと嫌がられるかもしれないけど、結局そのイベントに足を運ぶのは、その支援団体に好意を抱く人がほとんどであり、それはすなわち、だいたいいつもの似通ったメンバーだったりするわけです。それがダメとは言わないけれど、どうしても物事が局所的にならざるを得ないし、広がり(ブレイクスルー)だってそこにはない。
 でも、今回の「ひきこもりUX」は、純粋な当事者発信です。不慣れなことなど、いろいろと問題はあると思いますが、この「まったく色がついていない」という点はわりに重要なことのように思えます。先入観や拒否感情を持たせずに、当事者・経験者の声をストレートに伝えるという意味において。


 ポイントのその2。イベントのタイトルにもなっていますが、「ユーザー・エクスペリエンス(UX)」という視点に立っているという点。ここ、大事です。試験に出ます(嘘)。
 「UX」とは、ユーザーの意見を反映して製品開発に活かすという意味の言葉。ユーザーの意見や体験を反映しながら製品の改良や開発に活かしていくわけだから、考え方としては至極まっとうですよね。もう、まっとう過ぎるくらいまっとう。
 でも、裏を返せば、その「至極まっとう」なことをあらためて声高に叫ばなければならないという点に、これまでのひきこもり支援のずれが表れている――という言い方もできるような気がします。
 さて、ここで紹介するのは、このイベントの発案者になった僕の友人の言葉。


 当事者・経験者が八名登壇して、それぞれの経験した、または希望する支援について話します。行政や民間団体の行う支援はどうしても就労に偏りがちであり、「支援する人→される人」の関係が作られがちです。本当に欲しい支援はなんなのか、もう一度支援者や親御さんにも考えてもらいたくて企画しました。


 これまで行われてきたひきこもり支援というのは、行政や支援する側が、「きっとこれが必要だろう/必要なはずだ」と思って作られてきた側面があったと思います。
 ひきこもりや不登校の当事者はまだ10代だったり、物理的に外に出てこられなかったりするので、ユーザー(=ひきこもり・不登校の当事者)の声を拾うチャンスというのはなかなかない。支援対象者の声を聞き取りにくい現象だから、結果的に、家族や一部の支援団体の意向が注目され、優先されることになる。声を発しやすい(声の大きな)人たちの意見が採用され、その結果がしばしば「就労支援」になる。本人たちが希望している真のニーズは支援者側に届かない。あえて意地の悪い言い方をさせてもらえば、「本人不在の中での大騒ぎ」です。ちょうどそれは、障害者に対する支援が障害者本人抜きに考えられ、作られてきたという歴史と近いかもしれません。
 とはいえ、今まではそれで仕方がなかったのだと思います。ユーザーの声を聞けない以上、周囲の人たちが「良かれ」と思って案を作るしか方法がなかった。ある種必然の結果だった。

 しかしきっと、今は時代が進んだのです。
 自分の意見を発表できる元・当事者が多数登場し、みずからの経験を発信して、「メーカー」(行政や支援者、支援団体、あるいは親や家族)に届けていくことができる。メーカーを批判したり、メーカーと喧嘩することが目的なのではなく、ユーザーとメーカーが一体になって、より良い製品(=サービス、支援、コンテンツ)を作っていくための建設的な議論をする土壌をつくることがこのイベントの意図するところです。
 そうした、他の分野においてはごく当たり前に行われていることが、不登校やひきこもり支援の業界においても、ようやくながらに可能な時期に入ってきたのでしょう。この業界も歴史を重ねて、それだけ成熟してきたのかもしれません。


 今回の「UX」は第1回目です。プレゼンターの顔ぶれを見ればわかることですが、「当事者」というよりは、もうだいぶ現役を過ぎた人たちが中心になっています。「UX」という点からいえば、現在進行形のニーズを訴えるにはいささか心許ないかもしれません。正確さを欠くかもしれない。でも今は、大勢の人の前で話せる当事者はまだ少ないので、どうしてもこういうメンバー構成になります。その点はどうかご容赦ください。これが現在の精一杯なのです。
 でも、この第1回における僕らの話を聞いて、「いやいや、あいつらの言ってることは違うよ。俺たちはこういう支援をしてほしいんだよ」とか、「そういうことを口にしても良いんだ。だったら自分はこういうことを言いたいな」みたいなことを思いついたら、今度はあなたたち「より現役に近い世代」がプレゼンターになって、みずからのUXを訴えてほしい。われわれ古い世代をとっとと舞台から追い出して、現在進行形の――生のUXを社会に伝えてほしい。それが可能な状況が来たら僕らは喜んで舞台を降りるし、喜んであなたたちの裏方にまわります。
 そして、そういうあるべき状況をこれから作り出していくためには、このイベントが第2回、第3回、第4回と続いていくことが必要なのです。だからこそ僕は、この第1回目のイベントにはぜひとも成功してほしいと願っています。社会やメディアから認知されて、定員(240名)に迫る集客を得て、次回、次々回を待望されてほしいと強く希望しています。


 ぜひ、一人でも多くの人に、このイベントに関心を持ってほしいです。
 できれば、万障繰り合わせて当日会場に足を運んでほしいし、あなたのお知り合いやお友達に声をかけてほしい。この文章がみなさんの手元に届く頃には、もうこのイベントは終わってしまっているかもしれないけど、でも仮に事後になってしまってからでもいいから、このイベントのHPを閲覧したり、フェイスブックで「いいね」を押してほしい。あなたが抱いた感想を(たった1行でもいいから)メールで送ってほしい。
 そうしたみなさんの関心と共感こそが、これからのあるべき状況を作り出していくための大きな力になるのだと、僕は信じています。

 2014年11月12日

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2006/07/23

96.刺青/やりつくすまではやる

 「ひきこもり経験者」ということで、自分の経験談をお話する機会をいただいています。場所は比較的大きな講演会であることもあるし、比較的小規模の家族会であることもある。自分がサポーターとして応援させていただいている家族会でちょこっとばかりコメントさせていただくこともあるし、話す現場は保健所の家族会や民間の勉強会ということもあります。まあなんというか、場所についてはいろいろですね。


 最近ではゲストとして話すだけでなく、企画側にまわってゲストの方々との交渉やセッティング、話の振り役である「コーディネーター」の位置に入ることもあります。すでにそれが仕事の一部みたいになっているわけです。これはいままで培ってきた経験や人脈がこういう形で生きているというのもありますが、それよりなにより、やっててなんだか楽しいんです。
 たとえば迷惑メールの発送業者など、世の中には人に迷惑をかけることで成立する仕事もありますが、でも今のこの仕事(全然本業ではないし、本業にするつもりもありませんが)はやはり人に喜んでもらえる。こういうのってやっぱり嬉しいもんです。手応えというものがあるし、やってよかったなって思える。そういったことが非常にしばしばあります。人に喜んでもらえるから、そして何より、やってて自分が楽しいから、だからこういう活動が続けられるのでしょう。いくらなんでも、しんどいだけのものだったら続けられないよ。だいいちこういうのは大してカネになる仕事ってわけでもないんだしね。


 以前のある時期には、こういう活動って自分の過去を切り売りしているみたいで嫌だなと思っていました。早くこういうのは卒業して次のステップに進みたいと思っていました。<早く逃げたい/卒業したい>。いつまでも「ひきこもり業界」にひきこもっているのはやめて、早く外の世界に出ていきたい。そう切に願っていました。そしてそれはたしかに重要で必要なことです。それは僕にとっても、僕のまわりの多くの人たちにとっても。
 でも話はそう簡単ではなかったみたいです。30を過ぎたあたりから少しずつある種の諦めがついてきました。そう、<ひきこもり>というのは一生自分についてまわる生き物なのだと。逃げ切ることはできないのだと。「かつて自らの人生に挫折して社会からひきこもった」という過去はいまさら消しようもないし、いまとなっては消すつもりもない。だって、それを否定してしまったらいまの自分はないわけですから。好むと好まざるとにかかわらず、僕という人間はここにしか辿り着かなかったのだし、結局のところここから出発するよりほかないわけです。いわば刺青みたいなもんです。それを人に見せるか見せないかの違いだけで。


 2年くらい前のある講演会で、僕の友人が語り部としての引退宣言をしました。「今までいくつかの場所でお話をさせていただいてきましたけど、自分の経験をこうしてみなさんの前でお話するのはこれで最後にします」、と。それを聞いて僕はとてもとても驚いた。もうそういうことはじゅうぶんやってきたし、もうこれからは新しい世界に進みたい、そういう時期が来たんだ。いまはこれから来る新しい世界にとてもわくわくしているし、そのことが楽しみなんだ。そう語る彼女の言葉を僕はただ呆気にとられて聞いていました。なぜって、それこそは正に自分が求めていたことであり、なかなかその境地に到達しない自分をもどかしく苛立たしく感じている最中のことだったから。


 そしてあるとき、「こういうのって自分の過去を切り売りしているみたいで嫌だ/早くこの業界から抜けたい」とこぼす僕に、その彼女はこんなことを言ってくれた。
 「そういう気持ちは私もわかるけど、でもおかもっちんの場合はもうちょっと気が済むまでやったほうがいいんじゃないかな。何かを中途半端に残したままにすると、そういうのって結構あとあと尾を引いちゃったりするからね」
 もう2年も前のことなので正確なところは覚えていないけれど、彼女の言わんとしたことは、おおよそこの辺りのことだったと思う。


 そしてそれ以来、どこか自分で気持ちに整理がつくようになった。たしかに言われてみれば、「嫌だ嫌だ」とか言いつつも、まだ不完全燃焼で燃え尽きていない自分がいる。話し終えて家路につくたびに、「ああ、今日はうまくいかなかった。もっと上手く話せたはずなのにな」と悔しくなる。「次はもっと上手く」と切に願う。前回の落とし前をつけたくなる。だからこそ「今度こそ」と思って再び壇上に立つわけだ。もちろんそう思ったからといって、実際に「落とし前」をつけられたためしなんて全然ないんだけれど。


 もちろん本意ではない。早く離れたい。それがいつになるのかもわからない。でもはっきりと自分の気が済むまではこの活動を続けようと思う。自然にこの世界から離れられる日が来るまで。満ちた潮が引き際の鐘を打つまで。

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2006/07/16

95.浴衣を買いました。

浴衣を買いました。
前から欲しかったんだけど、
今年は男性ものの浴衣に各デパートなどが力を入れている
ということでちょうどよし。いい機会なので買っちまいました。


「浴衣(着物)を着てみたいなー」と思ったきっかけは2つありまして。
ひとつは、数年前祖母が亡くなったときにいろいろ物を整理していたら、
祖父が若いころ着ていた絣(かすり)の着物が出てきたんです。
これがまた結構かっこいいんだ。50年近く前の立派なヴィンテージだし。
祖父は若い頃結構お洒落だったという話はそのとき初めて聞きました。


僕は子どもの頃から極度のおじいちゃん子だったので、
その着物を着れたらいいなーと思ったんです。
だって、50年前に祖父が着ていたものをまた自分が着るだなんて、
それってすげーカッコいいことじゃないっすか。
……が、そこには問題ひとつあって。
うちの祖父小さいんです。身長が147ぐらいしかない。
僕が167なので、さすがに着れないんですな。
大きいものを小さく仕立て直すことはできても、その逆は無理ですよね。
だからといって処分する気にもなれないので、
その着物は泣く泣く畳んでどっかに仕舞ってあります。
結構かっこいいんだけどな~、あれ。

ま、そんなわけであの絣の着物のことがずっと頭にあったわけです。
「あれが着れたらいいんだけどな~」って。


もうひとつの理由。
夏になると花火大会とかで女の子が浴衣着てますよね。
可愛いよね。浴衣フェチとしては結構たまんねーです。
でもさ、その浴衣の彼女の隣にいる男はTシャツに短パン。
「これどーなのよ?」ってかねがね思ってた。
なんか淋しくない?釣り合い取れないでしょ。美しくもないし。
やっぱね、男も浴衣着るべきだなって思ってた。
着物も着てみたかったし(着物の世界は奥が深いんだ)。

でま、着物の入り口としては花火大会っていうのはいいきっかけだし、
「一緒に着てみたいみたいな」ってのもあって決めたわけです。
「今年は浴衣を買うぞっ!」って。


いろいろ揃えたけど3万5千ぐらいで収まっちゃいました。
浴衣が1万9千、帯(兵児帯にしてみた)が1万、下駄5千、巾着2千円。
扇子は持ってたので買わない。しめて3万6千円ぐらい。
「あれ?その程度か」って思っちゃった。だってもっと高いと思ってたから。

まあ案の定着付けが難しいです。
元々「結ぶ」という作業が苦手なので帯の結び方がよくわからない。
夜中にクーラーつけたまんま、大汗をかきながら特訓しましたさ。
浴衣なのに全然涼しくない光景。
でも何事にも地道で格好のわるい努力は必要なのです。
おかげで一応どうにかなったみたいだけど……不安。
あとはもう実戦投入あるのみですな。着てみなきゃしょうがないし。


ちなみに今回浴衣を買うにあたって参考にしたのが、
『男のふだん着物』 鴨志田直樹 (河出書房新社)

024328430000


「難しいルールは放っといて、とにかく着ちゃおう」というコンセプトの本で、
とっつきとしてはなかなか良い本でした。
着物の世界ってあれやこれやわけのわかんないルールがたくさんあって、
それだけで鬱陶しくなっちゃうからね。
「難しいことは四の五の言わず、もっとカジュアルに着ちゃおうよ!」
っていうこの本のノリは、着物を着る上では結構大事だと思います。
だって着物って本来特別なものじゃないんだものね。
ただの「着るもの」でしょ。庶民の日常着だもん。
小難しいこと言ってちゃいけないよな。


とまあ小難しい議論は置いといて、
さっそく今日実戦投入してきます。
あー、さてどうなるものやら。不安だけど楽しみ~。

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2006/06/02

94.自分にスナオ

※この文章は去年の12月頃に書いたものです。思うところあって公開していなかったのですが、過去原稿をほじくっていたらたまたま発見したので、加筆訂正の上UPしてみます。

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 だいぶ肩の力が抜けてきたと思う。いろんな考え方がユルくなったし、良い意味で“いい加減”になった。歳をいくつか重ねたせいか、恥ずかしいこともしょーもないことも、以前に較べてだいぶあけすけに話せるようになったと思う。うん、これは実にいい傾向だ。悪くない。
 だがその一方で、まだまだ途上だなとも自分で思う。まだ足りない。もっとユルくなりたい。そういう思いはいまでもずっとある。


 ある友達(仮に「A」としておこう)とケンカをした。いろいろなことはまあボロクソに言われたのだが、「なんでお前にそんなことを言われなきゃならんのだ」という内容だったんで至極腹が立った。そのあとの対応にはもっと腹が立った。キレそうになった。しかしいろいろ考えさせられることもあって、まわりの友達数人に相談してみた。その中の一人が言ってくれた言葉。


「Aの言うことはある程度わかる。Aならそう思ったかもね」
「もう大人なんだし、今あえてそういう不器用さを出す必要はないんじゃない?」
「(そういう不器用さを出していると)自分も損するし、相手も不愉快になるし、それでもってこんなふうに言われちゃう」
「素直な感情は素直に出せたほうが大人だよ」
「気持ちをきちんと伝えると、それは(相手に)伝わるからね」


 びっくりした。ショックだった。もう少し自分のほうに同情的な言葉が返ってくると思っていたので、こういう種類の言葉が自分に投げかけられてくるとは思いもしなかった。
 でも少し年上で、年齢的に若干目線の違う友人からの言葉だったので、びっくりはしたものの、特に腹が立つとかいうこともなく、何かこう自然にその言葉が胸に残った。「素直な感情は素直に出せたほうが大人」。「気持ちをきちんと伝えると、それは伝わるからね」。


 「素直な感情は素直に出せたほうが大人」


 この言葉はあまりに新鮮だった。ハッとさせられた。なぜかといえば、素直で従順でいるよりは、多少ヒネクレていてわかりづらいほうが大人なのだと思っていたから。それまでとはまったく逆の考え方だ。驚くのも無理はない。でもそのあまりに真新しい言葉は静かに僕の心に落ちた。ケンカした友達との関係を考えているときもずっと、その言葉はまるでワードのイルカやポップアップか何かのように僕の頭上に浮かんでいた。そしてそこを離れなかった。そしてその翌日。


 ちょっとだけ「自分にスナオ」を意識してみた。実践してみた。Aとはまったく関係のない地点での話ではあったが、しかし勇気を持って、すごく正直、かつ自分にまっすぐになってみた。スナオになったわけだ。
 そしたら変化があった。思いもよらない変化。思いもよらない結果。そして思いもよらない話。実はそんなことがあっただなんて全然知らなかった。気がつかなかった。“信じられない。そういうのはマンガや小説の中で起きる話だと思ってた。まさかそんな良きことがこの俺の身に起こるなんてな”。それがそのときの僕の正直な感想だった。自分が素直になるとその分相手も素直になってくれる。気持ちを開いてくれる。逆に、自分がヒネクレてしまえば相手も同じだけ心を閉ざす。そう、何ごともまず「自分が先に」というわけだ。


 なんだか不思議だ。「願いは口に出そう/言ってみよう」と決めた直後に嬉しい話が目の前に転がり込んできたり、自分の正直な気持ちを相手に伝えてみたら、その数倍の「スナオ」が自分に返ってきて驚いたり。なんて都合のいい話かと思うが、しかしまんざら、これも偶然ではないのだろう。そう、ある意味これは必然なんだ。このタイミングで友達とケンカをしたことも、そこでいろいろ批判的な言葉を浴びせられたことも、そしてそれを誰かに相談し、話した先でまっさらな新しい言葉をもらったことも。きっとみんな繋がってるんだ。


 結果的に良い結末が転がってきたから言うわけではないが、でも「自分にスナオ」を意識しようと思う。なるべく実践したいと思う。なんだかそれが、これからの自分にとってのとても大事な、そして必要なテーマであるような気がするから。
 素直な気持ちで人と向き合う。それはひどく勇気の要る大変なことだけれど、でもやってみたら意外に楽しかった。やってよかった。なんだかちょっとした揉め事はあったけれど、でもそれを通して、少しだけまた新しい扉が開いたような気がする。その先に何が見えてくるのか、今からちょっとだけ楽しみだ。

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2006/03/20

93.ファッション誌Ⅲ:「モテ」について考える

 ひさびさにファッション誌のことを書いてみようと思う。
 ここしばらくその手の話を書いていなかったけど、もちろんちゃんと読んでいました。「GLAMOROUS」などの新雑誌も多くて、いまいち全体像を把握しきれていないのですが、ともかく読んでいます。
 ただ、あれ。今年もとうに秋冬に入ったもんだから、購読頻度は夏より確実に落ちています。これは去年もそうだったからわりに断言できるんだけど、やっぱ秋になると露出も少なくなるし、なんとなく見ててワクワクしないんです。やっぱり夏っぽい解放感のある服が好きさ。これには「四季の中では夏がいちばん好きで秋がダメ」という、僕の個人的な趣味嗜好も関与していると思う。なんかね、夏の終わりの物淋しさが苦手なんだ。「あー、夏も終わっちゃっうんだなー」的寂寥感というか。


 女性ファッション誌に興味を持つようになって1年半、前にファッション誌の話を書いてからもだいぶ時間が経っているわけですが、やはりこれだけの期間があると自分の中でもいくばくかの変化がある。それに気づいたのはここ数ヶ月のことだ。
 まずそのひとつめは、読む雑誌が変わったこと。最近好きで手に取ることが多いのが、「LUCI」、「BLENDA」、「S-Cawaii!」、「JELLY」、「SEDA」、「JJ bis」、「JJ」、「CanCam」というあたりだから自分でも驚く。去年の時点では、「BLENDA」や「Sカワ」はどうも受け付けない(「Popteen」などのギャル系雑誌が好きだというのに)とはっきり言っていたし、「JJ」や「JJ bis」あたりの光文社系にいたっては、「あざとさが見える」という理由で毛嫌いしていたのだから、我ながらこれはかなりの変化だ。
 逆に去年に比べて読まなくなったというか、若干色褪せてしまったのが、「non-no」、「Popteen」、「Cawaii!」、「PS」、「JILLE」あたり。「non-no」はもう単純にモデルの問題で、EMIHO(EMI&田中美保)を使わなくなったという時点で魅力がなくなった。同系誌の「mi-na」はまだこのふたりを使っているのだが、しかし少しずつモデルの世代交代は進んでいるようで、EMIHOの露出が少なくなっている(あるいは他誌に移行している)のは淋しいかぎりであります。「なんだ結局モデルで見てんじゃんよ」とつっこまれると、返しにくくてつらいところではあるのですが。
 「Popteen」と「Cawaii!」については方向性はいまでも好きなんだけど、なんというか、妙に子供っぽく感じられてしまうようになったというのが正直なところ。「たった1年でこんなにも変わるものか」と自分でも驚いているのだが、しかしこの1年で「ギャル系からお姉系へ」というシフトが見られたのは、やはり何か自らの内的な変化の表出なのかもしれない。この辺のことについてはまたあとで述べよう。


 でも何よりも驚くのは「JJ」である。去年の時点で「JJ」を敬遠していた理由は、ひとつには「あざとさ」の問題、ふたつめには「あまりにも男ウケを意識しすぎていて鼻につく」という感覚からだった。そしてさらにもうひとつ付け加えれば、いかにも光文社的な「私は勝ち犬なのよ」意識が透けて見えたこともあるかもしれない。『負け犬の遠吠え』を読んだことのある人ならわかると思うけど、光文社の雑誌ってどれもそうなんだよね。女性誌に限らず男性誌でも、「Gainer」あたりの空気ってどうも馴染めない。だいたい「Gainer」なんて、雑誌名からしてイカンよ。「メンクラ」も嫌いだが「Gainer」も負けず劣らず嫌味である。ああいう雑誌を愛読している人間とは正直お友達にはなりたくないなあと思う。こういうのって偏狭にすぎるのかもしれませんが。

 
 光文社の社風はともかく、「JJ」という雑誌が男ウケを狙いすぎている感覚はたしかにあった。それは今でもそう思う。「媚びてる」ように見えなくもない。ただ、今とあの頃の自分がひとつだけ違うのは、「『モテ』を意識していたっていいじゃないか、むしろその方があるべき姿なんじゃないか」という気持ちがあるってことだ。やりすぎはどうかと思うけど、「男ウケ結構じゃん、むしろ健全じゃん」というのが今の自分の正直な気持ちなわけです。自分でも「変わったもんだな」と思うけれど。
 断っておけば、決して「JJ」のことが好きになったわけじゃない。何かが疲れるというか、もう少し息をつかせて欲しいという感覚は今でもある。“どーでもいいけど、あの名古屋巻き神戸巻きいったいどーなのよ?”みたいな。


 でも「JJ」なんかの場合、ちゃんとそこに「見る人」の存在、あるいは「自分が見られている」という意識があるのがはっきりわかるし、やはりそれって健全なことだと思う。いや、「健全」というより、いまの自分の趣味嗜好に合致していると言うべきかな。ファッションやオシャレなんて所詮自己満足の世界だというのは、もう言い尽くされていることだけれど、でも「自分が見られている」という意識を持つこと、あるいはそういう緊張感みたいなものに包まれていることって本当に大事だ。どんな人/どんなときであれ、男(異性)の目を意識していないのはダメです。美しくない。これはもう最近つくづく感じます。
 最近興味が薄れてきてしまった雑誌――特に「Soup」や「JILLE」、「VITA」(この雑誌は休刊になりましたね)――なんかに最近感じているのは、服やページを通して「自分さえ満足できればそれでいいのよ」的意識が出てしまってるということ。これは多分に僕の好みの問題なんだとは思うんだけど、<そういうひきこもったファッションってあまり面白くないな>というのが正直なところなのです。そういうひきこもり方をすると何かが止まるんだ。何かが止まるし、何かが澱む。
 近頃こういう雑誌に手が伸びにくい原因のひとつには、やはりそういった「こもり加減」に自分が飽き飽きしているというのが大きいんだと思う。それがどれだけ当たっているのかというのは、いまいち自信の持てないところではあるんだけれども。

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2006/03/15

92.卒業式・成人式考

 卒業式の季節のようです。窓の外には羽織袴を着た女学生たち(なんだか大正・昭和の純文小説みたいな表現だな)の姿が見えます。彼女たちの表情は一様に楽しそうであり、晴れやかであり、またそれと同時に、次の春へ向けての期待と不安を映し出しているように見えます。きっと4月になれば、彼女たちはそれぞれの新しいステージに向けて旅立っていくのでしょう。そしてほぼ毎日のように姿を見せる卒業生の一団を目にするたびに、僕の心は小さく痛む。まるで失われた年月の重さを確認するかのように。


 卒業式というものに対して憧れにも似たような気持ちを抱くようになったのは確かなようです。そう、僕はなにしろ、卒業式なるものに出たことがほとんどないから。1年半ほど留年したせいもあって、大学の卒業式には出なかったし、中学と高校はともにむさくるしい男子校であったので、卒業式に関して特に印象に残るような出来事がないのです。式にまつわる感傷めいた記憶も一切なし。定番の卒業式ソングの歌詞だって何一つ知らない。よくある歌のタイトルだって思い出せないぐらいです。
 そうなると、小学校の卒業式にまで時間を遡らなければいけないわけですが、これはこれで話が昔すぎてよく思い出せない。でもそれにもかかわらず、自分の中の卒業式の記憶といえば、やはり小学校どまりなのです。もう20年近くも前(がーん……)。僕はつくづく卒業式に縁のない人間みたいです。そして道ゆく彼女たちの羽織姿を見ながら、僕はそこに羨ましさにも似た気持ちを抱くことになる。残念ながら。


 縁がないのは成人式も同様でした。僕はこれにも参加しなかったから。中学から東京の学校に通い、地元の友達がいなかったからという理由もありましたが、成人式に付き物の、あのカッチリした格好が嫌いだったのが大きな理由です。僕は昔からスーツとかワイシャツだとかのカッチリした格好がどうも苦手なのです。そんなわけで成人式のほうもパスでした。


 今になって思うのですが、僕はこういう一種通過儀礼的な儀式を経なかったことで、どこか大人になり損ねてしまった部分があるかもしれません。卒業式には卒業式の、ハタチには成人式なりのケジメづけのようなものを、どっかですっ飛ばしてきてしまったような、そんなうら寂しさと後悔を感じることがあります。きっとこの手のものはもう一生抱え続けていくしかないのでしょうが。でも何かが寂しいものですね。そんな春の訪れです。

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2006/01/20

91.給食!!

小学校を訪問です。ひさしぶりに。20年振りに。

地元の文化センターみたいなとこの主催で
演劇のワークショップの出張公演を小学校でやるのですが、
それとアシスタントっつーことで行ってきました、小学校。
おとつい(水曜日)の話ですけれど。

なんか不思議な感じだったなー。
学校の建物に入ること自体19年ぶりだったし、
だいいち今これぐらい歳の子たちと触れ合える機会なんてないからね。
小学生どころか、中高生もなければ大学生ともない。
なんだかすんげー新鮮でした。
実はこういう出会いに飢えていたのかもしれません。
日ごろ同じような人たちとばかり接していると痩せてきてしまうものね、自分自身。
(体重の話ではなひ。念のため(泣)……)

密かに楽しみにしていたのが給食を食べること。まさに20年振り。
中学も高校も給食というものががなかったので、これはすんげー楽しみでした。
牛乳がタカナシのテトラパックでなかったのには若干驚きましたが、
今でも先割れスプーンはあるみたいだし、
味付けは薄いけれど美味かったです、給食。

ワークショップのほうは何やるのか本番まで知らなかったんだけど
(知ったからとてどーなるものでもない。それもこいつの面白いところ)、
特に3年生の子たちとは仲良くなれたし、給食も一緒に食べた。
メシ食いながら、血液型とか歳とか乳歯が抜けてることとかいろいろ喋った。
どうやらウマが合ってしまったらしい。時間が全然足りなかった。
こっちも彼らに会えて新鮮だったけれど、
あの子たちもいつもとは違う「大人」(らしい)に出会えて物珍しかったみたい。
非日常って大切です。そういうとこから人は滋養とエネルギーをもらうわけだから。

ほかに新鮮だったことは、
「小学校の机やイスって小さいのねー、こんなに小さかったのかー!」とか、
「小学生の給食の量ってこんなに少ないのか。大人にゃ足りないじゃん」とか
(子どものからだは小さいんだから量が少なくてあたりまえ)、
「不審者」対策にはすごくナーバスになってることとか
(教員を含む大人の関係者はみなネームプレートを首から提げてる)、
「学校の教室ってこんなに狭いのね」とか、
「小学生のテンションって異様に高い……しかも声高すぎ」とか、
「3年生と5年生では結構雰囲気が違うものなのね……」とか、ああもういろいろ。

5年生はそうでもなかったけど、
3年生にはなぜか妙になつかれてモテモテでした。ははは。
でもうれしいもんですよ。マジで楽しかったし。
「ねえ給食一緒に食べようよー!」とか言われりゃ悪い気はしないって、絶対。

唯一ショックだったのは給食のときに年齢の話をしていて、
「ねえ何歳ー??」
「いくつに見える?」
「んーとね、29歳」
「ほかには?」
「30」「28」「27」「31」「27ー!」
「ほー」(←若く見られてちょっとうれしい)
「ねえほんとは何歳ー?」
「31だよ」
「あ、俺あたりだー!」
「すごいじゃん、正解じゃん」
「31? あー! うちのお母さんと同い年ー!!!」

(がーーん……) _| ̄|○ 

加齢とはげにまことに残酷なものです。
もうこれぐらいの歳の子がいてもおかしくない年齢だったとは……。
でも楽しかったです。
あと1回、また同じクラスに行ってきます。今度の月曜日。
たのしみだー。

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2005/12/29

90.たまには音楽の話でもしようか

 たまには音楽の話でもしようかと思いつつ、いつのまにか年も押し迫ってしまいました。早いなあ、もう今年の「アルバム・ベスト10」なんぞを発表せないけない時期になってしまったのですね(だれも発表せよとは言っとらん)。
 というわけで、思いつくかぎり書いてみようと思います。今年のアルバム・トップ10。

 ……とは言ったものの、実はそんなに聴いてないんですよね、今年は。
 音楽そのものはもちろん例年どおり聴きまくってるんだけど、新譜を聴いたのかというと、それが……。買ったのかというと、全然……。そう、今年CDにかけたお金はだいたい3千円ぐらいでしょうか。ってそれアルバム1枚分やん! 輸入版でも2枚分やん! アルバム・ベスト10なんてもってのほか!! つーか無理っっ!! と、自分でも思う。けどそれはそれ、これはこれである。ちゃんと聴くものは聴いてますから……。

 もちろんこの原因はCD&DVDのコピー全盛(自分的に)も大いにあるんだけど、それ以上にでかかったのが、何よりもi-Pod miniの導入。ポータブルのCDプレーヤーというものを使わなくなってしまったので、CD不要なんですね。聴いてるのは車の中ぐらいのもん。あとはぜーんぶハードディスクに収めて持ち歩き。いやあ、便利やわあ。
 新譜も発売と同時に(ときには発売よりも前に)ネットでリークだからCDいらないし……。ネットでダウンロードしてハードディスクにため込んで、ハードディスクからi-Podという流れなので、ああ、やぱしCDいらない。なんてこった……。最近は落とした音源CDに焼くことすらしてないし……。前にも一度書いたけど、ハードの変化というのはここまで音楽の聴き方を変えてしまうのですねぇ。時代の変化って怖いですよ。音楽の聴き方がアルバム単位ではなくて曲単位になってきてますもん。そのうち「今年のアルバム・ベスト10」みたいな企画もすたれていってしまうのかもしれない。そう、だからいまのうちに、できるうちにやっておくのです。

 で、たいして聴いてないわりに2005年のアルバム・トップ10。

 1.YUKI  「Joy」
 2.Jack Johnson 「In Between Dreams」
 3.Bon Jovi 「Have A Nice Day」
 4.Stereophonics 「Language, Sex, Violence and Other?」
 5.Nickelback 「All The Right Reasons」
 6.Sheryl Crow 「Wildflower」
 7.Weezer 「Make Believe」
 8.Madonna 「Confessions On A Dancefloor」
 9.New Order 「Waiting For The Siren’s Call」
10.Mariah Carey 「Emancipation Of Mimi」


yuki-joy
(YUKI 「JOY」)

 今年の1位は年末滑り込みで入ってきたYUKIです。リリース自体は春ですが、聴いたのはごく最近。全体の完成度はやや「?」もつかなくはないのですが、あまりにもすばらしい曲が入りすぎていたのでこの順位。ヤバイ、マジで。
 2位ジャック・ジョンソンはもう言うまでもなく。とてもよかったです。
 3位はボン・ジョヴィ。彼らのレコードはここ10年くらい、何かが消化不良というか、ほとんど聴き返さないアルバムばかりが続いたのですが(「Crush」はやや別)、なにしろ今回は曲が粒揃いで……。アルバムとしてのトータルの完成度は過去最高の出来だと思われます。これでライヴが良ければなぁ……見に行くんだけど。東京ドーム??

jackjohnson
(Jack Johnson 「InBetween Dreams」)

haveaniceday
(Bon Jovi 「Have A Nice Day」)

 4位ステフォニは前作に劣らず良かった。ニッケルバックは今回ヒット曲にこそ出ていないものの、粒の揃い方はやはり今まででベストのような。基本的にこういう土臭いアメリカン・ロックって好きなんです。ワンパターンっちゃあワンパターンなんだけど、USものはUKみたく閉じていないんで、個人的にはこっちのほうが好みです。なんとなく開けてるような感じがするんだよな。
 同じくアーシーな感じのシェリル・クロウはもう予想を遥かに超えていてちょっと驚き。前のアルバムがどこか迷いというか、中途半端さを感じさせたのに対して、「いったいなんなんだこの吹っ切れようは!」と。ベスト盤なんか出されてレコード会社からは見放された&終わった感がありましたが、これはすごいよマジで。コマーシャルな意識がどっかにすっ飛んでいます。過去の売れ売れ時期の呪縛からようやく解き放たれたというのか。
 Weezerも前作「マラドロワ」がどーもイマイチであんまり期待してなかっただけに、力強く、しかしきっちりWeezerしてたのがよかった。

lsvo
(Stereophonics 「Language, Sex, Violence, Other?」)

alltherightreasons
(Nickelback 「All The Right Reasons」)

 8位はマドンナ。もう長いこと彼女の信者なのでアルバムが出れば自動で買います。買う。買う。義務義務義務。でも今年いちばん聴いたのは前作「American Life」に入っていた“Mother And Father”。歌詞がすごい。元々彼女の告白調の歌がどうしようもなく好きなのですが、この曲は過去のベスト3いったな。こんな詞を書いて、歌って、しかもライヴでもやるんだ……。すげぇ、神です。聴いててマジで泣きそうになる。
 ニュー・オーダーは正直前作(「Get Ready」)のほうが好きだったんだけど、今回も良かったので。しかし車のCMで流れたときにはビックリしたぞ。ニュー・オーダーとCM? いや、思いつかないって。
 最後はマライア。「復活」の二文字がふさわしい見事なアルバムです。彼女のどっか勘違いしたセレブ気取りは相変わらずみたいですが……。

 それ以外ではOzzy Osbourneの「Under Cover」、Oasis 「Don’t Believe In The Truth」、Jason Mraz 「Mr. A-Z」、Dream Theater 「Octavarium」、Coldplay 「X&Y」なんかが良かったですが、あー?? コールドプレイは前評判高かったわりに聴きこんでないなあ。こういうアルバムは良いのかわるいのか。うーん、謎。

 ちなみにここ5年のアルバム・ベストはこんな感じ。
 ジャンルは結構バラバラですねぇ……。

 (2000)
 1.矢野顕子 「Home Girl Journey」
 2.Radiohead 「Kid A」
 3.U2 「All That You Can’t Leave Behind」

homegirljourney

 (2001)
 1.Paul McCartney 「Driving Rain」
 2.Me First and The Gimme Gimmes 「Blow In The Wind」
 3.Weezer 「Green Album」

drivingrain

 (2002)
 1.Red Hot Chili Peppers 「By The Way」
 2.スピッツ 「三日月ロック」
 3.UA 「泥棒」

bytheway

 (2003)
 1.椎名林檎 「加爾基精液栗ノ花」
 2.Radiohead 「Hail To The Thief」
 3.Linkin Park 「Meteora」

karuki

 (2004)
 1.Green Day 「American Idiot」
 2.R.E.M. 「Around The Sun」
 3.SUM 41 「Chuck」

americanidiot

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2005/12/20

89.恐くないよ~

 どうも人から誤解されやすい性格です。そのなかでもいちばん多いのが「恐い」というもの。恐いとか話しかけづらいとか、そっけないとか怒ってるとか。おとついも言われた。「恐かった」とか「詰問されてるみたいで」とか。
 あの、そんなことないんだよ~。ぜんぜん怒ってなかったし、問い詰めたりもしてないし。いやあ、ただ聞きたかっただけなんだけど。知りたかっただけ。でも、人によっては、あるいはまだそれほど親しくない人にとってはそう映ることもあるみたい。いや~、そんな恐くないって(堂本剛風に)。

 たしかにドゥンガやロイ・キーンが自らのフットボール・アイドルであるぐらいですから、「あんなふうになりたいな」みたいのはありますよ、人間的に。だからそういうのがどっかににじみ出ちゃってるのかもしれない。だってなんかあの人たち、「怒ってるか、怒鳴ってるか、怒ってるかのどれか」みたいなとこあるじゃないですか。そりゃたしかに恐いと思う。ビビると思う。かのロベルト・カルロスだって、ドゥンガにひと睨みされたらビビッてあとずさりしちゃうぐらいなんだから、そりゃ恐いに決まってらぁな。
 でもあの人たち腕にキャプテンマーク巻いてるじゃん。恐いながらも信頼されてるじゃん。一目置かれてるじゃん。「ただの恐くて怒鳴ってる人」ってわけじゃないじゃん。自分が「一目置かれる」とは全然思ってないけれど、でもそういうのってカッコいいなあって素直に思う。そういうふうになれたらいいなあって思う。

 あの人たちのポジションってボランチですよね。ボランチあるいはセンターハーフ。
 ボランチって結構地味で、かついちばん大変で、でもわりにまわりからの評価は薄かったりする。周囲360度を見なきゃいけないし、誰よりも早くピンチを潰して、誰よりも早くチャンスに繋げる、いわば「汗かき役」。フォワードみたいに点取るわけじゃないし、トップ下みたいに華麗に目立つわけでもない。ほんと、「わかる人にはわかるけどそうでない人にはそうではない」みたいなポジション。「舵を取る人」の価値がわかってるのはフットボールをよく知ってる人ぐらいのもんだよね。一般の人にはなかなか理解されにくい。野球で言えばキャッチャー並みに大変だところかもしれない。

 でもね、「それでもいいかな」って思ってるんです。みんなには理解されなくても、わかる人にだけ本当に理解してもらえれば。どうせすべての人に理解してもらうなんてハナっから無理でしょ。ありえないし。
 実際、10人のうち9人に理解されなくても、たった一人に「本当によかった」と思ってもらえればわりにそれで成立するんですよ。10人のうち8人に「まあまあ良いね」って思ってもらうよりもこっちのほうがずっと励みになったりする。好むと好まざるとにかかわらず自分はそういう人なんかなーって思ってます。嫌われてても敬遠されててもまあしゃあないかな、みたいに。

 ただ本当にそんな閉じた生き方でいいのかっていうとそれはまた別問題。
 誤解はされてもしょうがないけど、でもなるべくなら要らぬ誤解はされないほうがいい。嫌われるよりは好感を持たれるほうが絶対いい。もし誤解をされてしまったなら、それは解けるだけ解いたほうがいい。事実、ちゃんと話せば向こうはわかってくれるから(ま、大概の場合)。こちらがちゃんと向き合えば相手もちゃんと向き合ってくれる。それだけは信じて続けていきたいなあと思います。まだやりはじめだけど。
 とはいえ、ドゥンガやロイ・キーンが好きなのはもうしようのないことだけれどね。セルティックで今度の夏に来ないかなー。

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2005/12/17

88.結婚式顛末:その3

 10月9日(金)、結婚式当日。
 ウェザー・ニュースは連日の雨を伝えていたから、当日の天気については諦めていた。どうせ雨降りだ。結婚式の日に雨は嫌だがどうしようもない。そういうつもりで本番当日を迎えた。
 が、朝起きてみると晴れ。しかも暑い。嬉しい反面、「いくらなんでも晴れすぎだよ」と思った。天気が良いのはいいが、それにしてもちと暑すぎる。上着を着ていると汗がにじんでくるのが如実にわかる。着慣れないものを着て、しかもくそのように暑いというのは結構骨だ。「せめてもう少し涼しくなってくれればいいのに」と僕は心の中で願うが、もちろんその淡くささやかな願いは誰にも聞き届けられることはない。

 会場のカトリック教会はホテルに併設されているような小ぎれいなチャペルではなく、昔ながらの歴史を感じさせる、本格的なカトリック教会だった。きっと本当の信者さんはこういうところでの挙式を好むのだろう。「雨、良くても曇り」と言われていたお空はかろうじて淡い青色をその隅っこに残している。どうにかこのまま式までこの天気が持ってくれるといいのだけど。
 結婚式は質素かつ虚飾を廃したものだった。双方に結婚の証人を立て、厳かな契約のようにして誓いの儀式が進む。結婚の誓いは署名のかたちで行われたし、フラワーシャワーもなければ口づけもなし(ココ楽しみにしてたのに……)。式の参加自体が初めての経験だったからよくわからなかったが、いまどきの結婚式というのは昔に較べて華美になりすぎているのかもしれない。まあああいうヒラヒラした華やかな結婚式もそれはそれで悪くないと思うけれど。
 いささか華やかさに欠けるなあと思いながら退席するも、チャペルの階段で参列者の祝福を受ける新郎新婦の姿は本当に幸せなものだった。さっきまで曇りがちだった空模様も今は暖かな陽射しを降ろして、階段下の二人を祝福しているように見えた。まったく、天気に関しては何てラッキーな1日だったんだろう。このとき撮った写真は本当に素敵なものでした。小雪によく似たブライダル・カメラマンの女性はとても感じが良くて、手際もいいし、何よりカッコよかった。ふだん「結婚式なんて形式なんだからやめちまえばいいのに」と思っていた僕でさえも、「これはなかなか良いものだな」と思ってしまったぐらいに。

 お昼からの式の後、夕方から始まるパーティーまでの間は空き時間になるので、みな三々五々中華街まで降りて昼食をとりに。こんなことでもなければ中華街に寄ることもないのだから、地元民というのはまったく横着なもんである。30年横浜に住んでいて、いったい今まで何回中華街で食事をしたというのだろう? 
 お昼のあとはそこらを散策したり、トイレを求めてコンビニ探しの徘徊に出たりして時間を潰す。結婚式後のパーティーというのはいったいどういうものなのか。実はちょっとだけ楽しみだった。

 パーティーは当初立食と聞いていたが、いざ現場に行ってみると着座の形。やっぱりこの方がやり方としては楽かもしれない。2時間立ちっぱなしはさすがにきついから。
 それにしても今回、自分が着ていったピンクのシャツ&タイにはまわりの人から何度もつっこまれた。この柄がよほど珍しかったのだろう。反応はおおむね好評だったから良かったけれど、ほぼ全員にこれをつっこまれてその都度理由を話していくのは結構骨が折れた。「おめでたい感じでいいでしょ。」などと自分では言っていたけれど、上着を脱げばシャツのことをつっこまれる。上着を着れば室温で暑いという二重苦にはさすがに参った。みんな意地悪をしてつっこんでいるわけではないのはわかっていたのだけれど、それでも1日のうちに同じ説明を20何べんも繰り返すのは結構な消耗である。ま、みんな喜んでくれたからいいけどさ。

 式およびパーティーの列席者の服装は、自分が思っていたよりも若干地味めのものが多かった。もすこし華やかでもいいんじゃないかという気もしなくはなかったが、主役より前に出ないということがあったのかもしれないし、あるいは結婚式の服装というのは大概がこういったものなのかもしれない。マルイの宣伝に出てくるようなきらびやかなイメージに毒されている僕にとっては、こういう現実の場数を経験するというのはいい勉強になった。ともあれ、男はスーツ着とけばとりあえずはオッケーみたいである。細身だけに、肩が狭くて腕が上にあがりにくい窮屈な代物ではあったけれど、当面は何が来てもこれ1着で乗り切れそうだから、今回のスーツは長い目で見て良い買い物だったのかもしれない。

 披露パーティーはつつがなく、幸福な雰囲気のうちに終了。そのあとは一部希望者にて二次会に流れたが、もうその時には本当に疲れていて疲れていて……。二次会出ないで真剣に帰ろうかと思いましたよ。連日の緊張に加えて前日の睡眠不足、着慣れない代物、そして丸1日にわたる初めての経験。本当に疲労が鉛のようにからだを覆ってきつかったです。式自体は楽しかったけど、それとこれとはまた別の領域にあるわけで……。
 といっても、渋々出た二次会で所在無く紹興酒飲みまくってたら微妙に復活しました。<結局酒かい!>というつっこみが聞こえてきそうですが、事実復活してしまったので……。それにしてもえらく飲みやすい紹興酒だったなあ、あれ。

 お酒の力で一時的に復活はしたものの、蓄積された疲労の塊はいかんともしがたく、その晩はばったり眠りまくりました。参加しただけでこうなるぐらいなんだから、やるほうはもっと、その何倍も大変なんだろうなあ。ほんとにおつかれさまです。でも一生に一度だけだったらそれも耐えられるかもね。案外思うほどわるいもんじゃないかもしれない。2~3週間にわたる顛末を振り返って、そんなことを思いました。
 まあ自分のぶんはまだ当分先なので、それまでいろいろ勉強させてもらいます。さあ、次はいったい誰がいくのやら。ね。(了)

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