【香港的小旅行記】

2005/12/24

【香港的小旅行記 最終回】

 ■帰国(さよなら香港):

 空港での帰りの飛行機へのチェックインは滞りなく終わる。思いのほか暇な時間ができたので、いつものごとく目新しい空港内の売店を物色してまわる。特に面白いのは雑誌の置いてあるニュース・スタンドだ。そこにはイギリスの人気作家であるニック・ホーンビィの新刊書が平積みになっていた。

 帰りの飛行機の中では、こっちに来る時の機内で気になっていた香港の新聞を読んでみる。僕が手に取ったのは「東方日報」。今日は月曜だというのに、日曜版の朝刊みたいに総合面や芸能、スポーツ、レジャーなどの各項目ごとに分かれていて、全部目を通すには結構時間がかかる。スポーツ面ではこの時釜山で行われていたアジア大会の様子がトップで報じられている。
 紙面はほぼ全面カラー印刷で、モノクロ印刷のページはほとんどない。日本のスポーツ新聞の一面の彩色がほぼ全面にわたって広がっているのをイメージしてもらえれば近いと思う。こんなことをしていて元が取れるんだろうかと、よその国のことながら心配になってくるけれど、全面カラーなので見ているだけでも楽しいことは楽しい。漢字を追っていれば何となく意味がつかめてしまうところもうれしい。


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(「東方日報」の紙面。全ページフルカラーです。スポーツ新聞みたい)


 海外旅行の飛行機の中というのは概してすることがなくて暇なものだけれど、僕は今回、飛行機の中では英字紙を読んでいると時間があっという間に過ぎてしまってたいへんよろしいということを発見した。帰りの4時間のフライトの間、機内食が出されている時を除けばほとんど新聞を読んでいたのだが、引き込まれて延々読んでいるうちに気がついたら成田の上空まで来てしまった。もう少し読んでいたいような気もしたのだけれど、そんなことをいってもしょうがないので、読んでいたヘラルド・トリビューンはそのままもらってきた。よってその時の新聞は今も記念に僕の部屋にとってある。
 英字紙を読んでいたといっても、読んでいたのはスポーツ面だけ。総合や金融面みたいなところは読む気がないので最初からすっ飛ばしてしまう。ただでさえ疲れているのだ。そんな小難しいところを律儀に読んでいたらますます疲れてしまう。

 スポーツ面の最初に出ていたのは昨日行われたセリエAのユベントス対パルマの試合。中田英寿が今季(02-03シーズン)初ゴールを決めた試合である。トップにヨーロッパ・サッカーという時点で僕にとってはおあつらえですね。昨日の試合の結果はさっき読んだ東方日報で簡単にチェックしただけだから、試合の詳細を知ったのはこの記事の中でのことである。おもしろいので手元の新聞記事から試合経過をたどってみる。
 まず見出しは「Del Piero saves Juventus with a late, disputed goal」。
 「デルピエロ、終了間際の問題のゴールでユベントスを救う」といったところか。見出しの横には、デルピエロがパルマのGK・セバスティアン・フレイを抜いてシュートを打とうとしている場面の写真が載っている(関係ないけど、このふたりはセリエAでも一、ニを争う男前だと思います。特にフレイの銀髪はめっちゃかっこいい)。

 試合はユーベのホームであるトリノで行われている。パルマにとってはアウェーのゲームになる。ホームであるユベントスには、昨シーズンまでパルマにいたイタリア代表のマルコ・ディ・バイオと、おととしまでパルマにいたジャンルイジ・ブッフォン(同じくイタリア代表)とリリアン・テュラム(フランス代表)の3人がいる。
 試合は両チームとも決め手に欠いたことと、ユベントスのGK・ブッフォンの好セーブもあって後半途中まで0対0の膠着した状態が続くが、66分(後半21分)、中田の今季初ゴールでアウェーのパルマが先制。
 ここまでスタメン落ちを繰り返していた中田だが、結果的にみれば、この試合を契機に復活してチームの中心に返り咲いたことになる。しかしこの人はつくづくユーベに強い人だ。ASローマにいた00-01シーズンの終わり頃、優勝のかかった大一番のユベントス戦で、後半途中から出場して1ゴール1アシストをあげてユーベの逆転優勝を土壇場で粉砕したのはあまりにも有名な話だし(特にローマにおいては)、パルマに移籍した去年はコパ・イタリア(日本でいうところのナビスコカップ)の決勝第1戦でゴールを決めて、結果的にそれが決勝点になってパルマを優勝に導いた。さらにもっと昔をいえば、ペルージャ時代のセリエAデビュー初戦でいきなり2ゴールをあげて波に乗った試合もユベントス戦だった(この時はペルージャのホーム)。ユーベのファンにしたら憎々しいを通り越してただ呆れるしかないというところだろう。「おいおい、またナカタかよ」と。
 続く後半36分には、ムトゥのクロスにアドリアーノが合わせて2対0。この時点でパルマの勝利はほぼ決まったも同然だったはずだが、しかし現実はそんなに甘くない。
 このあとユベントスのDF・トゥドールのゴールで1点差とされた上に、パルマのMF・ラムシが退場処分。パルマはひとり少ない10人になってしまう。時間はあと少しだったからここで守りきらなければいけなかったのだが、ロスタイムに入ってからデルピエロにゴールを奪われ、終了間際で同点に追いつかれてしまう。この時デルピエロが手でボールを触ったのではないかともめたが(‘disputed’とあるから、判定をめぐってパルマの選手が主審に詰め寄るシーンがあったのだろう)、結局判定は覆らず2対2の引き分けで試合は終了。パルマは貴重な貴重な勝ち点2(3マイナス1)を取り逃がしてしまう。
 今シーズン若手主体のメンバーでのぞんでいるパルマとしてはここで王者ユベントスに勝つことができれば勝ち点3以上に大きな自信になったはずなのだが、こういうところが若いチームの弱さというか、王者のしぶとさみたいなものなのだろう。実にもったいない結果だというのが僕の率直な印象。逆にユベントスからすれば、負け試合を何とか引き分けに持ち込むことができて儲けものの一戦。新聞では「salvage a draw」という書き方をしていたけれど、これはすごく感じが出ていてうまい表現だなあと思う。まるで海底から貴重な「勝ち点1」を曳き上げたみたいだ。まあ実際そのとおりなんだけど。中田君としてはせっかく先制点を取ったのに、何とも残念でした。

 このあともラツィオ-ACミラン戦や、各国リーグの試合経過を追っているうちに、たちまち時間が過ぎてしまう。日本語の新聞と違って読むのにやたらと時間がかかるのだが、結果を知りたい気持ちと解読する楽しさが加わって時間が経つのをすっかり忘れてしまう。結局機内で読めたのはサッカーとメジャーリーグの記事が少々。とてもじゃないがそれ以外のものにまでは手が回らなかった。


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(ヘラルド・トリビューンの記事から。デルピエーロ!)


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(こちらは東方日報。中田君今季初ゴール)


 そのあとのことについては、特に書くべきことは思いつかない。
 「香港はどうだった?」と何人かの人に聞かれたけど、もちろん僕は「ああ、楽勝だったよ。たいしたことなかったね」と答えていた。行く前にはさんざん心配して不安になって憔悴していたくせに、帰ってきたあとにはこれだ。自分でもかなりのお調子者だと思う。
 でも、これが実感だったのだ。それ以外の言葉なんて特に思いつかない。踏み出す前は果てしなく高い障壁に思えるが、いちどこなしてしまえば案外たいしたことはない。壁というのは往々にしてそういったものだ。
 そう、「わかっちゃいるけど踏み出せない」。これが大方の人の実感的感想ではあるまいか。そしてもちろんそれは僕にも当てはまる。踏み出すまでに、そして心を決めるまでにひどく時間がかかる。しかし、長い逡巡を経て掴み取ったその何かは、確実に自らの血肉になる。自分の肥やしとなる。経験を通して自分のものになるのだ。

 たぶんおそらく、僕は今回の短い旅を通して、自らにそのことを教え、叩き込もうとしていたのではないかと思う。半ば意識的に、半ば無意識のうちに。いろいろ心配してたってやりゃあできるんだよ。だってほら、お前は実際にひとりで全部できたじゃないか。つまりそういうことを、それに類したことを。
 あれから3年が経った今でも、自分にそういった力が備わったかどうかについてはあまり自信がない。進化どころか、以前より退化しているのではないかと思うときもある。でも何もしなかったことに比べれば、何がしかの進捗なり進展なりはあったのだと思いたい。だって、そうでもなければ救いというものがないから。僕としてはこの小さな経験が、あとになってきっと何かの小さな後押しになることを祈りたい。ささやかに控えめに、しかしある種の確信を持って。

 英字紙に読み疲れた僕は新聞を小さくたたみ、目を閉じてしばしのあいだシートの背にもたれる。そして暗闇の中であの猥雑な喧騒を少しだけ思い出す。あと何年か経ったら、もう一度あそこに戻ってみるのもいいかもしれない。そのとき自分がいったいどれだけやれるのか。今よりもうまく上手にできるのか。少しだけ試してみたいという気持ちが芽生えていた。そして言うまでもなく、緊張と不安で何も手につかなかった3日前の僕はもうそこにはいなかった。成田の滑走路まで、あともう少しだ。


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(了)

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2005/11/20

【香港的小旅行記 第34回】

 ■トラムの旅(銅鑼灣から中環へ):

 銅鑼灣から中環に向かう西行きのトラムの車内には、雑多な種類の人たちが乗っている。買い物帰りのおばさんもいれば、スーツ姿のビジネスマンもいれば(トラムの中にホワイトカラーのビジネスマンというのは、どうも馴染まないような感じがある。何となく浮いているのだ)。何をしているのかよくわからない暇そうな感じのおじさんもいるし、こちらで暮らしている日本人の親子連れもいた。周囲の景色がよく見える二階席の先頭に陣取っているのは大抵が観光客だ。トラムには冷房なんていう気の効いたものはないけれど、走っていれば窓から風が入ってくるので、特に暑さは感じない。


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(トラム2階席からの眺め。涼しいので結構おすすめです)


 灣仔のあたりでトラムは「ヘネシー・ロード」というこの辺りの大通りをいったん外れて、一本左のジョンストン・ロードに入る。山側に当たる通りの左手を見ると、このジョンストン・ロードから100メートルも行かない辺りですでに坂が始まっているのが見える。坂は急激にその斜度を増していき、山側にある建物のほとんどは僕の目線よりも高い斜面の上に立っている。海岸から入って600メートルも歩くと、もう山が始まるという具合なのだ。平地部分がすごく少ない。海と山に挟まれた位置に街が横に広がるという点では、この街の造りは神戸のそれに似ているかもしれない。神戸の特徴を5倍くらい濃縮したような感じですとでもいえば少しはわかってもらえるだろうか。
 これは昨日からずっと気になっていたことなんだけど、平地部分が少ないだけあって、住宅という住宅は見事なくらいにすべて高層である。見事なくらいに高層住宅が並んでいるので、ここにはフラット(一戸建て)に住んでいる人なんて果たしているんだろうか?という疑問が頭をもたげてくる。僕はこの香港に着てから今日まで一戸建ての住宅というのを見たことがない。あるいは僕が見たことがないだけで、一戸建てを持っている人だって多少はいるのかもしれないが、でもきっとそういうのはものすごいお金持ちの人たちに限られてしまうのだろう。そういうところはモナコ辺りのそれに近いのかもしれない(モナコなんて行ったことないけど)。
 そしてこれは街中だけじゃなくちょっと郊外に行っても同じでことで、建物という建物はそのほとんどが高層である。そしてその高さは、建物が新しくなればなるほど顕著になっているように僕には思える。それは建築技術の進歩で高層のアパートメントが建てやすくなったせいかもしれないし、あるいは住宅事情のいっそうの逼迫化で、少ない土地を極力有効に活用するという必要に迫られているからかもしれない。


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(香港によく見られる高層住宅。9割以上が高層なんじゃないかな)


 トラムはまたヘネシー・ロードに戻り、金鐘そばのパシフィック・プレイスの目の前を通り過ぎていく。きのうは時間がなくてここには来られなかったので、外観だけでも見られたのは幸運だった。
 パシフィック・プレイスのまわりには、コンラッドやアイランド・シャングリラ、そしてJ.W.マリオットという高級ホテル群が脇を固めるようにして立っている。アイランド・シャングリラは世界のホテルランキングで毎年上位にランクされる最高級ホテルであるとのことだし、同じく最高級ランクに位置するコンラッドには、ルームキーでエレベーターが動くという何じゃそりゃなサービスもついている。
 そういうホテルに囲まれているということは、パシフィック・プレイスというところも、そういう感じの施設なのだろう。このへんのことは容易に想像がつく。つまり、グレードが高いのだ。おそらく僕が行っても、見るべきところはそれほどないだろう。やはり僕なんかにとっては、タイムズ・スクウェアあたりが相応であるみたいだ。昨日ここを飛ばしておいたのは正解だった。

 パシフィック・プレイスを過ぎると、トラムはビジネス街である中環へと入っていく。目の前には「剣」と称された中国銀行ビルと、「力寳大厦(リッポ・センター)」という名前の、これまた斬新な形をしたビルが立っている。きのうとは別の角度から見る中国銀行のビルは、高層ビルとしては実に奇妙な形をしているし(どういう理由でこんな形が必要になったのか、僕にはまったく想像がつかない)、一方のリッポ・センターも、全身ガラス張りの上に、いままでに見たこともないような複雑な外観をしている。
 香港にはガラス張りのビルがたくさんあるけれど、このガラス張りというのは風水的には「邪気祓い」の意味があるそうである。特に「剣」の切っ先を向けられたビルとしては、邪気対策は切実だろうから、外壁一面にガラスを張ったり、複雑な形状の外観を取り入れて邪気を受け流そうとするのもやむをえない選択であるのかもしれない。しかし、そこまでやるかね普通。
 そういえば前回の旅行でカナダのヴァンクーヴァーとカルガリーの街を歩いた時も、やはりガラス張りのビルディングをたくさん見かけた。それらのガラス張りのビルを見て、「なんか中国的だなー」と思ったのをいまでも覚えている。カルガリーは知らないが、ヴァンクーヴァーも中国系の移民が多い街だから(たしか香港返還の煽りでカナダに移住した人が多かったと記憶している)、カナダにおいても風水の影響が街並みを変えているのかもしれない。あるいは風水には全然関係なくガラス張りだったりするのかもしれないけれど。


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(香港にはとにかく鏡張りが多いです。左は“剣”と称された中国銀行ビル)


 トイザらスでの買い物を終えてから、僕は東涌線に乗って空港へと向かった。時間的にはほぼ予定どおり。特に問題らしい問題はない。
 空港へ向かう電車の車内は気持ちいいくらいにがらんと空いていて、僕はそのあいだずっと、だらんと足を伸ばして窓の外の景色を眺めていた。
 天気はさっきまでより幾分曇り加減になってきたが、それでもまだ青い空がよく見える。青い空と、青い海。そのあいだには雲の白と木々の緑と、真新しいアスファルトのいくぶんつやがかったグレーが挟まれている。あとは道路の白線と案内標識のグリーンがちらほら。そういう景色を前にしていると、ほんの30分前までいた香港がまるっきりのうその世界みたいに思えて仕方がなかった。本当に、ほとんどまったくの別世界みたいなのだ。

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2005/11/07

【香港的小旅行記 第33回】

 ■3日目:9月30日(月)

 朝、目が覚めたら、今朝も時間は9時半をまわっていた。カーテンを開けていても外が暗いのでつい寝過ごしてしまう。香港のビジネスマンは朝の遅刻が多くて大変なんじゃないかと他人事ながらつい心配になる。いや、まったく他人事なんですけどね。
 
 今日の予定としては、日中に軽く市内を見てまわってから、1時半くらいには街中を出て、遅くとも2時半には空港に着いておきたい。帰りの飛行機は3時50分発。万が一これを逃すととても面倒なことになるので、この時間から逆算して今日の予定を立てる。
 大雑把にいうと、今日の観光のポイントは3つ。香港島を走るトラム(路面電車)に乗ることと、午砲(ヌーン・デイ・ガン)と呼ばれる正午を告げる大砲を見ること。そして昨日見たトイザらスに行って、昨日は買わずにおいたおもちゃを買いに行くこと。以上3つ。それ以外のところは昨日のうちにだいたい見てしまっていたので、今日はそれだけ見られればじゅうぶんだ。
 荷物のパックは昨夜のうちに済ませてあるので、顔を洗って着替えてから早め(といっても遅め)に出発。フロントでチェック・アウトを済ませると、心なしか身軽になったように思えた。あとはこの自分の体ひとつ。残り半日を終えて空港まで行ってしまえば全部おしまいである。あとちょっとだ。

 近くのコンビニで友達へのおみやげ用にきのうのサッカー雑誌をまとめ買いしてから、あわあわと地下鉄に乗る。まずはここから港島線の炮台山の駅まで移動して、そこからトラムに乗るわけだ。今日の移動は主にこのトラムと地下鉄のふたつを使うことになる。
 いままでにも何回か書いたけれど、トラムというのは要は路面電車である。路面電車なのだが、なぜかダブルデッカー(二階建て)である。香港のバスもそのほとんどがダブルデッカーだけど、なぜこんなに二階建てが多いのかはよくわからない。イギリスの影響が強いのはだいたい想像がつくけれど、じゃあなんでイギリスにはダブルデッカーが多いんだと聞かれるともう答えられない。なんででしょうね? 謎です。
 香港トラムの創業は1904年。つまりかれこれ100年近く現役で頑張ってるということになる。トラムが走っているのは香港島だけで、九龍半島側には走っていない。香港島の西端にあるケネディ・タウンと、東の筲箕灣(シャウケイワン)の間の約13キロを、約1時間かけてゆっくり走る。料金はどこまで乗っても一律2ドル。停留所は2~300mおきにあるが、一区間だけ乗っても2ドルだし、端から端まで行っても同じ2ドルである。たぶん一日中乗っていても2ドルなのだろう(そんなヒマで物好きな人がいればだけど)。ともかく安いことは安い。
 トラムはすべての停留所に停まるので、電車が停まったら、進行方向後ろ側にある「上」と書かれたドアから乗り込む。降りるときは運転席横にある「落」と書かれた出口から降りる。支払いは後払いで、運転席横にある赤い箱にお金を入れてから降りる。おつりは出ない。この仕組みはバスと一緒なのでわかりやすい。


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(香港島の通りを走るトラム。早い話が路面電車です。チンチン♪)


 繁華街を抜けて下町の方へと向かう路線だからか、車内は意外なほど空いていた。ラッキー。さっそく景色のよく見える二階へと上がって、窓から見える春秧街の景色に備える。
 春秧街というのは北角という下町にある市場通りで、露店がひしめく通りの真ん中をトラムが走っていくという香港のちょっとした名所である。トラムの二階席から賑やかな露店街が見渡せるので、ちょっと面白そうだなと思って行ってみることにした。露店街のど真ん中を路面電車が突っ切っていくなんてところはなかなかないと思う。
 炮台山の停留所を出たトラムはじきに左に折れて春秧街の中へと入っていく。春秧街は全長200メートルほどの通りで、車の通らない歩行者天国みたいになっている。かつては通りの真ん中にある線路すれすれまで露店がせり出し、走っているトラムのすぐ目の前を買い物客が大勢横切っていくという光景が見られたとのことだが、ここ数年で路上での営業は禁止されてしまったらしく、店舗のほとんどは線路から離れた通りの脇に引っ込んでしまっていた。ちょっと寂しい気はするけれど、まあ仕方ないだろうなと思う。いくら慣れてるとはいっても、やっぱり危ないから。
 月曜の午前中のせいなのか、あるいは最近の春秧街はいつもこんな感じなのか、期待していたよりも通りは閑散としていて、正直やや肩透かしを食ってしまった。せっかく二階席の先頭を陣取ってカメラを構えていたというのにちょっとがっかりである。まああらかじめ期待していたところというのは、だいたいにおいてこんなものではあるのだけれど。


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(春秧街の中の様子。昔に較べて迫力がなくなってしまったようです。残念)


 次は午砲(ヌーン・デイ・ガン)。
 この午砲というのはまだ香港がイギリスの租借地だった頃から続く祝砲の名残りのようなもの。あまり大きな口径の砲台ではないが、お昼12時きっかりになるとこの大砲の大きな音がヴィクトリア湾一帯に鳴り響くという昔から続いている行事。いまはほとんど形骸化して、観光ポイントのひとつみたいになっているようだけれど。ともかく物珍しそうだったので行ってみることにした。間近で聞く大砲の音がどんなものなのかにはいささかの興味がある。
 北角で東行きから西行きへと折り返したトラムを銅鑼灣で降りて、そこからは歩く。地図上では銅鑼灣の駅からここまでの距離はわずか200メートルしかないのだが、そこにたどり着くためには狭くわかりにくい地下道を通っていかなければならないので、実際にはひどくたくさん歩かされてしまう。
 結局無事に12時前に着いて正午の発砲を見ることはできたが、でも感想から言ってしまえばこれは期待外れだった。見に行って後悔したとまでは言わないけれど、でも1回見れば十分という程度のものだった。細かい経過は省くけれど、こんどまた香港に行く機会があったとしても特にもういちど行ってみたいとは思わないです。よほど暇なら行くかもしれないけど。


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(午砲の様子。衛兵の格好をしたおじさんが空砲を発射します)

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2005/10/04

【香港的小旅行記 第32回】

 ■100万ドルの夜景 その2:

 夜景を見てしまったからにはそそくさと下に降りてもよかったのだが、なにしろさっきここに着いたばかりだし、それにここにいるとまたあの蒸し暑い下界に戻るのがひどく馬鹿らしく感じられるので、もうしばらくここで涼んでいることにする。


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(有名な香港の「100万ドルの夜景」・昼間版:夜のほうがずっときれいだけど、
一人で来ている身にとっては使い道のない風景で困る)


 夕涼みがてら特にあてもなくぶらぶらとその辺を歩いていると、向こう側に見える車道の奥から何人かの観光客が固まってこちらに向かってくるのが見えた。風が吹いていたせいか、いくつかの話し声に混じって日本語のような声も聞こえてくる。あの辺には特に何もないはずなのに、なんであんなところから人が出てくるのだろう?
 訝りつつも彼らが歩いてきた方向へと歩いていくと、その先にはピーク・タワーとはまたべつの展望台があった。とはいっても、ピーク・タワーのような近代的で大掛かりな建造物ではなくて、獅子や龍をあしらったいかにも中国風といった感じの小さな展望台だ。ピーク・タワーが近代的で大きな建物だったせいかもしれないが、向こうと較べると、こちらの方はまるでおまけで造ったもののようにも見える。

 展望台のまわりには30人ぐらいの観光客が集まっていた。ピーク・タワーの展望台と同様、欧米系の白人の姿も見えるし、日本人の団体の姿もある。ほかには中国本土やシンガポールあたりから来たとおぼしき人たちの姿もある。
 彼らの中に混じって僕も夜景を眺めてみると、こちらの夜景は、ピーク・タワーから見たそれよりもどこかしっくり馴染むようなところがあった。ピーク・タワーからの夜景には少し斜めから無理に見ているような微妙な違和感があったのだが、ここから見る夜景にはそれがなくて、すっと楽に見れる気がする。
 そういえばこの角度の夜景には見覚えがある。この龍や獅子をあしらったいかにも中国風の造りにも見覚えがある。そうだ、ずっと前に写真で見たのだ。もう10年以上前だと思うけど、父が買ってきた絵葉書か何かで見たのと同じ景色だ。それにこのあたりの土産物屋で売っている絵はがきの写真の景色も、こちらの角度に近い。
 そうか、これは昔からある展望台なんだ。こっちが昔からある古いやつで、ピーク・タワーの方は、これとは別に新しく造った展望台なのだ。だから昔からあるこっちの方が眺めがよくて馴染むのだ。おまけなんかじゃない。そしていちばん眺めのいいところには昔からの展望台があるから、新しく建てた方からの景色はどこかいまいちしっくりこないわけだ。なるほどね。
 
 おそらく、昔からあるこの「ライオンタワー」だけでは手狭なので、大勢の人が入れる施設を新たに造ったのだろう。その理由はわかるけど、でもこんなシーソーみたいな形をした薄らでかい建物を造る必要があったのかなって思ってしまう。香港返還で観光客が減少することを見越した上で、大掛かりな計画のもとにこれだけの施設を造ったのかもしれないが、いくらなんでもこんなでかい物を建てるのはやりすぎのような気がする。もう少し落ち着いた感じのものにはできなかったのか。少なくとも僕は昔からのライオンタワーの方が好きなんだけど。
 もっとも、ピーク・タワーの展望台のすぐ下にあるオープンテラスのカフェはなかなかよさそうだった。入り口が少しわかりにくくて見落としがちだが、ここはゆっくり景色を見ながらお茶が飲めそうなのでちょっとおすすめです。すぐ向かいにあるピーク・ギャレリアにも景色を見ながら食事のできるところはあるのだけれど、そっちは室内からなのであまりおもしろくない(たぶん)。ギャレリアからだとちょっと奥まってしまうし、やっぱりこういうのは窓越しではなく、じかに風を感じながらの方がずっといいと思う。

 ピーク・トラムの山麓駅からは、またバスに乗って中環のフェリー乗り場まで行く。
 中環のバス停で外に出てみると、昼間ここら辺を埋め尽くしていた「阿媽」たちはすっかりいなくなっていた。全然いない。夕方ここで山麓行きのバス待ちをしている時にはまだその姿が見えたのだけど、いまはまったく見えない。彼女たちはあれからいったいどこへ行ったのだろう? 
 帰りはスター・フェリーに乗って尖沙咀まで戻る。中環から地下鉄に乗って一気に油麻地まで行ってもよかったのだが、フェリーから見える夜景も見ておきたかったので、少し手間を増やすことにする。明日の昼すぎにはこちらを出なければならないから、今夜のうちに見ておかないと次がないのだ。
 フェリーから見る夜景はまずまずというところだ。悪くはない。でも船の上からだとオフィス街の明かりがあまり点いていないのが山の上以上に丸わかりになってしまうので、どこか迫力不足という感は否めなかった。やはり夜景は平日がいいみたいである。


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(スターフェリーからの香港摩天楼の眺め。やはり平日の夜がベストです)

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 ホテルのある油麻地に着いたのは夜も10時を過ぎてから。尖沙咀のフェリー乗り場に着いたのは9時前ぐらいだったのだけど、そこからバスに乗ったのがまずかった。
 バスは冷房が効いているうえにフェリー乗り場から油麻地までダイレクトに行けるので、いちど使ってみようと思って乗ったのだが、ところがこのバスが思っていたのとはまったく関係のないところに行ってしまい(要するに乗るバスを間違えた)、途中で降りてタクシーを拾って帰るという手間を踏んだらこんな時間になってしまった。バスに乗っているあいだは不安と心配で緊張しっぱなしだったので、駅に着いた時にはもうくたくたである。
 バスに乗る前はいったんホテルに荷物を置いて、それから女人街のナイト・マーケットを軽く見て歩こうと思っていたのだが、予定外の時間を食ってしまって時間も遅くなっていたので、仕方なくこれはあきらめる。『深夜特急』にも出てきた夜の露店街というものもぜひ見てみたかったのだが、なにしろ時間もなければ体力もない。これから荷物をパックしなければならないし、それにまだ夕飯も食べていないのだ。やれやれやれ。

 尖沙咀からバスに乗ったのは結果的に見れば失敗だったわけだが(時間はかかる、カネもかかる、疲れてくたくたになる)、でもバスに乗ってよかったこともあった。そのひとつは、これで香港の主な交通機関のすべてに乗れたということだ。九広鉄道とミニバスを除く、地下鉄、フェリー、バス、タクシー、トラムの5つを制覇(トラムは明日乗る予定)。滞在わずか3日間という条件を考えれば、これは悪くないスコアだ。
 もちろん、まさかこんな形でタクシーに乗ることになろうとは思いもしなかったけれど、でも結果的にみれば、尖沙咀からバスに乗ったおかげで5種目制覇を達成したのだともいえる。僕は新しい街に行った時は、なるべくたくさんの乗り物に乗ってみたいたちなので、この5種目制覇はちょっと嬉しかった。現地の乗り物が使えるようになると、それだけその街が自分のものになったような気がする。


MTRmap


 夕食は二日連続でコンビニの食料で済ませることにして、軽く買い物をしてからホテルに戻る(残念ながらコンビニ弁当などいう気の利いたものはないので、またしてもカップめんとパンと「おにぎり」という組み合わせだ。むなしい)。
 もうちょっとどうにかならないものかと自分でも思ったのだけれど、そんなに腹も減っていないし、栄養補給ができればいいのでもうこれでいいにする。ぼさっとテレビをつけながら食事を済ませて荷物整理にとりかかる。
 テレビでは広東語のニュースやドラマをやっていたが、やはり昨日と同じく中国語の字幕がついている。なんで中国語の放送に中国語の字幕がつくのだろうとずっと不思議でならなかったのだけれど、しばらく考えてから、この字幕は大陸出身者向けのものなのだということに気がついた。中国における標準語である北京語と香港で話されている広東語とでは発音がまったく違うため、大陸から移住してきた人や出稼ぎに来ている人の中には広東語が理解できない人も多いのだ。そしてこうやってわざわざ字幕をつけているということは、それだけこの香港には大陸からやってきている人が多く住んでいるということなのだろう。
(※北京語と広東語では、漢字表記はほぼ一緒だが、その発音は、ほぼまったくと言っていいほど異なるようである。ともに日本の芸能界で活躍していた台湾出身のビビアン・スーと香港出身のチューヤンは、ふたりで話すときには日本語で話すというエピソードがあるくらいだから、北京語と広東語というのはほとんど共通点がないくらいに異なる言語なのかもしれない)

 荷物整理を終えてぼけっとテレビを眺めていたら、こちらのバラエティ番組に、そのチューヤンが出ていた。チューヤンはあのたどたどしい日本語ではなくて、流暢な広東語を喋っている。当たり前と言ってしまえば当たり前なのだけど、でもすらすらと話すチューヤンには、なんとなく妙な違和感が感じられてならなかった。まあともかくこっちでも活躍してるみたいである。
 12時半就寝。でも寝ついたのは結局2時半を過ぎてから。くたくたに疲れていたはずだったのだけど、まだどこか緊張が残っていたのかもしれない。

(2日目 了)

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2005/09/21

【香港的小旅行記 第31回】

 ■100万ドルの夜景 その1:

 銅鑼灣から地下鉄に乗って、中環へと戻る。時間はそろそろ夕方の6時になるところ。空もだんだん暗くなってきた。時間的にはちょうどいい頃合いだろう。
 中環のバスターミナルでピーク・トラムの山麓駅行きのバスを待っていると、これから山頂まで向かう人たちが少しずつバス停のまわりに集まってきた。やはり観光スポットだからか、いかにも観光客然とした人たちが多い。日本人とおぼしき二人連れもいるし、10人ほどの白人の団体さんもいる。思えば僕がこっちに来てから、こういう光景ははじめてだ。
 バスが出発するのを待つ間、僕はバスの中でさっき買ったサッカー雑誌を引っぱり出して時間をつぶす。この本に載っているのは、イングランド、イタリア、スペイン、ドイツの各国リーグで活躍するトップ選手だった。
 各選手について書かれた短評は全部漢字なので読むのはむずかしいが(読めなくはないけど)、でも名前だけ見ていても結構飽きない。解読する楽しみがあるので、比較的有名どころの選手の名前をまとめて挙げてみる。
(※これも2002年当時のもの)

 プレミアリーグ:施文、李奥・費甸南、皮利斯、韋拉、亨利、雲尼斯達萊、奥雲
 セリエA:保方、托度、杜林、森美爾、尼斯逹、簡拿華路、巴治奥、托迪、査斯古特、韋利、蒙迪拿、迪比亞路、李華度
 スペインリーグ:簡尼沙利斯、阿耶拉、佩奥爾、艾馬、費高、沙維奥拿、朗拿度
 ブンデスリーガ:簡尼、拿美路、波歴克、舒尼逹、紐美利、阿武羅素


 さて、どれだけわかっただろうか。正解はこちら。

 プレミアリーグ:シーマン、リオ・ファーディナンド、ピレス、ヴィエラ、アンリ、ファン・ニステルローイ、オーウェン
 セリエA:ブッフォン、トルド、テュラム、サムエル、ネスタ、カンナバーロ、バッジオ、トッティ、トレゼゲ、ヴィエリ、モンテッラ、デルピエロ、リバウド
 スペインリーグ:カニサレス、アジャラ、プジョル、アイマール、フィーゴ、サビオラ、ロナウド
 ブンデスリーガ:カーン、ラメロウ、バラック、シュナイダー、ノイビル、アモローゾ

 海外のサッカー選手がわからない人にはさっぱりだろうが、わかる人にとっては結構おもしろい。なんとなくわかるようなものもあれば、テュラムやサムエルのように、ほとんどわからないものもある。
 この本には日本人選手は紹介されていなかったのだが、稲本だけが豆記事っぽく小さく載っていた。中田の紹介はなし。ちなみに、そこに書かれていた稲本の記事はこんな感じ。

 「在世界盃一鳴驚人的日本國脚稻本潤一改投另一支倫敦球隊富咸」

 これを日本語に訳すとすればおそらく、
 「ワールドカップで一躍有名になった日本の稲本潤一は、ロンドンに本拠を置くクラブのひとつであるフルハムへと移籍した」
 といったところだろう。まじめに読んだらひどく時間がかかってしまうが、解読する楽しみがあるので、暇つぶしには結構役立ってくれる。
 バスの出発待ちの間、僕がおもしろがってこの本を読んでいると、横に座った白人男性がちらちらとこちらをのぞきこんでいる視線を感じた。彼らは英語で話していたから、きっとイギリスから来たグループなのだろう。アメリカ人じゃサッカーはわからないから。


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(こちらは向こうで買ったもう一つのサッカー雑誌)


 ピーク・トラムの運賃は片道20ドルで、往復だと30ドル。よって僕は、30ドルを出してリターン・パスを買う。
 ピーク・トラムというのは、路面電車というよりはむしろ山岳登山鉄道といった趣で、かなりの急勾配をものともせずに、山頂駅に向かって上へ上へと登っていく。急坂を登るトラムの窓からは、30度以上はあろうかというこの斜面に、いくつもの高層アパートがにょきにょきと生えているのが間近に見える。よくもまあこんなところにこんな高いものを建てたものだと感心してしまう。こちらでは急斜面にビルを建てるような技術が発達しているのかもしれない。
 乗車時間8分ほどで山頂駅に着く。実際の山頂はここからさらに登ったところあるのだが、夜景ポイントとしてはこちらの方がずっと良いとのこと。
 このヴィクトリア・ピークには、「ピーク・タワー」と呼ばれる、シーソーのような形をした大きな建物が建っている。ピーク・トラムの山頂駅に直結したこの建物は、97年に新しく造られたもので、ここから例の「百万ドルの夜景」が見られるわけだ。
 このピーク・タワーに来てみて最初に気づいたことは、ここは風が吹いていてとても涼しいということだった。山の高いところに登れば当然風が吹くので、下界の蒸し暑さなんてどこへやらという感じでかなり快適に過ごせる。
 空は雲もなくよい天気だったのだが、「百万ドル」と呼べるほど見事な夜景だったかと言われると、正直首を傾げてしまうというところだった。なかなかきれいである。きれいなんだけど、でもそんなに明るくない。僕がイメージしていたのはもっと光が多くてきらびやかなものだったんだけど。
 でもこれは、香港の夜景が大したことのない代物だったわけではまったくなくて、今日が日曜日だったためである。ヴィクトリア・ピークから見ると、海を挟んだ向こう側が九龍半島、手前側が香港島になるわけだが、手前にある香港島側というのは、オフィスビルの集中するビジネス街である。この山頂の近くにあるビジネス街の明かりがきれいに灯っているから、「百万ドル」ともいわれる見事な夜景が完成するわけだが、しかし今日はあいにく日曜日。日曜日にはビジネス街は休み。したがって窓の明かりもそれほど点いていない。残念でした。
 でも、フォローしたいわけじゃないんだけど、やはりここの夜景はきれいだった。本当は平日の夜の方がよかったわけだが、今回は土曜に着いて月曜の午後にこちらを発つスケジュールだから、こればかりはどうしようもない。天気がよかっただけでも十分よしとしなければ。

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(「百万ドル夜景」行きのピーク・トラムはこんな感じ)

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2005/09/03

【香港的小旅行記 第30回】

 ■貧富の差について考えた:

 3Fと4Fはフォーマル・ウェアや比較的高級なファッションのフロアなので、ここはパスして僕はロビーへと降り、そのまま建物の外へ出る。
 のどが渇いたので、タイムズ・スクエアのすぐ前にあるセブンイレブンに入ってペットボトルのコーラを買う。1本6ドル50。ついでに雑誌の棚にあったサッカー雑誌を手にとって見る。雑誌のタイトルは『足球』。表紙にはベッカムとジダンとトッティとトレゼゲとバラック、そしてルート・ファンニステルローイの6人が写っている。
 中を開くと、ヨーロッパでプレーしている世界の有名選手たちが各リーグごとに写真入りで紹介されていた。一種の選手名鑑みたいなものなのだろう。文字は一部の英語表記を除いて全部中国語、全部漢字。ぱらぱらめくっているとなかなか発見があっておもしろかった。そうか、ジダンは漢字だと「施丹」と書くのか……。ベッカムは「碧咸」、ギグスは「傑斯」ね。ふうん。値段は15ドル(250円)。造本もしっかりしていてページ数もある割にはずいぶん安い……ということで、コーラと一緒にこの本も買う。あわせて21ドル50セント。あとでゆっくり読もう。

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コンビニで見つけた選手名鑑。あとで買い足して友達へのお土産にしました。


 レジで支払いを済ませ、店の外に出てちびちびとコーラを飲む。通りは相変わらず人が多く、そして異様なまでに暑い。ほんとに勘弁してくれよなあと思う。
 ふと上を見上げると、この辺りにひしめくようにして立っている高層アパートの外壁に、薄汚ないエアコンの室外機がびっしりとへばり付いているのが見えた。おそらく、各部屋にひとつずつエアコンがついているのだろう。それくらいたくさんある。この光景を見たときに、僕はどうして香港の街中がこんなに狂ったように暑いのかがわかったような気がした。つまりこういうことだ。
 香港というところは元々暑いところだ。気温も高いし、湿度も高いので蒸し蒸しする。そして気候が蒸し暑いせいなのか、香港の人というのはやたらと冷房をまわす。外の暑さにめげて建物の中に涼みに入ると、こんどは冷房が効きすぎていて逆に寒さに震えるなんてことは僕でも何度かあった。ガイドブックには「香港の人は冷房好き」とあったけど、まったくそのとおりだと思う。生活必需品という以上に、根本的に冷房というものが好きなんじゃないかという気がする。
 そして部屋の数ほどもあるクーラーをみんなしてせっせとまわすものだから、建物の壁面を埋め尽くした室外機からは熱風が山ほど吐き出され、その結果、ただでさえくそ暑い繁華街の気温は一種ヒートアイランド的に上昇してしまうわけだ。断崖絶壁にある海鳥たちの巣のように壁面を埋めつくした室外機の群れを見ていると、そのことがとてもよくわかる。

 香港の街並みでもうひとつ印象に残ったことは、この街では富めるものと貧しいものとが、同じところに極端なまでに同居しているということだった。
 この銅鑼灣のような繁華街で特に顕著だったことだが、そごうや三越のような高級ブランドを扱う清潔なデパートのすぐ裏で、見るからに貧しげな身なりをした人々がデパートから出るゴミの清掃作業に追われているのがひどく目についた。ちょうど『少林サッカー』の中で、貧しい主人公のシンがデパートのゴミの清掃作業に従事して日々の糧を得ていたのと同じような感じだ。
 あの映画を見たとき、穴のあいた靴しか持てないような貧しい人たちと高級なデパートいう落差のある取り合わせに僕はすごく違和感を抱いたのだが、あれは現実そのものの光景だったのだ。僕はそれを現地に来てこの目で確認することになった。デパートの入り口から20メートルも離れていないようなところで貧しい身なりの人たちがゴミ清掃の作業に従事している。
 なにもデパートの入り口からいくらも離れていない、人目につく場所でそんなことをしなくてもいいのではないかと僕なんかはつい思ってしまうし、また日本だったら、こういうものはなるべく客の目に触れないように裏で極秘裏に処理されるのだろうが、土地の少ないこの香港ではそうすることがむずかしいため、このような人目につくところに存在してしまうことになる。
 彼らのような人々がこの香港の社会でどのような階層に位置しているかということは、彼らの身なりや顔立ち、あるいは彼らがまとっている雰囲気みたいなものからすぐに見分けがついてしまう。きのう香港に着いたばかりの僕にもすぐわかる。
 彼らはきっと、デパートで働いてはいても、そこで売られている高級な商品にはまったく縁がない人たちなんだろうなと僕は想像する。まるでカカオ豆の栽培に従事しているにもかかわらず、チョコレートというものに全然縁のないガーナの貧しい農民みたいに(いま気がついたんだけど、こういうことを書きながら、僕はロッテのガーナチョコレートを食べていたりします。なんか全然説得力ないですね)。


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 あたりを見渡せば、全面ガラス張りの近代的オフィスビルやタイムズ・スクエアのようなショッピング・エリアのすぐそばに、いまにも崩落しそうな雰囲気のボロアパートがいくつも平気で建っている。そのふたつの種類の建物のあいだにはひどく激しく落差が存在するので、僕は一瞬、これは何かの間違いではないかと思ってしまう。そこには景観の統一性などというものはほとんどかけらも見当たらない。
 どんなに近代的でどんなに斬新なスタイルのビルディングを建てても、そのすぐそばに貧しい生活臭を丸出しにしたボロアパートなんかが立っていたら、これはあまり説得力がないんじゃないかと僕なんかは思ってしまうのだけど、ここ香港ではそういうことはあまり気にされていないみたいである。
 あるいは景観を損なうような建物を取り壊したりしたくとも、地価の問題やら法律の問題やらがややこしく絡んでいて、そういうことはうまく実現しないのかもしれない。もしくは、狭い土地にたくさんの人たちが密集して暮らさなければならないので、そんなことを気にしている余裕はないのかもしれない。それが当たり前のことになってしまっているので、いまさらそんなことを気にする人はいないのかもしれない。
 これは土地が狭い香港の宿命みたいなものといってしまえばそれまでなのかもしれないが、裕福な人は裕福な人、貧しい人は貧しい人という具合にジオグラフィカルにセパレートすることがむずかしいせいで、この両者の埋めがたい差というのは余計に強く感じられるのかもしれない。たしかにここには、うらぶれた街のうらぶれた集合団地のような、ささくれだった雰囲気といったものはないけれど、でもこの光景には何かまたべつの説得力のようなものが感じられた。

 僕が香港にいたのは三日間というごく短い時間でしかなかったわけだけれど、僕が見た限りでは、そういう激しい落差というのは、香港の大概のところで割とごく普通に見られた光景だった。「橋のない川」といったら言い過ぎかもしれないが、しかしこの光景は、そのような種類の断絶を僕に想起させる。
 もちろん僕は、ここで香港における貧富の差の激しさを非難したいわけではない。階級間における貧富の差を是正すべきだなどと言いたいわけではない。そうではなくて、僕はただ単に、この香港というところの富めるものと貧しきものとが極端に同居している光景を見てしばし戸惑ってしまったのだ。ああ、世の中にはこんなところもあるんだな、と。頭の中の知識ではなく、もっとフィジカルな体験として。

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2005/08/26

【香港的小旅行記 第29回】

 ■タイムズ・スクエア:

 そごうを出た次は、駅から少し歩いた先にあるタイムズ・スクエアに行ってみる。ここは駅からちょっと離れているせいか、敷地が広い。正面入り口前に立ってみると、これは見事な建物である。でかい。重厚で立派。その外観は中環あたりのオフィスビルによくあるような必要以上に近代的な感じのものではなくて、タイムズ・スクエア的に適度な古さを残しながらも、古くなりすぎないモダンさも備えている。正面玄関前のスペースがもっとゆったりとってあるとなお見映えがしたとは思うが、これは土地の狭い香港ではむずかしい話だろうし、これぐらいの規模なら新宿にあるタイムズ・スクエアと較べてもほとんど引けを取らないと思う。
 中は実に広々としている。地上14階地下2階。広々としているということではランドマークと同じだが、かなりたくさんの買い物客が歩いているし(いささか多すぎはしたが)、ここにはランドマークにはなかった活気というものがある。
 建物の2Fから9Fまでは大きな吹き抜けになっていて、全体の様子がひと目でわかる。そういえばランドマークも、階数は少ないとはいえやはり吹き抜けになっていた。東涌のショッピング・センターもそうだった。よく知らないけど、吹き抜けというのは風水学的に見たら何かいいことでもあるのかもしれない。


File0179
(暗くて見づらいですが、タイムズスクエア内の吹き抜け。香港の建物はこういうところが多いです)


 建物の内部はフロアごとにテーマが分かれていて、10Fから上はレストラン街、9Fが子供用品、8Fが生活用品、7Fが家電、6Fがスポーツのフロアになっている。5Fから下はファッションが中心で、カジュアル&フォーマルな洋服のほか、雑貨や化粧品、それにマークス&スペンサーやレーン・クロフォードといった英国系のデパートも入っている。地下には飲食店や書店、ドラッグストアなどがあり、日本料理のお店や、なぜか回転寿司なんてものもある。回転寿司って香港でも人気あるのかな?
 もちろんフロアやショップによって多少の違いはあるけれど、全体的にみれば、ここは若者向けのショッピング・ゾーンという印象を受けた。そしてやはり僕なんかにとってはこれぐらいの雰囲気のところがいちばんしっくり来る。体が馴染む。
 ランドマークみたいなところももちろんそれなりの良さというものはあるのだろうけれど、ああいうショップというのは、スーパーマーケットにあるようないい意味での「その他大勢」的匿名性みたいなものが希薄だから、僕なんかだと変に緊張してしまう。それもひとつの慣れなのかもしれないけれど、ま、ああいうところはもっと歳をとってからでいいです。

 レストラン街と子供用品のフロアには用がないので、僕はエレベーターで8Fまで上がり、上から順に、おおまかに中のようすを見てまわることにする。
 7Fと8Fには電気製品のお店が多い。電器店のショウウインドウには、最新型の携帯電話が飾られている。こちらでは日本と同等か、あるいはそれ以上に携帯が普及していて、街中ではとにかくそこら中でみんなのべつまくなしにしゃべっている。こちらの携帯電話は日本と違って、折りたたみ式というのはほとんどない。むしろ幅広で画面の小さいやつが主流である。これはヨーロッパでも同じだ。
 まわりを見渡してみても、画面をのぞきこみながら親指をせっせと動かしている人というのは見当たらない。携帯を手に持っている人はほぼ例外なく電話を耳に当てて、大きな声で何ごとかをしゃべっている。メールよりも話すことの方が圧倒的に主流なのだ。メールがあまり重要視されていないから画面は小さいもので十分だし、そうなるとわざわざ折りたたみ式の分厚いものにする必要はない。彼らにとっては携帯電話というのはあくまで話すための道具であって、それを使って文字でやりとりするというのはあまり念頭におかれていないみたいである。
 そういう人たちから見ると、電車の中で乗客がみんなして携帯の画面を見つめている光景というのはかなり奇異な光景として映るかもしれない(僕もやってるので人のこと言えないけど)。まして写メだとかデコメールだとか、ムービー写メールなんてものの存在理由にいたっては、ほとんど理解不能なのではあるまいか。
 それともそういう光景というのは、彼らにとっては「日本人というのは子供から老人にいたるまで、すべての人がハイテク機器を操作しているすごい国だ/未来都市だ」というふうに見えるのかもしれない。どうなんだろうな。興味のあるところではあるけれど、ちょっとよくわからない。そういう話を聞いたこともなくはないけれど。
 そうそう、携帯といえば、こちらでは走っている地下鉄の中で通話をしている人がいるのを見かけた。地下の走っている電車の中で、である。これはどういうことなんだろう。こちらの携帯は少し方式が違うのだろうか? 香港の携帯は実は全部PHSだった、とかね。あり得るかもしれない。


File0177
(香港タイムズスクエア前。変にこぎれいじゃなくて、いい感じの建物でした)


 家電のフロアをもう少し歩くと、大きな家電量販店が見えた。安売りかどうかは知らないが、まあ日本でいえば、コジマとかヤマダ電器とかラオックスみたいなものだろう。
 香港の家電事情というものもぜひ見てみたかったのだが、それを見だすとまた大幅に時間を食ってしまうことは明白だったので、ちょっと気持ちを残しつつもパスしてきた。この頃には「あともう1日あったらなあ」などと思うようになっていたのだけれど、いまさらそんなことを言いたててみてもしょうがない。滞在日数は限られているのだ。
 ただ、店の外から中の様子を窺ったかぎりでは、品数の点ではかなりいい線をいっているように見えた。商品の質もよさそうだったし、雰囲気的にも日本の量販店に近いようだった。店舗の前に置かれた新型のテレビの中では安室奈美恵が歌っていて、何人かの客がその姿をじっと見つめていた。「ああ、安室奈美恵だな」という感じで。その視線は割と好意的なものに見えたから、安室奈美恵はこちらでもかなり人気があるのかもしれない。

 6Fはスポーツ用品のフロア。エーグルやコロンビア、パタゴニアのようなアウトドア系のお店から、フィラ、プーマ、コンヴァースのようなスポーツ・ブランド、それにマラソン・スポーツやロイヤル・スポーティング・ハウスといった大きめのスポーツ・ショップも入っている。
 香港の街中やスポーツ・ショップを眺めていて思うんだけど、香港ではスニーカーとかのスポーツ・シューズの人気がすごく高いみたいである。
 どのお店に行っても、そのお店のいちばん目立つようなところにナイキやアディダスやリーボックやニューバランスといった人気メーカーのシューズがたくさん並んでいるし、「スポーツ用品といったらまずシューズ」みたいな雰囲気がそこかしこに漂っている。油麻地からちょっと北に行った旺角の近くには、通称「スニーカー街」と呼ばれるスポーツ用品の卸問屋が集まる通りがあるし、道行く人の姿を見ていても、服よりも先に靴に気を使っているというような印象を僕は受けた。
 また『少林サッカー』の話になるのだが、この映画を見ていてとても印象に残ったことのひとつは、この映画の中では靴というのがかなり大きなアクセントになっているということだった。
 主人公のシンははじめ、穴のあいたボロボロのスニーカーを履いていたのだが、そのスニーカーが縁でヒロイン(ムイ)と気持ちを通わせるようになるし、その時ムイがほころびを直したボロボロのスニーカーが、ストーリーの最後になって大きな力を発揮することになる。
 また映画の冒頭の方では、シンが高級デパートのショウウインドウに飾られた真新しいスニーカーをじいいいっと見つめるシーンが出てくるし(そして彼はすぐにデパートの店員に追い払われてしまう。デパート側にしてみれば、彼のような貧しく汚い身なりの人なんて邪魔以外のなにものでもない)、別のシーンではたしか、シンがムイに向かって、「おまえに靴を買ってやる」みたいなことを言う場面もあったと記憶している(なかったかなあ?)。
 少林チームが勝ち進むようになると、チームのメンバーは新しいシューズを手に入れて、みんなで輪になってそれまで履いていたボロボロの靴を捨てる。まるで、そうすることによって自分たちの貧しい過去との決別を宣言するかのように。
 この映画を見ていて思ったのは、香港では、「いい靴を履いているということが、その人の人生の成功の証」みたいな意識があるのかな、ということだった。その人がどういう人生を送っているかということはその人の履いている靴に如実に表れるものだ、だから靴には日頃から気を遣うようにしなければならない、といったような。
 もし、香港における靴というものに対する意識が実際にそういうものなのだとしたら、そこまでの感覚というのは日本にはあまりないのではないかと思う。もちろん、電車の中吊りにあるような男性向けのファッション誌の見出しには、「この秋注目のブランド」とか、「即買いアイテム50」といったような購買心理を無意味に煽るようなコピーが載っていたりするわけだけれど、でもそこには「いい靴を履いているということが、その人の人生の成功の証」といったようなある種の切実さというものは、かなり希薄なのではないかという気がする。
 これは薄弱な根拠に基づく単なる僕の推測に過ぎないのだけれど、香港では靴というものが一種のステイタス・シンボルのごとくみなされているのかもしれない。


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(銅鑼灣の街並みをもう1枚。バスはそのほとんどがダブルデッカー(2階建て)

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2005/08/25

【香港的小旅行記 第28回】

 ■中環~銅鑼灣:

 セントラル・ビルをあとにした僕は、ちょっとだけその界隈を歩いてみて、それから地下鉄の中環(セントラル)駅の構内へと降りる。ここからブルーの港島線に乗って、銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)まで行くのだ。
 港島線の中環と銅鑼灣の間には、金鐘(アドミラリティ)と灣仔(ワンチャイ)というふたつの駅があって、金鐘には高級ホテルや映画館、デパート、高級スーパーなどを併設した「パシフィック・プレイス」というこれまた大きなショッピング・エリアがある。時間があればここも見てみたかったのだが、このパシフィック・プレイスというところも、ランドマークほどではないにせよやはり高級なお店を中心に構成されているようだったので、ひとまずパスということにする。もし時間があるようなら明日見よう。
 金鐘からひと駅東に行った灣仔には大きなショッピング・ゾーンと呼べそうなものはなく、その代わりに「香港コンベンション&エキシビション・センター」という名前の大きな国際会議場がある。ここはアジア最大の規模と最新設備を誇る国際会議場で、5年前の1997年には香港の中国への返還式典が行われたところだ。写真を見てみると、シドニーにある有名なオペラ・ハウスみたいな感じの建物が海に突き出るようにして建っている。まあ横浜でいえば「パシフィコ横浜」みたいなものだろう。ここには大きな展示場もあるとのこと。
 きっと設備はすごいのだろうが、こういうところは実際に行ってみても建物以外には見るべきものがないことが多いので、ここもパスにする。それにここは灣仔の駅からちょっと距離がある。もっと涼しい時期ならともかく、今日みたいな暑さの日にそこまで行って帰ってくるのはかなり億劫だ。そういうわけで、僕はこのふた駅をすっ飛ばしてその向こうの銅鑼灣まで行くことにした。時間と体力の節約。


File0178
(香港島の北側を望む。真ん中がエキシビション・センターです)


 中環から銅鑼灣までの所要時間は6分。料金は覚えていないが、3駅しか離れていないのだから、おそらく6、7ドルというところだろう。
 銅鑼灣というところは、東京でいえば新宿とか渋谷みたいな街とでもいえばわかりやすいかもしれない。若者が多いし、中環に較べたらこっちの方がずっと庶民的な感じがする。おそらく同じ繁華街でも、中環→金鐘→銅鑼灣という順番でだんだん庶民的になっていくのだろう。銅鑼灣を新宿・渋谷とすれば、中環はまさに銀座や赤坂といった感じだから、僕がいまひとつ馴染めなかったのも仕方のないことかもしれない。となると、金鐘はさしずめ青山あたりといったところか。そういうふうに考えると、香港の街の構図もだいぶわかりやすくなる。
 銅鑼灣はショッピング・スポットの多い地域である。ハーバー・シティのように計画的に整備されて一箇所にぼこっと固まっているのではなく、渋谷とか新宿みたいな街と同じように、いろんな建物がその辺一帯に分散しながら建っている。
 中でも数が多いのがデパート。香港には日系のデパートがいくつか進出していて、銅鑼灣だけでも、そごう、三越、西武の3つが出店している。バブルの時代にはもっとたくさんあったのかもしれないが、いまは3つだけ。まあ一箇所に3つも出てれば十分だろうけれど。
 特にそごうは銅鑼灣の目抜き通りのすぐ目の前にあり、そごうの入り口が待ち合わせスポットになっている。新宿のアルタ前とか、渋谷のハチ公口みたいなものだ。
 やはり日曜日だからか、この辺りは人出が多い。すごく多い。人が多いだけでなく、道路にはバスやら車やらタクシーやらいろんな広告をべたべたと貼り付けたトラム(路面電車)やらがとにかくひっきりなしに走っているから、排ガスなんかのせいもあってむわああっと暑い。そごう前の交差点の人混みなんかは、ちょうど新宿や渋谷の雑踏を思わせる。
 もっとも、銅鑼灣という地域はそれほど広いところではなくて(これは中環や金鐘についても言えることだと思うけど)、広さで言ったら新宿・渋谷それぞれの3分の1か4分の1程度しかないところだから、「とにかくたくさんの人がいる」というよりは、「狭いところにぐちゃっと人が固まっている」と言った方がより正確なのかもしれない。でも「人口密度が多い」ということに関しては何の変わりもないので、この暑いさなかにこういうところを歩いていると、それだけで結構げんなりしちゃうことになる。


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(銅鑼灣最大の待ち合わせスポット、そごう前。すごく目立ってます)


 屋外にいても暑いだけなので、とりあえず手近なデパートに入ってみる。まずはそごう。
 そごうは待ち合わせのスポットになっているだけあって、香港ではかなり人気のあるデパートみたいである。外も人が多かったが、中に入っても人混みの量は大して変わりがなかった。とにかく人がたくさんいる。中はどこに行っても歳末商戦まっただなかみたいなことになっていて、のんびり品物を見て歩くなんてことはなかなかできない。軽く何フロアか歩いてみたが、品物は結構いいものが揃っているけど、値段も結構高いので、「これは」と思うようなものにはめぐり会えなかった。まあべつに買い物がしたくてここに来たわけじゃないからどっちでもいいようなものだけど。ここで買ったのは、香港名物トラムのミニカーをひとつ(39ドル50)。


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(銅鑼灣の喧騒。新宿や渋谷をもっとごみごみさせた感じ。暑いし)

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2005/08/13

【香港的小旅行記 第27回】

 ■HMV:

 ランドマークの中はとても広々している。地上階は真ん中が大きな吹き抜けになっていて、全体のようすがひと目で見渡せる。とてもきれいだ。そして建物の中は、こちらが拍子抜けしてしまうほど人がいない。今日は日曜だし、「香港ナンバーワンのショッピング・センター」というからにはさぞ人出も多いだろうと勝手にイメージしていた僕にとっては、これはひどく意外な光景だった。雰囲気的にはさっき見たペニンシュラのショッピング・アーケードに近い。きれいで清潔だけど、それは消毒されたかのような清潔さで、あまり活気みたいなものは感じられない。
 もちろんこれは「流行ってない」ということではなくて、ここに入っている店舗のほとんどが高級ブランド店だからである。ルイ・ヴィトン、ヴァレンティノ、グッチ、クリスチャン・ディオール、プラダ、フェンディ、ヴェルサーチ、セリーヌ、ミッソーニ、コーチ、ティファニー、ブルガリ。そういうお店ばかり。9月というのは夏のバーゲンシーズンが終わって間もなくなので、日曜日でも人出が少ない季節なのかもしれない。
 ペニンシュラでもそうだったけど、僕はこういうところにはほとんどまったくと言っていいほど心惹かれない。こういうところを見ているくらいだったら、さっきのハーバー・シティやトイザらスなんかを見ている方がよっぽど楽しい。それほど時間が余っているというわけもないので、省けるところはさっさと省いてしまいたい。よって僕は、香港の繁華街としては異様なまでに人口密度の少ない店内を大雑把に見てまわると、だいたい雰囲気がわかったところでさっさと外に出ることにする。正直言ってこんなとりすましたところに長くいたりしたら肩が凝ってしょうがない。

File0083
(↑ランドマークを出たすぐところの街角。この辺りのタクシーの色は赤)


 ランドマークを出た僕は、次にランドマークの裏にある「セントラル・ビル」という名前のショッピング・ビルの中へと入っていく。迷うことなく入る。そしてエスカレーターでひとつ上のフロアに上がると、そこにはいつも見慣れたHMVの店舗が広がっている。オー、イエス。そう、ここにHMVがあることは事前に調べて知っていたのだ。そういうことはちゃんと調べてあります。ありますとも。
 まず僕はふらふらと中を歩いて大雑把に店内を見てまわる。ここは香港のHMVの中でも規模の大きい方だと書いてあったが、店舗のスペース的には「まあまあ」というところだと思う。変に小さくはないけど、でも新宿のタイムズ・スクエアのHMVに較べたらこっちの方が狭い。おそらく狭い。広さ的にはだいたい横浜のHMVと変わらないぐらいではないだろうか(こう書いていったい何人の人がその実感を僕と共有することができるのかはきわめて疑問だが)。
 そして香港にあるものというのはだいたいがこんな感じに狭くできている。少なくとも僕はそういう印象を受けた。基本的に繁華街地域の敷地自体が狭いので、ホテルにせよコンビニにせよデパートにせよ、ほとんどのものが宿命的に狭くコンパクトになってしまうのだ。もちろん全部が全部そうというわけではないけれど、でも全体的にそういう傾向があると言っていいと思う。
 「やっぱりこういうところは落ち着くなあ」なんてひとり呟きながら、とりあえず試聴機のヘッドフォンを耳にかける。その時聴いていたのはライフハウスの「スピン」という曲。前からちょっと気になっていた曲だ。
 「何もこんなところまで来て、貴重な滞在時間をレコード・ショップなんかでつぶさなくてもいいだろうに」と、これを読んでいるあなたは思われるかもしれない(自分でもちょっと思うけど)。でもダメなのだ。こういうところにいると、僕は「ああ、自分の場所に来たな」という気持ちになって安心してしまう。旅行中というのはいつもどこかで緊張を強いられているようなところがあるので、こういう時間が少しでもないと持たないのだ。まあ「ただ単にビョーキなのだ」と言ってしまえばそれまでなのかもしれないけれど、でもこの感覚をわかってくれる人は結構いると思うんだけどなあ。いないかなあ(そういえばパリに行ったときもヴァージン・メガストアでさんざん時間をつぶし、こないだカナダに行ったときも、モントリオールのHMVを物色し、U2のカナダ盤シングルを買いました。バカだ)。
 香港の物価は基本的に高いということを先ほどもどこかで書いたけれど、それはCDやレコードについても同じことが言える。やはり全体的に値段は高め。洋楽の輸入盤新品が98ドルから120ドル。1ドル17円で計算すると、1600円から2000円というところ。これだと日本と変わらないか、ものによっては日本よりも高いということになる。これはちょっとちょっとである。ならレコファンやディスクユニオンで買った方が安いじゃないか。どうやらレコードに関しては、香港はフリーポートの恩恵を受けているとはあまりいえないようである。
 ただし、旧譜に関しては悪くないかもしれない。たまたま手にとったニルヴァーナの『イン・ユーテロ』は68ドル(約1100円)だったし、それ以外のものもだいたいこれぐらいだったから、古いものに関してはこれぐらいが相場なのかもしれない。新譜は高いけど旧譜は安い、とかね。


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 店内の端っこの方には、香港ポップスを置いたコーナーがある。ちょうど日本のHMVの端っこの方に邦楽のコーナーがあるのと同じように。僕は香港ポップスに関してはまったくといっていいほど無知なので、フェイ・ウォンやビビアン・スー以外の人についてはまったくわからない(ビビアン・スーはたしか台湾の人だったはずだけど、まあいいか)。
 香港ポップスのコーナーのさらにその一角には、日本のポップスのコーナーがあった。これは日本からの直輸入盤ではなくて、こちらでプレスされた製品のようである。帯にある文字が日本語ではなく全部漢字になっている。そして値段を見てみると、これが安い。日本では邦楽のCD1枚がだいたい3千円ぐらいするが、ここでは1枚100ドル(1700円)前後である。つまり洋楽であっても日本の音楽であっても、CD1枚の値段はほとんど一緒なのだ。これはちょっと驚きである。よもや日本より安いとは。
 その辺で目についたのは、宇多田光や濱崎歩、瀧&翼(タッキー&翼)、松浦亜弥、安全地帯など。決して「なんでも揃っている」というわけではないけれど、でもこの値段は魅力である。中身はほとんど一緒のはずなのに、なんで日本と香港でこんなに値段が違うんだよと思う。まったくどうしてなんでしょうね。地下鉄とかと一緒だよな。
 昨夜入った油麻地のレコード屋ではカセットテープが置いてあったが、そういえばここにはない。全然ない。なんでだろう? カセットテープを買うのは下町に暮らす低所得者層に限られるのかもしれない。あるいは「ハイソ」(死語)な人々にとっては、たとえ値段が安くとも、カセットテープなんぞを買うというのは「正しきこと」とはみなされないのかもしれない。どうなんだろう、ちょっと聞いてみたい気もする。
 また、こちらではDVDがとても普及している。ここのHMVにはビデオというものがなく、完全にDVDに切り替わっていた。これも中環というファッショナブルな地域にあるレコード・ショップのせいかもしれないが、でもDVDの普及率は日本よりも高そうである。(※2002年当時の話です。いまから3年前だ)
 そのほかにはVCDなるものがここにはたくさん置いてある。これはたぶんビデオCDの略なんだろうな、よくわからないけど。外見上はDVDみたいで、そのソフトの多くは映画やなにかだから、きっとDVDの親戚みたいなものではないかと想像する。DVDに較べてとても安く、1本が15ドルから20ドル。高いものでも40ドルくらい。値段にばらつきがある理由は不明だが、ともかく安いということから推測するに、若干収入の低い階層の人たち向けの商品なのかもしれない。
 店の端っこの方には、ほんの少しだけだけどアダルトソフトも置いてある。アダルトものって日本ではこういうところにはふつう置いてないから、この光景はちょっと意外だ。しばらく見ていたけど、棚の前で立ち止まって商品を見てる人はひとりもいなかった。いや、これは視界には入ってるんだけど、気まずくて知らんぷりしてるだけだと思うけどな。気にならないわけないもの。
 ……というわけで、ちょっとだけ置いてあるものをチェックしてみる(勇気があるのか、単にバカなのか)。値段までは見なかったけど、ぱっと見、洋モノと日本のものが半々ぐらいという感じに見える。でも正直言って心惹かれるというほどのものではなかった(買って帰る? まさか。品揃えだってよくないしね)。

 結局特に欲しいものがなかったので、財布にやさしく僕は店を出る。荷物も増えなかったのでこの結果はたいへん結構である。欲しいものがある時っていうのはほんとにすべてのものが欲しくなるのだ。節約できるところで節約しておかないと、後で困ることになる。経験的に、自戒を込めて。

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2005/08/12

【香港的小旅行記 第26回】

 ■中環:

 ハーバー・シティをだいたい見てしまうと、今度こそフェリー乗り場へと向かう。フェリーは上層デッキ(2ドル20)と下層デッキ(1ドル70)で改札口自体が違うので、どっちがどっちだか少しだけ迷ってしまった。
 僕が乗るのは上層デッキの方。上層デッキを選んだのはもちろん金があるからではなくて、2階席の方が景色がよく見えるから。特に尖沙咀から中環に向かう船からは香港島の高層ビル群が間近に見えるので、これは見ておかない手はない。それに上層と下層では料金の差はわずか50セントである。10円も違わない。
 船上から見える高層ビル群はやはりなかなか見事だった。空がすっかり曇ってしまったせいで、「感動!」と呼べるほどのものにはならなかったが、それでも結構な迫力がある。ひとつひとつの建物自体はそんなにむちゃくちゃ高いものではないし、ここに西新宿の高層ビルをそのまま持ってきたらさすがにそれには負けてしまうのかもしれないけれど、でもこちらのビル群はとにかく数が多くて横一面に広がっているから、建物の密集度と横方向への迫力という点では圧倒的にこっちに軍配が上がる。これは夜になったら夜景が綺麗だろうなと思わずにはいられない。ガイドブックにも、ここからの夜景が穴場であると書いてあった。
 7分間のフェリーの旅を終えて中環のフェリー乗り場の外に出ると、すぐその目の前にバスターミナルがある。尖沙咀側もそうだったけれど、ここからたくさんのバスが発着し、香港島のあちこちとこのフェリー・ターミナルとを繋いでいるわけだ。

 中環(セントラル)というところはその名が示すとおり、香港における金融と商業の中心地である。高層の近代的なオフィスビルが林立するビジネス街。東京でいえば、丸の内とか銀座とか品川みたいな感じといえば近いだろうか。地下鉄も彌敦道(ネイザン・ロード)に沿って走る赤の荃灣(ツェンワン)線と、金鐘(アドミラリティ)や灣仔(ワンチャイ)、銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)などの香港島側の主要地を東西に結ぶ青の港島線のふたつが乗り入れている。交通の便というところから見ても、まさしくここは香港の中心地といえる(僕はしばらくの間、このセントラルのことをひとりで「なかたまき、なかたまき」と勝手に呼んで遊んでいたのだけれど、誰も笑ってくれる人がいなかったので、じきに諦めて「セントラル」と呼ぶようになった)。
 中環での最初の目標は、中環の駅のすぐそばにある「ランドマーク」と呼ばれるショッピングセンターだ。このランドマークはショッピング・スポットが立ち並ぶ中環の中心的存在で、人気、知名度、規模など、いずれも香港ナンバー・ワンを誇っているとある。僕はそれほどショッピングに関心のある方ではないけれど、でも買い物天国香港で「ナンバー・ワン」とされるショッピングセンターがいったいどの程度のものなのかというのには興味があった。

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(↑九龍半島と香港島を結ぶスター・フェリー。香港の名物です)


 中環のバスターミナルに出てみて驚いたのは、バスターミナルの一角に大勢の若い女性たちが座り込んでいたことだった。それも10人や20人という生易しい数字ではなく、少なく見積もっても100人程度はいる。150人か、あるいはもっと。ここにいるのは全員女性。男はひとりもいない。顔立ちからすると彼女たちは中国系ではなく、どちらかというと南方系というか、フィリピン人っぽい顔立ちの人が多いようだった。
 彼女たちはバスターミナルの地面に思い思いに敷物を敷き、その上に座って何か食べながら飽きることなく延々おしゃべりに興じている。敷物の上には弁当やらポテトチップの空き袋やら食べ物の包み紙やら水筒やらが散乱していて歩きにくいことおびただしいのだが、彼女たちを注意しようなんて人はまったく見受けられないし、彼女たちも「ここは自分たちの場所」という感じで、くつろいだ表情でそこを動こうとはしない。
 地べたに座っているところだけを見ると、乞食の集団のように見えなくもないのだが、でも彼女たちはボロを着ているわけではないし、一応化粧なんかもしているように見えた。だいたい彼女たちの持ち物を見れば、彼女たちが乞食の団体などではないことはすぐわかる。それに化粧をした乞食だなんて聞いたこともない。
 彼女たちがここでいったい何をしているのかは相変わらず不明だったが、辺りには英語が話せそうな人が見当たらなかったこともあって、まあいいか、などと思いつつ僕は先に進むことにする。
 
 フェリー・ターミナルからランドマークまでは、バスターミナル横にある地下道をくぐって行く。地下道を出たところにスタチュー・スクエア(皇后像廣場)という広場があり、そこからふたつほど通りを渡ると、そこにランドマークがある。フェリー乗り場からの距離はおよそ300メートルというところだ。
 スタチュー・スクエアのすぐ正面には、そのビルの形状から「油田基地」と称された香港上海銀行(HSBC)のビルが建ち、その斜め奥には、全面ガラス張りで三角プリズムのような斬新な形をした中国銀行のビルが見える(こちらの俗称は「剣」)。このふたつのライバル銀行の建物が香港返還前にその形状をめぐって大きな風水論争を巻き起こしたことは僕も知っていたので、実物を前にして「ああ、これが例の風水ビルかあ」という感慨に打たれた。でも現場で実物を見た感想を言えば、中国銀行の方は噂に違わぬ斬新にして奇抜なデザインだとは思うけど、HSBCの方は「あんまりおもしろくないな」というのが率直なところだった。
 スタチュー・スクエアに出ると、ここにも女性の集団がいる。さっきまでよりも数が多い。200人か、300人か。とにかくすごい数だ。スタチュー・スクエアだけでなく、その近隣のビルの外にまで溢れている。いったいなんなんだこれは。ここでも彼女たちはビルの陰の地べたに座ったり、広場の噴水の囲いの上に腰かけたりしながら、何かを飲み食いしつつ延々おしゃべりに興じている。
 あとでものの本を読んでみると、彼女たちはどうやら「阿媽」と呼ばれるフィリピン人のメイドたちであるらしいことがわかった。このスタチュー・スクエアでは、平日の昼間にはビジネスマンがランチをとっているとのことだが、日曜日には「阿媽」と呼ばれるフィリピン人のメイドが集まって賑やか、とある。そういえば今日は日曜日だ。日曜日の昼間にオフィス街にこれだけの大量のメイドが集まっていったい何をするのかは不明だが、これを読んだことでまあなんとなくわかったような気にはなれた。「阿媽」の「阿」というのは、「~ちゃん」とかいった愛称だから(たしか)、「阿媽」というのは「メイドちゃん」とか、「フィリピン娘ちゃん(変な日本語)」といったような意味なのかもしれない。それにしても彼女たちはいったい何をするんだろう? 謎だ。

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